嫉妬。

 初めてかも知れない。

 不思議な嫉妬心を覚えられる事は。


「不老不死を羨ましがられた事は有りますけど、そう、嫉妬を向けられたのは初めてで。どう、答えたら良いのか」


《すみません、コレは単に嫉妬心を抱かれているのだと、伝えたかっただけなんです。どうしたい、どうして欲しいとは思わず、多分ですが気持ちを共有したいんだと思います》


 不思議なベールを付けた、背の高い男が涙声で話す、その男に感じる事は。


 優越感と言うか、寧ろ罪悪感に近いと言うか。


「そうした嫉妬心を感じた事は無いので、理解が難しいんですが。私は、優越感は自覚していませんし、寧ろ罪悪感に近い何かを感じてるんだと思いますが」


《一応、念の為に言っておきますが、アナタは悪くない。そもそもは私の不甲斐無さ、失敗から、こうして後悔をも含んで嫉妬心をお伝えしているだけなので》


「何故?」

《いつかアナタにも愛する者が出来るかも知れない、なので良く話し合い、理解し合おうと努力すべきだと伝えたかったんです。私は分かっていたのに、知っていたのに、戸惑い躊躇って失敗しました。知っていただけで、理解を深めなかった、単に知っている程度で多くを求め様とした》


「どうして、そう、私を人の様に扱うんですか?」

《動物では無いですし、足が有れば立って歩く生き物で、人の言葉を話す。気絶なり失神をしますし、呼吸もする、なら生きた人だと。私もそう思います、少し種類が違う程度で殆ど同じだろう、と》


「食べない、飲まない、寝ないでも死なないのは生きているんでしょうか?」


《アナタは会った事は無いそうですが、神々や精霊も似た様なモノなんです。では死んでいるのか、生きているのか、そうなると生と死を常に同時に経験しているのではと》

「彼女が?」


《はい、ですので存在しているなら生きていると同義、しかも肉体が有るなら霊魂では無い。となると死者では無い、寧ろ精霊に近い何かなのでは、と》


「アナタの存在してはいけないモノの定義は?」

《害しか成さないモノ、害が圧倒的に多いモノ、話が通じないモノ。ですかね》


「私は害が圧倒的に多いモノですよ」

《こんな事をされれば私でも大勢を殺しますよ、それこそ彼女を殺されたら、国を滅ぼしたとしても別に悪いとも思わないでしょうね》


「それが愛ですか?」


《国を滅ぼし彼女が蘇るなら。ですが多分、彼女が望まないので実行はされないでしょうね、私は泣きながら朽ち果てるだけでしょう》


「もし、朽ち果てる事が叶わなかったら」

《ぁあ、意地でも蘇らせるでしょうね。そうなったらお手伝いしますよ、体だけなら保存させる事は出来ますから》


「なら殺して体だけ保存すれば良いのでは」

《欲張りなんですが、会話をしたいんですよ、愛していると言ったら同じ事を返して欲しくなる。視線を返して貰いたい、抱き締めたら抱き締め返されたい、愛情を愛情で返して欲しい》


「私の味覚は、特に旨味と言うモノが全く分からないんですが。美味しいを知ると、そう辛いんでしょうかね」

《ですね、なので私も知ってはいても味わう事を避けていたんですが、味を占めてしまいました》


「私に何が出来ますかね」

《いえ、特には、ただ素直に分からない事を尋ねるのが1番ですよ。でないとまた最初からやり直しか、以前より酷い状況から始めなければいけなくなるので、素直に尋ねる事を忘れないで下さい》


