第63話 巨石をどかそう

 ヤギたちに気を取られながら、十分ほど歩くと、水路を塞ぐ巨石が見えてきた。

 村人が訴えていたとおり、巨石の手前で水路が分岐していた。


「……おっきい」

 母に抱っこされたサラが巨石を見上げて呟く。


「たしかにでかいな?」


 高さは父の身長ぐらいあるし、横幅も厚みも高さの倍近くある。


「あっちからおちてきたのかな?」


 水路の右岸側、少し離れた場所に岩山があり、崖になっていた。


 あたしは近づかずに岩山の上を見ると土砂崩れの跡らしきものが見える。

 巨石は岩山の上から落ちてきて、地面を転がり、水路のうえで止まったようだ。


 だが違和感がある。


「あやしいな?」


 岩から自然のものでは無いような、そんな雰囲気を感じる。

 根拠はない。ただの勘だ。


「……かあさま。せんもんかに、しらべさせたほうがいい」

「そうね。ちゃんと調べて。もちろん安全には気をつけて」

「畏まりました」


 従者に指示を出した後、母はしばらく巨石を眺めていた。


「うーん。取り除くには、どのくらいかかりそうかしら?」

「予算次第ですが、通常ならば二か月ほどかと」

 答えたのは屋外の護衛を担当している従者のなかでもっとも年かさの者だ。


「予算に糸目をつけない場合は?」

「一か月まで短縮できるかと」


 それを聞いて母は、村人には絶対聞こえないほど、すごく小さな声で呟く。


「……予算をかけるのと、税を減免するのとどちらが費用がかかるかしら」

 その呟きはきっと、あたしとサラに聞かせるためのものだ。


 その予算が、村から得られる税収より多いならば、税を免除しゆっくり作業した方が良い。

 大公家から村人が生活できるよう金銭援助をしても、安くなるかも知れない。


 母が考えている間に、あたしは年かさの従者に言う。


「そなた、くわしいな?」

「彼はいつでも執事代行も務める優秀な従者筆頭だから、当然詳しいわよ」

「もったいなきお言葉。畏れいります」


 母にも褒められて、従者は深く頭を下げた。

 きっと、父が別邸の使用人をまとめるために送り込んだ上位の従者なのだろう。


 母は少し考えたあと、領民に言う。

「いつまでに水路が回復すれば、今年の農作業に間に合うのかしら?」

「もう既にギリギリでございます」

「一月後ならば?」

「今年の農作業には到底間に合いません」


 どうやら、巨石を除去する方法では、今年の農作業には間に合わないらしい。


「うかいろをつくるのは?」

 あたしが尋ねると、すぐに従者が教えてくれる。


「水路敷設は簡単な土木作業ではありませんが、大急ぎで行なえば一週間もあれば、可能かと」

「一週間でも間に合いませぬ……本当ならば三週間前に完了していなければならぬ作業があり……」


 従者の返答を聞いて、村人が悲しそうに言った。


「困ったわね」


 母はそう呟くと、サラに向かって小さな声で尋ねる。


「サラは、どうしたらいいと思う?」

「……ぜいをなくして……ごはんをとどける?」

「そうね。それしかないかも知れないわね。ルリアは?」


 あたしは少し考える。

 サラの案は最悪を防ぐ為の対処法だ。

 本当は農業を行えて、税を払えた方が良いに決まっている。


「いわを……どける?」

「どうやって?」

「どうぶつに、てつだってもらう」


 こちらを覗いているヤギたちならば、岩をどけられる。

 あたしには、そんな確信があった。


「動物? 牛に引かせるの? でも、この大きさだと村の牛だけだと……」

「それなら、たぶん大丈夫。ともだちにたのむ」


 母とサラは怪訝な表情を浮かべている。実際に見せた方が早いだろう。


「ちょっとまってな。おーい、そこのヤギたち、こっちこーーい」


 あたしは大きな声でヤギたちを呼ぶ。


「ルリア、なにを?」

 母もサラも、侍女も従者たちも、そして村人達もきょとんとしてあたしを見つめている。


「まあ、みてて」


 ヤギたちは互いに顔を見合わせると、こちらに向かって走ってくる。

 ヤギの尻尾が勢いよく揺れているのが、とても可愛い。


 ヤギがあたしたちのすぐ近くまでやってきて、

「ぬうっ! 総員! 構えよ!」

 従者が身構える。

 

