第89話 雷雨の夜

 あたしは疲れて昼寝するまで、クロと一緒に訓練した。

 起きて昼ご飯を食べている間も、ずっと精霊力を意識した。


 サラと遊んでいるときも、夜ご飯を食べているときも、お風呂に入っているときもだ。

 そのおかげか、たった一日だが、精霊力についてだいぶ扱いが分かった気がする。


 お風呂を上がったあたしたちは、自室へと戻った。

 外からは雨音が聞こえている。


「ルリアちゃん、あめやまないね。どんどんつよくなってる」

「うん。外であそべないなー。ダーウは雨でもおかまいなしだな」

「わふ?」


 ダーウは朝と夕方の二回、雨の中をきっちり散歩してもらっている。

 いつもよりは控えめに、それでも一時間ぐらい外を従者と一緒に走っていた。


「じゅうしゃの人も、ビシャビシャだったものなー」

「わう」


 従者長は雨天時行動のいい訓練になると笑っていたが、当の従者は大変そうだった。


「あしたは、晴れるとといいなぁ」

「そだねぇ。サラは晴れがすき」「わふわふ」

 サラとダーウも晴れが好きらしかった。


 そんなことを話しながら、あたしたちは一緒に寝台に入る。

 眠る前に目をつぶって、精霊力を体内でグルグル回す。


「……ルリアちゃん、なにしてるの?」

「クロに教えてもらったくんれん。サラちゃんもする?」

「する!」「りゃあ~」

「ロアもしたいな?」


 ロアも一緒に練習したそうにしていたので、教えることにした。

 精霊力も魔力も、回し方は大差ない。あたしは魔力をグルグル回す方法をサラとロアに教えた。

 サラもロアも最初から魔力の操作がとてもうまかった。


「サラちゃんもロアも、すじがいいなぁ」

『ほんとに筋がいいのだ』

「そかな? えへへ」「りゃっりゃ!」


 だが、サラとロアは小さいので練習の途中で眠ってしまった。

 あたしも目をつぶって練習していたら、いつの間にか寝ていた。


 ◇


「ルリアちゃん、ルリアちゃん」

「…………どした?」


 真夜中、あたしはサラに起こされた。


「ト、トイレいきたくなっちゃったの」

「ん、わかった。いっしょにいこ」


 この部屋にはちゃんとトイレが隣接してある。

 だが、暗い中、そこまで移動するのが怖かったのだろう。


 あたしはサラと手をつないで、暗い中、トイレまで移動する。

 コルコとダーウは寝台の中で眠っているが、キャロがちゃんとついてきてくれる。


「キャロも寝た方がいい」

「きゅ」


 キャロは本当に真夜中も見張ってくれているらしい。

 とてもありがたいが、心配になる。


「ルリアちゃん、くらいね」

「そだなー。月も星もでてないからなー」

 クロに輝いてもらうといいのだが、クロも眠たいだろう。


「ルリアは外でまっているな? キャロ、おねがいな?」

「うん。ありがと」「きゅ~」


 キャロがサラと一緒にトイレに入ってくれたので、あたしは扉の外で待機する。


「ルリアちゃん、いる?」

「いるよ、あんしんしていい」

「そっか、えへへ」


 サラは怖いようで、たびたび声をかけて来る。


 あたしは暗闇には慣れている。

 前世では明かりのない家畜小屋で暮らしていたのだから。


「ルリアちゃん、あめすごいねぇ」

「そだねぇ」


 ますます激しくなった雨が窓を叩く音と強く吹く風の音が大きく聞こえてくる。

 サラはこの激しい音で目を覚まし、そして尿意に気付いたのかもしれない。


「こうずいとか、ならないといいのだけど……」


 前世の頃は川の氾濫対策に駆り出されこともあった。

 決壊したつつみを修復するまでの間、水があふれださないよう一晩中支えたものだ。


 気になって窓の方を見て、ロアが窓辺にいることに初めて気づいた。


「ロア、おきてたの?」

「………………」


 無言のまま、ロアは無表情であたしを見つめる。

 そのロアは、まるでロアじゃないような気配があった。


 それに窓の外、護衛小屋のさらに向こうにある湖の気配が変だ。

 じっと見つめる。だが、何もない。


「……きのせいかな?」

「おまたせ、えへへ」「きゅ」

 サラとキャロがトイレから出て来る。


「もうだいじょうぶ?」

「うん、ありがと。ルリアちゃんは?」

