三歳

第20話 ルリアと守護獣

 生まれてから三年経った。

 発音がたどたどしいところもあるが、だいぶ言葉を話せるようになったと思う。


「だーう! としょしついく。のせて」

「ばう!」


 今日も起きたら、ダーウに乗って図書室に向かう。

 三歳になったので、一人で部屋の外に出ても良いことになったのだ。


 あたしは立派な三歳児なので、自分でも歩けるのだが、家はとても広い。

 ダーウの背に乗って移動したほうが速い。


 ダーウに乗りながら、頭を撫でる。

「だーう、でかくなったなぁ」

「わふぅ」

 ダーウは誇らしげに尻尾を揺らした。


 出会ったばかりの頃、ダーウはあたしと大差なかった。

 むしろダーウの方が小さいぐらいだった。

 だが、いまのダーウは後ろ足で立てば、父より背が高いぐらいである。


 図書室に向かって歩いていると、姉のリディアに出会った。

 姉は十一歳。最近は背も伸びてどんどん綺麗で可愛くなっている。

 妹としても自慢の姉だ。


「あら、ルリア。ダーウに乗ってどこに行くの? まさか外に行くつもりじゃないわよね?」

「そといかない! としょしつ!」


 先日、ダーウに乗って外に行こうとしたら、めちゃくちゃ怒られたのだ。

 生まれたばかりの頃に襲撃されたから、みな心配なのだと、母に言われた。

 だから、許可なく家の外には行かない。


「図書室に行きたいの?……でもルリアは字が読めないでしょう?」

「…………すこしよめる」


 姉は容赦なく痛いところをついて来る。

 前世は五歳の時から家畜のように扱われていたので、まともな教育を受けられたのは五歳まで。

 絵本なら読めるが、難しい本は読めない。


「仕方ないわね。姉が読んであげるわ」

「ありがと! ねーさま」「わふ」


 姉と一緒に図書室に向かう。


「それでルリアはどんなご本が読みたいの?」

「ヤギ! ヤギのごほん」

「やぎ?」

「そう! おおきくなったら、やぎとくらすの」

「そうなのね……。暮らせるといいわね」

「うん!」


 図書室に付いたら、姉はヤギの本を探してくれた。


「ないわね……」

「ないの?」

「でも、生き物図鑑があったわ。これでどうかしら?」

「よむ!」


 図鑑を乗せた大きな書見台の前に姉が座る。

 そして、あたしは姉のひざの上に座らせてもらって、一緒に読んだ。


「ねーさま、ここには、なんてかいてるの?」

「ええっと、哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属かな」

「むずかしい。よんで!」

「わかったわ。主な生息地は――」


 姉から本を読んでもらいながら、字を必死に覚える。

 字を読めるかどうかで、得られる情報量が格段に変わるのだ。


「わふ」

 ダーウも真剣な表情で、図鑑を読んでいた。


 姉は忙しいのに、一時間も付き合ってくれた。


「ありがと! ねーさま。べんきょうになった!」

「よかったわ。ご本を読みたくなったら姉にいつでも言ってね。可愛いルリア」


 ダーウの背に乗って、姉と手をつないで歩いていると、

「おや、ルリア。今日も可愛いね」

「にーさま!」


 運動着を身につけ、腰に木剣を差した兄に出会った。

 兄ギルベルトは十三歳。まだ子供っぽさが残っているが、父に似てきた。


 今から姉は礼儀作法などを学び、兄は中庭で剣術訓練するようだ。

 礼儀作法なんかより、剣術訓練の方が面白そうだ。

 それに王族といえど、いや王族だからこそ自分の身は自分で守れなければならない。

 今から剣術訓練で、どんなことをしているのか、知っておいて損はないはずだ。


「にーさま。るりあもみたい!」

「剣術訓練を?」

「そう!」


 いままで中庭にも外にも出して貰っていない。

 父は過保護すぎるのだ。


 だが、もうあたしは三歳。

 外は無理でも、中庭なら許可が降りるだろう。

 そう思ったのだ。


「うーん。ルリアももう三歳だものね」

「そう!」

「そうだね……。先生が許可してくれたらいいよ」

「ありがと!」「わふ」

「でも、先生がダメって言ったら諦めてね」

