第32話 ルリアと令嬢らしさ
解せない。
「~なのだ」というのは、普通の言葉のはずだ。
頭の良いクロだって「のだ」って使っているぐらいだ。
どこもおかしくないはずなのだ。
姉はいったいどこがおかしいと言いたいのだろう。
あたしは、クロの顔を見る。
『…………』
クロは、何かを誤魔化すかのようにさっと目をそらした。
もしかしたら、おかしいのかも知れない。そんな気になってくる。
「………………さすがに……ね? ルリアの変な口調は注意しないつもりだったけど」
「変かのう?」
「どう聞いても変ね」
「そっかー。そうだったかー」
少しショックだった。変では無いはずだったのに。
姉はショックを受けるあたしをよそに、おやつが乗ったお盆をテーブルの上に置いた。
「こっちにいらっしゃい」
「ん!」
あたしは寝台から出て、テーブルに向かって走る。
「ダーウたちもいらっしゃい。用意してあるわ」
そういって、姉は床にダーウたちのお皿を置いた。
ダーウには大きな骨、キャロとコルコには野菜くずだ。
使用人を含めれば、屋敷には沢山の人がいる。
だから、野菜の皮や切れ端などの野菜くず、豚や牛の骨は調理の際に沢山出るのだ。
鳥小屋にも一日三度、野菜くずを持って行ってくれていると聞いている。
「あなたがコルコね? ルリア、撫でても大丈夫かしら?」
「だいじょうぶ!」
おやつをついばむコルコの背中を姉は撫でる。
「私がルリアの姉ですよ。よろしくね。コルコ」
「こっこ」
その様子を見ながら、あたしもおやつを食べる。
今日のおやつはクッキーだ。とても美味しい。
「この世に、こんなおいしいものがあるなんてなー」
前世では想像もつかなかったことだ。
ちらりと、キャロとコルコたちのおやつを見る。
「きゅい?」「こっこ?」
「だいじょうぶ、ちゃんとたべてな? おいしい?」
「きゅいきゅい」「こっこぅ!」
キャロもコルコも、おいしいと言っている。
前世はキャロたちの食べている野菜くずも、ごちそうだった。
ヤギたちの餌に混じる野菜くずを分けてもらっていたのだ。
「また変なこと言って。クッキーを食べるのは初めてじゃないでしょう?」
「うむ。食べたことはあるのだ」
「また、のだって……まあ、いいのかしら?」
姉はコルコを撫でながら、少し考えている。
そうしているだけで姉は絵になる。
にわとりと聖女。そんな題の絵画にして飾るべきだ。
「父上も母上もルリアを自由に育てる方針みたいだから、ルリアの口調を誰も注意しないけど……姉ぐらいは、多少はね」
「ふむー」
なんとなく、父と母が良い意味で放任してくれているのは感じていた。
ヤギを飼いたいと言っても、だめと言われたことはない。
それどころか、ヤギの本を買ってくれた。
父が普通の王族だったならば、娘がヤギ飼いたいからヤギの本くれと言い出したら呆れただろう。
ヤギの飼育は使用人がやることだと言って鼻で笑うに違いない。
「ルリアに王族にふさわしいふるまいをしなさいとまでは、姉も言わないけど……」
「そっかー。うすうす感じていたけど、ルリア、王族ぽくないか?」
「王族どころか、貴族のご令嬢っぽくもないわね。まだ五歳だから仕方ないのだけど」
「……そっか。気をつけ……はっ」
素晴らしいことを思いついた。
「どうしたの?」
「このままだと、ルリアは嫁のもらい手がないな?」
「……そういうことを言う口さがない人もいるかもしれないわね」
姉は慎重に言葉を選んでいる。
きっと、内心では「当たり前だ」と思っているに違いない。
それをストレートに伝えたら、あたしが傷付くと思って配慮してくれているのだろう。
心の中で、姉の優しい配慮に感謝しつつ正直に言う。
「ルリアね。結婚したくないの」
「そうなの? どうして? 姉に教えてくれる?」
王族の娘は結婚するのが当たり前だ。
