第60話 手紙を書こう
あたしが目を覚ますと、目の前にサラの尻尾があった。
どうやら、寝ている間に、寝返りを打って頭と足の位置が逆になったらしい。
「ふむ?」
あたしはサラの尻尾を撫でながら調べた。
「もふもふだ」
サラの尻尾は太くてずんぐりとしていて、もふもふで、全体的に茶色いが先端だけ黒かった。
思う存分サラの尻尾をもふもふしたあと、あたしは体を起こす。
いつものようにヘッドボードに直立しているキャロを掴んで抱っこする。
「キャロおはよ。ねた?」
「きゅう~」
キャロは「ちゃんと寝た」と言っているが、きっと寝ていない。
「キャロはもっと、ねたほうがいい」
あたしはキャロをサラのお腹の上に乗せる。
すると、眠りながらもサラはキャロをぎゅっと抱きしめた。
「これでよし。ダーウは……」
ダーウはいつものように足元の方で仰向けで眠っている。
「キャロもダーウぐらいねるべき」
「きゅる」
「コルコもちゃんとねた?」
「ここぅ」
早起きのコルコは窓の下枠のところに立って、外を眺めていたようだ。
あたしも寝台から出て、コルコのところに向かう。
「おそと、いきたいの?」
あたしが窓を開くと風が室内に流れ込む。
朝の春の風は、少し肌寒く感じるほど涼しかった。
「きもちいいねぇ」
「こぅ~」
湖が、日の光を反射してキラキラと光っている。
護衛用宿舎の前では、従者たちが軽く体操をしている。
あたしも体操でもしようかと、思ったとき。
「む?」
森に違和感を覚えた。
「コルコ。きのうより、森のいきものふえた?」
「ここぅ~」
コルコは首をかしげていた。
「きのせいかのう?」
昨日、別邸の周囲にある森からは、本邸の近くの森よりも生き物の気配が薄かった。
だが、今日は本邸近くの森並に生き物の気配がする気がした。
「ま、いっか」
「ここぅ!」
動物が増えることは良いことだ。たいして気にすることでもない。
「たいそうしよう」
「こっこ!」
あたしが体操を始めると、サラとダーウ、キャロも起きてきて、一緒に体操をしてくれた。
その後、侍女が朝ご飯ができたと呼びに来てくれたので、普段着に着替えて食堂に向かった。
サラは姉の服、あたしは兄の服に着替えたのだ。
サラは朝ご飯のときもしっかりと木の棒の人形を抱っこしていた。
朝ご飯をお腹いっぱい食べて、後片付けした後、母に連れられて書斎兼談話室へと向かった。
書斎兼談話室には、昨日は無かったいくつかの綺麗箱と、封筒があった。
「グラーフとギルベルトとリディアから贈り物が届いているの」
「とおさまと、にいさまと、ねえさまから?」
「お手紙もあるわ」
「わー、おてがみからよむ!」
あたしは届いた手紙の封筒を眺める。
「ルリアとサラへってかいてるよ!」
「ふわ-」
「ルリアがよんであげるね?」
あたしは封筒を開けて、中身を読みあげることにした。
サラだけでなく、ダーウも手紙をのぞき込んでくる。
「ルリアとサラへ。たいへんなことになってこころぼそいこととおもうが、あんしんしなさい」
父はあたしでも読めるように、簡単な言葉を選んでくれていた。
そして手紙の中で、心配する必要はないと繰り返し言ってくれた。
「サラは、もうわたしたちのむすめなのだから、あまえていいのだからね。だって」
「うん。えへ、えへへへ」
サラの尻尾はバサバサと揺れた。
「つぎは、ギルベルトにいさまのてがみをよむ!」
あたしがにいさまの手紙を開くと、
「ふんふんふん」
「ダーウちかい」
読めなくなるほど、ダーウがその大きな顔を近づけた。
「ダーウはサラちゃんのうしろ!」
「わふ」
ダーウは素直にあたしとサラの後ろでお座りをした。
「じゃあ、よむね」
「うん」
「ルリアへ。あにはさみしい。ルリアがいなくなって、このやしきはひがきえたようです……」
どうやら兄は寂しいらしい。
そして、あたしとサラに読んであげるつもりだった絵本をおくると書いてあった。
「サラへ。あたらしく兄になったギルベルトです。なかよくしてくれるとうれしいな」
「うん」
「サラはきゅうにかぞくがふえて、ふあんになっているかもしれないね」
兄も父と同じく心配しなくていいよと何度も書いていた。
「あ、お菓子もおくったって」
「おかし。えへへ」
「つぎは、ねえさまのてがみよむね?」
