魔王除け。

 魔王除けの結界石の制作は順調過ぎ、もう木に取り込ませて設置する段階に。


「ダイダロス様、こんなにあっさり出来上がるものですかね?」

『あの魔王の血や髪の毛には、敵意や悪意が無いからこそだ。悲しみの涙は拒絶が強い、そうなれば加工に時間が掛かる、そう言う事だ』


「となると喜んで受け入れた処女おとめの血と、そうではない血では違いが有る」

『ふふふ、その通りだ、魔道具職人にでもなるか?』


「不器用なんですよぉ、物覚えは悪いし、教えてる間に絶対にイライラしますよ?」

『それは有限の時を生きるからこその苛立ちだろう、寿命は焦りを生む、命の長さの分だけ余裕も出るものだ』


「でも子供は余裕無しですわよ、乳をくれないともうギャン泣き」

『飲まねば死ぬしな、そこは素直さだ』


「成程」


『こう、お前は素直だと言うのにな、ルツ坊は卑屈で偏屈が過ぎた』


「それこそ、年なのでは?」

『己を賢いと思っていた、しかも自分よりも賢い者の出現に慣れて居らん、対処に困っても不思議は無いだろう』


「私は賢いワケでは無く、単に経験を。経験が無い程度であんなに幼くて愚かですかね?」

『魔王もそうだろう、学も知識も無い、だが力は有る。なら暴れ回るのが1番、しかも説得されなければ説得方法も分からん、知識の浅さ故だろう』


「けどルツは違うのでは?」

『知ってはいても、理解となれば別だろう。情愛の恐ろしさが強く残り、黄金より危ないとなれば、近寄らぬが1番。危うさだけを知り、応用までは行き届かない、なら理解とは言い難いだろう』


「モテそうなのに」

『だからだ、各国を回ってみて似た者は僅かだったろう』


「赤毛に緑色の瞳、確かにそうですけど」

『稀有さは人の心に忌避と執着を生む、争わせない為にはルツ本人が上手く立ち回るのが1番だ。だが恐れが強過ぎてしまった、キャラバンが守ろうとし、過保護になったとも言えるな』


