第37話 布団の中の作戦会議

 父は王家と唯一神の教会の現状と歴史、そしてルイサの歴史を教えてくれた。

 あともう一つ聞かないといけないことがある。


「あの、とうさま。大災厄のさいしょのぐこうってなんなの?」


 知っているがあえて聞いた。

 愚行とは精霊を殺して精霊石を取り出そうとしたことだ。

 現代にどのように伝わっているかで、その技術が継承されているか調べたかったのだ。


「現在でも謎だよ」


 謎とされているならば、技術は失われているのかもしれない。

 だが、父は唯一神の教会内部の人間ではないので、完全には安心できない。


「……そのぐこうを、きょうかいはまたやらかさない?」

「可能性はあるが、恐らく大丈夫だ」


 父は優しくあたしの頭を撫でてくれた。


「そなの?」

「ああ、父はこう見えても教会内部に伝手があるからね」

「そっかー」

「もし、そのような愚行を実行しようとしていることに気づいたら父がとめるよ」

「あんしんだね!」


 ならば、ひとまずは安心だ。

 あとで、クロにも唯一神の教会が良くないことをしていないか聞いておこう。


「ルリア。他に何か知りたいことはあるかな? なんでもいいいよ」

「ある!」

「なにかな?」

「マリオンは元気?」

「…………」


 父が無言になった。嫌な予感がする。


「とーさま、どした?」

「いやなに……」

「まりおんに、よくないことがおきたか?」


 少し考えた後、父は冷静な口調で言う。


「マリオンは病気なんだ」

「びょうき? おもいの?」


 父の膝のうえで抱っこされていたあたしは振り返って、父の顔を見る。

 すると、父はにこりと笑った。

 まるで、あたしを心配させないようにと気を遣っているかのようだ。


「……あまり軽くはない。だが、ルリアが心配しなくていいんだよ」


 父の表情を見ている限り、安心なんてできるはずがなかった。

 父はあたしを心配させないように、ごまかしている。


「なんてことだ。おみまいに――」

「ダメだ!」


 思いのほか父の口調は強かった。


「どして? だめなの?」

「流行病ってわかるかな?」

「……うつるのか?」

「ああ。だからお見舞いにはいけないんだ」

「しょうじょうは? しょうじょうはどんなのなの?」

「父はお医者さまでは無いからね。詳しくはわからないんだ。ただ高い熱がでるようだよ」

「ねつかー。つらいな?」

「ああ、辛いだろうね」

「むむう」


 あたしは父の目をじっと見つめる。


「おいしゃさまは?」

「もちろん手配したさ。だが、お医者様も苦労しているようだ」

「なおる?」

「……ああ、治るとも」


 力強く父は言う。

 だが、口調とは裏腹に目に憂いがあった。


「うーむ」

「お見舞いには行くことはできないけど、お手紙を書きなさい」

「わかった。るりあ、おてがみかく」


 凄く心配だ。



 その日はあたしが眠るまで、父が手を握っていてくれた。


  ◇


 次の日の朝。

 あたしは目を覚ますと、いつものようにヘッドボードに直立しているキャロを掴む。


「きゅきゅ」

「おはよ。いつもありがと」

「きゅ~」

「でも、きゃろもねるといい」


 キャロを抱っこして、布団の中に入れる。

 そうしながら、足でダーウの位置を探る。


 最近、ダーウは足元の方にいることが多い。


「ダーウおった」


 あたしは足でダーウのモフモフを撫でる。

 冬は横で抱き枕のようになってくれるが、春になって少し移動したのだ。

 春とは言え、足が冷えることもあるので、凄く助かる。


「コルコは……」

「……こ」


 寝台の外からコルコの声が聞こえる。

 コルコは早起きなのだ。

 あたしが起きるよりも前に、起き出して部屋の中を巡回してくれている。


「おいで、コルコ」

「こぅ」


 コルコはぴょんと寝台に飛び乗って、布団の中に潜り込んできてくれた。

 温かい。


「……夏はあつそうだな?」


 布団を使わなければ、ダーウとキャロとコルコと一緒に寝ても暑くないだろうか。

 そんなことを考えていると、足元からダーウがやってきた。


「わふ」

「うん。ダーウもおはよ」


