クロアチア領主。

「おはようございます、アルモス候」

『おはよう、ロッサ、食事は口に合っただろうか』


「はい」


《皆さん、コチラへどうぞ、お座りになって下さい》

『ぁあ、どうぞ』

「いえ、明日にでも改めてお時間を頂ければと、それと少し何処か散策を。そう歩き回って欲しくは無いでしょうから、誰に案内を頼もうかとも」


《私で良ければ、後ほどお伺いさせて頂きますが》

「是非明日にでもお願い致しますわ、お邪魔しました、では」

『いえいえ』


 この挨拶だけで、ローシュは少し違和感があった、と。


《その違和感、とは》

「ちょっと間の有る、おっとりと穏やかな方なのかもと思ったのだけれど、それだと状態が合わないし。何か、違う気がするのよ、どう違うかは分からないんだけど」


『スペランツァやパルマ公に聞いてみたら?』

《そうですね》


 そしてアシャにも、魔道具のドアを使用し尋ねる事に。


「なら手分けして」

《コチラの記録にも残したいので、私だけで大丈夫ですよ》

『ついでに気も使ってくれるんだね、ありがとうルツ』


 そう、どうせココに居ても抱けないんですし、動いた方がマシですから。


《ただいま帰りました》

「お帰りなさい」

『おかえり』


 情報を繋ぎ合わせた結果、向こうでの歴史と似た事が起きたのでは、と。


 1100年代、文人王と呼ばれたカールマン王が継承権剥奪の為、弟のアルモスと息子の目を潰した。

 けれども自身に子は居らず、最後には弟とその息子が王位を継ぐ事に。


「そう、でも完全に見えてないワケじゃなさそうなのよ、視線をコチラへ向けるもの」

『アレ、耳が先なんだと思う、聞こえた方に向いてる感じ』


《私は、気付かなかったんですが》

『僕もだよ、それこそ目が見えないかもってだけで、そう見て無かったから自信が無い』

「そうなると侍女が補佐をしてるのだと思うけど、領主なら嫁が居る筈だけど」


《指輪はしてましたね》

「会わせないのは普通と言えば普通だろうし」


《見えていないのかどうかは、確かめれば直ぐに確認は出来ますが》


「もし、正史に近い盲目王アルモスなら、寧ろ害された側の筈よね」

《弟であれ息子であれ、ですが逆手に取っているかも知れませんよ》

『ココが長く続いてるのが本当ならね』


「仮に、全てにおいて簡単に、単純に考えると偶々か。敢えて同じにしてるか、けど同じにする理由よね」

《宗派はコチラに合わせるか、そもそも開示しないか》


「ココの神については?」

《紋章から、元はハンガリーのトゥルルと呼ばれる猛禽類の神が元かも知れない、と。似た言葉としてはトゥグリルも、テュルクの言葉に有るそうです》


「トゥルル、テュルク、トゥグリル、テングリ?」




 元は同じなのかも知れない。

 そう思っていると、窓を軽く叩く様な音が。


『あ、ネヴァン=バズウでしょ』

《バズウで構わないよ坊や》

「あの、バズウ様が何故、ぁあ」


《ココの者が密かに拝めるのは黒く強い鳥、なら私も居て当然だろう》


「そこは当然だとは思いますけど」

《ココのハンガリーでもトゥルル王朝が存在し、その分家とも言えるのがココのアールパート家、だったんだが》


 転移者によりハンガリーの王族は歴史を知り、各国へ身内を送り込んだ。知る価値が有る者かどうかを見定める為に。

 その中に入っていたのがクロアチアやルーマニア、向こうでの重要な紋章に黒い鳥が使われている国が先んじて選ばれ、人が送り込まれた。


「ルツ」

《初めて聞きました》

《アレらが来る前の事だ、風たちディンセレでも知ってるかどうか、元はフン族と呼ばれていた時代の事だからね》


《凡そ1000年は前の事かと》

「そうなると、寧ろ女神バズウとして祀られる前は」

《アンタがそう思うなら、そうなのかも知れないね》


「そこは保留で。その、転移者が紋章を知ってたのは」

《紋章学の学者だったんで、関連する歴史を良く知っていた、関連するものだけ》


「羨ましい」

《だが人は中途半端に知ると逆に不安になるものだ、区切りの無い話に、言葉に人は惑わされた》


 ハプスブルク家の近親婚の弊害、一神教による遠征、各国を巻き込んだ戦争。


「確かに悪い事だけを聞けば不安でしょうけど」

《何をもってして悪い事だと思うかどうか、代替わりを忌むか目出度い事だと思うか、知っているからこそ止められる事も有る。けれども女も男も恐れ、遠くで相手を探す様になった、ハンガリーもクロアチアも。だがルーマニアは近親婚を避けるだけに止まり、そうして家族も減る事は無かったが》


