ネマニャ家とブランコヴィッチ家と黒幕と。

 嘗て、両家は枢機卿まで務めたが、決して教皇にはなろうとせず。


《片方は庭師になり、片方は枢機卿の位置を維持した、内部と外部からの監視の為に分かれた》

「ブランコヴィッチ家は中立派として監視と介入を、ネマニャ家は庭師として両者を監視し最悪は共倒れを、そして教会側はブランコヴィッチ家とネマニャ家を監視。元は教皇様も含めて、三位一体で監視体制を築いて、ほぼ完璧だった」

『なのに天使除けで天使の加護が無くなって、教皇が相次いで交代した。多分、死ぬ前に聞き出したんだろうね、こうした原典の存在とかを』


「それか知って殺したか、邪魔だから殺したか」


《若しくは、何かの拍子に別世界の存在を口走ってしまったか、事が起こり始めたとされる前の教皇は老衰だそうですから》

『何にも知らなかったら単なる寝言でも、知ってたら、だよね』

「ぁあ、有り得そう」


《もし彼が違うとしても、ブランコヴィッチ家とは私達が関われますし、候補者探しは両家に任せましょう》


「治世を乱す可能性が高い者が多過ぎるって、困るわね」

《だからこそ、攪乱の為にも聖杯の話を持ち出し、領主を制御しようとする一派を築いた》

『教皇になれないからって、強硬手段過ぎだけど、他の大司教もしてるって言うし。やっぱり王族が居た方が良いのかな?』


「今ココで擁立しても聖杯と同じで混乱を招くだけでしょうし、聖杯との共存は、可能かしらね?」


《聖杯を持つ王族、ですか》

『ハプスブルク家にさせたら?アレの血筋が乱してるとしたら、だけど』


「そうね、繋がりが有ってもおかしくないのだし、聖杯を聖杯だと認識して無かったって事は良く有るのだし。追い落してから、そうさせましょうか」

《ですが念の為、ミリツァにも相談すべきかと、周辺諸国を良く知るのは彼女ですし》


「フリーメーソンにも関わるものね、相談してみましょう」


 ローシュも私達も、ココではあくまでも部外者。

 この国に生きる当事者にこそ、国の行く末を任せるべき。


《成程ね、と言うか相談してくれるとは》

「私達はあくまでも部外者ですから」


《平和の為、ね、良いんじゃないかい。上手くやればハプスブルク家の顔を潰さないで済む、そうなれば教会側もメンツを保てる、上手くやればね》

「そんな、何でもホイホイ殺しませんよ」


《ココでは、ね》

「はい」


《分かった、だが私らはあくまでも監視と記録、アンタらの事はどうしろと言うんだい》

「栄誉や名誉には全く興味が無いので、ただロッサ・フラウが、とだけでお願い致します」


《国の為にも、か》

「私の為も、です」


《ロッサ・フラウ、頼んだよ》

「はい」




 赤き衣と赤きベールを纏った女が、教会のシンボルでも有る薔薇園に。


『アナタは』


「どうも、ロッサ・フラウと申します」

『アナタが、クロアチア州を』


「私はあくまでも代理、代行者、単なる使いですわ」

『一体、誰の』


「神々と民の、ですね」

『では、何故、ココへ』


「天使除け、魔王除けをご存知かしら?」


『何の、事だか』

「成程、では枢機卿の方々にご報告させて頂きますね、アナタは無関係だと仰ったと」


『枢機卿の方々がアナタに会うワケが』

「ブランコヴィッチ家とは今日既にご挨拶させて頂いております、ご同行を」


『何処へ行こうと言うのですか』

「プリシュティナのブランコヴィッチ家と共に、ボスナ・ヘルツェグ州のスラエボへ」


『そう、他の枢機卿の、お手間を』

「大丈夫ですよ直ぐに済みますから、さ、コチラへ」


 そして薔薇園の納屋に、見慣れぬドアが。


『ブランコヴィッチ枢機卿』

《どうも、ムルニャフチェヴィッチ大司教》

「宜しくお願いしますね、トヴルトコ枢機卿」

