魔女狩り狩りのついでに、領土争い。

 小春日和の中、ルーマニアで作って貰った2頭引きの戦車を使い、再び真っ赤に染められたセレッサと共にリカ=セニ州へ。

 クロアチア州の紋章が入った旗をたなびかせて、真っ赤なドレスで、黒い大鳥を伴って。


 怖いわ、神話をこう再現して使うなんて。


「大丈夫ですかしら、こう、モルガン様と誤解されかねない事をして」

《寧ろ喜んでいるさ、ココにモルガン・ル・フェイが広まるとなれば、それに例えロッサ・フラウと統合されても本質は変わらんだろう》


「それ、逆に、ロッサ・フラウまでとんでもない事に」

《ふふふふ、お前も神になるか?》


「遠慮しておきます、大変そうなので」

《まぁ、大変は大変だな、人も神も大変な時代だ》


「ですね」

《さっさと平定させてしまおう》


「はい」


 本来なら、単なる人ならココで時間を掛けなければならない。

 使える者かどうか情報を探り、調べ、殺すか生かすかを考える。


 けれどココでは神の力を使って、ガンガン殺していく。

 と言うかココでもまだ私に殺しをさせてくれないから、主にルツとアーリスとセレッサが殺す、私はお飾り。




『はい、じゃあ譲渡の書類にサインして』


 ローシュが城門を割いて、後は僕らが制圧して、ルツが作った書類にサインさせて終わり。

 魔法が使えない場所でも魔道具なら使える、魔法で破れない門の中だって油断してる所を、門を破って正面突破。


「はい、では印章の指輪も渡して下さい、それと首もお願いしますね」

《そんな、助けると言ったじゃないか!》

『誰を、って言ったっけ?』


「いいえ、アナタだけが助かるか、アナタだけが死んで皆が助かるか」


 コレはどっちを答えても、領主を殺すんだけど。


《家族を、助けてくれ》

「分かりました、最後にご家族に合わせて差し上げますから、ちゃんと説明して下さいね」


《分かった》


 コレで、もし自分だけを助けろって言ったら、家族の前に引きずり出して殺す。

 それで恩を着せて、アルモスを頼らせて、仲間にする。


 この手が使え無さそうだったら殺すか、有能なら薬を使う。

 危ない違法な薬、コレはパッツィ家が処分に困ってたから引き取った物、拷問と薬を使って使い捨てにする予定。


「では、そろそろ」


《ただ殺されっ》

『武器を渡したのは誰かな?』


 コレも想定内。

 反乱してくれるなら早い方が良い、裏切れば直ぐに殺されるって分かる筈だし。


「言わないなら皆殺しですよ、諫めず武器を渡せばどうなるか、考えなかったんですか。死にたいなら自分でどうぞ、自決するか、この地の平定の助けになるか」


『移送されるか他に逃げるか、ココで死ぬか、其々に好きにして良いよ。殺すのが目的じゃなくて、この地の平定の為、戦を無くす為に来たんだから』


『そんな事が、叶うのでしょうか』

「叶えるんです、裏切りさえなければ叶う簡単な事です、田畑を肥やす方がまだ難しい。ですけどお好きにどうぞ、敵地に逃げても構いません、そこで歯向かえば殺しますが。説得してくれるなら見逃します、さ、お好きにどうぞ」


『私が、渡しました』

「奥様なら仕方無いですけど、お子さんにも死んで欲しいんですか?」


『いえ、お願いします、どうか』

「なら懇意にしてる領地へ行き、領地を奪われたと仰りに行って下さい。お子さんは大事ですよね?」


『はい、ですからどうか』

「では、良く言って聞かせて下さい、皆さんに」

『字は読めるよね、はい』




 逃げるかココで自決するか、ロッサ・フラウに保護されるか。

 保護されたいなら赤い馬に着いて行け、逃げるなら直ぐに逃げろ、自決するなら今直ぐ死ね。


《それで、そのロッサ・フラウは》

『ザダル州も含め、周辺を平定する、戦の無い地にすると』


《統一する気か》

『そうとは、聞いてません、ザダル州の事だけを言ってらっしゃいました』


《で、俺に保護しろと?》


『子を守る為に来ました、後はもう、お好きにして下さい』


《縛って転がしておけ》


 そう盾になり何なり役に立つかと思ったが。


「はい、では譲渡の書類にサインして下さい」


 城門を裂き、一瞬で制圧され、書類にサインさせられる事に。

 魔法が使えない筈の場所なのにも関わらず、一瞬で正門を破られ、正面突破され。


《貴様、どうやって》


「こう、しました」


 赤いドレスの女が、指を一振りしただけで。


《なっ》


 俺の両足が。


『あっ、縛らないとサインの前に死んじゃうよ』

「はい、生かしてあげるから、サインして下さい」


 その女が鞭を振るうと、俺の足を縛った様な感覚が。


『ほら、早くしないと皆殺しになっちゃうよ?』

《ウチの者は、そんな脅しには屈しない》

「お城も印章の指輪も、本当は別に要らないんですよ、コレはアナタ達を生かす為の口実。城も家族も消して、何も無かったかの様にしても良いんですよ」


《では、何故》

「勿体無いじゃないですか、産み育てるのも城を作るのも、凄く大変。けどまぁ書類は無くても良いけど有ったら楽、ただそれだけですよ、生きてさえいればどうにもなりますから」


