第40話 お見舞いとお菓子

 鳥の守護獣たちにマリオンの調査を依頼した三日後。

 あたしは中庭の隅っこで、守護獣たちから報告を受けていた。


「ほっほう!」

『ふむふむ。マリオンは別邸で一人で寝ているのだな?』

「ほう!」

『ルリア様、そうらしいのだ!』


 もちろん、あたしは動物の言葉がわからないので、クロに通訳してもらう。

 クロが尋ねると、鳥守護獣たちのリーダーであるフクロウが代表して答えてくれるのだ。


 クロと話しているところを見られないようにダーウ、キャロ、コルコに見張りを頼んである。

 とはいえ、あたしは油断はせずに、周囲をキョロキョロしながら、フクロウに尋ねた。


「ちゃんと、看病してもらってた?」

「ほっほほう」

『してもらってないのだ。ご飯は三食、扉の外に置かれるのを自分でとって食べていたらしいのだ』


 鳥たちはとても優秀で、広い王都の中から、マリオンの居場所をしっかりと見つけてくれた。

 それだけでなく、しっかりと観察もしてくれた。


「……看病してもらってないのは、うつるからか?」

「……ほう」

『そうかもしれないのだ』


 マリオンが可哀想だ。

 病気のときに放置されるのは凄く寂しくて心細くて辛いことだ。

 前世、病気になったときを思い出すと同時に、マリオンの状況を想像して涙が出た。


「うつるから、しかたないのかな……」


 あたしはこぼれた涙を袖で拭った。辛いのはあたしではなくマリオンだ。

 泣いている場合ではない。


「マリオンはご飯たべれてた?」

「ほう」

『ほとんど食べれてないのだ。すごく痩せちゃったのだ』


 食べないと治るものも治らない。

 もう、あまり時間は無いのかもしれない。


「しょうじょうは? 熱とかあたまいたいとか」

「ほっほう、ほほほ、ほう~」

『高熱と頭痛。それに発疹が主症状なのだ』

「それって……前世でもなおしたあれかな?」


 前世で、あたしが何万人も治癒して、自分もかかった病気だ。

 伝染力が高くて、致死率が高い。治っても全身にブツブツが残るのだ。

 もちろん、あたしの治癒魔法を使えば、ブツブツは残らない。


「たしか……赤痘せきとうだったか?」


 全身が真っ赤になって、治っても痘痕あばたが残ることからそういう名前になったと聞いた。


「赤痘なら、看病してもらえなくても……ふつうかもしれない」


 前世のあたしも看病して貰えなかった。

 あたしは虐められていたから当然だったが、あたしが治した患者たちも隔離されて、看病などほとんどされていなかった。

 弱って自分で食事を取れなくなったものから死んでいっていた。


「でも、赤痘なら、あたしはなおせる」


 乳母子をお見舞いした後、マリオンのいる別邸にこっそり忍び込んで治癒魔法を使おう。

 赤痘ならば、父も母も絶対にマリオンに会うことを許してくれない。

 子供がかかったら、半分ぐらい死ぬ病なのだから。


 症状を尋ねたとき、父がよく知らないと言ったのはきっと嘘だ。

 病名をいったら、どこからか致死率の高さを知る可能性がある。

 致死率の高さをしれば、あたしが悲しんで怯えると思ったのかもしれない。


「おかゆを……つくる?」

『作っても運びようがないのだ』

「そっかー……どうしよ」

『お菓子でも持っていくのだ?』

「うーん。それがいい」


 お菓子は甘い。甘い物には栄養がある。

 飢えているときに甘い物は本当に身に染みる。

 あまり食べられていないマリオンもきっと甘い物を欲しているに違いない。


「みんな、ありがとうな」

「ほっほう」「ぴ~」「きゅきょ」


 鳥たちにお礼を言って、全員を優しく撫でた。

 それから今後の情報収集の継続も依頼する。

 