姉は自己紹介した後、体調や不便はないかと色々気遣ってくれる。
「サラとルリアにはやくあいたいです。だって」
「ほえー」
「あ、おもちゃもおくりますだって」
「おもちゃ?」
「これかな? サラちゃんがあけていいよ」
「いいの?」
「いいよ」
サラは嬉しそうに姉から送られた箱を開ける。
中には手でぎゅっと握れるぐらいの大きさの木彫りの人形が入っていた。
「ふわあ。ルリアちゃん。あそぼ?」
サラの目が輝いているし、尻尾がバサバサ揺れている。
サラは木の棒の人形を机の上に置いて、その周りに姉がくれた木彫りの人形を並べた。
「そだなー、あそぶかー」
あまり人形で遊んだことがないが、サラが嬉しそうなのであたしも嬉しい。
「あら、遊ぶ前にお返事は書かなくていいの?」
あたしたちの隣で仕事をしていた母が笑顔で言う。
「あ、そうだった。あそぶまえにてがみかこ?」
「うん。でもサラ、じがかけないから……」
「ルリアがかくから、なにかくかサラちゃんもかんがえて」
「わかった」
あたしはかあさまに頼んで紙とペンを借りた。
そして、かあさまの隣の机に、サラと並んで手紙を書いていく。
「おれいのてがみのまえに、まずはマリオンへのてがみからだなー」
「うん!」
お礼のお返事も大事だが、病気から回復中のマリオンに手紙を出すことほうが大事だ。
きっとサラからの手紙をもらえばマリオンも元気になるに違いないのだから。
「サラちゃん、はなしたいことある?」
「えっとね、えっと……」
サラは一度机に置いた木の棒の人形を再び抱っこして、考え始める。
サラが考えている間に、あたしは冒頭部分を書いた。
『マリオンへ サラはげんきです。ルリアもかあさまもげんきです』
「あとは……あ、そうだ」
『サラにマリオンにつたえたいことをきいています。サラからきいてルリアがかきます』
これでマリオンに状況は伝わるだろう。
サラは少し考えると、木の棒の人形を撫でながら話し出す。
「えっと、ぱんがおいしかったの」
「いつもよりたくさんたべた?」
「うん! たくさん食べた。おにくもおいしくてたくさんたべた!」
「ふむふむ? 『パンがおいしくて、たくさんたべました。おにくも……』」
あたしはサラの話した内容を手紙に書いていった。
「ルリアちゃんがくちをふいてくれたりじゃむをぬってくれたりする」
「ふむ。『ルリアがくちをふいたり、パンにジャムを』っと」
たまに言葉を補って書いた。
そのまま書くとあたしがサラにジャムを塗ったかのようになってしまうからだ。
「その字がサラ?」
「この字はパン。サラはこっち。サ、ラ。ね?」
「そうなんだ。さ、ら」
たまに字についても説明する。
「それでねそれでね、きのうおふろにはいってー」
サラはマリオンにたくさん話したいことがあるようだ。
時系列はバラバラに、マリオンに伝えたいことを話していく。
サラが満足するまでに、紙十枚にびっしり書いた。
「ふう。たいさくになった」
「ありがと、ルリアちゃん」
「きにしなくていい。あ、ルリアのぶんもかいとこ」
最後にあたしからの文章も書く。
『マリオン、げんきになってね。サラはげんきです。パンがおいしいので、こんどたべよう』
「あ、大切なこと忘れていた」
『おへんじは、つかれるので、かかなくていいです。すぐあえるのであんしんしてください』
返事を書くよりも早く良くなって欲しいからだ。
「マリオンへの手紙をかきおわったから、つぎはとおさまたちへのへんじだなー」
「うん」
「とおさまたちには、ルリアが、たくさんかくかな?」
サラは父や兄姉に会ったこともないのだ。
書いてと言われても困るだろう。
『とおさま。ルリアはげんきです。サラもかあさまもげんきです。きのうは』
あたしはみんなでお風呂に入ったこととか、サラと一緒に寝たことを書いていった。
「サラちゃんはなにかかきたいことある?」
「んー。よろしくおねがいします?」
「わかった。かいとく」
そうやって、父と兄姉への手紙を書き終えた頃、
「奥方様に会いたいと申す者が、訪ねてきておりまして……」
侍女が困ったような表情で母に報告していた。
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