《それで俺が助かるとでも言うのか?この足で》

「あら、助かりたいなら先ずはサインを、それから印章の指輪も渡して下さい」


《ウチの子供達は、どうなる》

「アナタ次第です、さ、どうぞ」


 書いたとしても、指輪を渡したとしても、俺の命は無いだろう。


《コレで、首もか》

「いえ、アナタは役に立つので生かします、治して差し上げますからご家族とお話をどうぞ」


 そうして本当に俺は治され、家族とも会える事に。


《逆らうな、俺らが敵う相手じゃない》


 一瞬で門を裂き、一瞬で俺の両足を切り落とし、瞬く間に傷を治した。

 ココにそんな事を出来る人間が居るなんて聞いて無い、それこそ他国でも。


 そんな事を出来るのは、神だけだ。




「あら、珍しい」


 ローシュが活躍すればする程、神性の力が増して、広がって。

 領主達は閉じ籠もる。


 けど中には頑張って向かって来る者も居る。


《アレは、ウドビナの旗だ》

「ソチラの、ゴスピチとは?」


《グラチャツを一緒に攻める予定だった》

「そう仲良く出来ますかね」


《仲良くは無いが、そのまま向こうは南下、俺はザダルを落としたらスプリトで合流するってだけだ》


「それから?」

《最南端のツァヴタットまで行き、俺はドゥブロヴニク、アイツはザダルを統治する予定だった》


「成程、じゃあ強いんですね」

《人間の中ではな》


 それでもセレッサの前では虫以下、一声鳴くだけで馬が怯えて逃げて行く。

 それでも馬を降りて向かって来る者には、咆哮を直接浴びせる。


 セレッサの咆哮を浴びちゃうと、身体中から血を吹き出して死ぬ。


「コレで引かないのは愚か者よね」


《何なんだ、今のは》

「指向性の超音波、かと、卵を良く振ると中がグチャグチャになるでしょ?」


《した事も無いが、そうか、魔法とは違うのか》

「正解、まぁ、私も無いけど。振ると白身と黄身が逆転するらしいわよ、人力だと」


《竜なら壊すのか》

「殻もね、アレでも手加減してくれてるのよ、顔が判らないと晒す意味が無いから」


 凄いでしょ、って顔で振り向いた。


『うん、凄い凄い』

「凄い、偉いわセレッサ、もう少しだけ頑張ってね」


 頷く代わりにフンって鼻を鳴らして、もう一吼え。

 僕も帰ったら練習するつもり。


《弓も効かぬのか》

「滑りが良くて頑丈ですから、ねー」


《たった、コレだけで》

「アナタは賢い生き証人、良く見て良く覚え、しっかり伝えて下さいね」


《ぁあ、分かった》


 逆らう気配も無いまま、彼は味方になった。

 名前は、えーっと。




『マティアス・ヴニッチ、で宜しかったですかね』


《盲目王、アルモス候か》

『王では無いですし、王になるつもりもありません』


《何でだ》

『国を独立させれば更に分離します、目指すはユーゴスラビア王国全ての平定。統一や支配が目的では無いんです、あくまでも全土の平定、平和なるモノを目指してるだけですよ』


