第110話 作法のお勉強

 その後、大人たちは色々相談することがあるようで、談話室に向かった。


「ルリア。サラちゃんを案内してあげたら?」

「そうだな! サラちゃん! 探検にいこ!」

「うん!」


 あたしは格好いい棒を馬車から取り出した。


「ばう!」


 ダーウも自分で拾ってきた棒を口に咥えている。


「ルリア……その棒は一体?」

「にいさま。これでこうやって、……わなをさぐる。な?」


 あたしは地面をパシパシ叩いてみせた。

 その横で、ダーウも棒で地面をバシバシしていた。


「罠はないわよ?」

「油断したときがいちばんあぶない」


 姉にそういうと、あたしはロアを頭の上に載せて、サラと手をつないで歩き始めた。

 キャロとコルコ、スイと兄と姉も付いてきてくれる。


「わふわふ!」

「ダーウは油断しないのであるなー」


 床をパシパシしながら歩くダーウを見て、スイが感心している。

 スイはずっと後ろからあたしの肩に手を置いていた。


「こっちが食堂だ!」「わふわふ!」

 食堂に案内し、


「ここには本がある!」「わふ~」

 書斎にも案内し、


「お風呂だ!」「わふぅ」

 お風呂にも案内する。


 本邸は広いので、案内をし終えるころには、一時間は経っていた。


「ルリアちゃん、広いねぇ」

「うむ。ひろい。一回ではおぼえられないだろうから、いつでもきいて?」「わふ!」

 ダーウもいつでも聞いてと言っていた。


 一通り案内を終えた頃、昼食の準備が出来たと、侍女の一人が呼びに来てくれた。


「おなかすいたなー?」

「そうだね!」「わふわふ」


 食事に思いをはせていると、姉が少し真面目な表情になった。


「ルリア。母上から聞いていると思うけど、作法を練習しないといけないわ」

「さほうかー」


 まあ、あたしはバッチリなので、問題ないはずだ。


「サラちゃんも、あまり緊張しないでな?」

「うん」


 食堂に入ると、テーブルの下座に座っていた母が、自分の隣を指して言う。


「ルリアはここに座りなさい。作法を教えます」

「ん」


 あたしが母の隣に座ると、従者の一人が優しく言う。


「ダーウ、キャロ、コルコはこちらですよ」


 ダーウたちはいつもあたしの側でご飯を食べている。

 だが、今日はダーウたちは少し離れた場所でご飯を食べるらしい。


「ばう?」「きゅ」「ここ」


 キャロとコルコは素直に従うが、ダーウはあたしの側を離れようとしない。


「ダーウ。ルリアは今からお勉強するので、離れて見守っていなさい」

「ダーウ、はなれててな?」

「……わふ」


 渋々と言った様子で、ダーウも移動する。


 あたしの隣にスイが座り、ロアはスイが抱っこした。

 サラの席は、あたしの正面、マリオンの隣だ。


 食事が始まると、母は細かくあたしに指示を出す。


「ルリア、肘を突かないの。そして背筋を伸ばしなさい」

「あい」

「行儀が悪すぎます! 猿山の猿でももう少しましです!」


 そういえば、猿の守護獣を見たことがないなとあたしは思った。

 この辺りにはいないのだろうか。


「リディアを見なさい。お手本です」

「ふむ~。ねえさまが……」


 あたしは姉をじっと見る。


「見られていると緊張するわね……。がんばって、ルリア」

「ん、まかせて」


 姉は心配そうにあたしを見ながら食事を続けている。


「ほほう。あれが、人族の現代作法であるかー」


 スイも姉を見ながら真似をしている。


「りゃむ?」

「おお、ロアも食べるが良いのである。ルリア! ロアのご飯は我に任せるのである!」

「ありがと」


 あたしはロアのことをスイに任せて、食事を続けた。


「食べ物を両手で掴まないの。はしたなすぎるわ!」

「そっかー」

「リディアはそんなことしていないでしょう!」


 その時、上座で食事をしていた父が言う。


「アマーリア、初日なわけだし、あまり厳しくしても……」

「時間が無いの。陛下の元で無作法を曝すわけにはいかないわ」

「……それは、そうなのだが」


 父は心配そうにあたしを見つめていた。


「ふん! 肉はうまいな?」

「ルリア、食器をがちゃがちゃならさないの!」

「あい」


 母が細かく指摘してくるので、あたしはその全てにこたえていった。

 本気になれば容易いことである。


「うーむ。これでばっちりだな?」


 食事を終えたあたしがそういうと、


「全然ばっちりではないわ」

「む? そうかー」


 どうやら作法というのは奥深いらしい。


「厳しくしすぎたかしら。でも、ルリアのためなの。わかってね」


 母は少し悲しそうな表情であたしのことを抱きしめた。


「ん、わかってる!」

「この後すぐに食事以外での作法の練習をするつもりだったのだけど……」


 母は父のことをちらりとみた。


「少し休憩した方がいいだろう。ルリアはまだ幼いのだから」

「そうね、少し遊んできていいわよ」

「わーい、サラちゃん、スイちゃん、あそぼう!」

「うん!」「遊ぶのである!」「ばうばう」「きゅ」「こっ」


 あたしは自室で遊ぶことにした。

 自室に向かうあたしたちに、兄と姉が付いてくる。


「……ルリア、大丈夫?」


 姉は少し泣きそうな表情だ。


「なにが?」

「母上に、あんなに厳しく叱られたことなかっただろう?」


 兄がそういうと、

「可哀想なルリア」

 姉があたしのことをぎゅっと抱きしめてくれた。


「しかられた……か?」


 そんなに叱られたつもりはなかったので、驚いた。


「ルリアちゃん、元気出して?」


 サラにも慰めて貰える。


「えへ、へへへへ」


 みんなが可愛がってくれるので少し嬉しくなってきた。


「よーし、がんばるぞー」


 あたしはやる気満々だった。


 一時間ぐらい休憩して、また、サラと一緒に作法のお勉強だ。


「背筋を伸ばして歩くの」

「こうか?」

「そうだけど、口調が良くないわ。こうですか? はい」

「コウデスカ?」

「……まあいいわ、次はカーテシーよ」


 あたしは母から、サラはマリオンから教えてもらう。


「サラ、そうね。それでいいわ」

「えへ」

「いいこ」


 サラたちは和やかだ。

 嬉しそうなサラを見て、あたしも嬉しくなってくる。


「えへへへ」

「にやけないの!」

「あい!」


 夕食前まで作法のお勉強をして、夕食時も作法のお勉強だ。


「うまいうまい」

「うまいじゃないわよね?」

「とてもおいしいデス!」

「……まあ、いいでしょう」


 そして、あたしは、ばっちり作法を身につけたのだった。

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