第52話 森の守護獣たちと本邸と教会の人たち
◇◇◇◇
狸寝入りをしたつもりのルリアが本気で眠りかけている頃。
「めぇ~~」
「ぶぼおお」「もおぉぉ」
大公家の近くの小さな森でこっそり暮らしていた守護獣たちは会議を開いていた。
「ちゅっちゅ(ルリア様はこっちに戻らず湖の方にいくんだって~)」
雀の守護獣から教えられた守護獣たちはルリアを追いかけたくなった。
だが、ヤギも猪も牛も体が大きすぎるので、どうしても目立ってしまう。
「もおお(目立ちすぎるから小さな者を送るべきではないか)」
「ぶぼお!(万一のことが起こったら小さなものたちでは対処しきれない!)」
「……めえぇぇぇ~(……我らの存在がバレなければよい)」
白熱した議論は、リーダーであるヤギの言葉でまとまった。
ヤギも猪も牛も、ルリアのそばに行きたかったのは一緒だったのだ。
(……めえ)(……ぶぼ)(……もぉ)
そして、三頭とも心の中で、いっそのこと、ルリアにばれてもいいと思っていた。
それほどルリアに声をかけて貰いたいし、撫でて貰いたいという思いは年々強くなっていたのだ。
もちろん、三頭とも良識ある守護獣なので口には出さない。
目立つべきではないし、ルリアにバレるだけならともかく大人達にバレたら騒ぎになりかねない。
だが、こっそり会えたら嬉しいな。そんな思いだった。
それから三頭の守護獣はどうやってバレないように、湖畔の別邸に移動するかを話合い始めた。
◇◇◇◇
男爵邸からの帰り道にアマーリアが馬車の中で認めた手紙は、すぐグラーフのもとに届いた。
それは、ルリアたちが湖畔の別邸に到着する前のことだ。
「な、なんということだ……」
手紙を読んだグラーフは一瞬で色々なことを考えた。
アマーリアとルリアのこと。マリオンと保護したサラのこと。そして、愚かなる男爵のこと。
半秒、狼狽し、怒り、悲しんだが、
「旦那様、いかがされましたか?」
執事の声で平静さを取り戻し、アマーリアの手紙を執事に渡す。
「アマーリアとルリア、そしてサラは、別邸に向かった。不便なく過ごせるよう準備を頼む」
「畏まりました」
「従者を十人送るように。もちろん――」
「感染しないように気を付けます」
いくら妻と娘を守るためでも、従者を感染させるわけにはいかない。
「予算はいかほど?」
「存分に使え。大工の者たちにも無理を言うからな。その分払わねばなるまい」
「畏まりました。それでは、行ってまいります」
執事はすぐに動き出す。
アマーリアたちが別邸で快適に、そして安全に過ごすための手配するためだ。
そして、グラーフは部屋を出て、そのまま書斎へと向かう。
グラーフが書斎に入ると、
「あ、父上」
ギルベルトが笑顔で本を選んでいた。
ギルベルトの後ろにいるリディアは真剣な顔でうなっており、グラーフに気付いていない。
リディアの隣にはコルコがいて、コルコはしっかりとグラーフを見つめていた。
「サラとルリアに読んであげる絵本を選んでいました。父上はどちらがいいと思われますか?」
「そのことについて、話があるのだが……。リディア?」
「…………」
「リディア?」
「こっ」
「……え? あ、お父様。いつのまにいらっしゃったのですか?」
コルコに優しくつつかれて、初めてリディアはグラーフに気付いた。
「随分と集中していたみたいだね」
「はい。サラとルリアが一緒に遊ぶためのおもちゃを綺麗にしていたのです」
「おもちゃを?」
「はい。ルリアに任せたら……剣術の訓練をするなどといいだしかねませんから」
その姿はグラーフも容易に思い浮かべることができた。
「ルリアなら言いかねないね」
「そうなのです」「こ~」
リディアは、ままごと用の木の人形や家具類などを布で拭いて綺麗にしていたようだ。
「ルリアは、あまり興味を示さなくて」
そういって、リディアは少し寂しそうに笑う。
もしかしたら、ルリアとままごとをして遊んであげたかったのかもしれない。
「動物の人形もありますから、ルリアも楽しめるかも……」
昔はなかった木で彫った犬や牛、ヤギも用意されていた。
それはリディアがルリアのために用意したものだ。
「私が小さい頃に遊んでいたおもちゃで遊んでもらって、サラの好みを探ろうと思ったのです」
そういって、リディアは嬉しそうにほほ笑んだ。
サラを猶子とすることは、前日、ギルベルトとリディアには知らされていた。
知らなかったのは、ルリアだけだ。
ルリアに知らされなかった理由は、当日男爵邸に出向くからだ。
猶子とすることを説明する際にはサラの現状も説明しなくてはならなくなる。
