第53話 呪術師について

「きゅ」

「……はっ! いったのだな?」


 危ない。寝かけていた。

 キャロが教えてくれなかったら、寝てしまうところだった。

 あたしはサラを見る。サラはすやすやと眠っている。


「……クロ」

『呼んだのだ?』


 クロが天井からにゅっと現われて降りてくる。

 あたしはクロを抱きしめて、優しく撫でた。


「うむ。クロには色々ときくことがある」

『なんでもきいていいのだ。答えられるかはわからないのだけど』


 聞かねばならぬことはいくつもある。

 だが、まずはマリオンの状態について知りたい。


「マリオンは……だいじょうぶなのか?」

『大丈夫なのだ。呪いは解けたし、ルリアさまの治癒魔法で体へのダメージも回復したし』

「それならいい」

『あとは疲労回復を待つばかりなのだ。きっとすぐに会いに来るのだ』


 それならば、安心だ。サラも喜ぶだろう。

 あたしはサラの頭を優しく撫でる。サラの髪は柔らかかった。


「そういえば、どうして教えてくれなかった?」

『マリオンの病気の正体が呪いということを?』

「そう。守護獣たちは、きづいたはず」


 守護獣たちは、呪者の天敵のような存在らしい。

 ならば、当然呪いについても詳しいだろう。


『うん。気づいていたし、ぼくにも報告してくれたけど……』

「なら、おしえてくれてもいいのに」

『呪いだと知れば、ルリア様は、無茶をしてでも解呪にむかうに違いないのだ』

「それは……そうかもしれない」

『無茶をしたら、ルリアさまが危険に陥りかねないのだ』

「ふむう。ておくれになるかもしれなかった」


 クロは頷いただけで言い訳をしなかった。

 きっと、手遅れになることも覚悟したうえで言わなかったのだ。


『ルリア様、怒った?』

「すこしな」

『ごめんなさい』

「クロがルリアのことをかんがえてくれたのはわかっている」


 手遅れになりそうだった。

 加えてあたしならば解くことのできる、いやあたしにしか解くことのできない呪いが原因だった。


 それを知れば、あたしは夜にでも部屋を抜け出し、ダーウの背に乗って駆け出しただろう。

 そんな危険なことはさせられないと、クロは思ったのだ。


「でも、これからはそうだんしよう?」

『うん』

「ルリアもクロとそうだんする」

『うん。ごめんね』

「いいよ。もうおこってない。それにクロありがと」


 あたしはクロの頭をわしわしと撫でた。

 クロの自慢の二本の尻尾がゆったりと動いた。



 まだ、クロには聞かなければならないことがある。


「それで、呪いってなんなの?」

『ぼくたちも詳しくはわかってないのだけど……』


 そう前置きしてクロは話し始める。


『精霊から力を借りるのが魔法なら、呪者から力を借りるのが呪いなのだ』

「ふむ?」

『本当にぼくもよくわかっていないのだけど……』


 もう一度よくわかっていないと繰り返してから、クロは説明をしてくれた。

 どうやら、古より呪術を継承している呪術師の集団があるらしい。


「そんなあやしいやつに、だんしゃくはいらいしたの?」

『そうなのだ』

「呪いかえしってのは?」

『呪いっていうのは、解除されたり返されると術者に向かうのだ』

「ふむ? じゅじゅつしが呪われないのか?」


 依頼者が男爵でも、呪いをかけたのは呪術師である。

 ならば、当然、呪いは呪術師に向かうだろう。


『そうなのだけど、呪術師は呪い返しを依頼者に向ける技術を持っているらしいのだ』

「うらぎりぼうし?」

『きっとそうなのだ』


 解呪されたら、依頼人に呪いが返るなら、依頼人は呪いを成功させなければならなくなる。


「かいじゅの方法は、いっぱんにしられてるの?」

『教会の高位聖職者ならたまにできるのだ』

「あいつらかー」


 唯一神の教会の聖職者は、独自の技術をもっているらしい。

 その解呪の技術を悪用して、呪力で精霊を拘束する技術も編み出したのかもしれない。


 毒と薬は紙一重みたいなものだろう。


「ふむ。ということは……」


 母の呪いが解けた後、誰かが呪い返しを食らったのだろうか。

 とはいえ、それはもう五年も前の話。

 父はきっと調べて、報復しているに違いない。


 五年前のことより、今のことが気になる。


「ルリアがしんぱいなのは、二百年前のわざを、じゅじゅつしがもっているかもってこと」

『精霊の拘束術だね』

「そうそう」

『それは多分大丈夫。絶対ではないのだけど』


 それならばだいぶ安心だ。


『拘束術と呪術は、同じ呪力を使うとはいえ、治癒魔法と攻撃魔法ぐらい違うのだ』

「なるほど?」


 攻撃魔法と治癒魔法は、両方とも魔力を使うが、技術が全く違う。

 同じく筋力使うといっても腕相撲と徒競走がぜんぜん違うのと同じ。


 両方で一流になるのは、ほとんど無理だ。


 攻撃魔法と治癒魔法の両方を一流の水準で使えた前世のあたしは例外的な存在なのだ。


「じゅじゅつしは、じゅじゅつだけしかつかわないの?」

『基本的にはそうなのだ。絶対ではないのだけど』

「きょうかいは?」


 解呪技術を持つという唯一神の教会が、拘束技術を持っていないかが心配だ。

 実際に二百年前には拘束術を持っていたのだから。


『現代の唯一神の教会も拘束術はもっていないのだ』

「それなら、ひとまずはあんしん」


 あたしはクロの目をじっと見る。


「クロ。ルリアは、ぜんせとはちがう」

『うん、しっているのだ』

「もし、なにかこまったことがあったらおしえてほしい」

『わかったのだ』

「ルリアはようじだが、とおさまもかあさまもたよりになる」

『ありがとうなのだ』


 クロに教えてもらったことで、色々とわかった。

 呪術師の存在は気になるが、精霊拘束術が使えないならば、ひとまずは安心だ。


 安心したら眠くなる。


「クロもおひるねしよ」

『クロは精霊だから、お昼寝しなくてもいいのだ!』

「そんなことない」


 あたしはクロを抱っこして、布団の中に入れた。


「キャロも寝ような」

「きゅっきゅ!」

「見張りもたいせつだけど、キャロもねないとおおきくなれない」


 キャロも抱っこして布団の中に入れる。


「あったかい」


 あたしは寝ているサラの頭を撫でるとぎゅっと抱きしめて、眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る