 ダーウは鼻をピーピー鳴らして甘えてきた。


 昔、もっとダーウが小さな頃。

 ダーウは乳母のマリオンにもそうやって甘えていたのだ。


「ダーウ、マリオンがしんぱいだねぇ」

「わふぅ」


 ダーウを撫でながら、あたしは乳母のことを考える。


 昨日、王家のことや唯一神の教会のことを父から聞いた。

 だが、今はそんなことより、乳母の方が心配だ。


「きゅーん」


 ダーウも心配なのだろう。

 ダーウもあたしと一緒で、本当に小さい頃から乳母にはお世話になったのだから。


 部屋の中にはあたしとダーウ、キャロとコルコしかいない。

 それでも念のために布団の中に潜ると、小声でダーウの耳元で呟くように言う。


「……じつは、ルリア、びょうきなおせるかもしれない」

「わふ?」

「……ルリアには前世の記憶があるのだ」

「わふぅ!?」


 ダーウは驚いたように、少し大きな声で吠えた。


「しーっ」

「……ぁぅ」


 ダーウは小声になる。

 ダーウは前世があると聞いて驚いている。だが、キャロとコルコは驚いていない。

 布団の中なので暗くて見えないが、気配でわかる。


「キャロとコルコは知ってたな?」

「きゅ」「こ」


 そもそも、クロに出会ったときにルイサの話などをした。

 それをダーウも聞いているはずなのだ。


「……ダーウだけ、ねてたかー」

「ゎぅ?」


 あのときダーウは起きていたが、寝ぼけていたのかもしれない。

 ダーウは、キャロやコルコより体は大きいが、まだ赤ちゃんなのだ。

 仕方がない。


「まあ、それはそれとして」

「わぅ」

「前世では……たくさんのひとの病気をなおした」

「わぁぅ」「きゅきゅ」「こぅ」


 ダーウたちが凄いと言ってくれている。


 ルイサは隷属の首輪によって、強制的に従わされて奇跡を行使した。

 その中には大流行していた疫病の治療も含まれた。


 必死だったので、正確な数は覚えていないが一日当たり数百人の患者を治した。

 それを二十日繰り返したのだ。


 最後の方はあたしも死にかけた。

 魔力と体力を使い果たし、体が弱って治していた患者から疫病をうつされて罹ってしまった。


「あれは……たいへんだった」


 高熱をだし全身に腫れ物ができたあたしは、家畜小屋ではなくボロ小屋に一人放り込まれたのだ。

 ヤギ、つまり価値のある家畜に病をうつしたら困るという聖女たる王女の判断だった。


「わふー」


 前世を思い出すあたしを、心配そうにダーウが舐めてくれる。


「だいじょうぶだよ。前世のルリアはじぶんをなおしたんだ」


 誰かを治すよりも、自分を治すのは難しかった。

 体力も魔力も枯渇していたし、食事もほとんど与えて貰えなかったのだ。

 聖女たる王女はきっとあたしが死ぬのを望んでいたのだろう。


「きゅー」

「ん? どうやったのって?」

「こっこ」


 キャロとコルコが、どうやって治したのか尋ねてくれている気がした。


「ロアに力をかりて……病気のげんいんを探って……すこしずつ」

「わふー」


 ダーウにベロベロと舐められる。

 がんばったと褒めてくれている気がした。


「だから、げんいんを探るのもとくい。むふー。治すのはもっととくい」


 魔力と体力がほとんど枯渇していたので、全身を対象に治癒魔法を使えなかったのだ。

 だから、病巣を見つけ、原因を探り、もっとも効果的な場所に治癒魔法をかけた。


「魔法はだめっていわれているけど、魔力がないじょうたいでも治せたのだし……」


 幼くて魔力が足りない現状でもきっと治せる。

 病状はわからないけど、時間をかければ、きっと大丈夫だ。

 前世では様々な症状の、沢山の病人を治したのだから。


「わふぅ……」

 ダーウが背が伸びなくなると心配してくれている気がした。


「せがのびなくなることより、マリオンのほうがしんぱい。ダーウもそうおもうな?」

「わう」


 マリオンは心配だが、あたしのことも心配だと、ダーウは言っている。


「だいじょうぶ」

 そういって、あたしはダーウの頭をたっぷりと撫でた。

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