第25話 プレーリードッグ

「るりあ、ぷれーりーどっぐをあらうのてつだってくる」

「そうね。それがいいわね」


 あたしはプレーリードッグを抱っこした侍女を、ダーウと一緒に追いかけた。


 侍女が向かったのは使用人用の浴室だった。

 脱衣所から浴室の中を窺うと侍女は大きめのおけを用意していた。

 その桶の中にはプレーリードッグが入っている。


「お湯をいれるから、大人しくしてね」

「きゅうぃ」


 プレーリードッグは後ろ足で立ってきょろきょろしている。


「本当に、大人しいわね……ルリアお嬢様の周りに集まる動物たちは何故か大人しいのよね」


 侍女はそんなことを言いながら、お湯を用意していた。


 ダーウと一緒に様子を窺っていると、後ろから母がやってくる。


「ルリア、中に入らないの?」

「じゃましないほうが、いいとおもって」

「そうね。でも、洗うのでしょう?」

「あらう」

「ごめんなさいね。ルリアが洗うのを手伝いたいらしいの」


 母が侍女に言ってくれて、あたしがプレーリードッグを洗うことになった。


「おとなしくするのだ」

「きゅうい~」


 温いお湯で、全身を濡らし、石鹸であわあわにしていく。


「顔は気をつけてね、目や耳に入らないように」


 後ろから見ながら、母が教えてくれる。


「わかった! あ、てにいっぱいつちがついてる!」

「プレーリードッグは穴を掘るのよ」

「そっかー」


 綺麗に洗った後、タオルでくるんで抱っこする。


「きゅういきゅい」

 プレーリードッグは甘えた声を出して抱きついてくる。


「かわいいな!」

「きゅい」

「ルリア。名前をつけてあげないの?」

「なまえかー。……うーむ」

「直感でいいのよ。たとえば、レオナルドとか。どうかしら?」

「れおなるどかー」


 母はレオナルドがお勧めらしい。

 だが、母には悪いが個人的に趣味では無い。


「なまえ、なにがいい?」

「きゅうい」

「むう? きゅういがいいの?」

「ただの鳴き声よ? キュウイがいいという訳ではないわ。レオナルドとかの方がいいと思うわよ?」

「でも、きゅういのほうがよさそう」


 私はプレーリードッグを少し離れたところに置いた。


「かあさま、よんで。るりあもよぶ」

「レオナルドって呼べばいいのかしら?」

「そう。こうせいなしょうぶ」


 プレーリードッグ自身に選ばせようと思ったのだ。


「レオナルド、おいで~」


 だが、卑怯にも母はナッツを手に持っている。


「むむ! きゅうい、こっちにおいで」


 プレーリードッグは母の持つナッツと私をみて困っている。


「迷っているわね。どちらもいい名前ということかしら」

「なっつにひかれているだけ!」


 次の瞬間、プレーリードッグが突進するかのように駆けて、飛び込んできた。


「む? きゅうにきたな?」

「きゅうい~きゅい~」

「…………」


 プレーリドッグに甘えられながら、少し考える。


「キュウイって、呼んでないのに来たわね。レオナルドとキュウイは互角かしらね?」

「そんなことない。れおなるどは、ざんぱい」


 プレーリドッグはナッツをみせたのに、母のところには行かなかった。

 だから、レオナルドは却下である。


「むう? なっつがいいの?」

「きゅういきゅうい」

「なっつ、あげないよ? なまえがなっつがいい?」

「…………?」


 プレーリードッグは「なんでそんなひどいこと言うの?」とばかりに悲しそうな目で見上げてくる。


「なっつたべたい?」

「きゅいきゅうういいいい」

「たべたいだけかー」


 ナッツという名前にするところだった。危ない危ない。

 とりあえず、ナッツを食べさせながら、尋ねてみる。


「じゃあ、きゅうい? きゅい?」

「きゅい?」

 プレーリードッグは両手でナッツを器用に掴んで、食べながら首をかしげる。


「それとも、きゃう?」

「きゅうぃ~」


 色々と呼びかけてみて反応を見る。


「ルリアは絶対キュとキャをいれたいのね。レオナルドとかの方がいいと思うのだけど」


 母がそんなことを言うが無視である。

 レオナルドはいい名前だが、三歳の私には呼びにくい。

 だから却下だ。


 色々と呼びかけた結果、キャロが一番反応が良かった。


「じゃあ、なまえはきゃろだ!」

「きゅい、きゅい!」


 キャロも名前を気に入ったようで、良かった。


 そういうと、母は諦めたように言う。

「まあ、飼い主はルリアなのだから、ルリアがいいなら、いいのだけど」

「うん! きゃろ、よろしくね!」

「きゅうぃきゅい」


 キャロは嬉しそうに鳴いて、私に甘えながら、母が手に持つナッツを見つめていた。


 しばらくキャロと遊んでいると母が言う。

「そろそろ、ルリアのお部屋にキャロのおトイレが設置された頃ね」

「といれかー」

「ちゃんと、トイレの仕方もルリアが教えるのよ?」

