時間稼ぎ。

 魔王の私に彼女の時間稼ぎをしろ、と。


「それで、具体的に私は何をすれば?」

《そもそも、定住する気は有りますか?》


「いずれは」


《その事で話を長引かせ、出来れば一緒に新大陸を回って欲しかったんですが》

「彼女は暴れる気なんですよね、なら私も使えば良いんですよ」


《私達の努力を無駄にしないで下さい》

「頭が吹き飛ばなければ大丈夫かも知れない、もしかすれば次こそは死ねるかも知れないとは思っていますが、恩を感じてはいます。ですが、やはり信用出来ませんかね」


《少し、考えさせて下さい》

「私は彼女に提案しますよ、私を有効活用しろ、と」


《どうしてそう死に》

「300年憎悪され、道具扱いされてみれば分かりますよ」


 全ての時間がそうだったとは言いませんが、その殆どは憎悪されるか道具と思われるか。

 ココまで長く人の様な扱いを受けたのは、きっと初めてな筈。


 殴られたら殴り返す、優しくされたなら優しく、それが因果応報。

 恩と仇を彼らと彼女は教えてくれた、そして全員が全員、優しくすれば世界が平和になると言っていた。


 そして少なくとも痛みが無い方を選びたい、なら。


《髪の毛からでも再生するとも言われている、そのアナタを探し出す方法をコチラで考えさせて下さい》

「ならそう彼女に言いますから大丈夫ですよ、そうすれば少しは時間稼ぎが出来るんじゃないですか?」


《まだアナタは分かってないんですね、彼女は多分、数日で思い付き実行してしまいますよ》

「なら承諾の際に時間稼ぎをします」


《もし》

「信じず私と離しても構いませんよ、けど彼女が承諾するかどうか」


《私は、死んで欲しくないんです》


「私もですよ、私も痛い思いをしたくない、彼女にも居たい思いをして欲しくない。盟約魔法を使っても良いですよ」


《分かりました》


 こうして魔法を使って貰ったのにも関わらず、私には盟約魔法が掛からなかった。


「コレは、何が問題なんでしょうか?」


《信頼や絆が必要だとされているんですが、私ではダメなようですね》

「アナタの事を良く知りませんから」


《なら彼女を知っているとでも》

「どう言えば良いか。ただ彼女の事を他の人から聞いたとしても、多分、彼女だと分かる程度には頭に思い描けてると思います。容姿以外、ですけどね」




 彼の心の中にローシュが居る事が、許せない。


 脳が大きく損傷すれば彼の中から消えてしまうかも知れない、ココで得た記憶も、何もかも。

 ただ、出来ればローシュの記憶だけが失われ、ココで得た知識や経験が残ってくれればとは思う。


 何処までも自分の醜悪さが嫌になる。

 自分勝手で利己的、国と彼女の考えを優先させるべきなのに。


《考えさせて下さい》


「何を悩んでいるんですか?」


《自分の願いと愛する人の願いが少し違うんです、死ぬまで敵と戦おうとするでしょう、けれど私は》

「彼女が言う様な平和な中で生きていて欲しい。でも無理ですよ、追われ続け、こうなってる私が言うんですから」


《殲滅すべきだと思いますか?》


「彼らの言う聖なる書物を全てを焼き払っても、また誰かが向こうから持ち込んでしまう、なら纏めて管理したほうが良いと思いますよ」

《可能だと思いますか?》


「大勢で行かない限り、散り散りになり逃げ出されてしまうでしょうから、長く掛ると思います。ですけど人は集まりたがるので、いつか必ず実現すると思いますよ」


 いつか。

 魔王は望まないにせよ無限の時間が有る、けれど私達の時間は限られる。


《子供を、と、思ってたんですが。多分、私は逃げ出したんでしょうね、長く待つ辛さを考えるのも嫌になって、投げ出した》


「今、自覚したんですか?」

《アナタが得意だと言う考えない、と言う事を、人は勝手にしてしまうんです》


「無意識に、無自覚に」

《アナタは無さそうですね》


「そうでも無いですよ、分化は無意識に起きた出来事でしたから」


《その情報を私はまだ聞いていないんですが》

「私も今さっき思い出したんです、彼らにも語るので、少しは時間が稼げますね」


《彼女の為にも、時間稼ぎを、どうかお願いします》

「はい」




 大作家様の有名な作品を彷彿させる、動けぬ魔王の姿。

 変態には凄く良い道具だろう、と確かに思ってしまったが、彼の場合は再生するのが決定的に違うのよね。


 けど顔は綺麗だし、声も良い。


「異常性癖持ちにモテそう」


「ぁあ、確かに、変な性癖を持つ方に可愛がられる事が多いですね」

「言葉は正しく、害された事を可愛がられた、なんて言わない」


「道具として可愛がられた、ですかね」

「宜しい」


 今直ぐにもスペインに行って暴れ回りたいけど、流石に何の準備も無しは無謀が過ぎる。

 噂は勿論、結界だって不十分なまま、けど結界が成立するのがいつになるのか。


 いつか、何処かで動き出さなきゃならない。

 困らなければ人は信仰が希薄になるし、願ったり祈ったりしなくなるから。


 まさか、だから?


