第39話 下準備
『守護獣に頼んで、マリオンを探してもらって、病状を報告してもらうのだ!』
「でも、しゅごじゅうって……」
あたしはダーウを見る。
「わふ?」
ダーウが可愛く首をかしげている。
守護獣がダーウみたいな存在ならば、マリオンを見つけられるのか心配だ。
見つけても、病状とかわからないのでは無いだろうか?
ダーウは犬だが、屋敷を出て、しばらく歩けば迷子になりそうな気がする。
それに、犬の才能を発揮して、見つけることができたとしても、病状を観察するとかは多分無理だ。
『安心するのだ。ルリア様。守護獣は賢いのだ』
「ふむー」
『キャロや、コルコも守護獣なのだ」
「そうだったのか!」
「きゅきゅ」「こぅ」
キャロとコルコは、ダーウよりしっかりしている。
守護獣といっても、ダーウみたいな赤ちゃんばかりでは無いようだ。
『それに、頼む守護獣は中庭にいる鳥たちなのだ』
「ええ! あの子たちも守護獣だったか」
『そうなのだ。あの子たちならマリオンの顔をも知っているし、頭も良いし適任なのだ』
「そっかー」
それならば安心である。
それにしても、思っていたよりも守護獣というのは沢山いるようだ。
心強いことだ。
そんなことをしていると、母に布団をめくられた。
「あらあら、ルリア。布団に潜って何をしているの?」
「むふー。かいぎ!」
「暑いでしょう、顔が真っ赤よ?」
「あつくない!」
そう答えたが、ダーウとコルコとキャロと固まって布団に潜っていたので、暑かった。
「会議で何を話したの?」
「ないしょ!」
「あらあら」
母と一緒に朝ご飯を食べたあと、あたしはクロとダーウたちと一緒に中庭に移動した。
集まってきてくれた鳥たちに頭を下げる。
『みな、マリオンを探して欲しいのだ』
「たのむのだ」
「ほっほう」
『マリオンは西部にある――』
クロはある程度、情報を集めてきていたらしい。
クロが説明を終えると、大半の鳥は飛び立った。
残ったのは体が大きめの鷹一羽だけだった。
『そなたが、守りを固めてくれていると、クロも安心なのだ』
「きゅるるる~」
それからの日々。
あたしは午前中は図書室で医学書を読んだ。
とても難しくて、半分も理解できなかったが、
『その病気は魔力が欠乏するとなるのだ!』
「ほえー」
意外にも博識なクロに教えて貰いながら勉強した。
午後は剣術の訓練だ。
体力が無ければ、治癒魔法を使うのが難しくなるからだ。
あたしはまだ幼い。体ができあがってないから、上手く魔力を使えるとは思えない。
それに前世と違って今のあたしは聖女という存在ではないのだ。
前世のように精霊から無尽蔵の魔力を借りても、自由に使うことはできないだろう。
だから、前世で体力と魔力が尽きたときに、自分を癒やした方法を使うしかないのだ。
「魔力が……たりない……」
『そんなこと無いと思うけど……』
「いざというとき、クロも頼むな?」
聖女ではない今のあたしでも、精霊に力を借りることができれば、少し強めの治癒魔法を使えるかもしれない。
『もちろん力は貸すけど……意味あるのだ?』
「ないかもしれない。でも、おねがいな?」
『わかったのだ』
クロが力を貸しても「意味がない」と思う気持ちはわかる。
精霊から魔力を受け取るのにも、受け取った魔力を自分に取り込むのにも、取り込んだ魔力を使って魔法を発動するのにも、それぞれ別の技術と才能と、その魔力を操るための身体能力が必要なのだから。
「てきした体と才能はないかもだけど、技術はある!」
技術は前世で培ったものがあるから大丈夫。
魔力を操るための身体能力は、剣術練習を通じて体力をつけて、少しでもましになればよい。
もちろん身体能力の向上は一朝一夕ではいかない。
体内の魔術回路の構築には時間がかかるし、それを補うための筋力や心肺機能も簡単には向上しない。
いまさら練習したところで、付け焼き刃にすぎず、ほとんど意味がない。
