第54話 サラの能力

「ぴぃー」

「いいこいいこ」

「ふんふん」

「ダーウはかわいいね。えへ、へへへ」


 あたしはサラに甘えるダーウの声で目を覚ました。

 ダーウは寝台にあがって、サラの横で仰向けになって、お腹を撫でられていた。


 あたしたちが昼寝している間にダーウは散歩から戻ってきたようだった。


「いいこいいこ」

「ぴぃぃ」


 サラとダーウが仲よさそうでなによりだ。

 あたしは嬉しくなって、そんなサラの様子を寝たふりをして眺めていた。

 薄目を開けて、さりげなくだ。


 キャロはいつものようにヘッドボードに直立して見張りの任についている。

 先ほど、精霊だから昼寝しなくていいと言ったクロはダーウの近くで丸くなって眠っていた。


 やはり精霊も寝るのだ。

 前世の精霊王ロアも、あたしと一緒に眠っていたものだ。


 あたしが前世の数少ない温かい記憶を思い出していると、

「キャロもかわいいね」

「きゅ~」

 サラはベッドボードのキャロのことを撫でる。

 キャロはどや顔で、嬉しそうな声で鳴いた。


 それからサラは自然な仕草で、

「あなたはとてもきれいね。いいこいいこ」

 クロのことを撫でた。


「っ!」

 なぜサラはクロのことを撫でられるのか。普通の人は精霊を撫でられないはずなのに。

 そう思ってあたしは薄目のまま確認した。


「いいこ、いいこ」


 よく見ると、サラはクロの体の表面を撫でているようで、そうではなかった。

 クロの体からは微妙にサラの手は離れている。恐らくぼんやりとした姿が見えているのだ。


「サラっ!」

「…………」


 驚いたサラが固まった。


「すまぬ、サラ。おどろかせた。……だいじょうぶ?」

「……だ、だいじょうぶ。えへ、へへ……」


 誤魔化すようにサラが笑う。


「サラにはどんなふうにみえているの?」

「……なにもみえない」

「ほんとう?」

「み、みえない。ごめんなさい」


 サラはまるで叱られたかのようだ。

 サラの尻尾が、もぞっと動いて股の間に挟まった。


 目を覚ましたクロは無言のまま、心配そうにサラのことを見つめている。


 あたしにも見えていると伝えたつもりの質問だったが、怯えたサラは真意に気づかなかった。

 ごめんなさいと謝りつづける。


 まずは落ち着かせて安心させてあげたい。


「サラ、おこってないよ」

「……ごめんなさいごめんなさい」


 耳がぺたんとなって、ぷるぷると震えている。

 そんなサラの顔をダーウが勇気づけるかのようにベロベロと舐めた。


 あたしもサラの頭を優しく撫でた。


「ほんとうに、ルリアはおこってない」

「……」

「サラ、ここだけのはなしな? ……ルリアにもみえてる」


 重大な秘密を打ち明けるように、あたしはサラの耳元で囁いた。

 すると、サラは驚いて目を見開いて、あたしの顔をじっと見た。


 あたしはサラの目をじっと見つめかえす。


「だから、ルリアにはかくさなくていい」

「ほんと?」

「ほんと」


 そういうとサラはやっと安心したようだ。

 股に挟まっていた尻尾がゆっくりと動く。


「じつは、かあさまにも、いってない。ひみつな?」

「わかった。ひみつ」「わう」


 サラは真剣な表情でコクコクと頷く。

 なぜか、ダーウまで真剣な表情で頷いていた。


 サラはきっと精霊が見えると言って怒られたことがあるのだろう。


 クロがいつもあたしに言っていることだ。

 人はおかしな物が見える子供を恐れ、気味悪いと思う。

 恐ろしくて気味の悪い子供は叱られるのだ。


 男爵とその愛人ならば、叱るときに暴力を振るったかもしれない。


 あたしは、思わずサラのことをギュっと抱きしめた。


「ルリア様?」

「ん。サラのことを抱っこしたくなった。サラはいもうとだからな?」

「いもうとは、だっこされるの?」

「される。ねーさまとにーさまもルリアを抱っこする」


 姉や兄は妹のことを抱っこするものなのだ。

 ぎゅっと抱っこしていると、サラの尻尾がバサリと揺れた。


「えへ、へへへ」

 そして、笑ってくれた。


「サラには、どんなふうにみえているの?」


 先ほど同じ質問を再びした。


「えっとね。ぼんやりした光のたまがみえるの」

「ほほう? この子も?」


 あたしはクロを指さした。

 クロは無言のまま、尻尾を揺らす。


「この子は、光がつよいの。すごくきれい。ルリアさまには?」

「ルリアには、くろいねこにみえる」

「ねこ!」


 サラの尻尾がバサバサ揺れる。

 サラは猫が好きらしい。猫はかわいいので気持ちはわかる。


「しっぽがにほんあって」

「にほん! すごい!」

「はねがはえている」

「は、はね? とりみたいな?」


 サラの目が輝いた。


「そう。とりみたいな」

「すごい! ねこなのに?」

「そう。ねこなのに」

「すごいすごい!」


 サラがはしゃぐので、クロは照れくさそうにしている。


「クロ、てれてないで、はなして」

『て、照れてないのだ。話すのはいいけど、声は聞こえないと思うのだ』

「サラ。クロの声、きこえた?」

「んーん。きこえない」


 どうやら、サラには精霊の声は聞こえず、姿がぼんやり見えるだけらしい。

 話せなくとも、紹介はしておくべきだ。


「ふむう。サラ。しょうかいしておくな? この光っている子はクロっていう」

「くろ……。クロちゃん?」

