第61話 村人達
母は仕事の手を止めて、怪訝そうな表情を浮かべて侍女を見る。
「お客様? 隔離中だから会えないのだけど……」
「お客様と申しますか――-」
侍女の言葉にかぶるかたちで、
「お願いします! お願いします!」「どうか、どうか! ご領主様にお願いしたいことが!」
複数の大人の男女の叫ぶような声が聞こえた。
サラがびくりとして固まった。
「待て待て! 疫病の隔離期間中ゆえ、会うことはできん」
「お前たちのためにいっておるのだ! あとで、陳情書を――」
従者たちが一生懸命止めているようだ。
「陳情書だと? 俺たちがなんど出したと思ってるんだ!」
「疫病などこわくねえ!」「ああ! どっちにしろ俺たちは死ぬしかないんだ」
そんなことを来訪した者たちが従者に向かって叫んでいる。
「りょうみんなの?」
あたしは固まってしまったサラをぎゅっと抱きしめながら侍女に尋ねる。
「はい。近隣の村の住民のようです。お願いしたいことがあると」
村人たちは「ご領主様に」と言っている。
きっと、大公家の馬車を見て、湖畔の別邸に数年ぶりに父が来たと思ったに違いない。
「ほえー。このあたりもとおさまのりょうちなの? もっととおくじゃなかった?」
「ヴァロア大公領の領都はもっと遠いけど、この辺りの村二つと湖と森もグラーフの領地よ」
父は、ヴァロア地方以外にも色々土地を持っているようだ。
「……このあたりならヤギ……かえるな?」
この辺りに小さな家を建てて、ヤギと暮らすのは楽しそうだ。
森もあるし湖もあるから、動物も沢山いるに違いない。
畑も作れるだろうし、魚釣りもできる。
「むふー」
「ルリアは本当にヤギが好きね」
母は苦笑すると、あたしが抱きついていたサラをひざのうえで抱っこする。
「サラ、大丈夫? びっくりしちゃったかしら?」
「うん。だいじょうぶ」
母はサラのことをぎゅっと抱きしめると、優しく髪の毛を撫でた。
「いいこ、いいこ」
「えへへ」
母に抱きしめられて、サラは安心したようだった。
母はサラの髪を撫でながら言う。
「うーん。代官からはこの地域の問題は報告されてなかったと思うのだけど……」
「どうなさいますか?」
「まあ、とりあえず話を聞きましょう」
そういって母は立ち上がる。
「問題に気づかずにいたならばグラーフのミスね。なら私が尻拭いしてもいいでしょう?」
「はぁ……でもよろしいのですか? 直訴は……」
「この滞在自体、非公式だからいいの。直訴なんてなかったのよ」
母はサラを抱っこしたまま、すたすたと歩いて行く。
あたしは、ダーウたちと一緒にその後ろを追った。
「かあさま。じきそって、あったらまずいの?」
「そうね。必要な手続きを無視しているのだから直訴は犯罪なの」
「ほえー」
「それだけ切羽詰まっているとも言えるわね」
しばらく歩いた後、母は足を止めて侍女に言う。
「ルリアも一緒に話を聞きましょうか。ルリアのフードをもってきてくれるかしら?」
「かしこまりました」
侍女が駆けていくのを見送って、母に尋ねる。
「かあさま、いいの? うれしいけど」
「良い勉強になると思うの。それに……この辺りでヤギを飼いたいのでしょう?」
「かいたい」
さっき、あたしが呟いた言葉を、母はしっかり聞いていてくれたらしい。
「それが可能かどうかは、ともかく田舎の領地の抱える問題も知っておくべきよ」
どうやら母には色々考えがあるようだった。
その後、すぐに侍女がフードを持ってきてくれたので、あたしはそれを被った。
「にあう?」
「にあう、えへ」
母に抱っこされたサラはにへらと笑った。
「サラも一緒に行きましょうね。怖いかしら?」
「……だいじょうぶ」
「サラは領主になるのだから、知っておいた方がいいの。怖かったら私に抱きついていなさい」
「?」
サラは領主になるという言葉が、よくわかっていないようだ。
だが、男爵とマリオンの子供はサラだけなのだから、当然領主になるのはサラになる。
婿養子をとるにしても、サラも領地経営を知っていたほうがいい。
そう母は考えたのに違いない。
「かあさまは、いろいろかんがえているのだなぁ」
「当然よ?」
母は玄関まで移動すると、屋内警備担当の従者に言う。
「領民から話を聞きます。ですが、距離は充分開けるように」
「畏まりました。少しお待ちを」
頭を下げると従者は外に出ていった。
従者は感染の危険を説いて、これ以上近づいてはいけないラインを説明する。
それから、護衛のために従者を配置してから、屋敷内に戻ってきた。
「お待たせいたしました。準備が完了いたしました」
「ありがとう」
サラを抱っこした母が玄関から外に出て行き、あたしとダーウ、キャロとコルコはついていく。
外にでると、従者達の向こうにいる領民達が一斉に平伏した。
「ぬお?」
そのとき、あたしは、領民達の向こうに信じられないものを見て、思わず声をあげた。
(な、なにあれ?)
遠くの森の中に何かがいる。
あたしは特技の「気合いを入れたら目が良くなる」を使って観察した。
「やぎ?」
森の中に巨大なヤギがいた。
ヤギだけではない。大きな牛と猪までいるではないか。
(ふわぁ! かっこいい!)
そんなことを思っていると「ルリア。よそ見をしないで」と母に小声で叱られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます