ベナンダンティの魔女。

 収穫を占う為、フェンネルの茎とトウモロコシの茎で戦う温和な魔女達、ベナンダンティ。

 夢を渡り、巫女としてもこの地方を守る存在。


 そしてルツ達のキャラバンと一時的に交流し、知恵を分け与えられた存在でもある。


《やっぱりヒマワリの種よね、だから裏庭で育てさせてるの》

『軟膏とは違う、もっと柔らかいのをって思ってたのよ』

「ロウヒの居る地で、北欧で使わせて頂きました。干し過ぎず、皮が剥ける状態になったら直ぐに皮を剥いて磨り潰して、そうして水を加えないんだそうです」


《そうして柔らかく作るのね》

『固くしたい時は?』

「それが、特別な1枚岩の上に薄く延ばして、水気を飛ばしてたんですよ」


『《成程》』

「そうして柔らかい木を薄く加工した物で伸ばし、混ぜ、器に入れる」


『流石、敢えて大魔女だと言われてるだけは有るわぁ』

《早速ウチでも取り入れましょ、神性なる者の存在と知恵を》


 良き女神や精霊全てを信じる、それがベナンダンティ。

 新しい薬草も知恵も先ずは自分達で試し、それから広める。


 キャラバンと同様の生活をしながらも、海へ出ないだけで情報は少なくなる。

 しかもロウヒの居る場所は陸の孤島、選ばれたキャラバンだけが入れる男の楽園、そうウムト達のキャラバンとの接触も無い。


 それでも知恵と知識は多い。

 水源を探し当てるのにダウジングを活用し、上水道への貢献度と植物の知識から、森のキャラバンとして周りに認知されている。


 衛生観念を広める為、先代の転移者が関わっての事だそうで。

 凄いわ、その土台が無かったら。


『ロッサ、すっかり仲良しね』

「お陰様で、神々のお陰です」


『いえ、知恵の使い方は人其々。最悪は、本当に避難させて貰うわね』


「ですが、本当に鎖国状態になりますよ?想定では50年から100年」

『50年から100年、押し黙って逃げ回るより良いし、ココへ戻って来る時に更なる知恵を授かって帰って来るかも知れないんだもの。寧ろ長いお勉強に行くだけ、賢くなる為に行く、逃げるなんて事は副産物よ』