《コレは、確かに、プロチェの印章の指輪ですが》


「スプリトのも御座いますが、ご覧になられますか?」


《どう、治められたのでしょうか》

「成すべき事をしたまで、今日はこの事の為に呼んだのでは無いのですが」

《そうでしたね、魔王除けが天使にも効いてしまう、ご存知でしたかムルニャフチェヴィッチ大司教》


『私には、何の事だか』

《アナタだけが、全ての教会や大聖堂の修復に関わってらっしゃるのですよ、大司教》

《熱心な方だと思っていたんですが、どうやら違う意味で熱心な方のようですね》


『何なのですか、一体、何の』

「スペインの新興一神教団に、アナタの息子がいらっしゃいますね、妻以外の女と出来た子供」


『そんな、何を根拠に』

「耳型です、親子で良く似るんですよ、どうぞ」


『そんな、耳を』

「片方を切り取ったばかりです、どうですか?良く似てますでしょう、それとも彼の母親の耳もココに並べましょうか」


『なんと、聖なる場所へなんて物を』

「天使すら立ち入れなくさせておいて何を言ってるんですか、大司教」


『騙されてはいけませんぞ枢機卿!この悪しき者の使いめ!例え私達を虐げたとて』

「悪い事をして叱られている状況を、虐げられている、と言うのは間違っていますよ。言葉は正しく使って下さい、事実誤認も甚だしい、アナタは悪人ですよ」


『そんな、悪などと』

「他の教区の方も許さない、と仰ってるんですよ」


『他の』


 柱の陰から現れたのは、他の教区の。


『私達の教会に、天使除けを施した事を黙っていましたね』

《我々も民も、天の声を待ち望んでいるとご存知だった筈、なのにアナタは何故》

『それは、ですから、単なる魔王除けだと』


『ならどうして、説明して下さっても良かったのではありませんか?』

『知る者が居れば、壊されてしまう恐れが』

《隠されている場所や方法では無く、説明です、私達にも知る権利が有った筈です。聖なる者も撥ね退けてしまう、と》


『ですが神なら、確かに、現れて下さったのです』

「教会に、ですか?」


『はい、私は、確かに』

『ならば私もお言葉を頂きましたよ、彼女と共にいらっしゃった、天使によって』

《千年王国の樹立が未だである事、聖なる書物が悪用されている事を、お嘆きになってらっしゃると。枢機卿、確かに我々は天使のお姿を見て、声を聞きました》


《でしたら》

《何故、我々には見聞きが不可能なのでしょうかね》


《やはり、天使除けがココにも存在してらっしゃるのかと》

『魔法陣が、何処かに存在しているのかと』


「アナタが聞いた声は、本当に神のお声だったのですか?」

『確かに私は聞いたのです、そしてお姿を』


 天使除けを施したのも、全ては神の導きによってで。


「どう、現れたのでしょう」

『教会の戸を開け、神にしか知り得ない事を……』


 確かに神は教会の戸を開け、入って来たのです。




『何か、呼ばれた気がして来たんだけど?』


 直感、とでも言えば良いのか。

 非常に危険な、危なくて怪しい何か。


「アナタは」

『神だよ?』


 綺麗な顔をした、魔王の雰囲気に良く似た、美丈夫。


 もしかして、歴代の。


「ラウフェンの」

『凄い、どうして分かっちゃったんだろ?』


 当たるなんて、最悪だわ。


「似た者を知ってるので」

『そっか、今の魔王と知り合いなんだね』


「アナタは?」

『会った事が無いんだよね、どうしてなのか会えないんだ』


「彼らの信じる神のお力かと」

『成程』


《失礼ですが、アナタ様は》

『閉じる者、終える者、トリックスターとかも言われてる』

「ロキ」


『うん』


『そんな、どうして』

『神かどうか聞かれたから、神だ、って答えただけだけど』

「北欧の神が、どうしてココへ」


