第19話 屋敷の探索

 今日も今日とて、

「だうだうだうだうだう!」

 高速ハイハイで、部屋の中を動きまわる。

 ダーウはいつものように、あたしの周りを嬉しそうに跳ね回っている。


「だうー」

「ぁぅ!」


 ダーウは毎朝と毎夕、執事に屋敷の外を散歩させて貰っている。

 うらやましい。

 最近では、室内でうんこもおしっこもしないほどである。


 どうやら、なわばりを主張するのに使うので、室内で無駄出しできないらしい。

 言葉は話せないとはいえ、ダーウのどや顔をみていると、そんな意思が伝わってくる気がした。


 室内を高速ハイハイで、動きまくっているのを、

「ルリア様は本当にハイハイがお得意ですね」

 乳母が優しい目で見つめてくれていた。


 あたしは閉じた扉までハイハイで移動して、

そとにいきたいしょと!

 と言ってみる。

「わふ~」


 今朝も散歩したのに、ダーウも外に行きたいらしい。


「お外ですか? うーん」


 乳母は少し困った様子で、あたしのことを抱き上げた。


そとにいく!しょと!

「ルリア様は言葉が早いですね」

はやいかな?しょか?

「私の子供なんて、まだあーうーぐらいしかしゃべれないんですよー」

会いたいたい!


 乳母の子には会ってみたい。そう思う。

 あたしが乳母の母乳を奪っていることを謝って、お礼を言わねばならない。

 乳母も恩人だが、乳母の子も恩人である。


 そんなことを考えていると、

「ん。ルリア様、お腹が空かれたのですね」

「ちが……」

 違うと言おうとして、お腹が空いたことに気がついた。


 高速ハイハイに夢中になりすぎて、空腹を忘れていた。

 それにしても、よく乳母は気づいてくれたものだ。

 感謝しても感謝しきれない。


「どうぞ、ルリア様」

「むぎゅむぎゅむぎゅ」


 あたしは乳母の母乳をごくごく飲んだ。


 飲み終わって、ゲップしていると、姉がやってきた。


「わふわふ!」


 嬉しそうにダーウが駆け寄った。


「ダーウ、今日も元気ね」

「わふ」

「ルリアを守っていて偉いわね」


 ダーウは姉に褒められて、嬉しそうに尻尾を振っている。


 少し前まで、ダーウは姉にも飛びついていた。

 だが、一月ほど前に、飛びついて姉を転ばせてから、飛びつかなくなった。


 それほど、急速にダーウの体は大きくなっているのだ。

 うらやましい。あたしもダーウぐらい一気に大きくなりたいものだ。


ねーさま!ねー

「ルリア。今日も可愛いわね」


 姉は乳母に抱かれた私を撫でる。


外に行きたいしょと!

 姉にもアピールしておく。


「あら、この姉と一緒にお外に行きたいの?」

行きたい!たい!

「マリオン。ルリアを部屋の外に連れて行ってもいいかしら?」


 マリオンというのは乳母の名前だ。


「そうですね。私も同行いたしましょう」

「ありがとう」


 あたしは姉に抱っこされ、部屋の外に出た。


「だぅー」

「ルリア、どこに行きたい?」

とうさまのところ!とさま!

「んー? どこかしら? 姉にはルリアが何を言いたいのかわからないわ」


 八か月の割には、頑張っている方だと自分でも思うが、それでもやっぱり会話は難しい。


とうさまのところ!としゃま!

「旦那様のところでしょうか?」


 乳母があたしの言葉を理解してくれた。

 とても嬉しい。


そのとおり!しょ!

「そうなのね。父上はお仕事中だから……お客様がいたらだめよ?」

わかった!きゃた


 その後、姉に抱っこされて、父の執務室に行く。


 姉が扉をノックして、来訪理由を告げると、父はすぐに中に通してくれた。


「おお、リディア。ルリアの子守をしてくれているんだね。ありがとう」


 父は優しい笑顔で姉を褒める。


「ルリアが、父上に会いたいというので連れて参りました!」

「そうか。ルリアは今日も可愛いな」

とうさま、だっこだぁ

 父はあたしを抱っこしてくれる。


「きゃっきゃ」

 しばらく揺らしてあやしてくれたのであたしは満足する。


「ダーウも、いつもルリアを守ってくれてありがとう」

「ばう」


 父に頭を撫でられて、ダーウは尻尾をぶんぶんと振った。



 父の執務室を出た後、乳母に抱っこされて屋敷内を散歩する。

 姉はまだ子供なので、長い時間あたしを抱っこできないのだ。


あっちみたいあち!

「あちらに、行きたいのかしら? 厨房があるだけなのだけど……」


 厨房はぜひみたい。

 大きくなって飢えたとき忍び込んで、ご飯を手に入れなければならないのだ。


 前世では、あたしは常に飢えていた。

 食料がどこにあるのか、知っておくだけで安心できるというものである。


見るみう」「わふわふ!」


 ダーウも厨房が気になるようだ。

 ダーウは食い意地が張っているので仕方がない。


「わかったわ。邪魔しないようにしないといけないわよ? できる?」

もちろん、できるじぇきる!」「わふ」


 姉に連れて行かれた厨房では、調理人たちがゆっくり休んでいた。

 昼食の後片付けが終わり、夕食の準備の開始まではまだ猶予がある。


「お嬢様、申し訳ないのですが、犬はちょっと……」

「あっ、そうね、気づかなくてごめんなさい。ダーウ、ここで待っていて」

「……きゅーん」

まっててまちぇ

「ぴぃぃん」


 悲しそうに「ぴーぴー」鳴くダーウを厨房の外で待たせて中を見せてもらった。


「こちらで皆様のご飯を準備しているのです。食料は――」


 料理長は丁寧に案内してくれた。


ありがとうありあと

「もったいなきお言葉です」


 あたしが、お礼を言うと料理長は深々とお辞儀してくれた。


 その後も乳母に抱っこされて、姉の案内で屋敷内を見てまわる。


 屋敷はどうやら四角い環状になっているようだ。

 そして、かなり広い中庭がある。


「はあぁ!」


 その中庭では、兄ギルベルトが剣術の稽古をしていた。


見たいみちゃ

「兄上の稽古を見たいの? 邪魔したら駄目よ?」


 中庭には入らず、兄の稽古を見る。


「むふー」


 あたしも訓練したい。

 体を鍛えて、悪いことなど何もない。


 もし隷属の首輪をつけられそうになっても、腕力があれば抵抗できるかも知れないのだ。


「ぬんぬん!」

 兄の真似をして、腕をぶんぶんと振った。


「ルリア、どうしたの? 一緒に剣術学びたいの?」

したい!ちゃい

「でも、女の子は剣術をやらないものなの。姉も剣術は習っていないわ」

関係ない!にゃい!


 女だろうと、腕力と体力があった方が良いに決まっているのだ。


 あたしが腕力と体力を鍛えようと心に決めていると、

「わふ、わふ」

 ダーウも兄の剣術稽古を見て興奮していた。


ダーウだーう一緒に訓練しよいっちょ

「わふ!」


 大きくなったら、ダーウと一緒に訓練しよう。

 そう心に決めた。


 それから、姉は図書室に連れて行ってくれた。


「ふあー!」

「ご本がたくさんあるでしょう?」

あるありゅ

「今度、姉が絵本を読んであげますからねー」

ありがとうありあと


 勉強も大切だ。

 知識は身を守ることに繋がるのだから。


やぎのご本はある?やぎ?

「ヤギ? ヤギはどうだったかしら」


 もし、ヤギのご本がないなら、父上にお願いしよう。

 そう思った。

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