第68話 呪者との戦い

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「なに、……あれ」


 ヤギたちとフクロウたちが戦っている相手は少し猫に似ていた。

 ダーウぐらい大きな猫だ。獅子や虎に近いかも知れない。


 だが、猫と違うのは、全体が銀色でドロドロと溶けていることだ。

 まるで水銀で作った大きな猫の像のようだ。


 碧い宝石のような目が四つあり、口は本物の猫よりも大きく裂けていて長く鋭い牙が並んでいた。

 異様な生き物だ。いや、生き物と言っていいのかわからない。


 クロが大きな声で叫ぶ。


『あれが呪者なのだ! でも数が……』

「キシャアア」


 相当な距離があるのに、クロの声に反応して、フクロウたちと戦っていた呪者はこちらを向いた。

 そして、一気にこちら目がけて駆け出そうとし、ヤギたちと、フクロウと鷹に止められている。


 激しい戦いだ。

 ヤギたちは一頭当たり十体ほどの呪者を相手にしていた。

 呪者はヤギたちより小さいが、数が多く素早い。ヤギたちも苦戦しているようだ。


 フクロウと鷹はヤギたちを援護する形で、自分より数倍大きい呪者と戦っている。


 戦いながら、フクロウと鷹が、

「ホッホォオ!」「ピィイィ」

 危ないと叫んだ。


 次の瞬間、あたしたちの右横から、別の呪者が跳びかかってきた。

 ヤギたちとフクロウたちと戦っていたのと、大きさも姿もそっくりな水銀の猫のような呪者だ。


『ひぅ』


 あたしたちのなかでもっとも右にいたクロが、悲鳴をあげる。 


 クロは避けようとしたが、全速力で、呪者に向かって移動していた最中だ。

 体を翻すのが一瞬遅れる。


「だめっ!」


 あたしは、跳びかかってきた呪者に向かって手のひらを向けた。

 何かしようと思ったわけでも、何かできると思ったわけでもない。

 単なる無意識で、咄嗟の行動だ。


「ギシャッ」


 だが、こちらにものすごい勢いで突っ込んできていた呪者は頭を大きくそらして止まる。

 まるで、頭に、高速の石をぶつけられたかのようにみえた。


「ココォォォッ」

 コルコが矢のように飛び出すと、仰け反った呪者の頭を鷲づかみにして引きずり倒す。


 すると呪者の水銀のような体表が鋭い針に変化した。

 まるでヤマアラシのようだ。


 顔面を掴みクチバシで呪者の目を抉ろうとするコルコを、呪者はその針で貫こうとする。


「コルコあぶない!」

「ココゥ!」


 突き刺されそうになってもコルコは全くひるまない。

 だが、このままではコルコは無事ではすまないだろう。


 その呪者にダーウはまっすぐ突っ込む。

 ダーウは鋭い針など全く気にせず、呪者の首に噛み付くと、

「がうがうがうがうがうがぅ!」

 ぶんぶんと振り回す。


 それはまるで、剣術訓練の際に木の棒を振り回すかのようだ。

 ビタンビタンと呪者は、周囲の木々と地面にぶつけられ、水銀のような体があたりに散らばる。


『上から!』


 クロが叫んだ直後、通常の猫ぐらいの大きさの呪者が頭上から降ってきた。

「まず――」


 あたしは咄嗟に反応できなかったが、

「きゅる!」

 キャロがあたしの頭に飛び乗って、

「きゅうきゅうきゅう!」

 その呪者の首に噛み付いて、

「ギャアアア」

 悲鳴を上げる呪者を、地面に叩きつける。


「ガウガウガウガウガウガウ!」


 ダーウは跳びかかってきた呪者を振り回しながら、地面に落ちた呪者を前足の爪で切りさいた。

 呪者を倒し終えるとキャロとコルコが、ダーウの背中に素早く戻ってくる。


『さ、さすがダーウなのだ』


 怯えたクロはあたしのお腹にしがみつきながら呟いた。


「ダーウ、キャロ、コルコ、たすかった。ありがと」

「わふ」「きゅ」「こぅ」

「呪者はしんだか?」

『うん。そいつは死んだのだ。でも……』


 フクロウと鷹は依然として激しい戦闘の最中だ。


 だが、この調子で一体ずつ倒していけば、なんとかなる!