 ハンガリーは他国との繋がりを作る目的も有り、字の読み書きが可能であれば、身分に関係無く婚姻出来る事とした。

 そうして民と貴族との繋がりが強固なモノとなり、国も安定した。


 けれどクロアチアもポーランドもルーマニアも、宗教を悪用する者に蹂躙されたが。

 ルーマニアは竜人ズメウや伝承、神話が残っていた事で神が再び加護を与えてくれた事で、神が加護を与えるに至った。


 一方のポーランドは白鷲を紋章に使い、一神教と融合を果たそうとしたが、そのまま白く塗りつぶされてしまった。


「でもオーストリアにも」

《当時は多くを与えられたからね、人々が選ぶかどうかだ。加護が要らぬとなればコチラは手出しは出来ぬ、請われぬ限り無理なんだよ》


「でもココには加護が有るのですよね?」

《この城の中でだけだ、聖域、神殿と同じくココだけなんだよ》


《それならば、国として独立をし、領地を》

《果ては何ヶ国にも分裂し、大きな争いが長く続く、向こうがそうなったのだろう》

「そうさせない為に、耐えてらっしゃると?」


《家訓だ。争いを治める為、より大きな争いを起こさない為、この家は有るのだと》


「では、何故、キャラバンとは」

《繋がりが有れば何か起きた時に共倒れとなるだろう、ベナンダンティの事もそうだ》


「そうして、私も全てを知ってしまったら」

《共倒れになる可能性が有る、そして誘導する事にもなりかねん。だからこそ、お主が知るべきだと思う事だけ、知る方が良いだろう》


「では、ココのアルモスは」

《跡目争いを封じる為だと、それこそ偽一神教者に唆されての事だ。そしてアルモスが使い物にならなくなったと確認すると、その者達は去り、更に毒を撒き散らしに他の州へと向かった》


 そうしているウチに先代領主は偽一神教の事を知り、自身を傀儡にする為に甥の目を潰させたのだと悟り、罪を贖う為にと服毒自殺をした。




「トゥルル様にお伺いしましたが、ご確認させて頂いても宜しいでしょうか。目が見えぬ理由と、治さない理由を」


『簡単な事だよ、知る者には私は盲目だとされている、治せば目を付けられてしまう。従順にしている限り、目を付けられない。私はこうだから次の代に託すしか無い、それまでにココを守るのが私の役目だと、途絶えさせないのもそれなりに大変ですから。それに、全く見えないワケでも無いですから、そこまでは困りませんし』


 目は見えてはいる、明暗を感じ取り、輪郭も僅かになら分かる。

 けれども色が他の者と同じ様には見えない、見えなくなってしまった。


 洗礼だと伯父に言われ、何気無く受けた儀式で毒を受け、あえて治さずそのままにしていた。

 自分に逆らうな、と、怪我を負い戦に出れなくなった伯父の八つ当たりだと。


「そこが少し違いますね、偽一神教に操られていたそうで。このままでは追い立てられる事になる、そう他の世界の歴史ではそうだったのだと、そう教えられての事だそうです」


『だとしても、私は喜んで受け入れた、政略結婚にも使えない貴族のお荷物となった事を喜んで受け入れたんです。身分違いのヘレナと結婚出来たんですから』


「なら仕組みを少し変えましょう、お手伝い致しますよ」

『対価は?』


「残党狩りの拠点とさせて下さい」


『偽一神教者の、かな』

「はい」


『私達に繋がるなら、拒否させて下さい』

「安定を齎さなくても宜しいので?」


『成せますか?』

「望むなら、ただ細かい条件は付けます」


『どの様な条件でしょうか』

「ハンガリーと同様、次代には格差婚を廃絶して頂きます。字の読み書きが出来る者であれば、身分に関係無く婚姻出来る、として下さい」


 私以外は全て姉妹、しかも他国に嫁いでしまっている。

 なら、コレは寧ろ。


『コチラに良い条件となってしまうのですが』

「他にもお願いしますし、先ずはコチラをお使い下さい」




 夫に呼ばれ、書斎に向かうと。


『ぁあ、久し振りに君の顔がハッキリと』

《ご主人様》


『もう私達の事はとっくに分かってらっしゃる、彼女達は御使い様だよエレナ』

「奥様へご挨拶が遅れまして、改めて宜しくお願い致します、ロッサです」


 真っ赤なドレスに、黒い大きな鳥を伴った。


《赤き、女神ヴァハ様》

「私は」

《今はそれで良いだろうさ、そして私はネヴァン=バズウか、トゥルルでも構わないよ》


《戦の女神様、私達にはまだ子が無く》

「ぁあ、立って下さい、と言うか椅子に座って下さい。戦は私達が、彼には他の事を任せますから、ご安心下さい」

《その為の魔道具で一時的に目を良くした、コレから少し忙しくなるんでね、お前達には子を成す事も頑張って貰わなきゃならない。お前にはもてなしを、アルモスには仕事をこなして貰うよ》


《畏まりました》

「では先ず、私に平民の服をお貸し下さい、少し出掛けて参りますので。それからこの子を料理場へ、そうなれば付き添わなくてはならないでしょう。コチラの彼には書類を仕上げさせます、宜しくお願いしますね」


