第33話 ルリアと剣と精霊たち
コルコが仲間になって、三日後。
あたしは、キャロとコルコ、そして鳥たちに見守られながら中庭で木剣を振っていた。
兄と剣術の先生は今日はいない。
田舎暮らしをするには体力が必要。
素手で魔獣ぐらいは倒せるようにならないといけない。
だから、兄の授業がない日も、あたしは毎日剣を振っているのだ。
「ふんぬ! ふんふん!」「わふ! わふわふ!」
いつものように、ダーウも一緒に口に咥えた木の枝を振り回してくれている。
『きゃー』『こっちこっち!』『きゃっきゃ』
精霊たちが木剣にまとわりつく。
クロと精霊たちと、一度会話してからというもの、精霊たちは話せない振りを止めた。
いつも周囲を楽しそうに飛び回り、きゃっきゃと騒いでいる。
幸せそうな精霊たちを見ていると、あたしも楽しくなる。
「あぶないでしょ!」「わふう」
『えー』『だいじょうぶだよ?』『きゃっきゃ』
物理的な体がない精霊は木剣が当たっても痛くないのはわかっている。
でも、精霊を木剣で殴るなど、心が痛む。
それに、さっき木剣に当たった精霊が『ふきゃー』と言いながら飛んでいったのだ。
その精霊は『もいっかい、もいかい』と言いながら戻ってきたが、不安になる。
「あそびじゃないの!」「わーう」
『あてて~』『るりあさまあてて~』『きゃっきゃ』
「むう」
遊びじゃないといっても精霊たちはお構いなしだ。
わざと木剣にあたりに来る。
木剣を精霊にあたらないようにするのが、大変だ。
「クロ、いるんでしょよ? みんなに、だめっていって!」
『…………僕にも精霊にも話しかけないほうがいいのだ。どこに人の目があるかわからないのだ』
『くろだー』『あそぼあそぼ』『きゃっきゃ』
クロが地面の下からにょきっと生えるように出現した。
口調とは裏腹に、クロの顔と尻尾は嬉しそうだ。
「あぶないの!」
『うーん。でも、大丈夫なのだ』
『だいじょぶー』『あててあてて~』『きゃっきゃ』
精霊たちは楽しそうだ。
「まんいちがある」
『うーん。……じゃあ、軽く当ててみてほしいのだ? 僕に』
「うむ」
ポコンとクロに木剣を当てる。スカッと空ぶった。
『ね? 大丈夫なのだ』
「それはしっている。でも、さっきあたってはねた」
『それは……ルリア様が木剣に魔力をまとわせたからなのだ』
「し、しらない。るりあそんなことしてない」
『ルリア様は無意識にやったのだ』
「や、やっぱりあぶない!」
魔力で覆った木剣で殴ったら、精霊も痛いかも知れないではないか。
そう思ったのだが、
『大丈夫なのだ。ほら。精霊投げと一緒』
『いっしょー』『びゃって! あてて』『きゃっきゃ』
「ほむ?」
『精霊を傷付けるためには、呪力が必要なのだ』
「ふむむ? 呪力……?」
『呪力については話すと長いから、あとで話すのだ』
「わかった。でも、ほんとにいたくないか?」
『痛くないのだ。魔力で覆ったぐらいで殴れるなら、魔物だって魔導師だって精霊を殴れるし危害を加えられるのだ』
「…………たし……かに」
腑に落ちた。
人の魔導師も魔物も精霊を痛めつけることはできない。
あれ? じゃあ、どうして前世の唯一神の教会は、精霊を捕獲して痛めつけることができたんだろう?
