第90話 謎の存在

本日1/6に2巻が発売となります!よろしくお願いいたします。 

 ◇◇◇◇

 ロアには前世の記憶が無い。

 だが、自分に大切な人がいることはわかっていた。


 その大切な人に会いたくて会いたくて、走った。

 だが、竜とは言え所詮は赤ちゃん。移動速度は遅く捕まえられてしまった。


 自分を捕まえた奴らが何者なのか、ロアにはわからなかった。

 なんでこんな酷い目に遭うのかもわからなかった。


(いたい、くるしい。さみしい、こわい)


 ロアが辛くて悲しくて泣いているとき、自分に似た存在を感じた。

 どうやら、自分とその存在は呪術的に繋がっているらしく、感情が流れ込んでくる。


 自分に似たその存在は、とても苦しんでいるらしかった。



 ルリアに助けられた後、ロアはその存在の気配を湖の方に感じた。

 どうか、その存在も、自分と同じように救われますように。


 だから、その存在が懸命に雷を落としたとき、ロアはその手助けをした。


  ◇◇◇◇


 雷が落ちてサラが固まってから、しばらく後。

 明け方近くになり、その存在は地上に姿を現した。


 出現した場所は、巨石を取り除いた後、ルリアが呪術回路を破壊した、まさにその場所だ。 

 ルリアが呪術回路を破壊した際に封じられていた空間に発生した亀裂。

 その亀裂の中心が、その場所だった。


 その存在は、空間の亀裂から外に干渉して雷を落とし、ついに結界を破壊した。


 雷を落としたとき、小さな自分に似た存在が助けてくれた。

 おかげで外に出ることができたのだ。


「ぶぼぼえめおめおお」


 地上に出たその存在は大きく息を吸う。

 全身は傷だらけでとても痛いが、地上に出られたことが嬉しかった。


 激しい雨が体に当たるのが心地よい。冷たいが寒くない。


(……ひとのけはい)


 その存在はたくさんの人の気配に吸い寄せられるるように動き出した。

 長い間、呪いに蝕まれ、腐りかけている全身を引きずるように移動していく。


 大昔、この辺りで強大な呪者が討伐された。

 呪者は死に際、周囲に呪いをかけた。

 大地を朽ちさせ、水を腐らせるその呪いは、徐々に広がりつつあった。


 人族のため、ほかの生物のため。

 その偉大なる存在は、呪いを我が身に取り込み、自分ごと封じられることで、世界を救った。


(ぼくがんばったよ!)


 何百年か何千年か。わからなくなるほどの昔から、大好きな人族のために頑張ったのだ。


 きっと人族は褒めてくれるに違いない。

 その温かい手で、頭を撫でてくれるかも知れないし、ぎゅっと抱きしめてくれるかも知れない。


 それだけで、長年の苦しみは報われる。そんな気がした。


 当時の人たちは、死んじゃっているかもしれないけど、その子孫はきっといる。


 その存在は、人の気配が多い村に向かって、ずるずると移動していく。

 悪臭を漂わせ、ヘドロのように腐った肉をこぼしながら、村へと向かう。



「ぶべねめぇねぼえべ(あ、にんげんだ!)」


 村を見つけ、大喜びでその存在は駆け寄っていく。


 人間というのは温かい。そして優しい。

 その存在も人間たちのことを可愛がったし、人間たちも愛してくれたものだ。


  ◇

 這い寄るその存在に気づいたのは、夜明け前から作業を開始していた働き者の村人だった。

 ルリアのおかげで水路が開通し、精霊の雨が降った。

 農作業の遅れを取り戻すために、寝る間を惜しんで働いていたのだ。


「ぶぼえめぇぇねべねぇあ」

「ひっひいいいいいい、ば、化け物!」


 おぞましい声をあげながら、這い寄ってくるその存在を見て、村人は怯え逃げ出した。

 長い間、濃厚な呪いに浸されていたその存在は、地上に出てもまだ濃い呪いを纏っていたのだ。


 その姿は、まるで蠢くヘドロだった。

 腐った肉と汚物の臭いをまき散らし、ヘドロのような皮膚をボタボタ落としているのだ。


 村人が、その存在をおぞましい化け物だと認識したのは仕方のないことだった。


「ぶべげねべえんべ(どうしてにげるの?)」


 本来、その存在の知性は高い。

 だが、苦痛と呪詛にまみれた悠久の時が、その存在を幼い存在へと退行させていた。

 自身の状態にも気づかず、人の言葉を話せていないことにも気づいていなかった。


「ぼべねぇんべげげええ(まってまって)」


 無邪気に人を追いかけたその存在は

「精霊よ。我が請願に応え、清浄なる炎を以て、敵を滅し給え! 我が名はピエール・ゴルディス!」

 村に滞在していた大公家の従者が放った火炎魔法に包まれた。


「ぎゅえぐええぐえええっぐぐえええ(あついあつい!)」


 その存在は突然の攻撃に、混乱しながら逃げ出した。

 なぜ、虐められるのかわからなかった。

 悲しくて辛くて、ヘドロのような汚くて臭い涙をこぼしながら逃げていった。


  ◇◇◇◇

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