第107話 朝ご飯とマナー

 次の日の朝、あたしはいつものように、食堂で朝ご飯を食べていた。


「うまいうまい!」


 あたしは左手でロールパンを上品に掴む。

 右手はフォークを握って、上品にハムを突きさしてバクバク食べた。


「うまいのである!」


 スイもあたしと同じようにバクバク食べていた。

 ロアはテーブルの上で、むしゃむしゃと肉とかゆで卵を食べている。


 ダーウ、コルコ、キャロは床に置かれた台の上に並べた皿からご飯を食べていた。


 ロアだけがテーブルの上で食べるのを許されているのは、竜だからだ。

 竜は丁重に扱わなくてはいけないのだ。


「サラ。フォークの持ち方はそうではありません」

「はい。こう?」

「そうです。よくできました」

「えへへ」


 一方、マリオンの隣に座ったサラは、マナーを教えられていた。

 マリオンに教えてもらえるのが嬉しいらしく、サラは笑顔だ。


「……サラはたいへんだな?」


 ちっちゃいのに行儀良くしないといけないのだから。


「ここぅ?」

「ん? あたしはぎょうぎがいいからな?」


 生まれついた気品というものだろうか。我ながら上品さを隠しきれていない。


「……いや、いざというときのために、上品さをかくす練習したほうがいいかも」


 このままだと身分を隠して街中に隠れてもすぐにご令嬢だとばれてしまう。

 そうなってからでは遅いのだ。


「わふわふ」

「そだなー。もうすこし、いきおい良く食べたほうがいいな?」

「ルリア。なに愚かなことを言っているのかしら?」


 母が呆れた様子でため息をついていた。


「む?」

「ルリアは上品ではないわ」

「え?」「わふ?」


 突然、予想だにしなかったことを母が言った。

 あまりに驚いて、あたしは固まってしまった。


 なんて上品なんだろうと、あたしを見つめていたダーウも驚いている。


「ルリア、サラ。今日のお昼までに本邸に戻ります」

「おおー。とうさまにあえるのかー」

「はい」


 サラは少し緊張している様子だった。


「そして、ルリアとサラには今日から礼儀作法の勉強をしてもらいます」


 サラには必要かもしれない。

 サラはいつも行儀が良い。だが、男爵家と大公家で作法が違うかもしれないからだ。


 だから、マリオンが慌てて、大公家の作法を教えているに違いない。


「え? ルリアにひつようか? むしゃり」


 あたしは思わず呟いていた。

 生まれたときから大公家で育ったあたしは、大公家の作法を熟知しているはずだ。


「本気で言っているの? 必要よ」

「そんなことない? むしゃむしゃ」


 あたしは上品に右手でロールパンを食べ、左手のスプーンでオムレツを上品に食べる。


「まず……同時にたべようとするのをやめなさい」

「え? でも、そのほうがはやい?」

「速く食べなくていいのよ?」


 そして、母はふうっとため息をついた。


「令嬢らしい作法の勉強はもっと後でもいいと思ったのだけど」

「あたしもそうおもうな?」

「わふわふ」


 ダーウも「そうだそうだ」と言っている。


「そうもいかない理由ができたの」

「え? あ、まさか!」

「そう、そのまさかよ」


 元々、行儀の良いことで定評のあるあたしがさらに勉強しろといわれる理由など一つしかない。


「……こんやくか~」


 あたしは大貴族のご令嬢だ。五歳で婚約してもおかしくない。


「わふ~わふ~。ぴぃ~」


 焦ったダーウがあたしの膝のうえにあごを乗せて、鼻を鳴らした。

 あたしが嫁いだら、おいていかれるかもと思ったのだろう。


「……だいじょうぶ。ダーウはつれていくし、こんやく破棄されるように、するからな?」


 あたしは小声でダーウに囁いた。

 もし婚約破棄できなくても、ダーウたちを連れていくことは譲れない。


「わふ!」


 ダーウも協力すると尻尾を振っている。こういうときにダーウは頼りになるのだ。


「……まず、ダーウが……相手のいえにでっかいうんちを……」

「ルリア。食事中です」


 囁いていたのに聞こえていたらしい。

 結構、本気で母は怒っていた。


「すまぬ」「わふ」


 母はふぅっと再びため息をつく。


「まだギルベルトもリディアも婚約していないのに、ルリアが婚約するわけないないでしょう?」

「はっ! そうかも?」

「わふ~」


 ダーウは安心したようだった。


「じゃあ、一体どうして? マナーを? 学ばないといけない?」

「そんなに不思議? むしろ今まで好きにさせていたことの方が特別なのだけど」


 そういってから、母は優しい目であたしを見た。


「実はお爺さまから、会いに来なさいって言われているの」

「おじいさま? っていうと王様?」


 母方の祖父はもう亡くなっている。

 母の実家の当主は、母の兄、つまりあたしの伯父なのだ。


 それゆえ、生きているあたしのお爺さまは、父方の祖父だけだ。


 それは国王ガストネ・オリヴィニス・ファルネーゼ、その人だ。


「そう、王様。陛下はとても厳しくて怖い人だから、礼儀正しくしないといけないわ」

「ほえー」

「ルリア。少し真剣な話しをするわ」


 母がじっとあたしの目を見るので、あたしもじっと母の目を見る。


「陛下は孫だからといって容赦はしないわ。血族を政略結婚の駒にすることに躊躇はないの」

「ほえー」


 そんな人だったとは知らなかった。

 だから、父はあたしを王に会わせないようにしてくれていたのかもと思う。


「もし礼儀がなってないと思われたら。最悪、自分の手で育てると言い出しかねない」


 礼儀がなってない娘は他国の王族に嫁に出せない。つまり、政略結婚の駒にできない。

 ならば、自分で育てるという発想になるのもわかる。 


「ひぇ。それはこまる」

「うん。困るわよね。だから五歳が当然身につけておく程度の作法を学びなさい」

「あい」


 とはいえ、そこで礼儀が完璧な令嬢だと思われても困る。

 そうなったら、王の都合のいい駒だと思われて、他国に嫁に出されたりしかねない。


「かげんが……むずかしいな?」

「難しくはないわ。ルリアなら全力で礼儀正しくしても、完璧にはならないから」

「どういう?」


 ちょっと、母が何を言っているのかわからなかった。


「ルリアちゃん、がんばって」


 サラは心配そうに、あたしのことを見つめている。


「そしてサラ」

「はい」

「陛下はサラもお呼びなの」

「ひぅ」


 サラはびっくりして、フォークを落とした。

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