第64話 呪いと恵みの雨

※※一巻が8月ごろ発売になる予定です!※※


「ありがと、ヤギ、うし、いのしし」

「めえええ~」「もおおお」「ぶぶいい」


 あたしがお礼を言うと、ヤギたちは嬉しそうに近寄ってくる。

 従者達は迷ったが、ヤギたちを通してくれた。


「ありがとな~」


 ヤギたちが頭を下げるので、順番に撫でまくった。

 ヤギは毛が長くて柔らかくて気持ちが良い。

 牛も意外と毛が長かった。猪の毛は少し硬かったが、これはこれでいいものだ。


「聖獣を従わせるとは」「いや、神獣だよ」

「聖女さま……」「ああ、精霊よ。ありがとうございます」


 あたしがヤギたちを撫でていると、村人達が平伏していた。

 動物と仲が良いから、聖女と誤解されたらしい。


 そして、ヤギたちも巨大なので、聖獣か神獣だと思われているようだ。

 恐らくヤギたちは聖獣では無く、守護獣であるのだが、説明が難しい。


「ちがうよ? ヤギたちはただの大きい動物だし、ルリアはどうぶつと仲がいいだけだよ?」


 そういったが、村人は「聖女様」と「聖獣様」への感謝を止めない。


「謙虚だ」「……幼いのにさすが聖女」「神々しいヤギ様」


 そんな村人達に、母は冷静に告げる。


「頭を上げなさい。娘はただの人です。崇拝することを固く禁じます」

「で、ですが」

「いいですね? すぐに頭を上げなさい」


 村人は何か言いかけたが、母の強い口調に黙って頭を上げた。

 そんな村人達に母は笑顔で言う。


「もし、娘に、そして大公家に、わずかでも恩義を感じているならば口を閉じなさい」

「は、はい」

「よそ者には、特に司祭には、絶対に言ってはいけませんよ?」


 司祭と母が言った瞬間。

「っ! か、かしこまりました、肝に銘じます!」

 村人達も唯一神の教会に知られたら、まずいと理解したのだろう。

 唯一神の教会は、精霊を目の敵にしているのだから。


「ありがとう。理解に感謝します。これで農作業はできますか?」


 母は優しい口調で、村人達に問いかける。


「はい、なんとか……聖じ……いえ、お嬢様のおかげさまで」


 村人は聖女と言いかけて、言い直した。


「雨さえ降れば言うことは無いのですが……」


 そういって、村人の一人は晴天の空を仰ぐ。

 村人達は、最近、村には雨があまり降らないと言っていた。


「あめがふったほうがいいの?」

「はい、聖、いえ、お嬢様。雨が降らなければ、薬草が……いえ!」

「ですが、水路が開通したならば、村は生きていけます! ええ、なんとかして見せますとも!」


 村人はすごくやる気にあふれている。

 だが、水路開通だけでは充分では無く、雨が降らないと大変なのも間違いないらしい。


「ふむう~」


 どうして、雨が降らないのだろう。

 湖は水をしっかりと湛えているし、周囲の草木を見ても水が足りてないようには見えない。


「へんだなぁ?」


 村にだけ雨が降らないなどあるだろうか。

 村のある場所が、特殊な地形なのだろうか。


「ヤギ、ウシ、イノシシ。なんでだと思う?」


 ヤギたちはきっとこの辺りに住んでいる動物だ。

 だから、雨が降らない理由を知っていると思ったのだ。


「めえ」「もお」「ぶぼ」

 ヤギたちがどかしたばかりの巨石を鼻先で突っついた。


「むう? 岩になにかあるの? 岩をしらべる!」


 あたしがそう宣言すると、従者たちが、村人を遠ざけてくれた。

 あくまでもあたしは赤痘患者の濃厚接触者として、隔離中なのだ。


「ふむう~。この岩は……む?」


 嫌な気配がする。それに巨石に怪しげな文様が彫り込まれていた。

 とてもあやしい。呪いに関する何かの気がする。

 それは知識に基づかない単なる勘というべきものだ。


「……クロ」


 あたしはごくごく小さな声で呟いた。


『人前で話しかけないで、なのだ』

 地中からクロが、にょきっとはえた。


「……なにこれ?」

 あたしは文様を指さして、本当に小さな声で尋ねる。


『呪術回路なのだ。魔法陣の呪術版といえばわかりやすいかも?』

「……こうかは?」

『普通の精霊を近づけない結界のようなものなのだ。結構広い範囲を結界で覆っているのだ』


 どうやら、犯人は呪術の心得があるか、呪術師に依頼したのだろう。

 男爵といい、代官といい、最近呪いが流行っているのだろうか。

 いや、まだ代官が犯人だと決まったわけではないのだが。


「まったく、きづかなかった」


 あたしも、まだまだ修行が必要だ。


『気付かせなくする効果もあったのだ。クロも気付かなかったのだし』

「どういうこと?」

『つまり……』


 クロが言うには、精霊や守護獣は無意識のうちにこの辺りに近づかなくなるらしい。

 つまりこの結界に気付かないのも、効果のうちということらしい。


「なんのために、そんなことを……」


 精霊をこの地から遠ざける目的がわからなかった。


「ルリア、何かあったの?」


 すぐ後ろにサラを抱いた母がいた。まったく気がつかなかった。


「うおっ! な、なんか、もようがあった!」

「ん? 何が書いてあるの?」「ルリアちゃん。なにがほってるの?」

「わかんない、なんだろー」


 精霊を遠ざける結界などと言っても、変に思われるだけだ。


「なんか、このいわ、きになるのなー。しらべたほうがいいとおもう」

「そうねえ」「サラもいやなかんじする」


 母は特に何も感じていないようだが、サラは嫌な気配を感じているらしい。

 きっと専門家が調べたら、効果とか意味もわかるに違いない。


「うーむ、なんだろなー?」


 書かれている模様を暗記して、あとで調べよう。

 暗記するために、あたしは巨石に掘られた文様を指でなぞった。


 ――ビシッ


 突如、大きな音がしたと思ったら、次の瞬間、巨石が割れた。

 途端に周囲の雰囲気が変わった。


 気配が変わった範囲はとても広い。周囲の森だけでなく、湖の方まで気配が変わった。


「お、おお……」


 これほどでかい結界だったのか。

 いくら気付かない効果があったとしても、これに気付けないとは、本当に修行が足りない。


 嫌な気配と入れ替わる形で、大気が精霊たちの気配で満ちた。

 大量の、生まれたばかりで、ぼやぼやとした姿もとれないほど幼い精霊たちの気配だ。


 その話せないほど幼い精霊達は喜びの感情にあふれており、あたしも嬉しくなってくる。


「せいじょ、……いやお嬢様が触れたら岩が割れたぞ?」「わかんないけど……奇跡?」

「たぶん、もともと、岩はわれてたんだよ! きせきじゃないよ?」


 そう村人達に向かって、誤魔化すために言ったとき、

 ――ザァァァァァァ

 いきなり、雨が降り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る