第13話 賊の襲撃

 目を覚ます。

「はっはっ、ふんふん」

 子犬が横にいる。


 そんな日々を過ごしている。


 子犬は誰かに見つかる度に部屋に連れて行かれるのだが、寝て起きたらベッドの中にいるのだ。

 不思議な子犬である。


 兄か姉が連れて来てくれているのかと思ったが、

「あ、レオナルドがルリアの寝台の中に!」

「母上が入れてあげたのかしら?」

 と兄姉ともに驚いていたので、多分違う。


 兄姉じゃないなら、母が子犬をベッドに入れてくれているのかと思ったのだが、

「あら、レオナルド。いつの間に」

 乳を与えに来てくれたときに、母は毎回驚いているので違うらしい。


「ルリア、今日も可愛いわね」

「だうー」


 母は今日も綺麗だ

 いい匂いがするし、乳も美味しい。


 母が来ている間は、子犬も一緒に居られる。

 それも子犬もわかっているのか、母が来ると大喜びだ。

 子犬はよく母に懐いているようだ。嬉しそうに母に甘えている。


 子犬は兄姉にも懐いている。

 兄などあたしの部屋で子犬と追いかけっこして、乳母に叱られていたほどだ。


 兄も姉も子犬を連れて散歩するのが好きらしい。

 よく庭まで散歩に連れて行っているようだ。

 あたしも早く大きくなって庭を散歩したいものである。


 …………

 ……


 ある日、あたしはいつものように子犬と精霊投げをして遊んでいた。

 精霊投げというのは、ほわほわ漂う精霊を手で掴んで子犬に向かって投げるのだ。

 もちろん精霊は物質ではないので、本来精霊は掴めない。


 だが、魔力で手を覆うことで、投げることができるようになる。

 前世でもよくやっていた遊びである。


 あたしが精霊を投げると、子犬はそれを口で優しく受け止める。

 そして、こちらに持ってくるのだ。

 やはり、子犬は特別な犬らしく、精霊を見ることができるうえに咥えることもできるらしい。

 それの繰り返し。単純だが楽しい。


 前世の精霊たちはあたしに投げられると、凄く喜んでくれたものだ。

 自我のない幼い精霊たちにとっては、投げられることがいい刺激になるらしい。

 その刺激は発育によい影響を与え、自我が芽生えるのが早くなると精霊王ロアが言っていた。




 あたしが精霊投げを楽しんでいると、

 ――カシャン

 と、窓の割れる音がした。窓が割れたわりに、静かな音だ。

 その窓から黒ずくめの二人の男が入ってくる。


「な、なんですか! あなたたちは! 無礼な!」


 少し離れた場所で本を読んでいた乳母が慌てている。


 乳母の知り合いではないらしい。つまり不審者だ。

 怖い。

 だが寝返りも打てない赤ちゃんだから逃げられない。


「誰か! 曲者で――」


 人を呼ぼうと叫んだ乳母は強かに殴られて床に倒れる。

 乳母を倒した不審者はまっすぐにこちらに歩いてきた。


 誘拐?

 父は王族らしいし、子供のあたしは誘拐される価値があるのだろう。


 頭の片隅で冷静にそんなことを考えながら、恐怖のあまり、

「だあああう!」

 と叫ぶ。


 だが、いかんせん赤ちゃんなのだ。

 うまく叫べた気がしない。


「ふぎゃああああああああ!」


 だから、力一杯泣いた。

 だが、不審者、いや賊はひるむことなく近づいてくる。


「がるるるるるる」

 子犬も賊に気付いて一生懸命威嚇しているが、子犬なので怖くない。


「うっとうしい犬だ」


 賊は忌々しそうにそう呟くと、子犬に向かって手を伸ばす。

 きっと掴んで放り投げるか、殺すつもりだ。


「ふぎゃあああああああ(にげて)」

「がうううううがううがうがううがああああう」


 子犬は、小さい体を震わせて、力一杯咆哮すると賊に跳びかかった。


「うっとうしい!」

 訓練された動きで賊はナイフを抜いて、子犬を切り殺そうとする。

 だが、驚異的な動きでナイフを躱すと、子犬は賊の顔面に覆面の上から噛みついた。

 ナイフがかすり、子犬の毛皮が赤く染まるが、全く怯まない。


「ふぎゃあああだあああ! (だれかたすけて!)」


 きっとこの騒ぎに誰かが気づいて駆けつけてくれるはずだ。

 そう信じて、全力で泣く。


「ぎゃああ! この! 放せ!」

「がるるるるるる!」


 賊は子犬を引きはがそうともがくが、子犬はしがみつく。

 爪をたて、牙を賊の顔に突き立てている。


「この、クソ犬がっ!」


 もう一人が、子犬に向けて手をかざす。

 自我のない幼い精霊がその手に集まっていく。

 火炎魔法が放たれる!


