第17話 ルリアとダーウ
襲撃事件の三日後。
目を覚まして、
「だーう?」
と呼びかけると、
「はっはっはっ」
すぐ隣に居た子犬が凄い勢いであたしの匂いを嗅ぎに来る。
「だーう~(おはよ)」
「きゅーん」
子犬は仰向けになって、あたしの手の下に自分の体を入れようとしてくる。
撫でて欲しいのかもしれない。
「だう(しかたないなー)」
あたしは赤ちゃんなので、手足を自由に動かせない。
だが、手の下に体を差し込まれたら、こちらも頑張らねばなるまい。
「だうだうだう!」
「ぴぃー」
手を動かして、子犬を撫でる。
いや撫でると言うよりペシペシ叩いているという表現の方が正確かもしれない。
だが、子犬は大喜びなので、いいと思う。
あたしが子犬と遊んでいると、
「あら、ダーウ。ルリアお嬢様が起きたのね」
「わふ」
「教えてくれてありがとう」
乳母がそういって、あたしのことを優しく撫でてくれた。
「だーう?(ダーウ?)」
「ぁぅ」
子犬は嬉しそうに尻尾を振っている。
なぜかわからないが、どうやら、子犬はレオナルドではなく、ダーウになったらしい。
ダーウの方が子犬に似合っているのでいいと思う。
それにダーウはあたしの寝台の中に入る権利を手に入れたらしい。
襲撃のあった日から、あたしが目を覚ますと寝台の中にダーウがいる。
そのうえ、母も乳母もダーウを外に出そうとはしなくなった。
きっと襲撃者からあたしを守ったからに違いない。
父と母は忠義を示した者には報いる方針なのだろう。
「だう~(ちち、ありがと)」
この場にはいない父にあたしはお礼をいった。
「だーう(ダーウもありがと)」
「きゅーん」
ダーウは嬉しそうに、あたしの手をベロベロ舐める。
ダーウは身の危険を顧みず、あたしのために戦ってくれた。
まだ赤ちゃんなのに、立派な忠犬である。
そこに姉が入ってくる。
「ルリア。起きたのね。今日も可愛いわね」
「きゃっきゃ(ねーさまもかわいい)」
「姉がご本を読んであげるわ!」
姉は本を読んでくれるし、子守歌を歌ってくれる。
姉の子守歌を聴いていると、眠くなる。
いつもダーウと一緒に眠ってしまうのだった。
眠って起きて、母乳を飲んで、ダーウと遊ぶ。
ダーウを観察していると、色々と面白い。
ダーウは大体いつも寝台の中にいるが、たまに外に出て走りまわるのだ。
運動不足になるので、ダーウはもっと走った方が良い。
父が部屋に来ているときには、ダーウは部屋の外に出てしばらく戻ってこないときがある。
きっと屋敷の中を走り回っているのだろう。
あたしの護衛を父になら任せられると、ダーウは思っているのかもしれない。
そんな日々を過していると、外に遊びに行ったダーウは母に連れられて戻ってきた。
「どうしたのだ? アマーリア」
「躾しないといけないの」
そういって、母は
「ダーウ」
「わふ!?」
あたしの部屋でダーウをお座りさせると、目をじっと見つめた。
「ダーウ。あなたのトイレはここ」
「わふ?」
「ここ以外でおしっこをしてはいけないの」
「わーう?」
ダーウは何を叱られているのか、わかっていないようで、首をかしげている。
そんなダーウをみて父は笑う。
「またやってしまったのか?」
「そうなの。縄張りを主張したくなったみたいで」
どうやら、屋敷の数か所におしっこをかけて回ったらしい。
ダーウは恐ろしいことをするものである。
「私の部屋にトイレを置いてもしないから、仕方なくいつもいるルリアの部屋にトイレを置いたのだけど」
「効果が無いか」
「そうなのよ。どうしようかしら。外飼いにするしかないかしらね」
それは可哀想だ。
ダーウはあたしの部屋ではうんこもおしっこもしない賢い子犬なのだ。
いや、待て。
あたしの部屋でしないかわりに、屋敷の色んな場所でトイレをしているのでは無かろうか。
「だう!」
「わふ?」
「だぁぁぅだう(ダーウ。トイレはちゃんとするの)」
「わふぅ」
もしかしたら縄張りを主張することで敵の侵入を防ごうとしているのかもしれない。
ダーウなりに精一杯あたしを守ろうとしてくれているのだ。
だが、ダーウの縄張りの主張は人族には通じない。無意味な放尿である。
「だう!(そんなことしてたら、外につれていかれる!)」
「わふっ!?」
ダーウにあたしの「だうだう」しか言えない言葉など通じるわけない。
だが、せめてもの思いで説得した。
こう、言葉が通じなくとも身振りも出来なくとも、なんかこうあれで、意味が通じる可能性がなきにしもない気がしたのだ。
前世の頃、ヤギの言葉はわからなかったし、ヤギたちもあたしの言葉を理解していなかった。
だが、意思の疎通は、不思議とできたのだから。
「だうだうだーう(そのすなのうえでといれするの)」
「ばふ!」
ダーウは吠えると、歩き出す。
「ダーウ、まだお話しはおわって……」
母がとめようとしたが、ダーウはまっすぐにトイレに向かう。
そして見事にトイレをしてみせたのだった。
「そう。それでいいの。ダーウ、わかってくれたのね」
「わふ!」
母に褒められて、ダーウは自慢げに尻尾を揺らした。
「やはりダーウは賢い子犬だね」
「わう!」
父にも褒められて、ダーウはご満悦だった。
◇
その日から、ダーウはトイレを完璧にこなすようになった。
それだけでなく、トイレをした後、「わうわう!」と大きめに吠えて、侍女に報せるのだ。
おかげで、部屋の中があまり臭くならない。
「ダーウは本当に賢いわね」
「わふ~」
侍女にも褒められて、ダーウはご満悦だった。
それで気を良くしたのか、
「わふ! わふっ!」
あたしが、おしめの中にトイレをしても、吠えて報せるようになった。
「ん? ダーウ、ルリアお嬢様がおトイレですか~」
「わふ~」
乳母におしめを替えられるあたしを、ダーウはいつもどや顔で見つめるのだ。
「ルリアお嬢様は、本当にお泣きにならないから助かるわ。ダーウえらいえらい」
「わふぅ」
ダーウは沢山褒められた後、あたしの頭を前足でペシペシする。
「だーう?」
「わぅ」
そして、尻尾を勢いよく振る。
きっと、ダーウはあたしを褒めてくれているのだ。
自分が褒められるとき、頭を撫でられてうれしいから、あたしにもしてくれているのだろう。
正しい場所でトイレして褒められている自分と同じように、正しい方法でトイレしたあたしも褒められるべきだ。
そうダーウは思ったのだ。
「だう!(ありがと)」
あたしはそんなダーウの頭を両手でぱしぱしとする。
ダーウは嬉しそうに「わふ」と鳴くと、寝台を飛び出て扉の方に走っていった。
「ダーウは今日も元気だね」
そして、遊びに来た兄にダーウは勢いよく飛びついた。
※※※※
新生児編終了です!
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