 私の名が知られているのは、内戦を誘発する為、偽一神教者が流布しての事らしい。

 そうして敵意が上手く循環する様に、私達は仕向けられていた。


 争えば食糧も人も減る、そうして困れば自分達が更に付け入る隙が出来る、と。


《結局、操られてただけかよ、クソが》

「ただ一神教を誤解しないで下さい、利の有る教えも確かに存在しています。悪いのは悪用した者、神にも天使にも罪は無いんです、寧ろ嘆いてらっしゃいますから」

『アナタは何でも信じるのですね』


「人間以外なら直ぐに信じますわ」


《アンタは、どっちなんだ、神なのか人なのか》

「どう、神と人を分けるのか教えて頂けます?」


《死なない、いや、殺しても死なない。いや、そも神は死にそうにもならん、ならアンタは神だな》


「モルガン・ル・フェイをご存知かしら」

《何処の神だ》

『妻曰く、ブリテン王国やドイツ等で知られている有能な女神、だそうですよ』


《こんなんだって言うのか?》

『寧ろ赤き女神ヴァハ、軍神、闘神だそうで』

「だそうで」


《それが何で人間の厄介事に手を出すんだ》


「偽一神教の愚行を止める、ついでに」

《ついでに殺しまくるのか》


「私は殺してないですよ?」


《全く、どうせアンタも操ろうとしてるだけじゃないのか?》

「ではその疑いを晴らす方法を教えて下さい、直ぐにして差し上げますから」


《他の神を出せよ》


「だそうで」

《お前が幾つまで寝小便をしてたか言ってやろうか、6才の冬の終わりだったかね》

《なっ、コレは》

『私達の紋章に描かれている大鷲、トゥルル様ですよ』


《それともいつ女を知ったか、その女の名も》

《分かった、止めてくれ、悪かったよクソが》

「理解が早くて助かりますわ」


《はぁ、もう寝る、じゃあな》

「お疲れ様でした、では私も」

『少し良いかな』


「はい、何か」

『私も少し疑っていたんです、すみません』


「妥当なので問題無いですわ、お気になさらず」

『今日、初めて他の領主と命の取り合いを警戒せず、話し合う事が出来ました。ありがとうございます、希望が持てました』


「いえいえ、では、失礼致しますね」

『あぁ、おやすみロッサ』


 神の割には俗物的で、人の割には有能が過ぎる。

 人なのか神なのか、それとも半神なのだろうか。




《寝る前に口説かせて下さい、ローシュ》


「ルツ、誰か相手を探して来ましょうか?」

《アナタがアシャを引き合いに出すので、比べてみたんですが、圧倒的にアナタが良いと思える部分が出たのでお伝えしますね》


「私のセリフを無視したわね?」

《アシャなら調べようとしたかどうか、信じてくれたかどうか、それこそ生半可な優しさから調査を中止したかも知れない。そして領地を欲しがり、私に統治させてたかも知れない。アナタが信じてくれて、領地も要らないと言ってくれて嬉しかった、だから好きです》


「じゃあアシャと私が同じ選択を」

《答えが同じでも理由が違う筈、本当に嬉しかったんです、ありがとうございます》


「真実が違ってたら喜べないんじゃない」

《だから私に予測を伝えなかった、そうした優しい所も好きです》


「だから、アシャや他の転移者も」

《こうした問答も優しさから、自己の利益や好意より相手を優先する、そうした部分も好きです。凄く悲しいですけど、好きです》


「溜まってる?」

《解決するまで我慢します、好意から抱かれたい、抱きたいので》


「じゃあ拒絶するのね」


 コレは、少し、想定外と言うか。


《あの、凄く嬉しいんですが》

「初恋を引き摺ってるだけ、ヤれないから執着しちゃしてるだけ、ならヤれば諦めがつくかも知れない」


《逆に執着するかも知れませんよ?》

「なら試してみましょうか」


《それは》

「じゃあ振り解いて逃げたら?」


《無理です、拒絶なんて》

「なら不本意にも襲われるのね、好きな人に」


《手伝って貰う程度では》

「諦められる?」


《無理です、何が有っても》


 あの時から無条件に触れる事も、触れられる事も無かったのに。

 拒絶なんて出来無い、考えただけでも胸が痛むのに。


「ルツ、本当に溜まってるだけなら幾らでもしてあげるから」


 優しい声色で残酷な事を言われ、胸が張り裂けそうになった。

 けれどココは本当に拒絶しないと、体目当てだとしか思われなくなる筈。


《無理です、すみません、本当に愛して欲しいんです》


「そう、分かった、おやすみなさい」


 さっきまで有った感触も、温もりも、匂いも直ぐに消えてしまった。

 私も消えてしまいたい、あの時に失敗しなければ、まだココにローシュは居てくれたのに。




『気になるなら僕が様子見に行こうか?』

「いえ、コレで好きじゃなくなってくれたら良いんだし、そのままにしておいて」


 今にも泣き出しそうな、苦しそうで悲しそうな顔をされ、愛されたいと。

 コレは罪悪感と言うのかしら。


『ほら、気にしてる』

「何で、何が良いのか、ならどうしてあんな事をしたのか分からない」


 何故好きなのか、何が好きなのか、どうしてあんな事をしたのか。

 それらの材料は揃っている、


 なのに分からない。

 整合性が取れない。

 整合性が無いとしか思えない。


 バラバラでくっ付かない。


『今、どんな気持ち?』

「モヤモヤして、痛んで、少し揺らいでる。少し惹かれてるし、本気なんだと驚いてるし、けど分からない。そこまで好きなら、あのルツが愚かな事をするのが分からない」


『13才でも?』

「50過ぎよ?」


『何も知らない童貞だよ?』


「ならアーリスも童貞だったら、あんな事をする?」

『しない』


「ほらぁ」

『だって情愛とか性行為が危ないって思っても無かったもん、身内に手を出すなってだけで、良いとか悪いとかも知らなかったもん』


「怖くて避けるって事?」

『だと思う』


「あのルツが?」

『うん、だって気持ちは目に見えないし形が無いから、本当に有るか不安だったんだと思う』


「あのルツが」

『眠そう、もう寝ようローシュ、おやすみ』

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