あっ、あれが呪力なのか。
前世の秘密に少し近づいた気がした。
それも含めてあとでクロに聞いてみようと心に決めた。
中庭で前世にまつわる話などは絶対にできない。
人の目がどこにあるのかわからないのだ。
いや、正確には今も私を眺めている侍女はいる。
幼児が木剣を振り回しているのだから監督するのは当たり前だ。
考えている間もクロは話してくれる。
『だから、魔力で覆った木剣で遊んであげて欲しいのだ。教育にいいのだ』
「えっ、いいの?」
驚いて、思わず大きな声が出た。
精霊たちが、魔力に覆われた木剣で殴られても痛くないのはわかった。
だが、教育にいいというのは、とてもではないが信じられない。
可愛い精霊たちが乱暴者に育ったらどうするのだ。
『ほら、さっき精霊投げと一緒って言ったのだ』
「聞いたのだ」
『それと同じなのだ。精霊は普段物理的な刺激を受けないのだ。だから、魔力に覆われた木剣で――』
クロの説明は長い。
だが、そのおかげでなんとか理解できた。
物理的な世界のあり方に対する認知が向上し、知能が上がり、魔力が強くなり、優しくなれるらしい。
「そう……だったか……」
『精霊投げで、ルリア様の近くにいた精霊はすくすく育ったのだ』
「それはしってる」
精霊投げが教育にいいことは、ロアに聞いたから知っていた。
「わかった。じゃあ、遠慮なくいく」「わふ!」
『やったーひゅい』『ひゅいひゅい』『ひゅい』
ひゅいひゅいってなんだ?
ともかく、精霊たちがはしゃいで、歓声をあげている。
「いくよ! ふんぬ! ふんぬ! ふんぬ! ちゃあああ!」
「わふ! あぅ! ぁぅ! わぁぁぁぅ!」
あたしはダーウと一緒に木剣を振るう。
『きゃっきゃ!』
今まで当たりに来ていた精霊たちが、はしゃぎながら避け始める。
「なぜ、よけるの! ふんふんぬ!」「わふわふ」
『こっちこっち』『るりあさまー』『きゃっきゃ!』
『魔物ごっこみたいなものなのだ』
「魔物? ごっこ? ふんぬ! ふん!」「わう! わう!」
『ほら、魔物役と村人役に別れて、追いかけっこして、村人役が魔物役に触られたら、魔物役が交代するっていう』
「そんなのがあるのか! ふんふん」「ぁぅぁぅ」
『人族の子供はみんなやっている遊びなのだ』
「そうなのか! ふんぬ! ふんぬ!」「ゎぅっ! ゎぅっ!」
つまり、あたしの木剣を捕まえようとしていた魔物ごっこから、木剣から逃げる魔物ごっこに変わったということだろう。
遊びのルールはわかった。
あとは、全力で遊ぶだけである。
「とりゃああああ」「わふうううう」
『はやいはやい』『わー』『きゃっきゃ!』
精霊たちを捉えるために工夫して木剣を振りまくった。
いつもより集中したせいか、いつもの三倍ぐらい疲れたが、とても楽しかった。
☆☆☆☆
ルリアが木剣を使った魔物ごっこを始めた十分後。
「ぬ?」
剣術教師が中庭のルリアを見た。
たまたま、授業以外の所用があって剣術教師は屋敷を訪れていたのだ。
「ふんぬ! ふんふんぬ! ふん!」「わふ! わふわふ! わふ!」
「なんと……」
ルリアの動きを見て、剣術教師は思わず声を漏らした。
「どうなされました?」
案内の侍女に尋ねられて、剣術教師は、呻くように言う。
「お嬢様は剣術の天才かもしれません」
「そうなのですか?」
侍女も中庭のルリアを見たが、いつものように遊んでいるようにしか見えなかった。
相変わらず「ふんふん」いって、とても可愛いが、天才と言うほどの動きには見えない。
「まるで……見えない素早く動く何かが存在しているかのような……」
「なるほど?」
「そう、まるで不可視のツバメを斬り落とそうとしてるかのような剣の動き……」
「そうですか」
剣術教師と異なり、侍女は剣の素人なのでわからなかった。
あとで、教師がルリアお嬢様の剣術を褒めていたと奥方様に教えておこうと思った。
「私より、ずっと才能があります」
「またまたご冗談を」
剣の素人である侍女も、剣術教師が天才と呼ばれた国一番の剣士であることは知っている。
だからこそ、第二王子の嫡子であるギルベルトの剣術教師に選ばれたのだから。
「冗談ではありませんよ。本当に天才です」
「ありがとうございます。それを聞けば旦那様も奥方様もお喜びになるでしょう」
きっとお世辞だろう。
そう考えながら、侍女は剣術教師にお礼を言ったのだった。
☆☆☆☆
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