「だぁ! (だめ!)」


 賊の手に集まりかけていた精霊が霧散する。


「早くしろ! この糞犬を焼き殺せ」

「は、発動しない? 魔法が発動しない!」

「はっ? なにをわけわからんことを! ならナイフで刺し殺せ!」


 なぜかわからないが、賊は魔法を使えないようだ。


 子犬に噛みつかれた賊がわめく。

 もう一人の賊がナイフを抜いて、子犬に向かって突き立てようとする。


「だだあああ!(やめろ!)」


 子犬が刺殺されると思ったあたしはほとんど無意識に叫んだ。

 なんとか止めたいと心の底から願いながら。


 ――ダン

 次の瞬間、大きな音が鳴り、子犬にナイフを突き立てようとした賊が壁まで吹き飛んでいた。


 

「えっ?」

 子犬に顔にしがみつかれている賊があまりにも驚いて固まった。

 あたしも驚いた。


 それとほぼ同時に、大きな音とともに扉が開かれ、

「な、なに……」

 賊の下半身が凍り付く。


「我が娘に触れることは許さぬぞ」


 扉を開けたのは父だった。

 父は優秀な魔導師だったらしい。魔力の流れが美しかった。


 下半身を凍らされた賊と、壁まで吹き飛ばされた賊は、父の家臣たちにあっさりと捕縛される。

 賊が拘束されると、子犬はすぐにこちらに駆けて来て、寝台に上がってきた。


「だーう(けがにんがいるよ!)」


 あたしは泣き止んで、子犬と乳母を助けて欲しいと、声を出す。

 泣いたら、私の方に皆が集まってしまい、かえって乳母の手当てが遅れるかと思ったのだ。


「ルリア、大丈夫か。怪我はないか?」

 だが、父は真っすぐにあたしに駆け寄った。


「だう(けがはない!)」

 無事だと力強くアピールしておく。


 その間に乳母は家臣たちに介抱されている。

 治癒術師の手配を始めているので、きっと大丈夫だろう。


「きゅーん」

 子犬もベッドに眠るあたしの匂いを嗅ぎに来る。


「だーう……だう?(だいじょうぶ?)」

「くーん」


 子犬はあたしの頬を舐める。

 可愛らしいフワフワの毛皮は赤く染まっている。


「だぅ……(こいぬのけががはやくなおりますように)」

 心底から願う。


「だう……(うばのけがもはやくなおりますように)」

「怖い目に合わせてすまなかった。もう大丈夫だからな」

 父に優しく撫でられると、安心してしまい、すぐに眠りにおちたのだった。



  ◇◇◇◇


 ルリアが眠りに落ちるほんの少し前。

 父グラーフは、一瞬、ルリアから治癒魔法の気配を感じた気がした。


 気のせいだろう。そう考えて家臣に尋ねた。


「乳母殿の怪我の状態は?」

「ありがとうございます。私は大丈夫です。今では痛みは全くなく」


 ほとんど意識を失っていたはずの乳母が、はっきりと答えたのでグラーフは驚いた。

 それだけでなく、家臣に介抱されていた乳母が立ち上がろうとする。


「動いてはいけない。頭を打ったのだから」

「いえ、本当に……」


 大丈夫なわけがない。頭から血が流れていたし、近くには血の付いた鈍器が転がっているのだ。


「ルリアを守ってくれて、ありがとう。このグラーフ。そなたの忠義を忘れることはない」

「もったいないお言葉……」


 そこに駆けつけてきた治癒術士が言う。


「怪我は……ありませんね」

「そんなわけが……」

「ですが、殿下。本当にどこにも傷も怪我もありません」

「脳内に怪我がある場合も」

「もちろん、それも調べました。たしかに血は付着していますが、返り血でしょう」

「そ、そうか。怪我がないならなによりだ」


 そんなわけはない。だが乳母は完全に無傷だった。

 その後、治癒術士はルリアと子犬を診察し、完全に無傷だと請け負った。


「ありがとう。怪我がないようでよかった。」


 グラーフは安堵すると同時に、不可解な出来事に疑問を覚えた。


  ◇◇◇◇

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