「まってまって! てきじゃないよ!」


 あたしは慌てて、ヤギたちと従者たちを止める。

 ヤギたちがとても大きいので、従者たちは警戒したのだろう。


 このまま近づけたら、戦闘になりかねなかった。

 それほど、従者達の殺気は鋭かったのだ。


「みんなともだちだからね? 落ちついてね?」

「ルリア。みんなって誰のこと?」

「ん? ほら、そこにいるヤギとうしと、いのしし」


 あたしがそう言った瞬間、ヤギたちの気配が変わった。

 母が振り返り、ヤギたちを見て「ひぅ」っと声をあげた。


「……でっかい」

 サラもびっくりした様子で、母にしがみついている。


「うっわあああ」「で、でかい!」「いったい、どこから?」

 村人達も突然騒ぎ出した。


「さっきからいたのに?」

「み、見えませんでした」「突然目の前に……」


 怯えた様子の村人達が叫んでいる。


「みえない? みえてたけどな?」

「……お嬢様。我らにも見えませんでした」

「みんな、みがまえてたよね?」

「姿の見えない巨大な存在の気配を感じたから、身構えたのです」


 どうやら、従者たちにも見えていなかったらしい。


「そんなことある?」

「恐らくヤギたちは姿隠しの魔法を使っていたのかと」

「む? すがたかくしかー」

「姿隠しの魔法を使われると、よほど力量が高くなければ、見ることはできなくなります」

「……なるほど?」


 あたしには普通に見えていたので、みんなにも見えていると思い込んでいた。

 それに精霊は皆に見えないので、気をつけているのだが、ヤギたちは精霊ではない。

 もしかしたら、守護獣かもしれないが、守護獣は動物みたいなものなのだ。


「神獣? 聖獣かもしれません」


 従者が呟いている。

 少し、まずかったかも知れない。目立たない方がいいのだ。


 とはいえ、今回は村人の生活、もっといえば命ががかかっている。

 農作業ができない農村は、満足にご飯を食べられなくなり、弱いものから死んでいくのだから。


 やっぱり、自分の保身のために、出来ることをやらないのは違うと思う。

 少しぐらい白い目で見られようと、目立とうと、村一つが助かるならその方が良い。


 とりあえず、あたしは誤魔化すことにした。


「そんなことはどうでもよくて! ヤギたち。いわをどけてほしいのだが!」


 あたしはヤギたちの方へと歩いて行く。


「お嬢様、あぶのうございます!」

 屋内警備担当、つまり一緒に隔離されている従者があたしを止める。


「だいじょうぶ。ともだちだからな?」


 ヤギたちとは初めて会ったが、友達だとあたしにはわかる。

 だが、従者が必死な顔で止めるので、近づくのを止めて、その場でヤギたちに言う。


「ヤギたち。このいわがな。すいろをふさいで、みんなこまっているんだ」

「めえ~~」「もぅ~」「ぶぼ」

「どけられる? ルリアもてつだうよ? みんなでひっぱって、てこをつかって……」


 あたしが作戦を大きな声でヤギたちに説明してると、

「めめめえ~」「もももぅ」「ぶぼぼぼ」

 ヤギたちは「任せろ!」「大丈夫」「自分たちだけで余裕」だと力強く言う。


「むりしなくていいのだよ?」

「めええ!」


 ヤギと牛と猪は巨石にゆっくりと近づいていく。

 領民は怯えた様子で、従者は警戒しながら、ヤギたちから距離を取る。


「ヤギたちは、ともだちだから、だいじょうぶだからね?」

 もう一度あたしは、皆が怯えないように念を押す。


 ヤギたちは「めえめえ」言いながらしばらく巨石の臭いを嗅いだりした。

 それが済むと、ヤギと牛は、巨石の下部に自分の角を押し当てた。

 そして、猪は立派な牙を押し当てる。


「めええええええええ!」「もももおおおおお!」「ぶぶぶぼぼぼぼ!」

 ヤギたちが同時に一歩前に進むと、巨石がぐらりと傾き、

「めえええええ」「もおおおお」「ぶぼおおおお」

 さらにもう一歩、ヤギたちが進むと、岩がゴロゴロと転がった。

 塞がれていた水が流れ出す。


「お、おお」「巨石が……」「水路が……」


 村人たちは感動した様子で立ち尽くした。

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