第108話 帰宅の準備

「どうして、サラちゃんまでよばれるの?」

「グラーフと私の猶子ゆうしになったからよ。それに男爵家の後継問題もあるし」


 そういってから、母はサラに優しく微笑む。


「後継って、サラのちちは?」

「えっと……」


 母は少し考えて、マリオンを見た。


「あの人とは離縁しました。あの人は爵位を返上し、実家のある田舎に戻ったのです」

「ほう? あいつが爵位をかえすとは?」

「手続きは大変だったけど、グラーフが色々やったのよ」

「その節はお世話になりました」


 そういって、マリオンは母に頭をさげる。

 父がやった色々が何かわからないが、政治的な色々だろう。


「へー。前男爵の病気は?」


 サラの父を苦しめているのは病気では無く呪いである。

 自分でマリオンかけた呪いが返ってきて自分にかかったのだ。


「まだ治ってないですね」

「そっかー。サラちゃん、さみしい?」


 前男爵はひどい奴だが、サラに取っては父なのだ。


「んーん。さみしくない」

「そっか。会いたい?」

「あいたくない。だって、叩くし、酷いこというし、いじわるだもん」

「そっかー」


 サラが寂しくないし会いたくないなら、会わない方がいい。

 前男爵は田舎で、寂しく呪いと戦えば良いのだ。

 サラを虐めて、マリオンに呪いをかけたのだから、自業自得である。


「ということで、男爵位が今は空席なの」


 それで、サラが継承すると言うことになったらしい。


「でも、サラはあまり緊張しなくていいわ。謁見は形式的なものだし」

「はい。がんばるます」


 もうサラは緊張して口調がおかしくなっていた。

 それを聞いていたスイがぼそっと言う。


「サラちゃんは緊張しなくていいってことは、ルリアは緊張しないといけないのであるな?」

「まあ、その通りです。水竜公閣下」

「アマーリアもスイちゃんって呼んで欲しいのであるぞ」


 そういって、ご飯を食べながら、スイは尻尾をぶんぶんと振った。



 朝ご飯を食べ終わると、あたしたちは本邸に戻る準備をすることにした。

 部屋に戻ったあたしはまずクロを呼ぶ。


「くろいるかー?」

『話は聞いていたのだ』


 すぅっと天井からクロが生えるように現われて、降りてくる。

 あたしが胸の前で抱っこしているロアの近くで、クロは止まった。


「クロはかあさまにあいさつしたし、かくれてなくていいんじゃない?」「りゃむ!」

『そうでもないのだ! 屋敷にいるのはかあさまだけではないのだ!』

「そうかも」「りゃむりゃむ!」


 あたしがクロに話しかけると、ロアも一緒に声を出す。

 ロアは赤ちゃんなので、何か意味があるわけではない。


 だが、ロアとしては会話に参加したいのだろう。


「本邸にもどったら、人がいっぱいいるしな?」「りゃむ!」


 母はあたしが精霊を見て、話すことができることを知った。

 きっと父も手紙で知らされているはずだ。


 とはいえ、使用人全員に知らされる訳ではない。

 別邸には侍女一人と、数人の従者しかいないが、本邸にはその何十倍の使用人がいる。


『やはり、緊張感を持って、緊急時以外は隠れていたほうがいいのだ』

「そんなもんかー」「りゃむりゃむりゃむ!」


 あたしとクロが話している間、ロアが一生懸命、クロの尻尾を目指して手を伸ばす。

 クロは尻尾を動かし、そんなロアの手をひょいひょいかわしながら、ロアの頭を撫でた。


『それで何の用なのだ?』

「えっとね、本邸に帰ることを、守護獣のみんなにしらせてあげて」

『わかったのだ』


 そのころにはクロ以外のほわほわの精霊たちも周囲を飛び回っていた。


『ルリア様あそぼー』『ろあ、ろあ! いいこー』『ダーウあそぶ?』

「りゃむ~」「わふ!」


 ロアは嬉しそうに尻尾を揺らして精霊をみて目を輝かせる。

 ダーウは精霊にぴょんと飛びついて、ゴロゴロ転がったりし始めた。


『じゃあ、クロはみんなにおしえてくるのだ!』

「おねがいねー」


 クロを見送った後、あたしはあたしで本邸に戻る準備をしなければならない。


「かっこいい棒はもっていかないとな?」

「わふ~」


 それは湖畔の別邸に来てすぐの頃に手に入れた格好いい棒だ。

 これまで大活躍してくれた。


「たしかに格好いいであるなー」


 朝ご飯の後、スイはずっとあたしに後ろから抱きついている。

 特に邪魔でもないので、そのままにする。スイは甘えん坊なので仕方がなかった。


「これでいいな?」


 あっさり準備が終わった。


「ルリアちゃん、棒だけでいいの?」

「うん。おてがみとか、本とか、服はあとでもってきてくれるらしいからなー。サラちゃんは?」

「ミアだけもっていく」

「そっかー」


 棒人形のミア以外はあとで侍女達が持ってきてくれるだろう。


「スイちゃんはなにか持っていきたいものある?」


 あたしにぎゅっと抱きついているスイに尋ねた。


「スイはふとんを持っていきたいのである」

「ふとん? ふとんなら、本邸にもあるよ?」

「それはルリアと一緒に寝られるやつであるか?」

「うん、だいじょうぶ」

「そっかー。よかったのである」


 スイはほっとしたようだった。


「わふ~わふ!」


 そこにダーウが外から木の棒を持ってきた。


「ダーウそれなに?」

「わふ!」


 どうやら格好いい棒らしい。本邸に持って帰るためにわざわざ探してきたようだ。


「たし……かに? かっこいいいかも」


 もちろんあたしの格好いい棒に比べたら、格好よくない。

 だが、ダーウの棒もなかなかいい線いっていると思う。


「わふわふ!」


 投げたら気持ちが良いはずだという。


「しかたないなー」

「わぁぅ~」

「みんなも持っていきたいものある?」

「きゅきゅ」「こぅ」


 キャロとコルコは別にないという。


「りゃむ!」


 ロアはパタパタ飛んで、小さなタオルケットを持ってきた。

 それは、昨夜寝るときにロアを包んだタオルケットだ。


「ロア、それがすきなの?」

「りゃあ~」

「じゃあ、もっていこ」


 そうして、あたしたちの準備は終わった。


 お昼前に馬車に乗って、あたしたちは本邸へと向かう。


 馬車の中にはあたしとサラにスイ、母、マリオン、侍女とキャロとコルコ、ロアが乗っている。

 その馬車の周囲を従者が固め、そのさらに外をダーウが走っていた。


「わふわふわふ!」


 ダーウははしゃいで、馬車の周囲を走り回っている。

 ちなみにダーウの格好いい棒は馬車に乗せた。


「ダーウは元気であるなー」


 あたしを膝のうえに乗せたスイが、窓の外のダーウを見てぼそっと呟いた。


「スイちゃんもはしりたい? はしってきてもいいよ?」

「むむ? 我はルリアちゃんといっしょがいいのである!」


 そういって、スイはあたしのことをぎゅっと抱きしめた。


「スイちゃんは甘えん坊だなぁ」

「そんなことないのである!」


 そういいながらも、スイはあたしを抱きしめる力を緩めなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る