 彼女は感情、気持ちを味に例えてくれた。

 悲しみは時に海の様に塩辛くて、怒りは辛く、良い感情は甘い味がすると。


 多分、彼の中では様々な味が混ざっているのだと思う。

 なら、今の私の中は何の味なのか。




「嫉妬心は何味ですかね」

「んー、しょっぱくて辛くて苦い」


「なら心地良い温もりは甘いんですかね」


「甘さの種類や濃さは其々、ちょっと抱っこしてみるから味わってみたら?」

「危機感は無いんですか?こう、噛み付くかも知れないですよ?」


「真後ろに行くから大丈夫、はい、どっこいしょ」


 ぁあ、本当に魔王っぽい、この一方的に体温を奪われる感じが凄く魔王っぽい。


「凄く、居心地が悪いんですが」

「何故」


「アナタは誰かのモノでしょうし」

「親は子を抱くモノです、性欲無しで親愛の情でも抱き締めるモノなんですが?」


「怒られたり、殺されたりするかも知れませんよ」


「そんなに」

「いえ、多分、嫌な事を思い出したんです。凄く古い、本当に最初の方の記憶で」


「何が嫌だった?匂い?」


「女性の匂いと、温かさと、多分」

「忘れてたのは記憶を封じた方が良いからとも言われてるから、もう思い出さない方が」


「私と一緒に居て、殺されたんです」

「私は強い、そう死なないので大丈夫よ」


「暴れた先で、拾って、殺されたんです」

「人?魔獣?」


「悪魔です、真っ黒な悪魔、角と翼を持つ悪魔。私は魔獣で、お腹が空いて暴れて、その復讐に女が巻き込まれたんです」


「その女性、アナタの側で生きてたのよね?」

「はい、1度も逃げず、はい」


「エサは?」

「冬では無かったので、人里のモノと同じ果実や、獣をあげてました」


「何故?」


「多分、人質か、非常食で。だから食べたんだと思います、悲しかったとは思います、でも全部食べたんです」


「死んだから?」

「はい」


「人里で最初に食べなかったのね?」


「そう、その悪魔になった男が襲ってたので、殺して持ち去ったんです」

「その時には男を食べ切らなかったのね」


「直ぐに逃げないとと思って、咥えて逃げたんです」


 悲しい話なのに、凄くムカつく。

 魔獣から悪魔にしたのも、魔王にしたのも、大罪の名を付けて力を与えたのも。


 全部、人間。


「私には武器も力も有るから大丈夫、この話は彼らに、悪魔の単語は無しね」

「だから私は悪魔に、魔王になったんでしょうか」


「お前は出来無い子だ、悪い子だと言われ続けると、どんなに良い子でも何も出来無い悪い子になる。それは呪いとも言われてる、けど呪いなら解ける、魔王で居たくないなら呪いは解ける」


「魔王ではない私は、何者になるんでしょうか」

「好きに選べる、魔獣になる前の獣にも戻れるし、それこそ父親にだってなれる」


「私が親は、大変でしょうね」

「良い魔王なら今からだって父親になれるわよ、血が繋がってなくても家族になれる、アナタが望めば何にでもなれる。少し横になったら?」


「いえ、外を、景色を見せてくれませんか?」

「ぁあ、雪、そんなに好き?」


「ですね、落ち着きますし、見ていて飽きないので」

「成程」

『はい、どう?』


「ありがとうございます」

『いえいえ』

「じゃあ、またね」


「はい」


 もう、宣戦布告で良いのでは。




『久し振りだねローシュ、相変わ』

「ウムト、宣戦布告したいのだけど、どうしたら怒りが収まるかしらね。真面目に、本気で」


 船の特別室の隣を使わせて貰っていて、ローシュと何かしらの機会が有ればと思っていたんだけれど。

 うん、コレは手を出さない方が良さそうだ。


『怒りの理由から聞かせて貰えるかな?』


「魔王の最初は単なる獣だった、そして魔渦に落ち魔獣になり、悪魔だと言われ魔王とされた。魔渦に落ちて以降、全て人間のせい、悪魔と名付け魔王としたから魔王になってしまった」


