第34話 ルリアとお風呂
精霊たちとの剣の訓練を終えた後、
『おもしろかったー』『またやってー』『きゃっきゃ』
精霊たちは遊んでもらったと思って、はしゃいでいる。
精霊たちに喜んで貰えたことは、よかったのだが、
「さいごまで、……きれなかった」
それは心残りだ。
『きゃっきゃ』
『そりゃ、精霊は速いから、斬れないのだ。五歳児には無理なのだ』
「そんなことない。五歳児でもきれるはず」
明日こそは斬ってやろう。そう強く思う。
「おなかが……すいた」
動いたらお腹が空く。
「おやつ、もらいにいこ」
「わふ!」「きゅっきゅう」「こぅここ」
まだあたしが幼い頃。
前世の癖で、お腹が空いたときに、その辺りにあるものを食べようとしたことがあった。
だが、母が「お腹を壊すからやめなさい」というので、やめたのだ。
実際、前世はよくお腹を壊していたので、母の言うとおりだ。
「おなかがすいたら、おやつ~」
母からは「お腹が空いたら、ちゃんとおやつをあげますからね? 本当におねがい」と言われている。
だから、おやつを貰うために食堂に向かってダーウやキャロ、コルコと一緒に歩いていると、
「まあ、ルリアお嬢様、そんなに汗びっしょりになって。お風呂に入りましょうね」
侍女の一人に捕まった。
同時に近くにいたクロと精霊たちがさっと隠れる。
侍女が怖いのではなく、あたしが人前で思わず精霊と話してしまうことを防止しようとしてくれているのだ。
見えないものと話している子供は気持ち悪がられるからである。
「ルリア、おなかがすいたから、食堂にいく」
「そうですね。じゃあ、あとでちゃんとおやつを食べましょうね」
「あとかー。おやつさきにする?」
「だめです。お風呂が先で、おやつがあとです。風邪を引きます」
「わかった」
部屋につくと、侍女は手早くお風呂を用意してくれた。
侍女に体を洗って貰いながら、あたしは最近気になっていたことを尋ねる。
「ふむ~。ゆいいつしんの教会でいちばんえらいのってだれなの?」
「急にどうなされたんですか?」
侍女は少し驚いた様だった。急に五歳児からそんなこと尋ねられたら驚くのは無理もない。
先ほど、クロとの会話で、呪力の話題が出た。
恐らく前世の頃、唯一神の教会は呪力を利用する技術を持っていたはずだ。
もし、その呪力を利用する技術を今も唯一神の教会が持っているならば、ゆゆしき事態だ。
そして、王家より唯一神の教会の力が強ければ、最悪だ。
「ええっと。教会で一番偉いのは、教皇猊下ですね」
「へいかとげいか、どっちがえらいの?」
「えっと、私は浅学なので詳しくはわからないのですが……きっと陛下ですよ」
「そっかー」
侍女は断言しなかった。
つまり、王と教皇の力関係は微妙なのかもしれない。そんな気がした。
一番知りたいのは現在の唯一神の教会の現状だ。
唯一神の教会が、依然として精霊を捕まえようとしているのか。
もしも捕まえようとしているなら、その技術があるのか。
あたしは知っておかねばならない。
だが、それは唯一神の教会の機密に相当することである。父も知らないかもしれない。
その前段階として、王家と唯一神の教会の関係や力関係について学ばなければなるまい。
「れきしをべんきょうしようかなー」
「髪を洗うので目をつぶってください。……旦那様と奥方様にご相談なされるとよろしいですよ」
「そだね!」
「まだ、目を開けたらダメですからね……ルリア様は、勉強熱心でございますね」
「そかなー」
そんな会話をしながら、頭を洗われていると、マリオンのことを思い出した。
三歳の時に屋敷を去った大切な乳母だ。
そのマリオンには、よくこうやって体を洗ってもらった。
「……マリオン、げんきかな?」
「っ」
なぜか侍女が息を呑んだ。
「どした?」
「いえ、何でもありませんよ。もう目を開けて大丈夫ですよ」
目を開けると、侍女は優しい笑顔を浮かべていた。
「ルリア様。手を上げてください。はい、そうです」
「……マリオンがどうしているか、しらない?」
四歳ぐらいまで、たまに遊びに来てくれたし、よく手紙が来ていた。
あたしも拙い字でお返事を書いた。
だが、ここ半年ぐらい遊びに来てくれていないし、ここ三か月は手紙も来ていない。
こちらから手紙を出しても、返事も来ない。
「……ちょっと私にはわかりかねます」
「そっかー。マリオンも忙しいかもしれないしなー」
「そうですね」
「こんど手紙をだそうかな」
「きっと、お喜びになりますよ」
侍女は笑顔だ。だが少し寂しそうにも見えた。
マリオンについては、あとで父に聞いてみよう。そう思った。
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