第41話 初めての外出
乳母子に会いたいと父母にお願いしてから五日後、会えることになった。
「いいですか? ルリア。普通はこれほど早く訪問できないのです」
侍女に外出着に着替えさせられつつあるあたしに、母が諭すように言う。
「そうなの?」
「そうなのです。今回は訪問先が私の実家の分家……つまり親戚だから特別です」
「なるほどー」
「本来はまずお手紙を送って、お相手の家格がこちらより高い場合は――」
母は訪問の際の色々と教えてくれた。勉強になる。
だが、頭には入らなかった。
訪問先で、どうやってマリオンに治癒魔法をかけるかが大事なのだ。
ダーウと協力して、よほど上手く立ち回らねばなるまい。
「ダーウ、きあいをいれよう」
「わふ!」
気合い充分な様子で、ダーウは胸を張っている。
今日のダーウは頼もしい。
「あら? ダーウはお留守番よ?」
「え?」「わふぅ?」
「当たり前だけれど、いくら親戚といっても、よそさまのおうちにお見舞いに行くのにペットは連れて行けないわ」
「…………そ、そうだったか……」「わ……わぅ」
あたしがびっくりしている横でダーウもびっくりしていた。
ダーウが留守番となると、作戦が大きく変わる。
ダーウの機動力を生かした速攻ができない。
「むむう? でも、乳母子はダーウをみたいはずなのだ!」
「サラちゃんね」
「そう、サラちゃん」
乳母子の名はサラというらしい。昨日、母が教えてくれた。
「でもね、ルリア。犬を怖がる子もいるの」
「そ、そんな子がいるのか……」
世の中は広い。こんなに可愛い犬を恐ろしいと思う人間がいたとは。
犬より人の方が余程怖いのに。
「ダーウはただでさえ大きいもの。犬が怖くない子でも怖いかもしれないわ」
「むむう」「わわふぅ」
ダーウがしょんぼりして、体を小さく見せようと縮こまる。
だが、どれだけ縮こまっても、ダーウはでかい。
「サラちゃんが会いたいと言ったら、お屋敷に来てもらいましょう?」
「……やむをえない。しかたないな?」
「わ、わう!?」
あたしが諦めると、ダーウがショックを受けたような顔をする。
「わふ、わふ~わぅ」
諦めずにしっかり交渉しろと、ダーウがあたしの顔をベロベロなめ始めた。
「ダーウ、やめなさい。お出かけ前だというのにお嬢様が犬臭くなります」
「……わ、わぅ」
侍女にたしなめられて、ダーウはしょんぼりした。
「ダーウ……」
あたしは姿勢を低くしたダーウに抱きついて、首に手を回す。
「こっちはまかせろ」
耳元で囁いた。
「わふ!」
「かあさま。ダーウはでかいけど、キャロとコルコなら小さいから大丈夫だ」
「そうね……いや、本当はダメだけど……」
母は悩んでいる。押すならばここである。
「きゅっきゅ」
キャロはあたしの服の中にはいって、襟元から顔だけ出して、体の小ささをアピールしている。
「ここ」
コルコはダーウの背の上で体を小さく丸めている。
大きなダーウとの対比で、小さく見えるという計算だろう。
「かあさま! サラはさみしがっている! キャロとコルコがいたら、元気になる!」
「うーん。じゃあ……キャロだけなら特別に良いわ」
「きゅきゅ」「こっ?」
「コルコは少し大きいわ」
「むむう」「こ~」
コルコは並のにわとりより二回りぐらい大きいのだ。仕方がない。
「コルコしかたない」
「こぅ~」
コルコを慰めるために優しく撫でた。
「キャロは、あたしのポケットに入っておくといい」
「きゅっきゅ」
こうなったら、キャロには探索をお願いしなければならない。
マリオンが隔離されている離れに向かう通路を見つけてもらおう。
そんなことを考えている間に準備が終わる。
あたしは綺麗な水色の服を着せられて、その上に赤いフード付きのローブをかぶせられた。
「髪を隠さないといけないから、向こうのおうちに着くまでフードをとってはいけないわ」
「わかった!」
ローブの色が赤いのは、髪色が目立たないようにだろう。