『魔王に会いたくて、だから行ける場所を狭めて誘導してたんだけど。どうしてか会えない、いつも予想と違う方へ行っちゃうんだよねぇ』


『そんな、そんな』

『あ、弊害の事かな。魔王から守られるって、ちゃんと言ったよ?』

「アナタには効かないのですね」


『だってトリックスターだし、困ってたから教えただけなんだけど、ダメだった?』

「ダメ、と言うか」

『私は、私は彼に利用されただけで』


『悪用したのは君でしょ?密談に使えるから使ってね、なんて言って無いよ?』

『そう誘導を』

「失礼ですが、どう話されたんですか?」


『魔王を立ち入れ無くさせられる、けど神性にも認知されなくなる魔法陣だよ、ってだけ』

「それでどうしてアナタが立ち入れるんでしょう」


『魔王特化の魔法陣だもん、その副作用で他の神性にまで影響しちゃうんだけど、俺が作ったから俺が入れるのは当たり前じゃない?』


「アナタが」

『うん』


『私は、魔王に、悪魔に』

『だから、他の神性にまで影響しちゃうって。本当に言ったからね?』

「アナタが嘘を言わない神だと、信じる為の何かを、提供して頂けませんか?」


『神話で、嘘とか誤魔化しとか嫌いだからこそ、俺が神々の虚栄を暴いたとは思わない?』


「神話の、ですか」

『うん』


「もう少し、お願いします」


『君にだけなら教えるけど、それで信じて貰えなかったら困るなぁ』


「聞いてから考えても良いなら」

『じゃあコッチ来て』

《ロッサ》


『大丈夫、大丈夫、何もしないって』


 善神なのか悪神なのか。


「疑えばキリが無いので、ココは信じてみましょう」

《分かりました》


 そして教会を出て、彼に近付くと。


『あのね、俺、嘘を言ったら死んじゃうの』


「は?」

『ほら、娘にヘルって死の女神が居るじゃない?そのヘルに諍いを起こし過ぎるからって、嘘も紛らわしい事も言えなくさせられたの』


「その」

『ヘルが嘘だとか紛らわしいとか思う様な事を言うと、即死。内容次第だと死んだまま放置されて、腐って消えて、ヘルの居る死の国で蘇る』


「こう、軽めの、苦しくないのとかは」

『あ、いきなり意識が途絶えるだけだから大丈夫、苦しく無いよ。えーっとねぇ、あ、あのさっきの男を唆して誑かしました』


 神も、綺麗に白目を剥いて倒れるもので。


「ちょっ」


 高身長の成人男性の平均体重は、70を超える。


 危ない、若くなかったら腰をやってましたわよコレ。


《ロッサ》

『大丈夫?』

「大丈夫、一時的に死んで貰ったの」


《は?》

「まぁ、追々で。ちょっと生きてるか確認してみて、私じゃ動揺して上手く判断出来ないかもだから」


 一時的にとはいえ、神に死を願うとか、不敬が過ぎてビビってるのよね。


《分かりました》

『うーん、神様って、最初から脈有るのかな?』


 脈を止める方法なら、海外ドラマのお陰で私も知ってるけど。


《呼吸も、止まってますね》

『心音も無い』

「ちょっと、そのまま聞いててみて」


 呼吸も脈も、多少は制御可能だとは知ってるけど。

 鼓動までも自在に操れるなら、それってやっぱり神様よね。


『あっ、動き出した。ドクン、ドクン、トクン、トクン』


 3回目の心音で、息を大きく吸い込んで。

 目覚めた。


『あー、ごめんね、座ってれば良かったか』

「急かしましたし、すみませんでした」


『そのベール、良いね、魔道具?』


「そう大層なも」

『転移者でしょ』


「何故、そう思われたのでしょう」

『俺の存在に驚かないし、そのベールが凄い魔道具だから。ウチの子も似た物を使ってるんだ、色々と隠すベール、ココまで近付いて匂いも気配も何も分からない。そこまで出来るのは神の魔道具、神の加護が有る者、転移者だよね』