「何か、言い辛い事でも?」


 この考えは、あまりにも不敬かも知れない。

 けど。


「困らなければ信仰が希薄になる、だからアナタは他の神々の信仰の手助けになってるのかも、と」


「そう、それが本当なら、私には嬉しい事なんですが」


 本当に嬉しそうに言わないで欲しい、涙腺が吹き飛びそうになる。


「けどアナタを必要悪とすればする程、消滅は難しくなる」

「ですけど、私も神々と同じ神性の一部なら、少しは役に立っているって事ですよね」


「そうした考えも有る、けど次の段階、次の新しい必要悪が出て来ないと代替わりは難しくなる」


 生まれ変わる事も、死ぬ事も出来ない。


「その新しい必要悪、とは?」

「人間の敵は人間、それを認める事、なんだけど」


「難しいでしょうね」

「特に彼らにはね」


 偽一神教者にしてみたら、絶対に認められない。

 代弁者は人間、その代表者を疑わせる事になり、果ては収拾が付かなくなる。


 彼らは特定の知識層以外、異常に低い教育水準のまま、善悪の判断すらも代弁者に任せ信じきっている。

 新興宗教団体、完全なるカルト集団。


 文化文明を向こうの年代と同じにし、労働を課す事で民の考える隙を無くし、頭の良い人間に尽くす様に仕向けている。

 カーストや宗派を悪用したデストピア、しかも完成されたデストピアに限りなく近付いている。


 向こうでの考えなら宗教は排除されている、けどココでは真に融合を果たし、機能してしまっている。


 正に完全に機能する独裁国家で、本当に中世してくれちゃっている。


「アナタの正義とは違うんですよね」

「と言うか他の宗派ですら認めない、と正式に認めたのだから、ココでの正義はコチラなんだけど」


 デストピアが成立している理由の1つは宗教の活用、そして他国を利用している事。

 両国は、隣国から素晴らしい神の国として嫉妬され、狙われていると教えている。


 スペインでは、国境を守る敵側の軍隊を侵略者だと教育していると同時に、辺境は天国とされている。


 諸外国から来た有力者を複数人住まわせ情報を引き出し、懐柔出来たなら不便な民を密かに殺処分させ、仲間だと意識させる。

 そして情報が無くなれば殺し、次の有力者を住まわせ、情報を引き出しながら殺処分に手を染めさせる。


 そうした無限ループが完成し、プロパガンダを無効化させ、亡命者を出させない対策が取られている。


 一方のアイルランドは、最早流刑地と化しているらしい。

 スペインで言う事を聞かないとアイルランドに島流しにし、良い子だと認められたなら戻って来れる、だが戻って来られるのは仕込みの人間だけ。


 全員が全員のスパイとして密告が推奨され、知恵が回るとなれば上層部からスペインへ、愚かで素直な者は罪を仕立てあげられアイルランドへ。


 過酷な労働環境ながらも子を持てば優遇される、そして子は一旦スペインへと送られ、子が産めぬ女性達に集団で世話をされ。

 成人の儀と称し12歳で見定めが行われる、あまりに愚かな子は殺処分され素直な子は労働階級へ、そして知恵が有り組織に従順であればスペインで良い生活が出来る。


 血統よりも実力を重んじる所がまた厄介、このままでは弱体化しない。


 女性は多く産む程に良い生活が可能、だが産めない者は性欲処理機として生きるか、子供の世話をするか、農民かを自分で選べる。

 そうして自分で選んだ以上、不満が出る事は殆ど無い、しかも孕めれば優遇されるので進んで性行為を行う。


 完全な循環形式が確立されている。


「何を悩んでいるんでしょうか?」

「ある意味で、完成された社会構造なのよ。外部から栄養が勝手に来るから、永遠に衰えなさそうなのよね」


「そう、栄養を絶つには?」


「隔離、確かにね、周りと言う名の敵が居るから一致団結しているのだし。そうね、ありがとう魔王」




 ウチの姉上はやっぱり凄いな。


『流石です姉う』

「やめなさい、で、どうなの」


『隔絶させ、自滅させる、その為の真の流刑地を探すんだよな。うん、アリだな』

「問題は土地なのよ」


《向こうに流刑地は》

「有るけど、先住の方が居る筈なのよ」

『姉上、行ってくんないか?』


「そうよね、その方が早いけど。ルツ、一緒に行ってくれる?」

《構いませんが》


「短期決戦で決着を付けたいの。3って数字が大事だから、3人で現れる方が威厳を発揮出来るんじゃないかと思って」

『おう、行ってくれ』

《では、その様に》


「じゃ、早速行きましょう」

『おう』

《では》


 時間稼ぎだけでもと期待してたんだが、情報を与えた事で姉上はしっかり冷静に考えてくれたし、お陰で良い案が出たし。

 コレもローレンスと伝書紙のお陰だな。


『はぁ、何とか良い方向に行きそうだな』

《じゃが戦争の始まりだとも言えるぞい、動き出せば容易には止められぬでな》


『変わる時は選べないんだろ、分かってる、寧ろやっとかって気分だな』

《流石王、豪胆じゃな》


『だろ』


 姉上が現れた時から、覚悟して腹括ってたんだ。


 俺らが呼んだ、と神々と共にルツに嘘を言った時から、ずっとな。

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