第66話 村人とアマーリアと??

  ◇◇◇◇

 ルリアたちが去った後、最後まで平伏していた村人は大急ぎで村へと走って戻った。

 アマーリアに対応を任されて、村人に同行した従者が尋ねる。


「雨はそれほど大事なのか?」

「もちろんです。我が村は麦や野菜も栽培していますが、主なのは、やはり薬草でして――」


 村人は嬉しそうに、そして誇らしげに村の特産品は、高級薬草なのだと語る。


「うちの薬草は、高級治療薬の生成に欠かせないですからね」

「その治療薬には、私もお世話になったことがあるぞ」

「ありがとうございます」


 村人は麦や野菜は水を撒けば良いのだが、薬草だけは雨で無ければダメだという。


「はっはっ、俺たちもよくわかってないんですが、精霊の力が雨に含まれているとかで、はっはっ」


 村人は息を切らせて走りながら、目を輝かせていた。

 どうやら、精霊の雨を浴びて育った薬草だからこそ、効果が高いということらしい。


「はっはっ、この辺りは精霊さまに守られた土地なんですよ」

 そう自慢げに村人は言った。


 従者と村人が村に着いたときには、村人達は一心不乱に農作業を行なっていた。

 降り始めた雨は、どんどん強くなり、今は豪雨に近い状態だが、お構いなしだ。


 従者は村を視察した後、報告のために戻っていく。



 村人達は精霊への祈りを捧げつつ、農作業を行なった。


(聖女様)(大公家の末娘は聖女様だ!)(ありがとうございます聖女様)


 皆、心の中でルリアのことを思い浮かべていた。

 なんと謙虚で、素直で可愛らしい聖女様なのだろう。


(奥方様が言うなっとおっしゃったし、言わないようにしないと)


 ルリアに心底から感謝している村人達は、口にしなかった。


 ただ「ありがとうございます。お嬢様」と毎日感謝の言葉を捧げるようになった。

 お嬢様とは誰なのか。お嬢様に何の恩義があってお礼を言うのか。

 よそ者に聞かれても、誰も口にしなかった。



  ◇◇◇◇

 巨石を水路から除去した日の夕方。

 アマーリアは、遊び疲れて談話室で眠ったルリアとサラを優しく撫でていた。


「本当にお可愛らしい」

 侍女はそういって、微笑んだ後、

「昼間の……ヤギたちは何者だったのでしょうか?」

「さあ、一体何者なのかしらね」

「神々しい、まるで物語に出てくる神獣のような者たちでしたね」


 アマーリアはルリアの隣でお腹を丸出しにして眠っているダーウを撫でる。


「わかっているとは思うのだけど……」

「はい、心得ています。ルリアお嬢様のことは口外してはならぬ。ですね?」

「ありがとう」


 アマーリアは微笑みながら、考える。

 ルリアは特別な存在だとは思っていたが、想定していたよりも特別な存在らしい。

 あのヤギたちはどう考えても普通の動物ではなかった。


(ルリアがなぞっただけで、巨石が割れて雨が降り始めたわね)


 この地域は精霊の力が強いと言われている。

 村の特産品の高級薬草も、精霊の雨のおかげで効果が高いと言われている。

 精霊の雨の真偽などわからないが、実際薬草の治療効果が高いのは確かだ。


(もしかしたら……本当に聖女なのかしら)


 昔、この国を治めていた聖王家には聖女が生まれたという。

 そして、現在の王家は、聖王家の分家だ。

 血のつながりがあるので、聖女が生まれてもおかしくはない。


 アマーリアが真剣に悩んでいると、

「……かぶとむし? うまいな?」

 ルリアが恐ろしい寝言を呟いた。


「ルリア、かぶとむしは美味しくないわよ?」

「…………うまく……ないかぁ。むにゃ」


 そんなルリアを撫でながら考える。

 このまま屋敷の中で大切に育てるのが良いのか。

 今日のように、少しずつ外に出す方が良いのか。


(考えても、中々結論が出ないわね)


 ルリアを男爵邸に連れていく前から、アマ―リアもグラーフも考えていた。

 どう考えても、ルリアは規格外の力を持っている。


 ……このままでいいのだろうか。


(ルリアは、能力が規格外なのに、常識が無いのよね)


 ルリアは巨大なヤギたちを手懐けることが異様だと知らない。

 だから、目撃者が沢山いるのにやってしまう。


 巨石に書かれた文様をなぞっただけで破壊したのも異様なことだ。

 だが、ルリアはあまり気にしていない。


 屋敷に閉じ込めているのだから、常識が無いのは仕方ないことではある。


(どうすべきなのかしら)


 常識を少し身につけさせるいい機会だと、直訴の場に連れて行った。

 貴族とは違い、領民には赤い髪に対する偏見も少ない。悪意にさらされる可能性も低い。


 それに隔離中という理由もあるので、領民との距離は保たれる。

 優秀な従者もいるので、守ってくれている。


 だから、アマ―リアはサラとルリアをその場に連れて行った。


(ルリアは、私の想定よりずっと規格外だったわね)


 規格外の力は、不幸をもたらしかねない。


 親として守るといっても、いつまでも守れるわけではない。

 親は子より先に死ぬのだから。


 ルリアはまだ五歳。通常であれば、親の庇護のもと、ただ守られていればいい年齢だ。


 そう考えて、グラーフもアマ―リアもルリアを外に出さず、悪意から守り続けた。


(ルリアに、身を守る術を……剣術だけでなく)


 いつルリアの祖父である王が、縁談を持ってくるかわからない。

 それに数年後には第二王子の娘として社交界に出なければならなくなる。


 少しずつ、外に出る経験を踏ませた方が良いのでは無いだろうか。


 雨が窓を激しく叩く音を聞きながら、

(グラーフと相談しないと)

 アマーリアはグラーフに宛てて手紙をしたため始めた。


 ◇◇◇◇


 その者は数十年、数百年、いやもしかしたら数千年前からその場にいた。

 そして、ずっと耐えがたい苦痛を感じていた。


(どうして僕がこんな目にあわなければならないの?)


 暗くて寒くて、痛くて苦しくて、寂しい。

 自分がここにいる理由も、記憶の彼方で曖昧になりつつある。


 全裸で雪山に放り込まれたかのように寒い。

 全身を目の粗いヤスリで削られ続けているように痛い。

 内臓が悲鳴をあげている。強烈な吐き気がするのに吐くものがない。頭が痛い。


 耳元で、誰かが誰かを呪うおぞましい言葉がずっと聞こえる。


(もういやだ、たすけて、……だれかたすけて。いたい、……さみしい)


 かつてあった高潔な志が、年月共に薄れゆくのはやむを得ないことだった。

 その者は世界を呪い始めていた。


 その者が、世界に向かって助けをこいねがい、同時に世界に向かって呪詛を吐いていたとき。

 ルリアが巨石に刻まれた呪術回路を破壊した。


(……?)


 その者の頭上の空間に亀裂が入り、光のようなものが届いた。

 物理的な光ではない。精霊の輝きのようなものだ。


(あそこから、外にでられるの?)


 その光がはその者にとって希望だった。

 体を蝕む耐えがたい苦痛が少しだけ、ほんの少しだけ和らいだ気がした。


 ◇◇◇◇

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