ちらっと目に入っても、ローブの色か髪の色か一瞬ではわかりにくいからだ。
「おやつ!」
「大丈夫よ、サラちゃんにあげるおやつはちゃんと用意してあるわ」
「よかった」
それからあたしは母に手をつないでもらって、屋敷の外に出た。
「はじめてでた!」
「そうね。外はどう?」
「空気のにおいは、なかにわとにている!」
「そうね」
母が優しい目であたしを見つめてくれている。
「あっちに、とりごやがあるの?」
「そうよ。でも鳥小屋に入ったら汚れるから、帰ってきてからね」
「ん!」
上空を見上げると、たくさんの鳥たちが旋回していた。
あたしのことを見守ってくれているのだ。
「いつもありがと」
お礼言うと鳥の一羽が「ぴいぃぃ~」と鳴いて返事をしてくれた。
守護獣の鳥は耳も良いらしい。
それから、四頭立ての大きな馬車に乗って移動する。
馬車の中には侍女が一人同乗してくれた。
加えて馬車の周囲を、五人の執事見習いの従者が馬に乗って固めてくれている。
今日同行している従者は、全員魔法と武術の達人ばかりである。
心配した父が護衛につけてくれたのだ。
「ふえー」
初めての外の景色である。楽しみすぎて窓にしがみついて外を見た。
キャロはあたしの肩に立ち上がって、キョロキョロと周囲を見張ってくれていた。
「これが、おうとかー。家がぜんぜんない!」
父の屋敷は森に囲まれていた。
いい森だ。安らげる雰囲気がある。なんとなくだが、動物が沢山いそうだ。
この森の中で昼寝したら気持ちが良いだろう。
「お屋敷のある場所は王都といっていいのかしらね。一般的に王都と呼ばれる範囲からは少し離れているの」
「そうなのかー」
「有力貴族の王都屋敷は郊外、郊外はなんと説明すればいいのかしら。王都から少し離れた場所に建てられているの」
「ふむー。どして?」
「広いからよ」
「むふー?」
王都の土地が足りないのだろうか。
そう思ったのだが、母が続ける。
「広いということは兵隊をたくさん中に入れられるでしょう?」
「あ、むほんぼうしか?」
「その通り、謀反防止ね。ルリアは難しい言葉をしっているわね」
王都の中、王のお膝元に兵隊を集められないようにしているのだろう。
前世のあたしの父母は、王弟の屋敷に密かに兵を集められ、その結果殺された。
それを教訓にしたのかもしれない。
「一応王都の中心部にもお屋敷はあるわ。ルリアが住んでいるお屋敷よりもずっとずっと小さいのだけど」
「そっかー。どのくらいちいさい?」
「うーん、そうね、十分の一ぐらいかしらね?」
「ちいさい!」
しばらく走ると、遠くにたくさんの建物が見えてきた。
きっと、あれがいわゆる王都と一般的に呼ばれる範囲なのだろう。
だが、馬車は王都の中には向かわない。
「マリオンの家も、王都のそと、こうがいなの?」
「そうね、私の実家の分家だからね」
「へいを……ぶんさんして、王都の中にいれられないため?」
「そう、よくわかったわね。一族郎党の家に分散して兵を留め置かれたら、困るもの」
母の実家は有力な侯爵家。
分家の貴族家もそれなりの数があるのだろう。
たくさんの分家の屋敷に兵を分散させて王都に入れて、一気に集結されたら厄介だ。
それを警戒しているらしい。
「ルリア。一般的に王都と呼ばれるのは、向こうの方ね」
母は遠くに見えるたくさんの建物を指さした。
やはりあれが王都らしい。
「ほえー、家がいっぱい!」
人も沢山いる。栄えているようだ。
どうやら、王都を囲む城壁のようなものはないらしい。
ずっと遠くに高い城壁のようなものが見えた。
「あれが、おうきゅう?」
「そうよ。王都の中心にあって、高い城壁に囲まれているの」
「ほえー」
ちょっとした外からの王都見物を終え、マリオンの家に到着した。
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