第14話 ダーウと精霊

 ◇◇◇◇

 賊が襲ってきたとき、精霊たちは怖くて震えていた。

 直接、現実世界に介入できない精霊にはできることはない。


 ルリアは眠りに落ちる前、無意識で治癒魔法を発動させた。

 本人も気づかずに、一瞬で子犬と乳母の怪我を完全に治していたのだ。


 そして、赤ちゃんなのに魔法を発動させたルリアは流石に疲れてすぐに眠りに落ちたのだった。


「きゅーん」

 一瞬で傷が治った子犬は、眠りに落ちたルリアの頬を舐める。


『こわかったよー』『うわーん』『るりあさまー』


 精霊たちは、寝ているルリアに、ぴったりくっついて泣いた。

 成長して話せるようになった精霊も、中身は幼児同然なのだ。


 人が好きな精霊たちは、人が争うことを嫌う。

 人間の感覚でいえば、手足を拘束され猿ぐつわをされた状態で愛猫と愛犬の殺し合いを見せられるようなもの。


 恐ろしいし悲しいし、何よりなにもできない自分が悲しい。

 人の争いを見る度に、精霊は泣いているのだ。


『よくやったぞ。ルリアさまをよくぞ守ったのだ』


 精霊王も恐怖を感じて悲しかったが、頑張って自分を奮い立たせて子犬をねぎらう。


「きゅーん」

『偉いぞ。ダーウは立派な守護獣なのだ』

『えらい!』『ありがとう、だーう』


 精霊たちは子犬のことをダーウと呼ぶ

 なぜなら、子犬自身が自分をダーウと認識しているからだ。


 ルリアが子犬を見て「だーう」と言った。その時から子犬はダーウだった。

 レオナルドとは、なんのことかダーウにはよくわからなかった。


「ふんふん。はっはっ」


 ダーウはルリアの匂いを嗅ぐ。

 とても安心できる良い匂いだった。


 安心したら、ダーウはとても眠くなる。

 激しく動いたうえに、ナイフで斬られたのだ。


 ルリアによって怪我を治してもらったとはいえ、体力も疲労も残っている。


『眠るがよいのだ。ダーウ』

「……くーん」

『起きたら、またルリアさまを頼むのだ』

「ぁぅ」

『るりあさまをおねがいね』『かっこよかったよ、だーう』


 精霊たちに褒められながら、ルリアのいい匂いに包まれて、ダーウは眠りについた。


 ルリアとダーウの寝顔を見て精霊王はつぶやく。


『……それにしても』


 ルリアは賊が発動しようとした魔法をキャンセルした。


『自我のない精霊に……いうことを聞かせたのだ……』


 一般的な魔導師は、まだ自我のない幼い精霊に力を借りて魔法を行使する。

 自我がないゆえに、意思もないし、善悪の判断もつかないし、好悪の念もない。

 それゆえに、ただ人に求められるまま力を貸してしまうのだ。


 その自我の無い精霊たちにルリアは「だぁ!(だめ!)」の一言でいうことを聞かせた。


『しかも……賊を吹き飛ばしたのは風魔法。そして治癒魔法も二連続で……』


 そのすべてをルリアは無意識で行っている。

 人であり精霊でもあるとはいえ、ルリアの力は強すぎた。


『さて、そなたたち』

『なに?』『おこる?』


 あんなことがあったので、当然だが、いつもより精霊たちは元気がなかった。


『怒ったりはしないのだ』


 精霊王は優しい声で精霊たちに言い聞かせる。


『以前ルリア様は赤子ゆえ力を貸さぬようにと言ったのだ』

『うん、きいた! つかれるもんね』


 精霊たちがうんうんと頷き合うように、上下に揺れる。


『そうだ、赤子に力を貸すのは基本的に避けるべきことなのだ』


 精霊に魔力を借りて魔法を放つこと。

 それは、ご飯を食べて、走ることに似ている。


 走るための力を人は食事から得る。

 だからといって、食べながら走っても、ずっと走りつづけられるわけではない。

 食べて消化し、それを力に変換するのにも力を使う。


 食べ物が精霊からの魔力で、魔法の発動が走る事のようなもの。

 食事から力を得つづけても走り続けたら、疲れて走れなくなるように、精霊から魔力供給を受け続けていたとしても、発動すれば疲れるのだ。


『だが、ルリア様は、我らが力を貸さなくとも魔法を使ってしまうのだ』

『ふむ?』『ほむ?』

『だから、最低限なら貸してもよいのだ。うーん。我とお前とお前。力を貸すのはそれだけなのだ』

『えーなんで?』『ぼくらもるりあさまにまりょくあげたい!』

『無尽蔵に与えてはだめなのだ。加減がわかる成長した精霊でなければならぬのだ』

『えー』

『わかったのだな?』


 精霊たちに言い聞かせたあと、精霊王は

『健やかに育ちなさいませ』

 そういって、ルリアの額に祝福のキスをした。

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