「他にも会った事が?」

『ココからは対価が必要、何か教えて?』


 トリックスターに何かを教えるのは。

 いや、安全な情報なら持ってるわ。




「カビや菌には良い子と悪い子が居るのはご存知ですよね」

『チーズのは良い子、パンとか芋に付く子は悪い子だね』


「とある国では悪い子が良い子になり、使役されているんです」


『何処?』

「行かない、関わらないなら教えます」


『えー、魔王に会えるなら行っちゃうから約束出来無いよー』


「そこです、どうして?」

『長く魔王をしてるのって珍しいし、特定の国の何かじゃないのに強い、実に興味深いじゃない?』


「その魔王の情報も併せて、は?」

『情報によるなぁ』


「カビや菌と共存する国には、立ち寄らない約束をしています」


『そんなに親しいの?』

「いえ、少し手伝いをしただけですよ」


『魔王の手伝い?』

「対価にはなりましたか?」


『上手いなぁ、詳しく聞きたかったら教えないと、だ』

「教えて頂けたらコチラも教えますけど、そんなに気になりますか?」


『カビや菌は毒にもなるけど薬にもなる、その先が気になるし、魔王の事も気になる』

「行かない、関わらないと誓って下さい」


『情報によるけど、行かないし関わらない』


「日の出国です、その国でしか作れない調味料とお酒が存在します、しかもお酒は2種類」


『そこでしか作れないの?』

「他で同じ様にしても作れない、毒を出すモノと似た構造ですが、毒を出さないんです」


『何で?』

「美味しく食べて飲む為、運と努力の結果、だそうです」


『凄い、飲食物に執着してるんだね?』

「お酒の神様だけでも複数いらっしゃいますし、神々も楽しむそうですから」


『108も居るって本当?』


「行かない、関わらないで頂けますか?」

『助けを求められたら?』


「そこは他の神々とご相談なさった上で、協調出来る場合に限らせて下さい」

『そんなに信用無い?』


「アナタが今回の様に悪用されない為です」


『分かった』


「108は無限を表します、つまり」

『無限に居るの!?』


「他に比べて、ほぼ無限、かと」

『うん、行かない、面倒そうだし』


「それと、魔王はアナタには会わないかと」

『何で?』


「予想外の事が起こるとの噂ですから、その事を信じて逃げてる可能性も有るかと」


『魔王なのに?』

「作られた魔王、元は単なる獣なんです」


『そうなんだ、そうなった子なんだ』

「周りから言われ、自認してしまった、なので彼は弱い最弱の魔王。アナタには私も会わせません、何かを起こさせたく無いんです、だから以降は邪魔しますよ」


『ある意味で、敵?』

「知りたいなら周りに聞く方が意外と分かる場合も、本人達は意外と分からなくても、周りが分かってる事の方が多い場合も有りますから」


『何でそんな事を言うのかは』

「何を対価に下さいますか?」


『んー、死を1回、回避させる』


「それは、ヘル神の領域では」

『だって俺があげられそうなモノ無さそうだし、俺と関わりたくないでしょ?』


「まぁ、はい」

『はい、じゃあ蘇生1回ね』


「アナタ方と違い、酷い死に方をすると記憶が無くなるんです」


『何それ、凄い可哀想じゃん』

「なので何が起こるか分からないアナタと会わせたく無いんです、平穏無事に過ごさせたいんです、お願いします」


『成程ね、諍いはヘルが嫌うし、関わらない様にしてあげる』


「ありがとうございます」

『いえいえ』


「あの、他の転移者には」

『逃げられまくってるから、話せたのは君が初めて、どうして魔王が怖くないの?』


「私が元居た場所では、魔王も神として崇めていましたので、特には」

『魔王も?』


「第六天魔王も、結局は天の、人の味方となる」

『仏教だね』


「良くご存知で」

『神様に優しい国が有るって評判なんだけど、ぅう、行っちゃダメなんだよねぇ』


「先ずは、シベリア自治区でお話を伺ってみては?」

『無理だよ、疫病を運ぶと思われてるもん』


「そう、他の精霊等から」

『何か、逃げられちゃう、トリックスターだから?』

《あの、そろそろ》


『あ、ごめんね、人間の女って久し振りだから』

「ぁあ、そう言えば既婚者子持ちでしたね」


『もう居ないんだ、奥さん達は皆、もう死んじゃったから』

「ラグナロクですか」


『ううん、寿命。それにラグナロクは、あ、もうそろそろ向こうに説明に行った方が良いかな?』

「あ、ですね、お願い致します」

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