 そう思った次の瞬間。

 

 ――ギジャアアアア


 ヤギたちやフクロウたちの向こう側からおぞましい声が聞こえた。


「なに? あれ?」


 現われたのはヤギよりも一回りは大きい巨大な呪者だ。

 体はほかの呪者と同じく水銀のような銀色で、大きく裂けた口を持ち、四足で歩いている。

 違うのは背中に大きな羽があることだ。


「とぶのか?」

『わ、わかんないのだ』 


 その巨大な呪者の気配は、他とは全く違った。

 巨大な呪者は、大きく口を開いて近くにいる呪者を食らった。


「……たべてる」


 食べ終わると呪者が発する呪いの力が増した気がした。


『ここまで呪いが進んでいるなんて……』

「クロ? どういうこと」

『あの子が呪われちゃった守護獣なのだ』


 その呪者にしか見えない子が守護獣のなれの果てらしい。


「じゅしゃにしかみえないけど?」

『呪いの核を無理矢理飲まされて、呪者に変化させられてしまったのだ』

「解呪は?」

『きっともう無理なのだ。……悲しいけど倒すしかないのだ』


 クロは本当に悲しそうだ。


「メエエエエエ!」


 そのとき、ヤギがまとわりつく呪者を振り払って、その呪われし守護獣に突撃し頭突きする。


 ――ギニャアアアア


 呪われし守護獣は悲鳴を上げると、水銀のような体を周囲にばらまく。

 そして、全方位に風の刃の魔法を放った。


 ヤギたちは避けずに受ける。血が周囲に飛び散ったが致命傷ではなさそうだ。

 当たったら致命傷になりかねない体の小さなフクロウたちは、たくみに避けた。


 あたしの方にも風の刃が飛んでくる。


「まずっ」


 あたしは咄嗟に向かって飛んできた風の刃に向かって手の平を向けた。

 不意に石が飛んできたときに、思わず自分をかばってするのと同じようにだ。


 ――バシュン


 あたしに向かって飛んだ風の刃はなぜか霧散した。

 同時に「いたいいたい、たすけて、くるしい」という声が聞こえた気がした。


「……クロ。あの子、まだ生きてるな? じゅしゃになりきってないな?」

『え? それはそうだけど、時間の問題なのだ。もう治すのは無理なのだ!』

「そんなことない!」


 クロはそういうが、解呪できるとあたしにはわかった。

 なぜわかったのかはわからない。ただの勘のような気もするし、本能的な直感かも知れない。


 だが、あたしは解呪できると確信していた。


「ダーウ! あの子にむかってはしって」

「ばう!」

「いっきにちかよって、かいじゅする!」

「ばうばう!」


 ダーウは走り出す。あたしたちを止めようと、呪者達が殺到する。

 周囲の呪者の気配は、十やそこらでは無い。数十、いや百を超えていてもおかしくない。

 ヤギたちと戦っていたのとは別に、その数倍もの呪者がこの周囲にいたようだ。


『ルリア様、いったん退いた方がいいのだ』

「にげる?」

『ルリア様の安全のためにはそれが一番なのだ』

「でも、逃げたらまにあわない」

『それは、そうだけど、……恐らくもう間に合わないのだ』


 そういったが、クロは複雑な表情を浮かべている。

 クロにも間に合うか間に合わないかの確信はないのだろう。


「クロ、あんしんしろ。まにあう」

『なぜそういえるのだ?』

かん!」


 あたしたちに向けて同時に四方から呪者が殺到してくる。


「くんな!」


 あたしは一番近い呪者に手をかざして叫ぶ。


 意味があるのか無いのかもわからない。

 だが、同じことをして先ほど、呪者は吹っ飛んだ。


 その仕組みも理由も、わからなかったが、試してみようと思ったのだ。


「ギシャッ!」

 やはり、呪者は吹き飛んだ。


「ふむ?」

『ル、ルリア様。あ、もしかしたら』

「どした。クロ?」

『説明はあとなのだ! 呪者に消えろって力一杯念じてみて!』

「わかった」


 クロがそういうなら、試してみる価値がある。


「きえれぇぇぇぇぇ!」


 あたしは強く念じながら叫んだ。

 その次の瞬間、体から力が一気に抜ける感覚がした。

 ダーウの背中の毛を掴む手から力が抜けて、一瞬落ちそうになった。


「あぶ、あぶ。おちるとこだ」

「わふ?」

「だいじょうぶ、ダーウはしって」


 なんとか、毛を握り直して、体勢を整える。


 一瞬だけ足を緩めたダーウは、フクロウたちのところに向けて再び加速する。


 そのとき、クロが叫んだ。

『やったのだ!』

「む? なにが?」

『呪者は……滅びたのだ』

「え? なんで?」


 あたしはきょろきょろと周囲を見回す。


「わ、わふぅ」


 驚きすぎたダーウが足を完全に緩めて、とことこ歩く。

 ヤギたちやフクロウたちと戦っていた呪者も全てもういない。

 苦しいほどに立ちこめていた、呪者の嫌な気配も、ほぼない。


「ク、クロ、どういうことなのだ?」

「わふぅわふ?」


 混乱してクロみたいな口調になってしまった。

 ダーウも混乱していた。



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