フリウーリの悪魔の橋。

「悪魔の橋って、一応教会も有るのに」

《少し由来を聞いてみましょうか》

『聞いてくるよ』


 アーリスが近くの人に尋ねると、とても有名だそうで。


 どう頑張っても深い渓谷に橋が上手く建てられず、村人達は悪魔でも何でも良いからどうにかしてくれないか、と常々話し合っていた。

 そして悪魔が来て対価を支払えば建ててやる、と。


 村人が承諾すると、一夜にして橋が出来上がってしまった。


 そして誰を捧げるかを相談していると、繋がったばかりの橋から子犬を追いかけ来た子供がやって来た、けれども村人は気付かず。

 子犬と子供は悪魔の贄になってしまった、と。


「こう、悲話では無いんですね?」

《そうねぇ、悪魔ってのがイマイチ分からなかったみたいで。あ、今は分かるけど、どうせ建てに来てくれた見慣れない者達を揶揄っての事でしょう。それに子と子犬を殺したってんじゃないんだから、精々連れて行っただけでしょうに》


「成程」

《まぁ、私らは有り難く使わせて貰ってるよ、こう見ると良い眺めだからね。昔はそこの階段を使って船で渡るか、下はプレマリアッコ、上はプルフェロまで行かなきゃならなかったって言うんだ。単に見慣れないかどうかで、あたしゃ悪魔だとは言えないねぇ》


