第67話 真夜中の探検

 ◇

『ルリア様、ルリア様!』


 真夜中、熟睡してたあたしはクロに揺り起こされた。


 今日は色々あったので、とても眠い。

 手紙を書いて巨石を取り除いた後、サラと「精霊を運ぶゲーム」と人形遊びをしたのだから。


「まだ……よるだよ?」

『ルリア様。起きないと後悔するのだ』

「むう……」


 目を覚ましたあたしが、最初に思ったことは、

「せいれいなのに、クロはルリアをゆらせるのなぁ……」

 ということだった。


 精霊は物理的な存在では無いのに、あたしの体を揺らせるとは。

 不思議なこともあるものである。仕組みが謎だ。

 ちなみに、前世のころの精霊王ロアであっても、あたしの体を揺らすことはできなかった。


『寝ぼけてるところすまないのだ』

「どした? まあ、クロもねるといい」

 クロを掴んで布団の中に入れる。


『だめなのだ。急ぎなのだ!』


 クロは慌てた様子だ。かなり大きな声で叫んでいる。


「む? ほんとうにどうした?」


 あたしは、眠い目をごしごしこすって、ちらりとサラを見る。

 サラはコルコを抱きしめて、気持ちよさそうに眠っていた。


「サラをおこさないよう、小さな声でな?」

『サラにはクロの声は聞こえないのだ!』

「……たしかに?」


 理屈ではそうなのだが、不思議な感じがする。


『フクロウたちが教えてくれたのだけど、死にそうな子がいるのだ』

「む? けがしたこがいるの? それともびょうき?」

『呪いなのだ。……でも、助けに行くのは危険なのだ』


 マリオンの呪いについて、クロは教えてくれなかった。

 それはあたしの身の危険を考えてのことだ。


 そんなクロに、危険でも何かあったらちゃんと教えて相談してくれとあたしは言った。

 その約束を守ってくれたのだ。


「ありがと。クロ」

『危険なのだ……。でも、……どうしたら、いいのだ?』

 クロは困っている。


「もちろん。たすけにいく。場所はどこ?」


 あたしは気持ちよさそうに寝ているダーウを揺り起こしながら、クロに尋ねた。


「……ぁぅ?」

「ダーウ、ねているところすまぬな?」

「……ぁぁ~ぅ」


 ダーウは大きく伸びをする。

 そして、寝台から降りると、気にするなというかのように、あたしの頬をペロリと舐めた。


『えっと、この別邸から、湖にそって人の足で三十分ぐらいなのだ』

「とおいな? でもダーウなら、ごふんぐらい?」

「ぁぅぁぅ!」


 ダーウは、もっと速いと言っている。

 サラを起こさないように小さな声で鳴いてくれていた。


「わかった。いこう」

『でも危険なのだ』

「どんな、きけん?」


 あたしもクロに相談すると約束した。

 本当のことを教えてくれたあと、後先を考えずにつっこむことは相談したとは言わない。


『呪われた子の周りに呪者がいて……。ルリアさまでも怪我してしまうかもしれないのだ』

「そのじゅしゃ、ダーウとどっちがつよい?」


 ダーウは胸を張って「任せろ」と目で言っている。


『ダーウのほうが強いと思うのだけど……数が多いから簡単ではないのだ』

「じゃあ、その呪われた子を、だっこしてにげるのはどう?」

『それはできないのだ。呪われた子は半分呪者みたいになっちゃっていて』

「むむう。呪いをとかないと、たすけられないのか」

『うん。ルリア様なら解呪できるけど、その子も暴れるし、呪者が攻撃してくるから……』


 呪者の攻撃をかわしつつ、暴れる子の解呪をすると言うのは難しそうだ。


「うーむ。じゅしゃをたおしたあと、かいじゅするしかないな?」

『……でも不安なのだ』

「やばそうなら、にげよう。それならどう?」

『……うん』


 クロは不安そうながらも、なんとか納得してくれた。


 あたしはタンスから普段着を取り出して、寝間着から着替える。

 昨日のうちに侍女が入れていてくれたものだ。

 いつもの剣術訓練を行なう服なので、充分動きやすい。


「キャロもいこう。せんりょくだからな?」

「きゅ」


 キャロはダーウの背中に乗った。


「コルコは……」


 コルコはサラに抱きしめられている。

 コルコを連れていくと、サラが起きたとき寂しいだろう。


「コルコはおるすばんのほうがいいな?」

「こ」


 コルコは「いや自分も行く」と力強く言っている。


 静かに、そして優しくサラの腕の中から離れると、クチバシの先でそっとサラの髪を撫でる。


「こぅ」

「クロ、サラはだいじょうぶかな?」

『だいじょうぶなのだ。呪者は精霊を優先的に狙うから。サラは狙わないのだ』

「そっか」

『それに本邸から鳥の守護獣たちが来てくれているから、この屋敷は安心なのだ』


 それならば心強い。


「じゃあ、コルコも行こう」

「こっ」


 あたしとキャロ、コルコはダーウの背中に乗って、窓まで移動する。


「む?」

 窓からは護衛が入っている建物が見えた。


「これはよくない」


 護衛、つまり大公爵家の従者たちは非常に強いのだ。

 窓から脱出しようものならば、バレかねない。


「ちがうまどにいこう」

『それならこっちなのだ!』


 クロが飛んで移動してくれる。

 その後ろをダーウとその背に乗ったあたしとキャロ、コルコがついていく。


「ダーウしずかにな?」

「…………」


 ダーウは速いのに、足音をほとんどたてずに走ってくれる。



『こっちに死角があるのだ』


 クロは建物と木の陰になって、ちょうど護衛の建物から見えない場所に案内してくれた。


「こんなばしょがあったとは」


 あたしはほんとうに小さな声で話す。


『放置してたら、たぶん危険かもしれないのだ』

「たしかに」


 あたしが窓を静かにあけると、ダーウが音も無く外に飛び出した。

 雨はまだ降り続いている。豪雨と言っていい状態だ。


『ついてきてほしいのだ』

「……」


 先導してくれるクロの後ろを、ダーウは静かに走って行く。

 あたしとキャロとコルコはダーウの背中の毛をがしっと掴む。


 月が出ていないので周囲は暗い。

 とはいえ、護衛の中には暗視の魔法を使える者もいるだろう。

 だから、見つからないよう、湖を少し離れて、森の中を走って行く。


 森の中は一層暗い。

 だが、輝くクロがいるので、あたしやダーウ、キャロの目には充分明るかった。

 夜目が利かないにわとりのコルコにとっては、充分な明るさかどうかはわからない。


 だが、コルコはしっかりと前方を睨み付けていた。



 しばらく走って、護衛の建物から充分離れたと判断したあたしはクロに声をかけた。


「けっこうとおいな?」

『うん。もう少しかかるのだ』


 あたしは空を見る。分厚い雨雲に覆われて星は見えない。

 いつもの鳥たちはあたしの上を飛んでいない。


 小屋を出て、数分後。濃い呪いの気配が漂ってくる。

『この気配は……まずいのだ』

 そう、クロが呟いた直後、

「めええええ!」「もおおお」「ぶぼぼぼぼ」

 ―――バサバサ

「ホッホォ!」「キュウウイ」


 ヤギ、牛、猪の鳴き声と戦う音、フクロウと鷹の声と羽音が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る