『それは、その真偽は』

《出鱈目じゃったら良かったんじゃけど、マジなんじゃよねぇ》


「ウムト、彼は誰を憎めば良いの?」


『大昔の人間、と言う事になってしまうね』

「今も、よ、便利な道具扱いして、少なくとも会話は出来るのに」


『昔はもっと噂が入り乱れてたそうだよ、特に遠くの事は確認が出来無いからね、どうしても噂が頼りだった』


「悪魔の概念さえ、魔王の概念さえ無かったら」

『でも既に存在してしまっているし、絶対悪よりはマシだと思うけれど』


「宣戦布告したい、殲滅させたい、偽の一神教が残したモノなんて消え去れば良い」

『悪しき見本として残さないと、また後々になって似たのが出て来たら困る、なら囲い込んだ方が良い。そう決めたじゃないかローシュ』


「悔しい」

『君が300年も前に居たなら、確かに魔王は魔王じゃなかったかも知れないね』


「そうなると知ってたなら、けど無理、出来無い」

『400年前でもかな』


「きっと、御使い様が頑張ってコレなのかも知れないんだもの、まだマシな方かも知れない」


 確かに、御使い様の世界はもっと酷いらしいけれど。


《ローシュ》

『ルツ、怒りと悲しみだから、少し落ち着く場所へ頼むね』


《はい》

「ごめんなさいねウムト、アナタなら殴っても許してくれそうだから」

『殴られたら大泣きする様にしてるんだけど、いつでもどうぞ、またね』


 ルツの顔、凄い顔だったな。

 嫉妬と言うか、もう、切なくて死にそうな顔をして。




《魔王の事でしょうか》

「ウムトに八つ当たりしてやろうと思ったのだけど、もう大丈夫、アーリスは?」


《王と話し合い中です》

「なら戻って、もう大丈夫だから」


《私はもう終わったので。信頼を裏切った事は謝ります、すみませんでした》

「ぁあ、いえ、別に、お気になさらず」


《近寄りませんから、せめて付き添わせて下さい》


「どうも」


 クソぉ、見てらんねぇ。


『おう、姉上』

「あ、ごめんなさいね、もう大丈夫」


『まだダメな方が姉上っぽいから、アーリスと休んでてくれ、頼む』

『ディーマの所に行こう、用事も有るし、レバー食べに行かないとだし』


「そうね、そうさせて貰うわ」

『おうおう行ってこい、じゃあな』


 クソが、平和に過ごさせたいのに、どうしてこうなる。


《すみません》

『お、涙がやっと枯れたか』


《自分の醜悪さに嫌気が差してたんです、早く争いが収まり、魔王と離れて欲しいと》


『なぁ、アレは正しく、悪や正しさを理解出来ると思うか?』

《理解しなくてはいけない状況でも有りますし、一時的にせよ理解はするかと》


 古い記憶や強烈な記憶は魂に刻まれてるらしく、頭が吹っ飛んでも、何かの切っ掛けで思い出す事は出来るらしい。

 だが長年生き続けると些末な事から忘れ、吹っ飛ばされれば当然消える。


 魔王を大人しくさせるには頭を吹き飛ばさず、平穏に過ごさせ、大事な事を大事だと魂に刻み込んで貰う。


 たったコレだけで魔王は無力化出来る筈、なのにこの300年、全く大人しくなる事は無く。

 暴れては捕まり、道具にされては殺されかけ、常人には耐えられない筈の拷問を経験し続け。


 魔王の平和を奪ったのはコチラ側、俺ら人間。

 攻撃されたとほざいてる奴らの殆どは、加害者だ。


『俺に力が有ればな』


《宣戦布告ですか》

『おう、取り敢えずはスペインを壊滅させる、適当に間引いてアイルランドに宣戦布告だ』


《噂は良いんですか、それに結界も》

『入って来てくんねぇと迎撃出来ねぇし、良いんだよ今で。そうすれば噂も更に広がるだろ、魔女を守る国ルーマニアが宣戦布告した、ってな』


《ローシュが》

『だからだ、俺らじゃ姉上は抑え込めないし、単独で大暴れさせたら戻って来てくんないだろ姉上は。戻って来るしか無くなるだろ、宣戦布告したら』


《確実に怒られますよ》

『でも俺はこの国を、国民を守れば、死ねば許される』


《時間稼ぎをさせて下さい》

『いや、辛いだろ。それにもし姉上の記憶が戻ったなら、逆にお前に謝る事になるんだ、コレ以上の接触は控えろ。コレは王命だ』

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