血筋。

 私の母はロマとしてココを拠点に周辺諸国を渡り歩いていた、けれども当時混乱していたユーゴスラビア王国の貴族に目を付けられ、仲間を人質に取られ母は妾になった。

 そして私を産む直前に逃げ出し、川を渡りキャラバンへと助けを求めた。


 そうして産褥熱で亡くなり、母の遺言に従い、キャラバンは私をルーマニアへ預ける事に。


 そして事の経緯は、この手紙と、一房の髪と手紙だけ。

 探しに来た場合のみ、見せて欲しいと。


「ルツ」

《予想はしてましたので、大丈夫ですよ》


「っ、そう、少し出てるわね」

『なら川辺りを案内するわ、いらっしゃい』


 ローシュが子を成す事を悩んでいると聞いた時、真っ先に私は考えてしまった。

 卑しき者の血が入っているかも知れない、控えるべきは私の方。


 作るべきでは無いのかも知れない、と。


『ルツ、また話し合わないつもり?』


《私も、自分の血筋を残すべきでは無いのかも知れない、と。直ぐには答えを出せないと言われた時に、そう考えたんです》


『それでも良いって言われたくないの?』


《多分、今は》

『聞いて後悔してる?』


《いえ》


 母は多分、美しく賢かったのだろう、そして珍しい容姿から目を付けられてしまった。

 その事を知っていたからこそ、私に慎重に行動する様にとキャラバンは育ててくれた。


 それとも、子を成すべきでは無いと。


『ルツの子は良い子に育つと思うよ?』

《ですがもし、子が残酷なら、私は私の血を許せない》


『いっぱい作れば良いじゃん、それでダメなのは王様に何とかして貰おうよ』


《君は偶に、豪胆と言うか、底知れないと言うか》

『あの滅びた国にも良い所は1つ位は有るんだよ、多く産み育てれば良い、それでもダメなら還せば良いって。10人産んで1人だけダメなのって、寧ろ成功じゃない?』


『篩い分けは僕に任せてくれるかな?』

《バッカス様》

『うん、お願いします』


『なら成人の儀を成立させよう。山で1人、焚き火を絶やさず一晩でワインを飲み干し、無事に帰って来たら成人とみなす』

《もし帰らなければ、死亡したとして扱う》

『うん、良いと思うけど、ルツはどうしたい?』


《話し合いを、させて下さい》


 私とローシュの妥協点が重なった案、多分、この事には反対はしない筈。

 問題は私の事、私への気持ちの問題。




「自分の子を、篩い分けるって、そこまで」

《いえ、だけでは無いんです、体の良い口減らしにもなりますし》

『殺されないってなると、酷く甘えちゃうんでしょ?向こうの子供って』


《ですので、成人の儀式は必要かと》


「そんな、万が一、良い子が」

《王と神々を信じていますので、万が一は無いかと》

『最初の1杯は何も無し、次は自白剤入りのワインで神様や王様と対話して、根が悪い子なら3杯目には毒杯。王様の子にも貴族にもさせるから、僕らの子にもするよ』


「何故、この結論に至ったの」

《アナタならこの結論で納得するかと》

『僕は納得した、10人送り出して9人が帰って来たなら優秀な方じゃない?』


「まぁ、数としてはそうだけど」

《もし許して貰えるなら、私とも子を成してくれませんか》


 ココまでして、ココまで考えてまでも、私との子が欲しいって。


「転移者だからって」

《いえ、アナタが良いんです》


「何故」


《全て、アナタだから良いんです、どんな事でもアナタと一緒に居たいんです》


「だって、けど、私を逃がすって」

《もどかしさに耐えられないかも知れないと尻込みしたんです、でも離れる方が無理なのだと痛感しました、なのでどうか傍に居させて下さい》


「コレは、アナタの親の事に関係無く、少し考えさせて」

《私の親の事は問題無いんですか?》


「血が全てでは無いもの、それこそ最悪は他の誰かに育てて貰えば良い。アナタは育ての親に完全に似てるんだろうし、そう意地でも私達だけで育てるのは違う、それこそ子供の為に離れる事も」

《だから愛してるんです、私の血筋もソロモン神の事も気にせず、けれど真剣に考えてくれるアナタを愛してます》


「だから、それは向こうの人間なら」

《アナタも親や血筋に悩んでいた、なのに私の問題と分けて考える。それでも他人の悪しき行いを見て内省に時間を掛けたり、同一視したり分けたり、器用で不器用な所が好きなんです》