「なら、それこそ私の様な者より、傷無しの方が良いかと」

『そこまで器用では無いから無理だろう、寧ろ生娘には毒になり易い、どうせ調子に乗られて浮気されるのがオチだろうさ』


「何故そこまで評価が」

『神話で既に学んでいるだろう、アレはプシュケーでありエロース。愛される事だけを知っていても、愛を知っていても、愛し方を互いに知らなかった故の顛末だろう』


「そう言われれば、はい」

『しかも片方だけが知っていても同じ事。アリアドネもメディナもキルケーも、愛を尽くしても裏切られた、両方が同じく知らねば愛の調和は齎される事は無いのだよ』


「なら、私は、練習台になるべきですかね?」

『どうしてそうなる』


「いや練習台と言っても、こう審査する的な、それとも誤解を招きますかね?」

『いや、誤解も何も無いとは思うが、アレはダメか』


「一応は仲間ですし、幸せにはなっては欲しいんですけど。私にはアーリスが居るので、その程度が限界かと」

『受け入れる気は無いんだな』


「ハーレムを機能させる程の能力は無いですし、ルツを受け入れる意味が無いので」

『意味が無い、か』


「はい、そもそも普通は一夫一妻制ですし、王だって一夫一妻なんですから。家臣が王より持ってては示しがつきませんよ」

『例外は有っても良いとは思うが、そうか』


「まぁ、様子は見てみますね」

『ぁあ、頼んだ』


 王もだけど、神様もルツに過保護。

 先ずはアーリスに相談よね、誤解されたくないし。




『どうにかしてあげてって?』

「そう直接は言われてないけど、ルツは不慣れだからって」


『そっか、じゃあ僕も協力するね』


「別に加える気は無いからね?」

『うん、僕に不満が無いのも分かってるから大丈夫、ルツにも幸せのお裾分けをしてあげようね』


「そうね、ありがとう」


 僕らの仲が悪くなる事は無いと思う、けど最悪は僕が死んだらローシュはずっと独りを選ぶと思う。

 それは全く望んでない、独りにさせない為にもクーリナがルツを推したんだし。


 子供が居たとしても、だからこそ、もう1人は欲しい。


『ルツ、やっと協力出来るよ』


《すみません、ありがとうございます》


 凄い、本当に直ぐ泣く。


『ローシュの目の前で泣けば良いのに』


《王にも言われましたが、やはり卑怯だと思うので、無理です》


『真逆になっちゃったね、思って欲しいのにルツの方が思ってる』

《コレも罰だと思ってます、考えず話し合いもしなかった罰だと》


『けどローシュに伝わってないなら、そんなに意味無いんじゃない?』

《そこは良いんです、コレは私の問題ですから》


『頑固』

《意外にそうみたいです》


『冥界渡り、失敗しそうになったら僕も行くからね、だから成功させて』

《はい、ありがとうございます》


 王様が言ってたけど、最悪はローシュの記憶を消すのはどうだって。

 確かにそうかも、前の人達のせいでルツを受け入れられないんだし。


 まっさらなローシュってどんな感じなんだろ。




「どうですか魔王さん」

「考えない事が得意だったんですけど、考えるって楽しいですね」


「それは良かった、今日はどんな話をしたんですか?」

「学ぶ事と知識についてですね」


「成程、良い話し合いですね」

「はい」


 彼女は相変わらず不思議なベールを付けている、けれど装束は見慣れた服、どうやら本当にココの国の者では無いらしい。


「何かお困り事は?」

「お互いに分からない、出て来ない単語が有る、と言うか」


「ぁあ、ココにはまだ無いモノの名前だとそうなりますね、それこそ自由とか」

「自由が無いんですか?」


「不自由が無いですし、自然とかも無いそうです、自然では無いモノが無いので」

「成程、なら金属の武器はどうなるんでしょうかね」


「神が与えた強い武器、なだけだそうです」

「ですけど受け入れないんですよね、時期では無いからと」


「雛鳥が食べられない大きさのエサを上げても、腐って巣を汚すだけですから」

「ぁあ」


「吞み込みが良い、早いですね」


「もっと、100年前に知識を知ってたら、私はこうなってなかったかも知れないと思うんですが」


「どうでしょうね、周りが愚かに思えて滅ぼしちゃってたかも知れませんし、今が丁度いい時期なのかも知れませんよ」


「どうしたら、そう思えるんでしょうね」

「私の好きな女神様は、夫に捨てられたからこそ今の素晴らしい旦那様に出会えたと仰ってるので。そう生かせれば、思える様になるんじゃないかと、私もそう思おうとしてる最中です」


「この苦しみを生かす?」

「出来れば良い方向で、因みに悪い方向は拷問だと思います」


「利用、悪用ですね」

「悪用の場合もありますけど、人質を助ける為の拷問は悪用だとは思いませんが、悪は一側面ですから」


「難しいですね、悪と正しさ」

「私にとってアナタの状態は正しいとは思いませんけど、誰かにしてみたら正しい、けど絶対悪って意外と少ないって事だけ忘れなければ良いかと」


「努力はしてみます」

「是非、何か過不足は?」


「過ぎると思うのは暖炉の火ですかね、無くても死なないので」

「快適に過ごす事は罪では無いですし、来る度に彼が火を付ける方が面倒と言えば面倒でしょうし、私達は寒いより暖かい方が好きです。説得されてくれるのなら、ありがとうと返事をお願いします」


「ありがとうございます」

「いえいえ、では」


 私は魔王と知られながらも、人の扱いを受けている。

 しかも苦しみを与える事を目的とせず、お互いに害をなす事を避け、それこそ丁重に扱われている。


 私なんかの話を聞く事に利益が有ると、ココの者も言うけれど。

 なら、どうして、今まで他の者は殺される理由以外を聞いてくれなかったんだろうか。


 何故、どうして。




『なぁルツ、死ぬ準備されてるみたいで嫌なんだが』

《ネオスやローレンスの為ですよ》


 書庫に文字の神としてヘイムダル神の絵を飾り、奉る。

 実際に現れて頂けるかは別、コレは次の転移者の為の準備でもある。


『だけじゃないだろ?』

《そうですね、次の転移者の為でもありますし、私やローシュの為でもあります》


『何か手伝える事は有るか?』

《いえ、寧ろソチラを手伝いますよ、ローシュに内緒で政策を実行しようとしているのでしょう》


『別に殺すワケじゃないにしても、姉上が気にするかも知れないだろ』

《適材を適所に回すだけですし、別に問題無いかと、利己的で自分本位な方に重要な仕事を任せて失敗されても困りますし》


『八つ当たりだ、とか言わないのか』

《それとコレとは別ですし、この状況ではローシュも問題視しないかと》


『後で知ってもか?』


《そんなに怒られたくないんですか?》

『だって俺も良い年した大人だぜ?そら嫌だろ』


《失敗例を用意しておけば良いのでは、止むを得ず行うのだ、で良いと思いますよ》

『成程な。で、創話はどうなってんだ?』


《コチラです、どうぞ》


 ありがちな話を詰め込んだ様な、良く有る物語。

 国を守る為に水になった竜、木になった竜、地の竜が順番に眠りに付く。


 そして交代しながら見回り、番の居る竜は一緒に眠る。


『何か簡素だな』

《後で尾ひれが付いた方が良いそうなので、この位でと》


『姉上には?』


《アシャの事で何か言われるのも嫌ですし、ですけど何も言われないのも嫌なので、アーリスにお願いしている所なんです》


『何だ、流石に泣きそうか?』

《はぃ》


『本が湿気る、外に出るぞ、日に当たろう。まだダメだと決まったワケじゃないんだ、俺は成功すると信じてはいる、超えられない試練を与えないって相場が決まってるって聞くしな』


 確かに希望は有る。

 けれどほんの僅か、暗闇で針に糸を通す方がマシな程、絶望的な状況。


 話し合って貰える魔王がとても羨ましい。

 拒絶されず、拒否されず。


 もし魔王が求めたら、ローシュは応じる可能性が有る、その事を私は止められない。

 受け入れられる心地良さを知っているし、ローシュの優しさも知っているのだから。


《魔王が羨ましいです》

『そうなるかぁ』

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