第4話 精霊王の心配
◇◇◇◇
『ねた? ねちゃった?』
『うん、あかちゃん、ねちゃった!』
ルイサが眠ったのを確認すると、精霊たちは途端にはしゃぎはじめる。
周囲にいるルイサの両親や乳母、医者などはお構いなしだ。
どうせ、彼らは精霊を見られないし、声も聞こえないのだから。
『かわいいね! かわいいね!』
『かわいい!』
ルイサの周りで騒いでいる精霊たちはぽやぽやした綿毛のような球体だ。
周囲には他にも言葉を発することのできないぐらい幼いぼんやりとした精霊たちもいる。
『おはなしできるかな?』
『あかちゃんだからできないよ!』
『そっかー。あかちゃんだもんね』
精霊たちは赤ちゃんはしゃべれないと言うことを知っている。
精霊もまた、生まれたばかりのときはしゃべれないのだ。
誕生したばかりの精霊は自他との区別もなく、自我もなく意思もない。
年を経るに従い、輪郭がくっきりして、自我がはっきりし、話せるようになる。
ルイサの周りで騒いでいる精霊は幼い口調だが、かなり年を経た強い精霊だった。
『お生まれになったか』
『あ、おうさま!』
現われたのは当代の精霊王だ。
自然を司り、ある意味で自然そのものである精霊。
その精霊の調和を司るのが精霊王だ。
先代の精霊王ロアは、ルイサの肉体が燃え尽きたあと、その魂を保護し未来に転生させるために力を使い果たして崩御した。
ロア死亡後に起こった大災害は精霊が意図して起こしたものだけではない。
精霊王の崩御により、自然の調和が崩壊した結果起こった災害も多かったのだ。
『ルイサさま。健やかに……』
精霊王はその自慢の尻尾でルイサのおでこを撫でた。
精霊王は精霊たちの中でも特に強い力を持ち、人や動物の姿に変化することもできる。
当代の精霊王は羽の生えた黒猫の姿をとっていた。
二本に分れた尻尾が自慢だった。
『お前たち。わかっていると思うが、成長なさるまで話しかけてはいけないよ』
『うん、わかってる!』『しってる!』
『でも、どして?』
『赤子が宙をみて、なにかと話していたら、大人は怯えるのだ』
物心つく前から精霊と話す子供は人と話せるようになるのが遅くなる。
そして、大人たちは、その子供を気味が悪いと遠ざけることが多いのだ。
『だから見るだけにしなさい』
『ふーん。わかった!』
『普通の人間には我らの姿はみえぬし、声も聞こえぬのだからな』
『わかった!』
精霊王は元気に返事をする精霊たちをみて微笑んだ。
そして、眠るルイサの顔を見た。
『ルイサさま。大聖女さま。あなたが逃がしてくれたおかげで今の我らがあります』
唯一神の教会が捕えていた強力な精霊の中に、当代の精霊王も居た。
ルイサが逃した精霊たちは、教会の建物がドロドロに溶け始めて、初めてルイサがしてくれたことに気付いたのだ。
『ありがとうございます。どうか、どうか、今生こそお幸せになってください』
精霊王は優しくルイサを見る。
ルイサの魂はただの人間のそれとは違う。
精霊王ロアの命をかけた転生術。
それを受けたことで、ルイサの魂も変質したようだった。
『人でありながら、精霊でもある……か』
『おうさま、なにいってるの?』
『いや、なに。気にするな』
『へんなのー』
人間は精霊に力を借りなければ、魔法を行使できない。
そして精霊は人を介さないとその力を発揮できない。
『精霊に力を借りることなく……魔法を使うとは』
精霊王は、ルイサが大きくなるまで力を貸すなと精霊たちに口を酸っぱくして命じていた。
赤子が魔法を使うのは負担が大きすぎるからだ。
使いすぎたら成長に悪影響が出かねないし、命に関わりかねない。
だから精霊たちはルイサに力を貸していない。
なのに、ルイサは視力強化の魔法を使い、呪いを祓い、治癒魔法を行使した。
『……どうか何事もありませんように』
世界に直接力を及ぼすことのできる精霊にして人。
それが、ルイサだ。
ルイサがどのように成長するのか、精霊王にもわからなかった。
『……健やかに、成長なさいませ。どうか、今生こそ幸せに……』
強すぎる力は、力を持つ者を不幸にする。
そんなことになりませぬように。
精霊王は神に祈り、眠るルイサの額に祝福を願ってキスをした。
◇◇◇◇
ルイサが生まれた直後、小さな子犬が荒野を走っていた。
まっすぐにルイサの元を目指し、一心不乱に駆けていく。
周囲に兄弟犬も親犬はいない。
庇護者がいない子犬を捕食しようと、猛禽類や蛇などが襲い掛かる。
「わぅ!」
子犬は小さな体で精一杯いかくしながら、猛禽類の爪をかわし、蛇の頭を前足ではたいて逃れる。
何度も危機に遭いながら、子犬は夜通し駆けていく。
子犬はついにルイサの生まれた屋敷にたどり着く。
「……ぁぅ」
子犬は物陰に隠れながら、屋敷の中に入る隙を探る。
半日ほど隙を窺い、商人と使用人が出入りするタイミングで子犬は屋敷内部へと侵入した。
「…………」
人間に見つからないよう屋敷内部を、子犬はこっそり進む。
そして、ついに子犬は、寝台で眠るルイサの姿を見つけた。
「!」
あまりの嬉しさに、子犬は尻尾をはち切れんばかりに振った。
自分が汚れていることを忘れて、我慢できずに寝台の上に飛び乗った。
「ふぎゃ」
「ふんふん……ふんふん」
子犬は眠るルイサの匂いを嗅ぎまくった。
凄く幸せな気持ちになる。
やっとルイサに会えて安心し、幸せな匂いに包まれて、子犬は眠りに落ちる。
子犬はあまりにも疲れていたのだ。
◇◇◇◇
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