それでも、やらないよりはましなのだ。
「ふんぬ! ふんぬ!」「わふ! わふ!」
剣術を練習するあたしとダーウを見て、
「今日のルリアお嬢様は気合いが違いますね」
と侍女達が言っていた。
夕食後、家族が集まったときには、マリオンについて話題に出すのを忘れない。
あたしは戦略家なのだから。
「マリオンがしんぱいだなー」
「そうね……少しご病気が長引いているようね」
母も心配そうだ。
父と兄姉たちも、少し悲しそうな表情を浮かべた。
「かあさまは、むかしからマリオンをしっていたのだ?」
まずは自然な情報収集からだ。
「そうよ。マリオンは私の実家の分家筋の男爵家の娘なの」
なんと、男爵家のご令嬢だったらしい。
母は歴史の古い侯爵家の娘だと聞いている。
母の父、あたしの祖父は亡くなっているが、現当主の母の兄、あたしの伯父には何度か会ったことがある
大体毎年、夏頃に訪れてくれる。
伯父の侯爵は、母より二十歳ぐらい年上で、とても優しかった。
「マリオンのだんなさんはどんなひと?」
これも聞いておかなければならないことである。
「私の父上、ルリアのおじいさまに、仕えていた騎士の息子よ」
「きしけとだんしゃくけかー」
「亡くなったお父様がマリオンの夫の父親を高く評価していて……ってルリアには難しいわね」
「むふー」
つまり死んだお祖父様、先代侯爵が主導した婚姻ということなのだろう。
詳しく聞いてみると、マリオンは男爵の一人娘だったようだ。
この国では一般的に女が跡を継ぐのは難しいので、入り婿として選ばれたのが、マリオンの旦那さん。
あたしの死んだお祖父ちゃんに忠義を尽くした非常に優秀な騎士の息子らしい。
その旦那さんが、今では男爵を継いだのだという。
婿養子にして、分家の男爵家を継がせたのだから、マリオンの旦那さんは優秀なのだろう。
「……まりおんはその男爵領におるのか?」
「ちがうわ。王都にある屋敷にいるの」
領地持ちの貴族は、自分の領地と王都の両方に屋敷を持っているものらしい。
マリオンはその男爵の王都屋敷にいるようだ。
あたしが今いる父の屋敷も王都屋敷なのだ。
つまり、マリオンはそう遠くない場所にいると言うこと。
もっとも、欲しかった情報が手に入った。
姿は見えないがクロも聞いているはずだ。
クロが聞いていると言うことは、守護獣の鳥たちにも伝わるはずである。
「……ふむ。マリオンは王都にいるのだなぁ」
クロにもしっかり聞こえるように、わざと大きめの声をだして伝えておく。
「……ルリア。まさか一人でマリオンに会おうとしているのでは無いでしょうね?」
「そ、そんなことしない!」
「そうよね、ルリアはそんなことしないわね。約束できるかしら」
「で、できる」
これ以上、約束させられないように、話題を変える。
「そんなことより、ルリアはめのとごに会いたい!」
「乳母子? そうね、でも……」
「マリオンが病気で、さみしがっているにちがいない。ダーウを撫でたら、元気になる」
「わふ? ……わふ!」
ダーウが張り切って尻尾を振った。
「うーん」
母は少し悩んでいる。もう少し押さねばなるまい。
「めのとごは、病気ではない?」
「病気ではないわね」
「だったら、病気がうつったりもしない?」
「それはそうなのだけど……」
「とーさま! ルリア、めのとごにあいたい!」
あたしは父も説得しなければならないのだ。
「ルリア」
父に抱き上げられる。
「屋敷の外は危険なんだ」
「むむーあかい髪をかくす?」
「そうだね。その方が良いね。アマーリア。難しいだろうか?」
「うーん、でも……」
「ルリアももう五歳なんだ、このまま屋敷の中で暮らすというわけにはいかないだろう?」
「そうね……少し準備が必要だけど」
「やったー」
思ったよりもあっさり乳母子に会えることになった。
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