「変な所が好きなのね」

《欠点が好きなワケでは無く、欠点も好きなんです》


「ダメだわ、酔ってるし絆されそう、冷静にならせて」

《考えてくれるんですね》


「追々ね、何か、凄い眠くて」

『お昼寝させて貰おう』


 多分、コレはルツとローシュの呪いなんだと思う。

 それこそ魔王みたいに、起きたらローシュの記憶が消えてるかも知れない。


 試練の為の呪い。

 ルツが死んだら、ローシュの記憶がもっと消える事になるかも知れない。


『あらあら、変にぐっすりね?』

《私の試練のせいかと》

『冥界渡りをしようとしてるんだ、愛を取り戻す為に』


『そう、なら忠告に来てくれたお礼に、薬をあげるわね』


《いえ、今回は私の母の手紙を》

『それは救えなかった償い、ベナンダンティを恨まないで欲しいから渡しただけよ』


《嘘では無いなら恨みません、キャラバンが人質となれば彼女も同じ様にするでしょうから》

『けど抜け出すと思う、皆殺しにして逃げて来る筈』

『そうね、ふふふ』




 お酒をそこまで飲んで無いのに。


《何処まで覚えていてくれてますかね》


 コレ、全部って言ったら口説きが再開されるわよね。


「困るわよね、覚えていない事を覚えていないんだし」


《確かにそうですが、今は深く聞かないでおきますね》

「本調子ね」


《はい》


 危ない、ちょっと落ちそうだわ。


「それで」

《コチラに逃げて来る者が居る場合、伝書紙で伝えて頂く事になりました》

『それと明日にでも向こうに行けって、まだ眠い?』


「今は大丈夫なのだけど、何か、ちょっと時間がズレちゃってるのよね」

《元々過労でしたし、移動で疲れたでしょうから、少し回って宿に帰りましょう》

『本当にお孫さん居るんだね、ココの通りなんだって』


「ぁあ、そう言えばそんな事も任されてたわね」

《コチラが本題と言えば本題ですから、手紙をお渡しして泊まらせて頂きましょう》

『そうしよ』


 そしてお孫さんは女性、嫁入りしたものの実権を握ってらっしゃるのか、快く受け入れて頂いてしまった。


「すみません、旦那様がご不在だとは知らず」

《いえいえ、ココは安定しているので、この時期はウーディネに滞在してるんですよ》


「ぁあ、なら帰りにでも」

《良いんですよ、逆に心配されるだけですし、私がちゃんと伝えておくので大丈夫ですよ》


「ありがとうございます」

《いえいえ、騒がしいかも知れませんけど、ゆっくりしていって下さい》


 お子さん3人に侍女が2人、侍従が2人。

 お金には困って無いのに雇う数が少ないのは、家事やお子さんにも慣れてらしゃるから、かしら。


「流石、手慣れたものですね」

《あっ、やっぱり変ですかね?》


「いえ、寧ろあの方のお孫さんらしいと言うか、だから旦那様も安心してウーディネにいらっしゃるんですね」

《寧ろ私が無理に行かせてるんです、あんまり過保護だからもう、面倒くさくて。抱いてみます?》


「じゃあ少しだけ」


 赤ちゃんの匂いって、どうして万国共通なのかしら。

 不思議な匂い。


《慣れてらっしゃいますね》

「抱くだけなら」


《だけでも充分ですよぉ》


「ぁあ、御兄弟がいらっしゃらないんですかね」

《そうなんですよぉ、加減が分からないからってもう、慣れてるコッチに任せてくれれば良いのに、心配して心配して。だから行って貰ってるんです、私の為に》


「成程」

《それに夫が居たんじゃ面白い話を聞くにも邪魔ですし》


「真面目な方なんですね」

《そこが良い時も有るんですけど、偶にはこうして息抜きが無いと困らせてしまうので》


「じゃあ、ウチはアーリスかしらね、はい抱っこ」

『任せて』

《そうそう、コレ位慣れてくれたら良いんですけどねぇ》


 首が座ってるし、見てる方は安心なんだけど。


『大人しい子だし、3人目なら慣れそうなものだけどなぁ』

《最初はもう座って抱っこさせて、でも泣くともう直ぐに助けを求めて、結局は私か乳母か。今は1番上の子なら大丈夫なんですけど、この時期の子が苦手みたいで》


「柔らかくて壊れそうですもんね」

《意外と丈夫なんですけどねぇ》


 こうして赤ちゃんを堪能させて貰ったり、珍しく女同士で話し合ったりで、すっかりルツの事を忘れてしまいそうになったけれど。


『赤ちゃん、いつ作る?』


「そうなるわよねぇ」

『僕の命は別に減らないからね?ローシュと分け合ってるだけ、子供達の寿命は普通だよ』


「それ、下手をすれば子を見送る事になりそうなのだけど」

『弱かったらね、だから強く育てるんだし、良い子に育てる』


「どう説明する気なの?」

『説明しない、分からせる』


「分からせる」

『説明しないと分からない様な子には育てない』


「強気ね」

『普通に生きてたら大丈夫、皆と一緒に育てよう』


「そんなに欲しい?」

『うん』


 嬉しいけど、私もルツと似た問題を抱えてるから。


「ありがとう、もう少しだけ考えさせて、色々と問題が有るし」

『うん、待ってる』

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