「まかせて。きゃろ、ついてきて」

「きゅうい!」


 ダーウの背に乗り、自室へと向かう。

 その後ろを母と侍女とキャロがついてくる。


 自室に戻ると、設置されたばかりのトイレがあった。

 砂が入れられており、糞尿も処理しやすそうだ。


「きゃろ! ここが、きゃろのといれだ!」

「きゅいきゅい?」

「したくなったら、ここでするんだ」

「きゅい~?」


 わかってなさそうな空気を感じる。


「どれ、てほんを」

「やめなさい」


 実際にやって見せようとしたのだが、母に止められてしまった。

 解せぬ。


「きゅ~」


 キャロはダーウのトイレに興味があるようだ。

 ダーウのトイレは、キャロのトイレより大きいが、砂が入っている点は同じである。


「こっちは、だーうのといれだ」

「わふ!」

「きゃう~?」

「む、るりあのといれか? こっちだ」


 あたしの部屋にはトイレが隣接しているのだ。


「ここだぞ!」

「きゅう~」

「じまんではないが、るりあは、ほとんどもらさない」

「きゅ?」

「ほんとうだ。おしめがとれてからこのかた、といれいがいで、もらしたのは……かぞえるほどだ」

「きゅ~う」


 キャロが尊敬の目でこちらを見つめてくる。

 三歳児として、鼻が高い。


「そして、きゃろのといれはこっち。きゃろもるりあみたいに、ちゃんとといれできるようになるといい」

「きゅ~」


 どうやら、キャロはトイレを理解してくれたようだ。

 その時はそう思ったのだった。




 次の日。朝起きると、いつものように寝台の中にダーウがいた。


「おはよ」

「わふわふ!」「きゅい~」


 キャロはヘッドボードに後ろ足で立って、周囲を警戒してくれていたようだ。


「きゃろ、ありがと」

「きゅうい~」


 お礼を言うとキャロは自慢げにどや顔をした。

 見張りをやりきったという自信にあふれている。


「よいしょっと」

 キャロを抱っこして寝台から降りると、床に黒いコロコロした物体が転がっているのが見えた。


「む? きゃろ、やったな?」

「きゅう?」


 キャロは「なにが?」と言いたげだ。

 どうやら、トイレについて理解していなかったらしい。


「しかたないな~」


 うんこ掃除用スコップを使って、うんこを掬いキャロのトイレにいれる。

 その際に臭いも嗅いでみる。


「ふむ、コロコロしていて、あまりくさくないな?」


 健康そうでよかった。

 お腹を壊すとびちゃびちゃになるから、大変なのだ。


「きゅる?」


 キャロはこちらを見て首をかしげている。

 可愛い。

 可愛いのはともかく、トイレをしっかり教えなければならない。


「きゃろ、うんちは、ここでする」

「きゅ~?」

「といれはここでするんだ」

「きゅ」

「だーうをみるのだ」

「きゅる?」


 自分のトイレで一生懸命踏ん張っているダーウを指さす。


「だーうのトイレはあっちで、きゃろのといれはこっち」

「きゅ~」


 キャロを連れてダーウの元に移動する、


「きゃろみるんだ。だーうはといれでできてえらいぞ! まるでるりあのようだ」


 トイレ中のダーウを撫でると、踏ん張りながらも困ったような表情を浮かべる。


「わ、わふぅ~」


 ダーウはいつも外に散歩に行ったついでにトイレを済ませるらしい。

 だが、今日はキャロに手本を見せてるために、してくれているのだろう。


「きゃろも、だーうみたいに、といれでできるようになるといい」

「きゅる~」


 キャロは尊敬のまなざしで、踏ん張っているダーウを見つめている。

 私もダーウが出すところをしっかりと見つめる。


「ぁぅ~」


 ダーウは照れくさそうにしながら一杯出した。


「だしたら、あとはるりあのしごとだ」


 ダーウがだした糞を砂ごとスコップですくって、蓋付きの箱に入れる。

 そうしておけば、あとで侍女が持って行ってくれるのだ。


 説明につかったキャロの糞も箱の中に入れておく。


「よし、だーう、きゃろ! ごはんをたべにいくよ!」

「わふわふ!」「きゅいきゅい」

「それがおわったら、いえのなかをさんぽして、かーさまにずかんをみせてもらおう!」


 母はなぜか沢山図鑑を持っているのだ。

 プレーリードッグの習性とか、何を食べるのかなど、改めて調べ直しておこう。

 あたしはキャロの飼い主なのだから。


「わふ」

「ん。きゃろはだーうのさんぽに、ついていく?」


 ダーウは体が大きいので、一日に二回は外を散歩しているのだ。


「るりあは、そとにでられないけど、きゃろならいいぞ」


 キャロはたたたっと、あたしの肩に登るときゅいきゅい鳴いた。


「そうか、るりあといっしょにいたいか。いいよ」

 そういうと、キャロは嬉しそうに鳴いた。

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