ご帰還。

 数日は眠っていたかの様な気怠さ。

 と言うか、今は。


《ローシュ》

「半日、もう夕暮れよ」


《ローシュ》

「はいはい、水分を摂って、それから説明して頂戴」


 黒真珠を渡さなければ、やはり記憶は戻らないらしい。


 けれど前よりは良い。

 抱き締めても嫌がられない、逃げられない。


『ルツ、水分、起こすの手伝うから飲んで』

《すみません、ありがとうございます》


「もうルツが説明するとしか言わないの」

『だって僕の事じゃないんだもん』


《その、輸血は》

「俺も分けたいーって、私と王様の、だからココはルーマニア」

『僕の体液が作用して邪魔しちゃうかもって、だから最初は王様の、それからローシュの』


《少し、試してみましょうか》

「話が先」


《では、手洗い場に先に行かせて下さい》

「もー」

『手伝うよ、ゆっくり立って』


 つい、意地悪をしたくなってしまう。

 解決はしていないのに、つい。


《すみません、幼稚で》

『でも尿意は本当だし、仕方無いんじゃない?生理食塩水とか言うのも入れてたし』


《ぁあ》


『お腹叩いて良い?』

《色んな意味で倒れますよ》


『じゃあ、成果は?』

《3つ、品物を用意すべきらしく、目が覚める少し前に見ました》


『どんな物?』


《ドアは空けてるので、少し落ち着いて用を足しても良いですかね》

『うん』


 普通に帰って来れたんですが、死に掛けた事をココで実感するとは。


《アーリス、血尿って出した事有りますかね》

『えっ、大丈夫なの?』


《まぁ、痛くは無いですけど、後で診て貰いましょうか》




 ルツを支えられながら戻ってから。

 先ずは血尿の事を言う事に。


『お、生きて動いてんな』

《ご心配お掛けしました》

「本当に」

『何か血尿出ちゃったんだって』


「ぁあ、腎臓にも刺さったみたいなの、大動脈は外れてたけど太い静脈も。それで出るかもって」

『マジで死に掛けたのに冥界渡りに利用しやがって』

《ついでに良いかと》

『僕もそう思っちゃって、ごめんね?』


『俺は、まぁ良いが、姉上にちゃんと謝れよ』

「滅茶苦茶動揺してたクセに、この人が抱えて来たのよ、体が冷え過ぎたら帰って来れないかもって」

《お世話になりました、すみません》


『で、成果は』


《ご期待に沿えるかと》

「具体的には、私にも言えないの?」


《アナタにも代償を支払わせる事になるかも知れないので、ただ情報は得たので問題有りませんよ》

『ならさっさと魔女狩り狩りを終えて帰って来てくれよ、もう休め、じゃあな』


《はい》


「もー、何でなの?」

《温泉もですが、知恵が足りない事が幾つも有るので。すみません、もう困らなければしませんよ》


「しないとは言わないのね」

《刺される様な事はもうしません、すみませんでした》


「分かったからもう横になって、それとも生レバーを食べる?」


《少し、食べてみましょうか》

「吐かれても困るんだけど」


《無理はしませんので、お願いします》


 最初に起きたのは僕。

 ルツがローシュの手を引いて、ローシュが僕の手を引いて、ローシュも振り向くなって言われてたらしい。


 そして僕は、何も言うな。

 何か僕だけ楽だったかも。


「ぅわぁ、クォーターエルフが馬の生レバー食べてるわ」


《必要だと自覚すると食べれると言うか、そう、別にそこまで臭くもないですね》

「多分、血抜きの上手さよね、向こうのは臭いのが多かったから」


《鹿も血抜き1つで不味くなりますからね》


「結構、食べるわね」

《食べ比べてみたいですね、生レバー》


「次は鹿の生レバーね、子飼いにしてる子、けど」

《アナタの影に入れてしまえば?》


「ぁあ、そうね」


《眠そうですね》

「何か安心したら、お風呂に入ってくるわ」


《すみません、ありがとうございました》

「はいはい」


『それで?』


 涙壺、貝殻の粉、それと温泉水。


《温泉水はもう少しで手に入る筈ですし、涙壺は直ぐにでも》

《ルツ坊、既に持っている筈だ、カバンを探してご覧》


 ルツがバズウに言われてカバンの中を見て、僕を見て、またカバンの中を見て。

 珍しく挙動不審。


『ルツ?』