「だいじょうぶ。ロアもねるよ」


 呼びかけたが、ロアは窓の外をじっと見つめたまま動かない。

 あとで、ロアを抱っこして寝台まで運んであげよう。

 そう考えて、あたしはサラと手をつないで、寝台まで歩いていく。


 あと少しで寝台に到着するというとき、部屋の中が一瞬明るくなった。

 そのすぐあと、数秒後に「ダアアアアン」という轟音が響いた。


「かみなりがおちたねぇ。ちかいかも」

「………………」

「サラちゃん?」


 サラは固まっていた。


「びっくりしちゃったのかな?」


 サラは驚くと固まる傾向がある気がする。


「トイレしたあとで、よかったなぁ」


 もし、トイレに行く前なら漏らしてしまったかもしれなかった。

 あたしは、固まったサラをおんぶして、寝台まで運ぶ。


「ロア、だいじょうぶ?」

「…………」


 呼びかけると、ロアは相変わらず無表情のまま、こちらを見た。

 いつものロアではないが、怯えているわけではなさそうだ。


 ならば、サラを先に落ち着かせてあげた方が良い。


「…………ゎぁぅ」「こぅ?」


 ダーウは依然として寝ているが、コルコは起きて、こちらを見ている。


「だいじょうぶ。サラちゃんはびっくりしちゃっただけ」

 それにしても、あれほどの音と光で起きないダーウが凄い。


 あたしはサラを寝台に寝かせて、自分も横になる。


「……だいじょうぶだよ。サラちゃん、こわくないよ。いいこいいこ」


 しばらく撫でていると、固まっていたサラが落ち着いてきた。


「ルリアちゃん。ごめんね。びっくりしちゃった」


 まだサラは少し震えている。


「でかいおとだったからなー」

「ロアがひかった?」

「んー。ひかったのは、かみなりだよ」


 雷が落ちた瞬間、あたしは外を見ていなかった。

 だが、もし見ていたら窓の外が光ったとき、窓辺にいるロアが光ったと思ったかもしれない。


「そっかー。かみなりこわいねぇ」


 次の瞬間、再び部屋の中が明るくなり、少しして轟音が響いた。

 先ほどより光と音の間隔が近づいている気がする。


「ひぅ」

「サラちゃんは、あんしんしてねるといい」


 あたしは布団をかぶると、サラをぎゅっと抱きしめた。

 キャロとコルコはサラに寄り添ってくれる。


「これで、おともきこえなくなる」

「…………うん。ありがと。えへへ」

「サラちゃんが、ねるまでルリアがだっこしててやるからな?」

『おとでっかい』『びっくりしたー』『ぎゅっとしてー』


 先ほどまでいなかった精霊たちがやってきてくれたおかげで布団の中が明るくなる。


「サラちゃん。精霊たちもいるから、あかるくてあんしんだな?」

「……うん。精霊かわいい」

『さらー』『あったかい』『だっこしてー』

「ロアもこっちおいで」

「…………」


 だが、ロアは窓辺から動かなかった。

 三分ぐらいサラを抱きしめていると、サラと精霊たちはやっと眠りについた。


「ふう。かみなりはこわいなぁ」

 あたしは寝台からでて窓辺に移動して、ロアを抱っこする。


「ロアこわい?」

「ゃぁ」


 ロアはぷるぷる震えていた。小さく鳴いて、あたしの胸に顔を押しつける。


「やっぱり、こわかったか。ごめんね?」

「りゃ」


 サラを寝かしつける前にロアを抱っこしてあげるべきだったかもしれない。

 あたしはロアを優しく撫でる。


「ヤギたちだいじょうぶかな」

「…………」


 ロアはもう眠っていた。あたしに抱っこされて、安心したのかもしれない。


 寝台に戻りながら、窓の外を見る。

 豪雨は相変わらずだが、雷は収まったようだ。


「……ぁぅ」

 寝台ではダーウがずっと眠っていた。


「ダーウがねているってことは、あんぜんってことかもなぁ」


 ダーウは頼りなくみえて頼りになる。本当に危ないことになったらすぐに起きてくれるだろう。


「……クロもいないな?」


 もしかしたら、クロはヤギたちのところにいるのかもしれなかった。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にかあたしも眠ってしまった。

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