「すみません、周知が遅れ、準備を」

『元は私達は存在を隠していたのだし。策略には段階が有るもの、しかも実際に国を潰す前と後では情報の質が変わる、敢えて関わらせる事を避けるにもコレで良かったのよ』


「ありがとうございます」


 事後承諾って良くないんだけど、あの時はもう今しか無い、ってなったのよね。

 もう少し冷静に、考えないと。




『お世話になりました』

《えー、もう帰っちゃうんですかぁ?》

「スペインやユーゴスラビア王国の情報を集めに、難しそうならスロベニアかハンガリーに行こうかと」


《あぁ、気になりますよね、スペインが制圧されたって噂》

「動くにも情報は必要ですから、奥様も気を付けて、見慣れぬ者が本当に悪魔かも知れませんから」


《はい、アナタはお祖母様の知り合いでお手紙も持ってましたし。それに既に村の方からも情報が入ってましたから、ふふふ、何処に行っても程々に、飲み過ぎないで下さいね》

「はい」


 ローシュが愚か者だと思われた方が良い場合も有るって、この事だったんだなって思った。

 抜けてる様に見えても、内実は分からない。


『流石、しっかり者だね』

「ね、私もそうありたいわ」


《ダメですよ、気安さが過ぎて男が群がります》


「それ、今思うと、最初からアナタの術中に嵌っていただけでは?」


 ぁあ、お淑やかにってルツの指示だったんだ。


《さ、行きましょうか》

「ちょっと、今の間は絶対にそうよね?」

『かもね?』


「アーリス」

『だってその時の事は知らないもん』

《貴族は無理だ嫌だ合わない、と猛反発して、平民として国外に行こうとしてたんですよ》


「だって礼儀作法が大変そうだったんだもの」

《先ずはお辞儀から、礼儀作法だけを教える為に閉じ込めたとも言えますね》


「クーちゃんが居てくれなかったら確実に逃げ出してたか、他の方法を選んでたわね」

《選択肢を与えなかったのは間違いだとは思ってませんから、反省はしませんよ》


『うん、ルツは策略家だね』

「ほら、やっぱり」

《あの馬車に乗せて貰えるか尋ねに行きましょう》


「もー、絶対にそうじゃないのアレ」

『かもね』


 やっと前にみたいになった。

 まだ違うけど全然良い、この方が良い。




《トリエステ、やはり海沿いは栄えてますね》

「もー、ココまで来て認めないってどう言う事なのかしらね?」

『認めてるも同然、だけど』


《私がそこまで頭が良いなら、あの失態は一体なんなのでしょうね?》

「そこよねぇ、逆に合わない、不思議なのよね」


 私もそう思います。

 私の愚かさと情愛が作り出した矛盾、嫉妬と不安と言う要素が無ければ筋が合わない。


『美味しい食事が有れば何か思い浮かぶかも?』

「そうね」


 少し行けばスロベニア、ユーゴスラビア王国と隣接する港街。

 本来ならヴェネツィアが大きな港街として発展するそうですが、アドリア海に面し、諸外国を受け入れる場所はココかバーリか。


 そうしてココで荷を受け取り、自分達で再配送を行う。

 真正面にはユーゴスラビア王国、海上で敵を迎撃する為にも、そもそも近付けさせない。


 あのナポリ公でも港は厳重管理のままだったそうですし、スペランツァ女王の治世は問題無さそうですが。


《何にでも抜け穴は有る、仰る通りの様ですね》


「この美味しい魚介類に、何か問題でも?」

《いえ、港でもココでも叱られている者が多いので、この時期に新人が多いのは問題が有るなと》


「もうココまで」

《寧ろ潜伏先から移動したのかと、馬車移動でもココまで来るのは難しいでしょうから》

『船ならココに寄るより、そのままイスタンブールに行った方が早いもんね』


《はい、情報と品物が集まるのがイスタンブールですから》

「そうね、なら食事は少し早めに切り上げて、宿を先に探しましょう」

『うん』


 ウムトの知り合いのキャラバンの紋章が飾って有る宿へ、どう選んでいるのかは、まだローシュには秘密に。


「スロベニアさん、どうしてココを欲しがらないのかしら」

《活気が有る分だけ管理が大変ですから、委託した方が楽だと思ったのでは》

『直ぐ下に居るし、ある意味で分割統治なのかもね』


《戦や防衛か、港の管理か、信頼を使った国交なのかも知れませんね》

「上手い方なのね、スロベニアの方」

『オーストリアとくっ付いたらもっと大変そうだし、確かにこの方が良いのかも』


「そうね、ハンガリーとローマを繋ぐのがスロベニア、その更に奥がウチだものね」


《モルドバ共和国がそうですからね、盾として統治して貰っているんですよ》


「えっ?」

『そうハッキリとは聞いて無いけど、モルドバの人は味方だって聞いてるよ』

《万が一にもウチがキエフと揉めては一瞬で制圧されてしまいますし、キエフ側を制御する為に割譲したんですよ》


「あー、だからモルドバも川に沿っての国境線なのね、確かにルーマニアを半分覆ってるわ」

《しかも本来は隣のオディーサが栄えてたそうですが、日替わりでバランカからの水路を使う事で情報と情勢を保っているんだそうです。モルドバが整備し、共同使用をしている》


「モルドバを攻めたら使えなくなる、維持が難しいなら、良い生命線よね」

《地域の者同士で仲も良いそうなので、領主が酷い者でも安定し続けているそうです》

『“一揆”されたら困るもんね』


「アーリスの口から聞くと不思議だけれど、そうよね。向こうで疑問だったのよ、何故、粉挽き代なんて黙って取られてるのか」


《ココからは想像ですが、やはり宗教と教養かと》

『実際にスペインがそうだったし、多分そうなんじゃない?』


「だとしても、農耕民族のフリして偶に遊牧の血が騒いじゃう系だと思うのよね。ある程度は耐えて、ダメなら暴力で制圧って、まさにって感じなんだけど。穏やかよね、特にフリウーリの穏やかさが身に沁みたわ、絶対に暴れそうに無いもの」


《あの奥方の様に、そう見せてるだけかも知れませんよ。彼女が育ったオーストリアの隣国はスイス、スイスと言えば一神教を農民達が排除した国ですから》


「でも、色欲と虚栄心を排除されて落ち目になったからでしょ。優しさに付け込んで失敗して、離縁されてからカッコつけてる様にしか見えないのよね」


 多分、私に向けての言葉では無い筈、なのに罪悪感から私への言葉の様にすら思える。

 いや、寧ろ。


『ローシュ、ルツにも刺さってそうだよ?』


「落ち目じゃないでしょう、今でもアシャに請われる位なんだし」


 針や剣、鋭い何かで刺された様に胸が痛い。

 寧ろ病気の方がマシかも知れない。


『本当に刺した』

「仕事の事なのに?」


『怒ってる?』

「思い出し怒り、かしらね?」

《すみません》


「大丈夫、ルツの事じゃないから」

『どれ?』


「元夫、別れるってなってから必死になって、じゃあ今までは何だったのって感じ。じゃあ最初から大事にしろよクズが、って、疲れてるみたいだから部屋に戻るわ。ごめんなさい、おやすみ」


 元夫を恨むだけの方が、まだ良かった。

 私も含まれてしまっている、同じ、碌でもない男として。


『どんまい』

《私は大丈夫ですから、ローシュをお願いします》


『あんな風になると落ち着くまで時間が掛かるし、それよりルツだよ、大丈夫じゃないでしょ』


《私も、ローシュが嫌がる男と同じになってしまったのかと》

『大丈夫、ずっと必死だったでしょ?』


《ですが、分かっていたのに》

『ローシュは完璧なルツを求めてたんじゃないと思うよ?素直なルツを愛してた筈、そこはちゃんと分かってる?』


《そう、完璧さを、求められたかったんだとは、思います》

『長所だもんね、けどどっちかだったら素直なルツだと思うよ?遠慮しない、隠さないルツ』


《なのに、本当に、黒真珠で、どうにかなるんでしょうか》

『そう信じるのも試練の1つかもよ?』


《不安なんです、あんなに不機嫌になる事は、無かったので》

『思い出し怒りだって言ってたけど、同時に悲しい気持ちも思い出したんだよ。けどルツと居た時は抑えられてた、ルツが居たから紛れてたんだと思う。悲しかったんだよ、ルツとアシャの時も、怒りだけじゃないから大丈夫』


《余計に、難しいのでは》

『怒りだけより良いと思う、好きだから悲しいんだし』


《覆し、変える事が出来るんでしょうか》

『それが黒真珠なのかもね、だからもう少しだけ頑張ろう?答えが出るまで、ダメならこっそり飲み込んであげるから』


《お願いします》

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