《コレは、幻覚じゃないですよね》


 そう言って取り出したのは、液体が既に溜まった涙壺。

 青と緑色で綺麗。


『今までの分かな?』

《結構、泣いてますね、私》

《もう嬉しくて溜められぬか》


《そう良い事だけ起これば良いんですが、多分、無理でしょうね》

《まぁ、そうだろうね》


《なので気にしないで下さい、コレは私の罰で試練ですから》


『うん、でもごめんね』

《いえ》




 大丈夫なのは知っている、分かっている。

 けれど心配で仕方無い。


「何で相談してくれなかったの?」

《喜ばせたかったのと、アナタもヤると言い出したら困るので》


「バカよね?」

《ですね》


「もうココで寝ます、私の寝相の悪さを思い知れば良い」


《そう心配しなくても》

「死に掛けたと言うか、鼓動は凄く遅くなって、ある種の仮死状態だったのよ」

『凄く冷たくて、本当に死んだかと思ったもの』


「なのに生レバーって、本当にどうかしてる」

《ご心配お掛けしました、もう眠って下さい》


「意地でもココに居るわよ」

『はいはい、おやすみローシュ』




 姉上が爆睡中に、ルツが。


『で』

《海側の者に貝殻を集めさせて欲しいんです、真珠層と言われるこうした艶の有るもの、螺鈿と呼ばれる細工に使われる貝の内側が鮮やかな物を》


『分かった、でどうなんだ姉上は』

《まだ、ですが状況は少し改善しました》


 顔色もだが、表情も違う。

 俺もコレだけ表に出てるかも知れないんだ、気を付けんとな。


『はぁ、そうか』


《ご心配お掛けしてすみま》

『終わってからにしろ、礼も全部終わってからだ』


《はい》

『でだ、温泉の方が微妙なんだ、どうにも採掘の技能が無いんでな』


《単なる水とは違い、ガスも出る可能性がありますからね》

『今は確認させながらでまだ大丈夫だが、いつ問題が起きるか』


《バズウ様にご協力頂けるかと》

《カナリア扱いかい、良いだろう》

『ひゃっ』


《何だ、鳥が苦手かい》

『どうも、目や羽根が苦手でして』


《さては前世が蛇だったのかね》

『かも知れませんが、宜しくお願いします、バズウ様』


《承ろう》

《ありがとうございます》

『ありがとうございます』


《ソレで、アレは吐いたか》

『あ、いえ』

《随分と時間が掛かってますね》


『アレは俺らを悪魔の使いか何かだと思ってるんでな、厄介だな、宗教は』

《でしたらローシュに任せれば良いのでは》


『姉上にはあまり呪詛を聞かせたく無いんだ、クソ以下の戯れ言ばかりで、つい捻り殺したくなる』


《手緩いんだよお前達は、だがまぁ、敢えて逃がすのもアリだろう》

《古巣に戻らせるんですね》

『まぁ、殺されるなら殺されるで始末せずに済むしな』


《アレを試すと良い、新大陸で得た植物だよ》

《ローシュが言っていた、エンジェルトランペットですか》

『嗅がせて放置か、まぁ良い実験にもなるしな、そうするか』




 私は神を見た。

 赤き悪魔を打倒し、捕縛され拷問を受けた。


 けれど神が救ってくれた。


《だからこうしてココへ来たんです、アイツらはDubrovnikドゥブロブニクを目指すと言っていました》


「成程な、統一する気か」

《それは聞いてませんが、海沿いを制圧していました、ザダルとスプリトは既に制圧されています》


「そうか、ならLivnoリブノ経由でSinjシニに入り、海沿いを探れ。また白鳩を授けてやる、次こそは役に立ってくれるな?」

《はい、司祭様》


 白鳩は聖なる伝書鳩。

 コレを任されるのはとても光栄で、重要な事。


 以前の白鳩を失ってしまったのに、寛大な司祭様は罰せず、再び私に役目を任せて下さった。

 コレは何としても役目を果たさなければ、私は神と天使に選ばれた人間なのだから。


 なのに。




『司祭様、既にシニは、Splitスプリトが落ちた次の日には落とされていたそうです』


 幻覚を見て神に助けられたと放言する女に探らせていると、ウナ=サナ地区の一部の川沿いが落ちた、と。


「他にもか」

『はい、VelikaヴェリカKladušaクラドゥシャCazinツァジンの両領主は既に、向こうが州境だと主張するKrupaクルパBihaćビハチで晒し首にされています』