そうなれば、ルリアは男爵に対して平静ではいられないだろう。
ルリアが激昂すれば、計画に支障が出かねない。
全てうまくいってから「もう大丈夫」と言ってあげようとグラーフは考えたのだ。
「サラのことだが……こちらにくるのが五日ほど遅れることになった」
「な、なぜです? 男爵閣下が難色を示したのですか?」「どうしてですか?」
「二人とも落ち着きなさい」
グラーフは子供たちを落ち着かせると、赤痘の濃厚接触者になったことについて説明する。
「ル、ルリア。ああ……精霊よ、どうして……」
赤痘と聞いて、ギルベルトは顔を青くして、精霊に祈った。
「ああ、なんて、なんてこと……お母様、ルリア……」
リディアは泣いた。
「こぅ~~」
コルコはそんなリディアを慰めるように体を押し付ける。
そうしてから、コルコは突然走り出し、部屋の外へと出て行った。
コルコは湖畔の別邸に向かうために頭を動かし始めた。
『たいへんだ!』『こはんのべっていって、どこ?』『るりあさまー』
コルコにくっついて幼い精霊も移動を開始した。
もちろん、精霊たちの様子はグラーフたちには伝わらない。
グラーフは子供たちを抱きしめる。
「きっと大丈夫だ。発症するとは限らない。発症してもすぐに医者を派遣する」
「はい、父上」「はい」
「大丈夫。大丈夫だ」
グラーフは自分自身に言い聞かせるかのように、大丈夫を繰り返した。
しばらく抱き合った後、グラーフたちは動き出す。
ギルベルトとリディアは、ルリアたちに贈る物を選び始め、手紙を
そして、グラーフは様々な手配を開始する。
湖畔の別邸で、ルリアたちが不便なく安全に暮らせるための手配。
湖畔の別邸とマリオンに対しての医者の手配。
男爵の発症した病が本当に赤痘かの調査。
そして、唯一神の教会への大司教に対して呪いの調査指示。
そう、グラーフは呪いの可能性があることにも気付いてはいたのだ。
◇◇◇◇
ルリアとサラが仲良くお昼寝をしていたころ。
唯一神の教会、ヴァロア教区大司教サウロは、グラーフからの手紙を受け取った。
マリオンが男爵によって呪いをかけられた可能性はないか。そう尋ねる手紙だ。
「ふむ。呪いの可能性か。『南の荒れ地の魔女』はどうしている?」
サウロは側近の司祭に尋ねた。
実は五年前、アマーリアに呪いをかけたのが「南の荒れ地の魔女」という集団だった。
まだルリアが「だうだう」言っている頃、グラーフは南の荒れ地の魔女を壊滅寸前にした。
だが、降伏した「南の荒れ地の魔女」を、グラーフは滅ぼしはしなかった。
呪術者の集団は、小さい物も含めれば無数にあり、全て壊滅することは難しい。
それゆえ、他の呪術師集団を牽制し、情報を集めやすくするために傘下に加えたのだ。
蛇の道は蛇ということだ。
「『南』は命令に従い大人しくしています。ここ五年は我が国では活動しておりません」
もちろん、大司教もグラーフも、「南の荒れ地の魔女」が逆らう可能性も忘れていない。
常に監視を付けている。
「『南』ではないのならば、『東の森の魔女』か『北の沼地の魔女』か『西の山の魔女』か」
呪術師の集団は、なぜか魔女と名乗る。
この国にある大きな集団は全部で四つあり、それぞれ東西南北を冠しているのだ。
「『南』に、ディディエ男爵の奥方に呪いをかけた者に心当たりがないか尋ねろ」
「御意」
「……呪いであれば、赤痘ではないゆえ幸いだが……呪いとは考えにくいか?」
グラーフが手勢を率いて「南の荒れ地の魔女」を壊滅させたことは噂になった。
グラーフのあまりの苛烈さと強さについて知らないものは裏社会にはいない。
呪術師集団を壊滅させただけでなく、依頼者の公爵と大司教も不審な死を遂げている。
それによって、グラーフは我が身内に呪いをかけるならば、死を覚悟せよとアピールしたのだ。
「依頼されても引き受ける『魔女』がいるとは思えぬ」
呪いではない。となれば、男爵は突然赤痘を発症したのだ。
つまり、ルリアが赤痘を発症する可能性はそれなりにある。
「大至急、赤痘を診ることのできる治癒術師の名簿を、大公殿下にお送りしなさい」
「御意」
赤痘には一度罹かれば、二度と罹らない。
だから、かつて赤痘に罹り生き延びた治癒術師は赤痘を診ることができるのだ。
「……神よ、ルリア様をお守りください」
ルリア様は神に愛されている。だから、あえて祈るまでもない。
そうサウロは思っているが、祈らずにはいられなかった。
◇◇◇◇
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