「そう、クロちゃん。クロちゃんにふれることはできる?」

「できない。でもあったかいきがするの」


 サラはクロの近くで撫でるように手を動かした。


「ほむほむ? クロ。どういうしくみ?」

『わかんないのだ。でも、精霊が見える子はごくたまにいるのだ』

「そっかー」

『大人になるにつれて、見えなくなったりするのだけど』

「なるほど?」

『見える子は、精霊との相性がとてもいいから、すごく優秀な魔導師になれる素質があるのだ』

「なるほど、なるほど?」


 あたしがクロと話していると、サラに袖を引っ張られた。


「ルリア様は、クロとはなせるの?」

「じつは、……はなせる」

「ふわぁ。いいなぁ」


 サラが尊敬のまなざしであたしを見つめてくる。

 姉として誇らしい気分になる。


「ふふん」

「すごい」

「あ、みんなには、ないしょな?」

「わかった。ないしょ。えへへ、へへ」「わぅわぅ」


 サラは嬉しそうに、ダーウは真剣な表情でうんうんと頷いた。

 ダーウはよくわからずに、サラの真似をしているだけかもしれなかった。


『るりあさまー』『わーわー』『あそぼー』


 そのとき、幼い精霊たちが寝台の下から、三体同時にぽんと現われた。


「わわっ」


 サラが驚き、その精霊たちに手を伸ばす。

 だが、当然のように掴むことはできない。


 あたしはその幼い精霊たちを優しく撫でる。

 幼いといってもクロと比べてだ。

 話せるということは、それだけでかなり強い精霊ではあるのだ。


『きゃっきゃ』

「きちゃったの?」

『きたー』『わーわー』『あそぼー』

「まったく。こどもなのだから」


 そんなことを話していると、サラがキラキラと目を輝かせてあたしを見た。


「ルリア様、この子たちとも話せるの?」

「話せる」

「すごい!」

「へ……へへ」


 尊敬のまなざしで見つめられると、照れてしまう。


「ルリア様、この子たちは、どういうかっこうしているの?」

「サラには、この子たちはどうみえてるの?」

「クロよりぼんやりした、ちいさめの、光のたま」

「なるほどー」

「ルリアさまには?」

「サラとおなじ」


 小さな精霊の見え方は、あたしとあまり大差は無いようだ。


 それから、あたしたちは寝台を出て精霊投げをして遊んだ。


「いくよ」

「あい」「わふ」「きゃふ」


 サラとダーウ、キャロが横一列に並ぶ。


「ほい」

『とんでるー』『きゃっきゃ』


 あたしが小さな精霊を掴んで投げると、

「わわっ」「ばうばう!」「きゅる」

 サラとダーウ、キャロが追いかける。


「わふわふわふ!」『きゃっきゃっきゃ』


 体の大きさを活かして、ダーウが精霊に真っ先に追いついて口で咥えて、どや顔する。

 ダーウがとったのはこれで五回連続である。


「ダーウはやい」「きゃる」


 サラとキャロはしょんぼりしている。


「ダーウ。こっちこい」

「わふ?」

 あたしはダーウを部屋の隅に連れて行く。


「すこしは、かげんするの!」

「わふわふ!」『きゃっきゃ』


 ダーウが吠えると、咥えられた精霊は嬉しそうにはしゃぐ。

 振動が楽しいらしい。


「サラとキャロもつかまえられないとかわいそうでしょ!」

「わふ?」『きゃっ』


 ダーウはよくわかっていなさそうだ。

「わふわふ~」

 咥えた精霊をあたしに見せつけて「褒めて褒めて」と言っている。

 ダーウは褒められることを信じ切っていた。


「そんな目をされると……しかりにくい」

「わふ?」

「ダーウは、はやくてすごいな?」

「わふ~」


 あたしはダーウを褒めて頭を撫でまくった。

 それから、ダーウと一緒に、サラたちの近くに戻って宣言した。


「るーるをかえる!」

「かえるの?」

「そう。サラがさわった精霊をキャロがダーウにわたす」

「うん」「わふ」「きゅる」


 そもそも、サラは精霊を持ったりできなかった。反省しなくてはなるまい。


「ダーウは口をつかわずに、あたしのところに精霊をはこぶ」

「わふ?」


 ダーウは「何を言っているの?」と首をかしげている。

 口だけの説明では難しかったようだ。


「つまり、こう」


 あたしは、上を向くと精霊の一体をおでこに乗せて、部屋の中を走った。


「こんなふうに! 口でくわえないではこぶ!」

「わふ~」

「ダーウ。ためしにやってみるといい」

 そういって、ダーウの頭のうえに精霊を乗せると、数歩離れる。


「ダーウ、ルリアのところまではこんで」

「わふ……わふ!」


 ダーウが歩き出すと、すぐに精霊が落ちかける。

 ダーウは落ちそうになった精霊を鼻先でぽんと跳ね上げて、床に落ちないようにしている。


『きゃっきゃ』


 何度もダーウの鼻で跳ね上げられて、精霊はほんとうに楽しそうにはしゃいでいた。


「むずかしかろ?」

「わふう~」


 苦労しながら、ダーウはあたしの元まで精霊を運びきった。


「ダーウすごいな?」

「わふ~」


 ダーウは誇らしげだ。

「精霊獲ってこいゲーム」は、ダーウには簡単すぎたといえるだろう。

 その点、口を使わずに運ぶ遊びだとダーウにとってもほどよい難易度だ。


「じゃあ、いくよー」

「うん!」「きゃう」「わうわう!」


 それから、あたしはサラたちと一緒にしばらくの間「精霊を運ぶゲーム」をして遊んだのだった。

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