第62話 村人からの直訴
母に叱られたので、ヤギたちを見るのは横目で留めて領民達の方を向く。
数十人の大人達が頭を地面につけていた。
森が遠いからか、みんなはヤギたちに気づいていないらしい。
ダーウはヤギたちの方を見て、尻尾を振っているので気づいている。
キャロとコルコはヤギたちの方を見ていないので、気づいていない可能性が高い。
一応、ヤギたちは身を隠しつつ、木々の陰からこちらを覗いているつもりのようだ。
だが、体がでかすぎるので、全然隠れていない。
「サラちゃん。みえる?」
尋ねると、サラが「何のこと?」と言いたげに首をかしげ、
「ルリア、静かに」
母に再びたしなめられた。
小さな声で母にヤギたちについて聞こうと思ったとき、先に侍女が大きな声で言った。
「話を聞きましょう」
「ははぁ。ありがとうございます!」
妃殿下である母に直答できないので、村人達は侍女に話しかけると言う形で説明を始めた。
どうやら湖から流れる水路が、土砂崩れによって巨石に塞がれてしまったらしい。
巨石はあまりに大きすぎて取り除くことは難しい。
水路を迂回させて繋げようとしたが、代官の許可が下りないのだという。
「代官はなぜ許可を出さない?」
そう尋ねたのは侍女だ。
「代官の息子が村長を務める村に、水を流しているのです」
巨石で水路がせき止められたのを良いことに、水を独占しているらしい。
当然村人達は抗議するが、代官は無視をする。
領主たる大公に願い出るにしても、村人達は手続きがわからない。
ただ、直訴は重罪だと言うことだけは村人達も知っている。
「ここにいる者の命ならば差し上げます。ですが、どうか村を救ってください!」
村人達は直訴失敗で、大公に願いが届かず、ただ殺されることを恐れているようだ。
「このままでは先祖代々の土地を捨てるか、死ぬしかありませぬ!」
ここ数年の降雨量の減少もあり、用水路が涸れてしまい、畑から作物を収穫できなくなった。
なのに、代官は税金を減らさない。
「どうか、どうか、伏してお願い申しあげます!」
水路の迂回工事の許可と、当分の税金の免除。それが、領民の願いらしい。
母は村人の話を聞き終わると「調べて」と従者に告げる。
次に村人に向かって笑顔で言う。
「それで、その水路を塞ぐ巨岩は遠いのかしら? 直答を許すわ」
「はは! ここからならば、徒歩で十分ほどの位置でございます!」
「そう。案内しなさい」
そういって、村人達を先に歩かせ、その後を母はついていく。
従者達はあたしたちを二重に囲む。内側には屋内警備の、外側は屋外警備の従者達だ。
歩きながら母は呟くように言った。
「サラ。どう思うかしら?」
「みんなかわいそう」
「そうね。領主は領民の命をあずかるのだから、その感覚は大切ね」
母はサラを撫でた後、
「ルリアはどう思った? ……もう森ばっかりみて。話を聞いていたかしら?」
「ルリア、ちゃんときいてた」
森のヤギたちが気になって仕方なかったことは確かだ。
あたしは、遠目にヤギたちをチラチラ見ていたが、話もちゃんと聞いていた。
「だいかんがあやしいなぁ」
「怪しいってどういう意味かしら?」
「どしゃくずれじたい、だいかんの仕業のかのうせい」
あたしがそういうと、母はにこりと微笑んだ。
「可能性はあるわね」
「……うむ。むらにとって、みずは大事だからなぁ」
農村は言うに及ばず、牧畜を主産業とする村でも水は大切だ。
家畜を育てるにも、牧草を育てるにも水は使うのだ。
「みずはむかしから、あらそいのたねだからなー」
水利権は前世の頃から非常に激しい争いの対象になっていたものだ。
干魃になると特に争いは激しくなる
前世の頃、水争いを収めるためにかり出されたこともある。
聖女たる王女の舞に合わせて雨を降らせて、ため池をいっぱいにしたりした。
「むらびとたちも、雨がすくないって、いってたし?」
雨が減り、水路の水量が減ったせいで二村の水の需要を満たせなくなった。
だから、せき止めて、独占したのかもしれない。
「ふむー。ぜいをさげないのは、土地をとりあげるためかなー?」
「ルリア。なにを考えているのか、詳しく話して」
「えっと、ぜいをはらえない村人に、だいかんが金をかせば……、」
「農地を担保にさせて、お金を貸すということね?」
「そう!」
村人は金を返すことはできないだろう。
代官は土地とそれを耕す奴隷を、同時に手に入れることができる。
「ルリアは、頭が良いわね」
「そうかな?」
「性格も、兄妹の中でグラーフに一番似ているかもしれないわ」
母は嬉しそうに微笑むと、あたしの頭を撫でてくれた。
あたしとしては、父より母に性格が似ていると言われたほうが嬉しかったのだが。
「調べないとわからないけど、ルリアの推測が当たっている可能性は大いにあるわね」
そういって、近くにいる従者に、母は手をわずかに動かして合図をする。
従者は一礼して走り去った。すぐに調査の手配に入るのだろう。
「代官が裏切ったのでしょうか? もしそうならゆるせません」
侍女は怒っているようだ。
「よくあることではあるの。グラーフがいくら頑張っても、完璧な領地経営など不可能なのだし」
母は少し悲しそうな表情を浮かべている。
そして、あたしは森の中にいるヤギを見ていた。
どうやら、あたしたちの目的地は、ヤギたちのいる森に近いらしい。
あたしたちとヤギたちの距離は、少しずつ近づきつつあった。
「りっぱだなぁ」
ヤギはとても大きく、立派な角と髭が生えていて、金色の毛並みがきれいだ。
そして、こちらを見て、すごい勢いで体格の割に小さな尻尾を振っている。
猪と牛も、とても立派だし、嬉しそうにしていた。
撫でたいし、抱きしめたい。モフモフな毛にうもれたら気持ちが良さそうだ。
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