手間暇。

 1つ1つ城を潰し、殺しても良い者だけを淡々と殺す。


「流石に飽きましたね」

「そうそう、アッサリ殺すってつまらないのよ、だからアナタみたいなのが犠牲になる」


「本当に、似た存在が居るとは」

「誰もが内緒にしてたからね、もう大丈夫よ」


《“もう死にたい、死なせて”》

「“ごめんなさい、後でね、落ち着いたら楽に死なせてあげるから待ってて”」


 そう言って彼女は薬を飲ませ、影から布を出し掛けてやり、ドアを出し調査隊に引き渡した。


「あの薬は」

「悔しいけどアナタのお陰、意識と痛みを一時的に失わせる麻酔薬」


「アレは良い薬ですし、こう使われるのは良い気分ですね」

「なら良いんだけど、待たせてごめんなさいね」


 彼女が誰に謝っているのか直ぐには判断が付かなかった。

 私なのか、今は眠っている女性なのか。


 多分、両方なのだろう。


「私は気にしてませんよ、物事には適切な時期が有ると知りましたから」

「ありがとう、じゃ、次に行きましょう」


 殆どの者は夜に眠る。

 光が少ないと仕事が出来ないので、例外は存在するけれど殆どがそう。


 しかも夜襲や敵襲に遭った事が無いのか、ココは非常に無防備。


「確かに、簡単過ぎると不安になりますね、村の方がまだ警備はしっかりしてますし」

「罠なのか、何か見落としているんじゃないのか、経験が少ないと小さな失敗に気付けない場合も有るし。気を引き締めて練習を続けましょう」


「ですね」




 雷を操れる者は、本当に極僅か。


 寝返っているかも知れないとは思っていたのに、私は失敗した。


「なっ、雷っ」

『セレッサは無事だけ』


 銃も警戒していた。

 なのに。


「銃撃音、狙撃」


 魔王が撃ち落された。

 多分、雷が目印になり暗闇での狙撃も可能だったのだろう。


 助けないと、少しでも脳を守らないと。


『場所は覚えたから後で』

「ダメ、戻って、回収する。既に予定外の事が起きた、予定よりコッチを優先します」


 アーリスは反対していても、セレッサは協力してくれた。


 けど、既に銃撃でヒビの入った頭は柔らかくて、落下の衝撃ですっかり飛び散っていて。


『ローシュ、もう行かないと』

「誰でも良いから協力して、魔王の脳を回収させて、お願い」


《良いわよ、けど対価は雷を放った者を生かす事。あの子は犠牲者、だから仲間として助けてあげて》


 私と同じ様な真っ赤なドレスを着た、貴婦人。

 お辞儀カーテシーを続けていて顔は見えない、遠くに居るから、なのに。


「分かりました、私はローシュ」

《私はマリ、ありがとうローシュ》


 遠くに居るのに、ハッキリ聞こえてる。

 けどアーリスは気付いていない。


 多分、ココの女神。


『ローシュ』

「回収したわ、行きましょう」


 正確に言うと、影が回収してくれた、そうした感覚が伝わってきた。


『ローシュ』

「大丈夫、コレは練習、敢えて魔王は試してくれただけ。予定に戻るわ、手早く済ませましょう」


 影は暗闇、死で慈悲。

 大丈夫、魔王は絶対に大丈夫。


『うん』




 この場合の予定も、一応有ったけど。

 まさか本当にこうなるなんて。


「お疲れ様、セレッサ、後は任せましょう」


 薬を撒いて、ドアを使って回収部隊を呼び込む。

 こうなったら緊急事態だから、多分、ルツも王様も少し慌てると思う。


『伝言、頼んでおいた方が良いんじゃない?』

「ぁあ、そうね」


 冷静にって、頑張ってくれてる。


『こうなってみて、どうして魔王が誰を恨んだら良いのか改めて良く分かった』


「ウチなら王の責任が大きいものね、けどココは比較的万遍無く貴族に罪が有る、知っててコレだものね」


 民は知らなかった、で済まされるけど、知ってたら責任の一端を担う。

 何処までも罪を広げたら全滅させなきゃならなくなる、けど全滅が目的じゃない。


 目的は管理。




《ローシュ》

「大丈夫、もう少しで終わるから」


 本来なら魔王と共に行動する筈が。


《中間報告を聞かせて下さい》


「分かったわ」


 セレッサの手の中で、移動の合間に聞いた事は、魔王が狙撃されたと。


《この暗闇で》

「最初は雷、セレッサが尻尾で受けてくれたみたいなんだけど、その後直ぐに魔王が狙撃されたみたい。魔王が跳ねて落ちて、銃声が後から響いてた感じだから。多分、雷を光源にして、魔王を狙ったのだと思う」


