第22話 剣術の練習

 文字の学習と剣術練習の許可を得た次の日の午前。


 あたしはダーウの背中に乗って、文字を勉強する。

 勉強といっても、侍女に絵本を読んでもらうだけだ。


「ルリアお嬢様は物覚えがよいですね!」

「むふー」


 あたしを並の三歳だと思われては困る。

 なんと私の教育レベルは五歳児並なのだから。


 絵本で文字の勉強した後は、簡単な数の足し算引き算も教わって、神童ぶりを発揮する。


「まあ、一桁の足し算ができるなんて」

「むふー」


 精霊王ロアに算数は教えてもらった。

 一桁のかけ算も少しできるほどなのだ。三歳レベルではない。


「しんどうぶりをはっきしてしまった」

「本当にすごいです、お嬢様!」「わふわふ」


 侍女に絶賛されて、気持ちよくなった。

 ダーウも絶賛してくれている気がする。



 午後になったら、剣術練習のために、ダーウに乗って中庭へと向かう。


 ――バサバサバサ


 たちまち鳥たちが集まってくる。

 鳥たちに混じって、プレーリードッグもいた。


「みんないいこだね」

「くるっぽー」「きゅいきゅい」

「ほ、本当にルリアのところには鳥……とリス? が集まってくるのね……」

 剣術練習を見学しに来た姉が驚いている。


「りすじゃなくて、プレーリードッグ」

「あら、そうなのね」

「きゅうきゅい」


 姉の足元にプレーリードッグが駆け寄った。


「まあ、可愛い」

 姉に撫でられて、プレーリードッグも満更でもなさそうだ。


 その後、鳥たちには離れてもらって、剣術の練習が始まる。

 あたしから離れた鳥たちは姉のもとに集まった。

 姉も鳥に囲まれて嬉しそうだ。


「ルリアお嬢様は素振りからはじめましょう」

「はい!」「わふ!」

「持ち方は……」

「はい!」「わふ!」


 教師に持ち方と振り方を教えてもらって、木剣を振る。

 兄の使っている木剣より長さも太さも三分の一ぐらいしかない。


 それでも、少し重く感じる。三歳だから仕方がない。


「ふん! ふん! ふん!」「わふ、わふ、わふ」

「お上手ですよ、ルリアお嬢様」

「ふんぬ! ふんぬ!」「わふ、わふ」


 あたしの素振りに合わせて、ダーウも木の棒を咥えて首を振っていた。

 きっと一緒に素振りしてくれているつもりなのだろう。


 あたしとダーウが素振りしている間、兄は教師と模擬戦をしていた。

 よくわからないが、いい動きだと思う。


「若様、右足が遅れ気味ですよ」

「はい!」

「動きに緩急をつけてください!」

「はいっ!」


 兄は汗だくになりながら、必死に木剣を振るい、教師の攻撃を避けて凌ぎ、なんとか一撃いれようとしている。

 あたしは素振りをしながら、教師の動きをしっかりと観察する。

 どうやら剣術は足運びが肝らしい。


「ほむー。こうか?」


 素振りしながら、足運びを考える。

 きっと魔法を使って戦うにしても、足運びは重要に違いない。


「ふんぬ! ふん! ふんぬ!」「わふ! わふ! わふ!」


 敵を想像し、その敵の攻撃を避けながら、斬る! 斬る! 斬る!

 想像した敵は、前世で対峙した弱めの魔物だ。

 前世では数千体を同時に相手にしたものだ。


  ◇

 あれは前世で六歳の時。

 いつものように何の説明もなく暗くて狭い箱に入れられて、荒野に放り出されたのだ。


 そして「命じる。この場にとどまり魔物を倒せ」とだけ言われた。

 命令した者は馬に乗り全力で後方へと逃げていき、眼前には雲霞の如き妖魔の大群。


『むりだよ、ルイサ!』


 精霊王ロアが悲鳴をあげる。


「……無理じゃない。やるんだ」


 王家や、私に命令するだけして後方に逃げた騎士などはどうでもよかった。

 この妖魔の大軍を倒さなければ民が死ぬ。優しい動物たちも死ぬだろう。

 それは嫌だった。


「私は、ひかない!」


 突進してくる妖魔に魔法を撃ちこんで吹き飛ばす。

 吹き飛ばしても吹き飛ばしても、敵が減っているようには感じない。

 数で押しつぶそうと、横に、後ろに、ときには頭上へと回り込み襲い掛かってくる。

 その攻撃を必死によけながら、魔法を放ち、敵を吹き飛ばしていった。


  ◇


「……あれはしぬかとおもった」


 剣術の足運びを身に着けていたら、もっと楽に敵の攻撃を避けられただろう。

 一秒、いや、数十分の一秒でも余裕があれば、魔法を撃ちこめる。

 数十分の一秒の差が生死を分けるのだ。


 大きくなって魔法を使えるようになったとき、絶対に役に立つだろう。


 必死になって、想像の妖魔と剣で戦っていると、

「わふ?」

 ダーウが心配そうにこっちを見て首をかしげる。


「だいじょうぶだよ」

 ダーウのことをわしわしと撫でる。


「……ルリアお嬢様」

「むむ? つい、こうふんしてしまった。ごめん」


 素振り以外のことをしたから、剣術教師に怒られるのかと思ったが、

「動きが……よいですね」

「ありがと! そかな?」

「まるで、本当に敵がいるかのような動きです。素質がありますよ!」

「そうかな。えへ、へへへ」「わふぅ」


 教師に褒められて、あたしが喜ぶと、ダーウも喜んでいた。

 鳥たちとプレーリードッグも喜んでくれた。


「ルリアは凄いね」

「むふー」

 兄に抱っこされた。


「剣を振るルリアも可愛いわ」

 兄に抱っこされたあたしを、姉が撫でてくれたのだった。

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