それが常識だってことは、さすがにあたしでも知っている。
「だって、自由がなくなるし、不幸になる」
「うーん。母上は、不自由で不幸に見えるの?」
「……む? むう? そういわれたら、そうだな? 見えないかも?」
母は完全に自由では無いが、ある程度は自由だと思う。
そもそも完全に自由な人間などいない。
それに母は幸せそうにも見える。子供たちの前だから、そう見せているだけとは思いたくない。
「だがなー。ルリアはかあさまとはちがうし」
「それはそうだけど」
「結婚しても、ヤギと山のなかでくらせるか?」
「……それは……難しいかもしれないわね」
「やっぱりかー」
あたしは真剣に自分の思いについて考えてみた。
もしかしたら、婚姻の指輪が、前世の隷属の首輪のようになるかもしれないと恐れているのかも知れない。
「ねえさま!」
「どうしたの?」
「ルリアは結婚しないから、口調とかきにせず、すきにはなす!」
「……そうね。それもルリアらしいのかも知れないわね」
「うん!」
あたしのふるまいが令嬢らしくないと言うような相手は、こっちもお断りである。
「ねえさま! いっしょにクッキーたべよ。おいしい」
「あら、分けてくれるの? 全部食べてもいいのよ?」
「ねえさまと、たべる!」
「ありがとう。ルリア」
姉はあたしの隣に座ると、クッキーをパクリと食べた。
食べ方も上品で、綺麗だ。
これが令嬢っぽさ、いや王族の姫っぽさなのだろう。
「ねえさまは結婚するの?」
「そうね。姉はきっとするわね」
姉と結婚する誰かは幸せ者だ。
こんなに可愛いし、優しいのだから。
「相手はとーさまがきめるの?」
「そうかもしれないわね。でも、父上は第二王子だから……陛下が決めるのかもしれないわね」
「へいかかー」
ちなみに、あたしは祖父である国王には、一度しか会ったことはない。
それも一歳になったばかりのころだ。
姉の結婚が決まる前に祖父が崩御するか退位すれば、新王となった伯父が姉の婚姻相手を決めることになるかもしれない。
「むう~」
その理屈で行くと、とーさまが結婚しなくてもよいと言っても、
王族には結婚の自由などあるわけがないのだから。
「……奇行しかないな?」
自分の評判を悪くすれば、同格以上の相手からは婚姻相手として避けられる。
必然的に婚姻相手の格は下がる。
格下の相手に対してならば、縁談をぶち壊すための工作もしやすくなる。
もちろん、相手に迷惑をかけたらだめだ。
あたしが加害者、相手が被害者となるのが望ましい。
「令嬢らしくない令嬢……そう悪役みたいな令嬢……になれば……」
あたしは姉に借りて読んだ物語を思い出していた。
前世のあたしと同じルイサという悪い貴族令嬢が、平民の主人公を虐める話だ。
最終的に主人公の本当の父が公爵であることがわかり、ルイサはひどい目に遭う。
そして、主人公の優しさに心打たれた王子に、主人公が嫁いでめでたしめでたしと言った話だった。
あの物語に出てきたルイサのように、人を虐めるのは良くない。
だが、虐めなくても悪役みたいな令嬢はできるはずだ。
とんでもない娘だと、社交界で噂が立てば、静養させるという名目で田舎に送ってくれるかもしれない。
父は第二王子でありながら、大公爵の爵位と領地を持っている。
その領地の端っこに、小さな土地と、粗末な家を貰えたら充分だ。
そうなれば、ヤギと暮らせるだろう。
「悪役令嬢。……それしかない。ルリアは……せんりゃくか」
「ルリア、また変なこと考えている?」
「そ、そんなことない」
「そう? それならいいのだけど」
姉にも迷惑をかけないよう、本格的な奇行は姉が嫁いでからにしよう。
そう決めた。
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