  ◇◇◇◇

 ルリアが乳母子に会いたいと言った三日後の午後。


「お菓子がおいしい! もっとたべる! うまいうまい!」


 食堂でおやつを食べるルリアを見て、アマーリアは嫌な予感がした。

 ルリアの口調がわざとらしすぎるのだ。

 側にいるダーウがまるで悪いことをしているかのように、キョロキョロしているのも怪しい。


「……」


 アマーリアが食堂の外からこっそり覗いていると、プレーリードッグのキャロと目が合った。

 キャロは小首をかしげて、とぼけている。

 ルリアが何かやらかすとき、キャロは誤魔化すのがうまい。


「ルリアお嬢様、お菓子はもっとゆっくりお食べになってください」

「きをつける!」


 侍女に注意された後も、コルコと競うように、ルリアはパクパクおやつを食べていた。


 ルリアが悪巧みしているとき、コルコは特に誤魔化そうとはしない。

 アマーリアはそう判断していた。


 失敗しても成功しても、どちらでもルリアにとっては良いことだ。

 そうコルコが考えているようにアマーリアには感じられるのだ。

 もちろん、ただのにわとりであるコルコが深いことを考えているわけはないのだが。



 アマーリアに覗かれていることにも気づかず、ルリアはこそこそ周囲を窺いながら、自室に戻っていく。

 相変わらずダーウはルリアと一緒にキョロキョロしており、何かを隠しているのは明白だった。


 アマーリアはそんなルリアをつけていく。

 自室に戻ったルリアは、何やら作業を始めた。


「わふ~?」

「ダーウ、食べたらダメ。これは……」


 やはり何かしていたらしい。

 カマキリの卵事件を思い出したアマーリアは、たまらずに声をかけた。


「……ルリア?」

「はっ! なんでもない!」


 ルリアはハンカチに何かを包んでいた。

 それを自分の背に隠す。


「まさか、ルリア。またバッタを食べようとしているのではないわよね?」

「ち、ちがう!」


 狼狽している。ルリアは嘘をつくのが苦手なのだ。

 すぐ表情に出る。


「バッタじゃないならセミかしら?」

「ち、ちがう! なにもいない!」

「新しい動物を拾ってきたの?」

「そ、そんなことし、ししてない」


 ルリアは慌てすぎだ。


「じゃあ、お母様に見せて? 見せられるわよね?」

「え、みせない」


 やっぱり。これはバッタに類するものを隠し持っているに違いない。


「ルリア。いいから見せなさい」

「……あい」


 強く言うと、ルリアは観念したかのようにハンカチを見せてくれた。

 ハンカチに包まれていたのは先ほどおやつに出されたクッキーである。

 アマーリアは虫じゃなくてホッとした。


「ルリアどうして、お菓子を隠していたの?」

「えっと……それは、そのぅ」


 ルリアは言いよどんでいる。

 だが、アマーリアにはルリアの思いがわかった。


「母は怒っていませんよ。強い口調で言ってしまってごめんなさいね。虫だと思ったものだから」

「むしかー」


 そういって、ルリアは何かいいこと思いついたみたいな表情を浮かべた。


「虫はだめよ?」

「わかってる!」

「……お菓子は乳母子にあげようと思ったの?」


 アマーリアはルリアが乳母子にバッタをあげようとしているのかもしれないと思ったのだ。

 ルリアは、まるで男の子のように虫を宝物だと思っている傾向がある。 


 ちなみにルリアの乳母子はサラという名の女の子だ。


「そうね。……ルリア。乳母子にあげるお菓子ならちゃんと用意するから。それは食べちゃいなさい」

「……わかった。もぐもぐもぐ」


 ルリアは早速食べ始めた。

 その小さな体のどこに入るのかと不思議に感じるほど、ルリアはたくさん食べる。

 リディアが五歳だったころの二倍から三倍ぐらい食べている。

 なのに太らないのだ。うらやましい。


「お菓子も腐っちゃうの。腐らなくても乾燥して固くなって美味しくなくなってしまうわ」

「かたくなっても、おいしいよ?」


 ルリアはきょとんとしている。

 飢えたことがないのに、ルリアは食べ物を無駄にすることを嫌がるのだ。


 普通の令嬢ならば嫌がる、いや使用人でも嫌厭けんえんする冷めたご飯や乾燥して固くなったお菓子でも、バクバク食べるのだ。

 まるで、食品のまずいところではなく、美味しいところを探しているかのようだった。


「そうね。でも、作りたての方が美味しいわ。きっと乳母子もその方が喜んで貰えるわよ?」

「そっかー。かーさま、おかしはたくさん、よういしてね?」

「わかっているわ」


 ルリアは乳母子が飢えているのではないかと、心配しているかのようだった。

 乳母子の父親は富裕な男爵だ。飢えていることはない。


「心配しなくても大丈夫よ。優しいルリア」


 アマーリアはルリアを優しく抱きしめた。


  ◇◇◇◇

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