「わかった!」「わっふぅ」


 ダーウも嬉しそうだ。


 姉と別れて、兄と一緒に中庭に向かう。

 剣術教師の許可をもらって、私とダーウも中庭に入る。


 流石、王族である父の屋敷の中庭だ。


「ひろいなぁ」


 中から覗くより、ずっと広く感じた。

 見上げると、青空が見える。春の風が気持ちよい。


 思いっきり空気を吸い込む。

 これほど気持ちよく外気を吸い込んだのは何年ぶりだろうか。


 前世では、普段は家畜小屋に閉じ込められていて、外に出るときは狭い箱に入れられていた。

 現地に着けば隷属の首輪によって、魔法を使わされる。

 日差しと外の気持ちよい風を感じることなど、なかったのだ。


「ふーぅ、はー」「わー、ふー」

 ダーウと一緒に深呼吸する。


「ルリア。外が気に入ったの?」

「きもちがいい! にーさま」

「そっか、それはよかった。あのね、ルリア。これから兄は剣術の特訓をするから、近づいたらだめだよ」

「わかった! にーさまにちかづかない!」

「ん。ルリアはえらいね」

 兄は頭を撫でてくれた。ダーウも頭を撫でてもらって尻尾を振っていた。


 あたしはダーウを枕に地面に横たわり、兄の様子を見る。

 兄は一生懸命、木剣を振っていた。


「むう」


 やっぱり、あたしも剣術を身に着けるべきではなかろうか。

 人族には危ない奴がいるのだ。

 身を守る術は、多ければ多いほどいい。


「あとで、とうさまにたのも」


 そんなことをつぶやきながら、ぼんやり、兄のことを眺めていた。

 土がひんやりして気持ちがよい。


 …………

 ……


「うわああああ、ルリア! 大丈夫?」

「む? どした。にーさま」


 慌てる兄の声に目を覚ます。

 どうやら日差しの気持ちよさに眠ってしまったようだ。


「これはいったい?」


 自分の周りに沢山の鳥がいた。

 鷲や鷹、梟、鳩、雀、オウムなどもいる。

 小さい鳥はお腹の上に乗り、大きな鳥は静かに寄り添ってくれていた。


「どした? あそびにきたのか?」


 適当にそばにいた鳥を撫でる。

 鳥たちは逃げないで、撫でられている。

「くるる~」

 可愛い。


 駆け付けて来た兄も私が鳥たちを撫でているのを見て、緊急性がないと判断したらしい

「だ、大丈夫かい。ルリア」

 すこし落ち着いて尋ねてくる。


「だいじょうぶ。みんないいこ」


 きっと寝てたから、お腹が冷えないように布団になりに来てくれたのだろう。

 鳥に限らず、動物には優しいものが多いのだ。


「まるで東方で行われるという鳥葬に見えて、兄は凄くびっくりしたよ」

「にーさま、あわてんぼう。む?」

「きゅい~」


 鳥だけでなく動物もいた。これはなんだろうか。

 リスっぽいが大きい。


「プレーリードッグだ……。なんで中庭に……」

 兄がその動物を見て、絶句している。


「きゅぃ?」

「なかにわは、どうぶつが、いっぱいいて、すき! うれしい!」

「そ、そうか。ルリアが嬉しいなら、兄も嬉しいよ」

 そう言った兄の顔は少し引きつっていた。



 ◇◇◇◇

 中庭に出たルリアを取り囲んだ鳥たちは、ダーウと同じく精霊を守る守護獣である。

 守護獣たちがルリアの住んでいる屋敷に集まり始めたのは、ルリアが生まれた直後だ。


 だが、屋敷の中には入れないし、ルリアは外に出てこない。

 だから守護獣たちはずっと待っていたのだ。


 屋敷の警備をかいくぐり、果敢にも忍び込んだダーウが異常なのだ。


「くるっくるー」

 守護獣である鳩は、ルリアに撫でられて、とても幸せだった。


 守護獣たちにとってのルリアは、人にとっての犬や猫のようなもの。

 可愛いくて、ただそばにいるだけで幸せになる存在だ。

 ルリアの匂いを嗅いだら安らぐし、ルリアに甘えられたらうれしくなる。


 だから、ルリアに会いたくて、今日も今日とて、屋敷の周りには守護獣が集まっていたのだ。

 ちなみにプレーリードッグは、穴を掘り屋敷の下を通って中庭まで来ていた。


 ◇◇◇◇

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