「横の、NoviノヴィPrijedorプリイェドルは」

『ノヴィに逃げて来た者に降伏を勧められているそうで、援軍要請が来ていますが。プリイェドルからはまだ何も』


「それは、ザダルとスプリトを落とした者と」

『同じ、だそうで。ロッサ・フラウと呼ばれる女神、赤き戦神だ、と』


「モルガンでは無いんだな?」


『ロッサ・フラウ、又はモルガン・ル・フェイと呼ばれているそうで、黒い大鳥を伴った3人組だそうで』


 嘗てはトゥルルと呼ばれココで信仰されていたとされる、黒い大鳥。

 その紋章を持つのは。


 アールパート家か、ヴニッチ家か。


「アルモス・アールパート家、ヴニッチ家に仕込んでいた者はどうなっている」

『アールパート家には赤髪の男と黒髪の男を連れた黒髪の女が、パルマ公の名を出していて、ですが部屋に籠って楽しんでるだけだそうです。アルモス候はいつも通り執務室に、妻は侍女として執務室と客室を行き来するだけだと』


「ならヴニッチ家はどうした」

『連絡が途絶えており、恐らくは』


 本来の神々が姿を消し、我々は優位に立てていた筈。

 だと言うのに。


Banja Lukaバニャ・ルカからノヴィや川沿いの領主に援軍を送らせろ、逃げ腰ならプリイェドルまで下げさせて守らせろ」

『はい』


 ココに有る地図通り、領地を区切らねばならないと言うのに。




「どうした」


『ご報告を、宜しいですか』

「さっさと言え」


 この報告で、再び機嫌が悪くなるのだろう。

 我々には当たらないが物を壊し、汚す、結局はコチラに負担になると言うのに。


Ripačリバチュは無事ですが、検問所を設けたUžljebićウズレビッチから、ウナ川沿いに道を切り開いてまして』


「は?」

『山を避け平地を、次はKulenクーレン Vakufヴァクフかと』


「そのまま下のOsredciオースレッチDugopoljeドゥゴポリェを繋いで、Drvarドルヴァルへ来る気か、ドゥゴポリェの検問所を守らせろ!」


 予測が甘い。

 多分、既に落とされているだろう、ビハチが落とされずにコチラの支援を拒絶した時点で、予測出来ていた筈。


 宗教とはこんなにも目を濁らせるのか。


『はい、直ちに』


 そして数日後。

 オースレッチとドゥゴポリェが縦に繋がったが、横には、コチラ側には侵攻して来る事は無く。


「次は、何処だ」


『ドルヴァルには来ず、Grahovoグラッホボが落とされ、Strmicaストゥルミッツァと道が繋がりました』


「は?」

『検問所を設けず川沿いのなだらかな道を提供され、グラッホボは支援を拒否、クロアチア州に帰属するとの通達が来ました』


「アイツら、ディナーラ山はどうする気だ。いや、Livnoリブノを守れ!」


 けれども落とされたのは、Buškoブシュコ湖の有るBilo Poljeビロ・ポリエ、何と赤い竜に占拠されたと。


『司祭様、ČapljinaチャプリナPločeプルチェの者をMostarモスタールか、このSarajevoスルプラエまで撤退させましょう』


「貴様、ネレトヴァの海辺を渡せと言うのか!」

『まだモンテネグロ州のБарバルが残っています、それに川沿いのJablanicaヤブラニツァまで落とされたらスルプラエが危うくなります』


「最悪はセルビア州のBeligradベリグラードが残れば良い、敵国ルーマニアへ通じる川さえ守れれば良い」


 一神教の敵だと噂されている、川に囲まれた国ルーマニア。

 海に面するのは黒海のみ、そして囲む国の中でも、一神教化している国はこのユーゴスラビア王国だけ。


 ルーマニアの先代の王は一神教化を受け入れたが、民の反発により今のブラド3世が取り立てられた。

 そして魔女狩り隊を殲滅し、国境沿いの街JimboliaジンボリアВршацヴルシャッツのルーマニア側に、隊員達の首を晒した。


 本当に最悪を想定すべきなのは、セルビア州のВојводинаヴォイボディナ地区をクロアチア州に奪われる事。

 同じ黒い大鳥の紋章を持つ者同士が手を組めばНови Садノービサードが奪われ、首都ベリグラードが脅かされると言うのに。


『では、どの様に』

「モスタールまで戦線を下げ、残りはヤブラニツァに、川沿いを守らせろ」


『分かりました』


 そして予測はことごとく外れ、数日後、CetinaツェティナTomislavトラミスラフが落とされた。

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