《はい》


 服を用意すると彼女は暫く部屋に籠るので、決して立ち入るな、と。


 神話でも侵してはならない禁忌。

 コレは、絶対に守らなければ。




『で、どう戻って来たかは聞かねぇけど、何で戻って来たんだ?』


「どうして、婚姻関係を結んでやった、と教えてくれなかったのかしら」

『そら向こうの名誉に関わるし、そも他にも理由を説明しなきゃならんし』


 凄いニコッとされてる、マズいなコレ。


「信頼を裏切ってくれましたね」


 失敗したぁ。


『さーせん』

「よし、では償いにメディチ家の名を使わせなさい」


『ウチの分家のメディチ家?パッツィ家じゃなく?』

「メディチ家」


 陸と海のキャラバンの夫婦の家、海のキャラバンからの後押しで俺が後見人になって、貴族位を持たせたんだが。

 何で、メディチ家。


『何で』

「名前が重要なの、会わせれば分かるわ」


 もう、深く聞くのを止めて、紹介したが。


《あら義父様、何か?》

『ロッサだ、紹介してくれと』

「詳しくは彼抜きで」


 そんでどう説得したのか。


《お義父様、夫には私が説明しておきますので、是非とも協力しましょうね》


『お、ぉぅ』

「では後日、サンジェルマン家から招待状を送らせて頂きますので、パッツィ家の代わりにメディチ家が出て下さい」

《はい》


『ぁあ、はぃ』


 サンジェルマン家をココで出すのか。

 けどメディチのコイツらは未だ知らない筈、なら、どうやって動かしたんだ。


「じゃあコレで貸し借り無し、以降はメディチ家経由で関わるから、じゃあね」

『ちょっ、待った、どうやってアイツらを動かしたんだ?』


「サンジェルマン家の名前、って事にしといて。それとも死にたい?」


『生きたいんで、そうするわ』


 まぁ、俺のパッツィ家はそこまで関わらないで良いって事だし。

 このまま吞み込んでおくかな。




『キャラバンとベナンダンティのジプシーの夫婦の家って』

「ルツ」

《知りませんでした、本当に》

《何処も一枚岩では無い、と言う事だ》


 農民に養子として貰われ、子を渡すのを条件に、ジブシーとして行商をしていたベナンダンティが一族から出す事を許した。

 けれどもキャラバンの1人が見初めてしまい、ベナンダンティは神殿経由でキャラバンに条件を付けた、貴族位を得られたなら認めると。


 多分、神様同士の話し合いで、メディチ家の名と貴族位を起こらせたんだと思うってローシュが言ってた。


「その、子はどうなるのかしら」

《何事も無ければ病で亡くなった事にし、子を引き取る事になっている》


「血を濃くしない為、だけでは無さそうですね」

《ココらの男は如何に遠くの嫁を貰うか、女は如何に遠くへ嫁げるかが重要だったんでな》


「貰う、なら分かるんですが」

《ルツの事ならお前の考える通りだ》


《ローシュ、一体、何を》


「ちょっと強引でもお互いに好いて一緒になって、けど領地で争いが起きて、亡くなったのかも知れないと思って。好き合ってたとなればココに戻って来て探ってしまうかも知れないし、権威に惹かれてココに来てしまうかも知れない。それらを避けるには、あの手紙の様に書くしか無いかな、と」


《ココも関わっている、先々代が招いた時に出会い、脅してでも娶れと言ったのだ》

「何と強引な」

《ですが、そうでもしないとベナンダンティから嫁を取るのは難しかったのかと》


《と言うかお前の母親が教えたのだ、ベナンダンティから娶るのは難しいと》


「凄い母上ねルツ」


《ローシュは、私の父親を信じて下さっていたんですか》

「と言うか半々、クソな父親なら殺さないとって思ってたし、信じてたと言うよりは本当に半々よ」

《既に死んでおるしな、海沿いのザダル州の領主だったが、下のネトレヴェ州の領主に襲われ亡くなった。嘗てキャラバンはザダルにも船を止めていたのだよ》


「それでキャラバンへ、成程、ならせめてザダル州は取り返さないと」

《言っておきますが、領主になる気も何も無いですからね》


「なら一筆書いておいて、もしかして繋がりが有るとアルモス候が知ったら心配なさるかも知れないし。日付を入れておいて、私もサインするから」


《逆に聞きますが、アナタは要らないんですか?》

「要らない、別荘は欲しいけれど統治はしたくない、ココ絶対に面倒じゃない」


《誰かに任せれば良いのでは?》

「領地も家も持つより借りた方が楽、管理って凄く大変なんだもの。アルモス候にも同情するわ、投げ出せる機会が有れば投げ出そうと考えるのは仕方無い、どうやって治めたら良いか分からない程に荒れてるんだもの」


《なら別荘を条件にしておきましょう》

「平和になったらね」


 こう、他の人が欲しがるモノを欲しがらないから、だからルツは不安になるんだと思う。

 何もあげられるモノが無くて、自分に価値が無いかもって、そうやって不安になって嫉妬させたくなった。


 多分、今も。

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