《遠距離に対応する銃の情報は無かったんですが》

「情報が無いからと言って存在しないとは限らない、多分、魔王もこうして捕獲されたのかも知れないわね」


 どう魔王を捕まえたのか。

 議論は重ねられたけれど、コレは。


《魔法との組み合わせは、私達の予測が足りませんでした》

「いえ、半々よ、狙撃銃の事は私の範囲だし。半々よ」


《それでも、すみませんでした》


「まさか自分が脳をかき集めるだなんてね、思わなかったわ。相当精度の高い、弾速の早い銃で、もしかすれば弾に細工すらされてるかも知れない。そう、それとココの女神のマリ様について聞き出しておいて、魔王の脳の回収を手伝って下さったから」


《元、居た方でしょうか》

『分かんないけど多分そうだと思う、僕には見えなかったし、セレッサでも分からなかったみたいだから』

「私と似た様な赤いドレスで、綺麗なお辞儀カーテシーをしていて顔は見えなかったのだけど、遠くに居るのに声がハッキリ聞こえて姿も見えていたの」


《分かりました、先ずは私にも制圧させて下さい、安全確保をしてからドアを出しましょう》

「そうね」


 今のローシュの中は、きっと魔王の事で埋め尽くされている。

 とても彼女らしくて、前の私なら優しいと思っただろう。


 けれど、どうしても嫌な気持ちが芽生えてしまう。


 私が冥界渡りを失敗し、死んだら、ココまで埋め尽くされてくれるのだろうか。

 それとも些末な事として片付けられてしまうのか。


 羨ましい、想われたい。

 どうせ死ぬなら想われたい。




『で、その、魔王は』

《まだローシュの影に、なので新大陸に戻り次第、復活させてからコチラに戻って来るそうです》


『そん、姉上やクーリナが言ってた、過労だろうに』

《このままでは眠れそうにないからと、蘇生には時間が掛かるだろうからと、その間に眠るそうで。終わり次第、先ずはアーリスがコチラに報告に来ます》


『すまん、お前を行かせられなくて』

《いえ、人数が人数ですから致し方無いかと》


 クソ濁った目で言われてもな。

 多分、魔王の事で心を痛める姉上を見て、嫌な気持ちになったんだろ。


 自分のモノじゃねぇしな、そら余裕も無くなるだろ。


『もう少しだ、もう少しだけ、頼む』

《はい》


 コレが終わったら、次は冥界渡りだ。

 だからこそ余計に失敗は出来ない、させられない。




 赤き衣を纏った者が、平和な世界へと導いてくれるであろう。

 そう教えられている私達は、夜明けと共に現れ、天使を伴った赤き衣を纏う者の言う通りに港へと向かった。


《あの、貴族の方々は》


 周りに尋ねても、兵に尋ねても、首を横に振るだけ。

 そして港に付いても貴族の姿は無く、複数の列があり、見慣れぬ服装の者が多かった。


 そして立て看板には、書いて読める者はコチラへ並んで下さい、と。


『字が書けぬ者はコチラへ、更に読めぬ者はコチラへ』


 そして私は幸いにも読めて書けるので、最も列が短い方へ、列の先には布張りの小屋が。

 そこで住んでいた場所、名前や知り合い、それら全てを書き込むと。


「コチラを着て下さい、正装ですから」


 書類に書かれた番号と同じ刺繍がされた簡素な服を渡され、着替える事に。

 その間には、案内を伝える声が聞こえた


『アナタ達はコレから新天地、オセアニアと呼ばれる真の理想郷ユートピアへと箱舟に乗り向かいます、どうか礼儀正しくご準備下さい』


 そして着替えを終え出た先には、大きな帆船。

 どれだけ乗れるのだろうか、初めて船に乗る、どの様な乗り心地なんだろうか。


《あの、全員乗れるのでしょうか》

『勿論、ですが試練に耐えられる者だけが理想郷ユートピアの地を踏む事が出来ます、なのでどうか決まりを守り礼儀正しくしていて下さい。でなければ船は理想郷ユートピアに無事には着きません、全員が全員、礼儀正しく決まりを守って下さいね』