「そうなんですね、ありがとうございます」

《良いの良いの、名前を怖がって渡れないより良いさね。そうだ、良い飯屋が有るんだよ、橋を越えて直ぐ横の店だから行っておいで》


「はい、ありがとうございます」


 私の外見にも何も言わなかったし、それこそルツを注目するワケでも無かった。


 確かにココは良い場所、眺めも良いし食事が美味しいし。


『ハム美味しいね、やっぱり山が良いからかな』

《おう、コレは向こうの山で放牧して〆た豚で作ってんだわ》

「皮付きですかね?」


《ココらはそこまで暑くならないからな、皮付きで塩漬けにして干して、だ》

「どれも良い塩加減で美味しいですね」


《だろ》


 しかもキャラバンのお陰なのか、ココの名物はカルツォーネ。

 薄皮で包んで焼いて、上には薄切りの生ハム、中にはたっぷりのチーズとトマトソース。


 それに亜種も、ホワイトソースに炒めたスパイシーなベーコンと、チーズと卵入り。

 それとは別にサラミとパンも、最高過ぎる。


「はぁ、美味しい」




 ローシュが上機嫌で酔ったまま散歩して、ちょっと休憩してると。


『大丈夫ですか?』

「ぁあ、酔って休憩してただけなのでご心配無く」


『そうですか、ふふふ、なら良かった。では』

「あの、もし病気となれば何処かに、そうした場所が有るんでしょうか?」


『教会か、薬草を扱う場所は有りますけど、余所者嫌いで有名なので。他の方に詳しく聞いた方が良いかと、私は山奥の方なので、では』

「ご親切にどうもありがとうございます」


『いえいえ』


 薬草とか蜂蜜とか。

 人の匂いだけじゃない、エルフの匂いがする。


『今の人、多分そうだよ』

「えっ」

《追い掛けますね》


「あ、うん」


 追い掛けられない程は酔ってない筈なのに、どうしたんだろ。


『どうしたの?』

「このままルツをココに置いて行ったら、どうなるのかしらね、と思って」


『怒る?』

「そうよね、ルツだって危ない身では有るし、行きましょうか」


『うん』


 村から少し離れた川沿いの道でルツと、さっき声を掛けてくれた女性が話してて。

 ココでもまた、立ち止まって。


「やっぱり、似た人と一緒になる方が幸せになり易いんじゃないかしら」

『それはルツが選ぶ事じゃない?』


「私が魔王を選ぶのが間違ってる様に、間違ってるなら正しい方が良いじゃない」


『それは、そうだけど』


《どうしたんですか?》

「アナタの事を考えてたの、同じ種族の方が良いんじゃないのかって」

『そう、バレちゃってるのね』

『ごめんね、匂いが違うから』


「ベナンダンティを探してるんですけど、あ、良い意味でです。ご存知無いですか?」

『彼の事で、かしら?』


「それも、ですね。スペインが滅んだので残党が魔女狩りをしつつ、略奪行為をしながらとある国に向かうかも知れないので、気を付けてと」


『そう、忠告しに回っているのね』

「はい、私はロッサ、宜しくお願いしますね」


 ローシュ、いつもならもう少し警戒するのに。


『ふふふ、私はヴァイセ・フラウ白い貴婦人と呼ばれているけれど、エルフでは無いの。まだまだね坊や』

『えー』

「匂いの偽装魔法ですか、成程」


『そうそう、さ、案内するからいらっしゃい』


 ローシュが差し伸べられた手を取って、川沿いの道を歩いてる。

 けど道しか無いように見えるし、匂いも無い。


《あの》

『何も無い様に見せてるの、はい、どうぞ』


「あら、ウチのと同じですね」

『あらそっちにも有るのね、不可視の領域』


「そうなんですよ、あの時は大変だったわねルツ」

《あの時から私は失礼でした、すみませんロッサ》

『ふふふふ、さ、紹介するわね』


 暗闇の祖母ダンクル・グロスムッターと紹介されたお婆さんは、その名の通り、日陰だからか黒くぼやけてて良く見えない。


 それから子供の魂を守るのがフラウ・ガードン。


「楽しいご婦人?それともご婦人達?」

『まぁ、両方ね』

『楽しい貴婦人達?』


『そうそう、ふふふ』


 その3人の誰か、若しくは総称がホルダ、なんだって。


《もしかして、ペルヒタ》

『それも、賢い貴婦人ヴァイゼ・フラウも私と言えば私ね、白い貴婦人ヴァイセ・フラウに変化してコレなの』

「そう自覚が有るものなのですね?」


『と言うかベナンダンティが教えてくれるのよ、向こうではこうだった、アッチではこうだったって』

「あ、そのベナンダンティの方々は?」


『向かいの家に居るけれど、もう少しお話しましょう』




 ゲルマン神話体系における神性、女神であり精霊であり、魔女でもある。


《では、北欧の》

『ホルダーと同じ、そしてサミーからはウルダ、隣だとディム・ブランシュ』

「どうにも白の貴婦人となってしまうのですね」


『賢いかどうかは一目見て分からないもの、そう白い貴婦人の方が分かり易いでしょう?』

「ですけど装いは灰色なのですね」


『ココでも目立ってしまうもの』

「確かに」


《あの、宜しいでしょうか?》

『何かしら?』


《あの橋は》

『アナタ達のキャラバンから齎された、悪魔の橋、ソロモン王の知恵の恩恵ね』


《やはりそうなんですね》

「そうあやふやなのは、何故?」


《嘗てはキャラバンに転移者が居たらしい、と。ソロモン72柱には一夜にして城や砦を築く、とされる者が居ますので》

「ぁあ、便利」

『本当に、それとココの未来も教えて貰ったわ、向こうのだけれどね』


「その、どう」

『教会とも特に揉める事も無く過ごしていたけれど、司祭が好奇心から教会のより上に報告した、でも特に騒動も起こらず。ただ魔女狩りの思想がココにまで及んで、妬んだ村民に定期的に異端審問を受け、居なくなったとされている。激しい魔女裁判が行われた記録は無いそうだけど、多分、逃げたかベナンダンティと名乗る事を辞めたのだと思うわ』


《キャラバンから商隊としての知識を得たのか、ココで合流したんでしょうか》

『両方、お互いの知識を分け合い、付いて行く者と残る者とで分かれた。ただ私達も身を守らなくてはいけないから、ソチラのキャラバンとは接触しない様にさせているわ』


「ロマ、ジプシーの原型、ご先祖様でもあるんですね」

『お互いにね、ふふふふ』


「その、ルツの身内は居りますでしょうか」


『嫌な事を聞く事になるかも知れないわよ?』

「任せたわ」


《聞かせて下さい》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る