《そうですか、分かりました》


 新しい、真の理想郷ユートピアに行く為には、一丸となり規則を守る事。


 その1、体調が悪くなったら直ぐに係の者に知らせる。

 その2、不平不満を決して口にしない、もし口にしたなら船が沈むかも知れない。

 その3、清潔に。


『では皆さん、頑張って真の理想郷ユートピアへ、行ってらっしゃいませ』


 船内は1本の廊下が有り、いくつものドアが有り、番号や案内が簡素に書かれていた。

 多分、数字すら読めない者は困るだろう、私が案内してやらないと。


《ぁあ、君、君はココだよ。下の数字、50から100まではココ、そして君はこの段だ》


 壁際には、横に区切りが殆ど無い、何とか這って出入り出来る程度の5段ベッド。


『コレじゃ寝返りも出来ないじゃないですか』

《そうだね、でも今はまだ寒い時期なのだし、暖かくて丁度良いんじゃないかな》


『まぁ』

《それに不平不満は口にしたら全員が理想郷ユートピアへ無事に着けないそうだし、今は試練の時、我慢こそ美徳なんですから頑張りましょう》


『はぃ』


 私達は生まれながらにして罪を背負っている、命を犠牲にせねば生きられぬと言う罪、原罪。

 だからこそ試練を受け入れ、苦難を乗り越えてこそ、神様や天使様の居る天の国へ行けるとされている。


 そして不平不満を口にし、働かない愚か者は地獄へ。


《けれど私達は生きながらにして、理想郷ユートピアへ行けるんです、頑張りましょう》


「素晴らしい、是非彼を見本になさって下さい」

《ありがとうございます、あの、アナタは?》


「赤き衣を纏う者、真の理想郷ユートピアへ導く者。ね、天使様」

『そうですね、皆さん良い子で居て下さいね』


「そうそう、狭いでしょうけど、コレでも広くした方なんです。本当なら7段だったんですけど、船を作る方がアナタ方を慮り、5段にして下さったんですよ。だから決して壊さない様に、さもないと次の船は6段とより狭く作らせる約束ですから、後の方の為にも大切に扱って下さいね」


《はい》

「では」


 そして彼女が去った後、どの段からなのか、声が聞こえた。


『彼女は赤き竜といた、そして一撃で門を壊し、天使様を呼び寄せ。私達に罪を償えと、私達の罪とは、本当に原罪だけなのでしょうか』


《どう言う事ですか?》

『貴族の方が、皆殺しにされていました。彼らは原罪の贖罪を終えた方々なのに、殺され、私達はこうして生かされ理想郷ユートピアへ。なら、私達が償うべき罪は、原罪だけでは無いのでは、と』


《成程、確かにそうですね》


「あの、私が聞いたのは、貴族の方々が他でご迷惑をお掛けしたのだと。なので、多分、私達が代わりに償う事に」

『俺らがやったワケじゃないのに?』

《お支えしていた貴族が悪さをすれば、私達も同罪だと、だからこそ皆で見張ろうとの約束事が出来たのですから。ココでも、理想郷ユートピアでも同じなのでしょう》


『向こうでも』

《私達が築き上げると言っていましたし、最初は向こうで少しだけ働くのかも知れません。だからこそ、今は休息の時間、ゆっくり休んで英気を養いましょう》


 そうして暫くすると全員が乗り込んだのか、ドアが開き、水瓶と杓と木のコップが1つ置かれたのが見えた。


『1日、1人3杯までです、海では飲める水は貴重ですからコップに木杓で注いでから決まった回数だけ飲む様に。足りなくなっても決まった分しか配られませんので、争わず、清潔に使って下さい』


《はい、あの、食料は》

『同じく決まった時間に、日に2回ココに配りますので、決してココを汚さない様に。汚せば疫病が訪れ、果てはこの部屋の者の半数が病に掛ると雷が落ちるとされています。どうか無事に着く様に、皆さんで気を付けて召し上がって下さい』


《はい、分かりました》

『手洗い場、用を足す時は専用の部屋が有ります。最初だけ使い方を教えますので、清潔にお使い下さい、では』


 手洗い場に行く時は、2人1組。

 手を洗う時に水を流してくれる者と共に、木杓を清潔に使う様にと。


 それから調理場の係も。

 パンを作る者、焼く者、スープを作る者、配りに行く者。


 全員が交代しながら様々な役目をこなし、改めて得手不得手を話し合い、理想郷ユートピアでの事を話し合った。


『俺、寝床の事は別にして、こんな日が続くなら良いかも』

「けど、理想郷ユートピアなら働かないんで良いんじゃないの?」


『だけど行くのは真の理想郷ユートピア、何もしないと暇過ぎだろ、マジでただ寝てるだけで良いなら次の仕事は俺にさせろよ』

「いや、まぁ、何もしないと暇だけど」


『ほら』

《真の、と仰っていた、なら私達の知る理想郷ユートピアより良い筈。なら好きな事が出来るのが、真の理想郷ユートピアなのかも知れませんね》


『ならアンタは何をしたいんだ?』

《そうですね、暫くは見回りをして、足りない何かを補って。貴族にだけ許されていた、午睡をしてみたいですね》

「あぁ、日に当たりたい」


『いっぱい日に当たれるって聞いたぜ、オセアニアで』

《そうなんですね、きっと良い土地なんでしょうね、オセアニアは》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る