魔王とご対面。

「どの言葉が分かりますかね、魔王さん」


 先ずはフランス語だったんだけど。

 ぁあ、頷いた。


『助けるつもりだから待っててね』


 制圧が簡単過ぎて、ちょっと怖い。

 アーリスとセレッサに持たせた麻痺針と、魔道具の吹き矢で一瞬だったし。


「簡単過ぎて怖いから逆に警戒して」

『うん』


 そう警戒していたのに。

 本当に拍子抜け、護衛も居たけどチョロ過ぎて怖い。


「ディオーネ様、もう居ませんかね?」

《うむ》


 天使除け、とは何処かで見た事が有る様な魔法陣で、傷を付ければ直ぐに解除されたし。


「チョロ過ぎて逆に怖いわ」

《寧ろお主が優秀って事じゃろうに》


「いえ、寧ろ警戒心が無さ過ぎて」

《それも吐かせれば良かろう》


「まぁ、そうですね」


 姿見を設置して、明らかに敵だと分かる者はモロッコへ。

 問題は魔王と捕虜候補よね。


『乗っかってた女から聞いてみる?』

「そうね。魔王さん、痛みが有るなら痛みを消しましょうか?」


 頷いた。

 と言う事は不死身なだけで殆ど人間って事よね。


『ごめんね遅くなって、コレでも早く動いた方だから許してね』

「それともう暫く付き合って、立ち会って欲しいの尋問に」


 また頷いた。

 分かってるのかしら本当に。




『あの女、やっぱり味方だったんだ、良かったね警戒しておいて』

「もう後の篩い分けは向こうの国に任せましょう、麻痺させて運んでおいて」


『うん』


 見慣れない装束に、見慣れた物とは少し違う黒いベールを付けた、フランク王国の言葉を話す男女。

 その背後には、見慣れたベールと装束を着た女。


 一体コレは。


「問題は魔王さんよね、ちょっとお口を良いかしら」


 一応は私を助けてくれたらしいが、何故、誰も彼も口の中を見たがるんだろうか。


《“あの、舌が無くて話せないのかどうかの確認ですから”》

「あぁ、見ての通り治せる子が居るから、見せてくれない?」


《“わぁ、酷い”》


 この娘は聞き慣れない言葉、どう言う事なんだろうか。


「“やってみて、ダメなら他の方法を試すから”」

《“はい”》


 黒の魔女か。


「凄い、流石ね」

《“ごめんなさい、今日はココまでしか出来なくて”》


「“大丈夫、ご苦労様。はい、戻って褒美を受け取って”」

《“はい、ありがとうございます、お気を付けて”》


「今さっきのは聞き取れてた?」


「いえ」

「ぉお、意思疎通が出来そうですね、なら率直にお伺いします。ココは新大陸近くの沖、新大陸で暮らすか向こうに戻るか、どちらを選びますか?」


「向こうに戻ると言ったらどうなるんでしょうかね」


「別に、アイルランドとスペインならお好きになさって結構ですし、他の国に行きたいなら。どうするのか、それと理由をお伺いはしたいですね」


「即答をしないのは、新大陸の言葉を私は知らないし、彼らが私を受け入れるとは思えないからですね」


「成程、繋ぎを付けても良いですが、そう新大陸に行くなら交換条件が発生します。彼らと土地を壊さない事、彼らの決まり事を守る事、そうすれば受け入れてくれるそうですよ」

「繋ぎを不要とした場合は?」


「お互いに接触しない、話し合いもしないとし、定住は拒絶するそうなので上か下に移動する事になるそうです」

「南米かアラスカへ、ですか」


「だそうで」


「何故、受け入れるんですか?私は魔王ですよ?」

「彼らは魔王とはいかなるモノかを良く知りません、ただ不死身の生き物だとしか私も説明していませんが、それで彼らが受け入れると言ったので伝えてるだけです」


「君は新大陸の者では無い、と」

「はい」


「もし約束を守らなければ?」

「私が処分にお伺いします」


「私は不死身ですよ?」

「溶岩に飛び込まれた事は?」


「無いですが」

「そうした手を何通りか考えているので、あ、気絶し続ける手も有りますよ」


「成程」

「なのでお返事が貰えるまでは治せません、すみません」


「私は自分に降りかかった火の粉を払っていただけですが、既に大勢を殺しています、殺す気は無いんですか?」

「少なくともウチの国では犠牲は出てませんし、私が恨む理由が無いので、別に」


「なら利用すべきでは」

「勿論、利用する為に手放すんです。彼らは話を聞きたがるでしょうから、その話を私達も得る、それが対価です」


「成程」

「ただ原罪や悪魔、大罪と言った概念は教えないで下さい、それこそ彼らの文化を破壊する恐れがあります。彼らの聞く準備が整うまで、聞かれるまでは言わないであげて下さい、コレは私からの交渉の条件です」


「君は誰に、何処の国に頼まれたんでしょうか」

「頼まれてはいません、コレは私の独断です。ですが目的は明かします、一神教を都合良く使う悪しき者達を一纏めにし、倒す。そう調べている時に見知って、助けただけです」


「そこが分かりません、直接利用すれば良いでしょう」


「利用されたいんですか?」

「いえ、ですが他の者と違い過ぎて、そうですね、戸惑っているんです」


「成程」

「それに私を悪と見做さない事にも疑問を感じる」


「悪とは何ですかね、都合の悪い側にとっての邪魔者を悪とするなら、存在を消すのは不可能で。成程、それで不死身なのかも知れませんね」


「君の言う通りだとすると、この世には悪しか無くなるんですが」

「いえいえ、凄い拷問されたりしてるアナタに言うべきでは無いかも知れませんが、他の世にはもっと地獄の様な悪も有るんで。ココは正義と正義のぶつかり合いも存在する、比較的良い世ですし。私はアナタを良く知りませんから悪とは見做さない、見做せない、だけですね」


「成程」

「まぁ、彼らと話してみたら別の考えが浮かぶかも知れませんし、どちらでもお好きにどうぞ」


「では本当に受け入れてくれるのかどうか、繋ぎ役を紹介しては貰えませんか」


「なら、少し移動しましょうね」




 ローシュと新大陸の小屋に魔王を連れて行って、話を聞いてたけど。

 当然、教育を受けて無いから教養が無い、ウチでの評価だと幼くて愚か。


 けど素地は良い、素養が有る、知識が無いだけで頭は悪くないんだけど。


『嘘を言ってるかどうか分かんない』

「言ってませんからね」

「え、じゃあ嘘を言ってみて?」


「私は魔王ではありません、ただの人間です」


『んー、分かんない』

「あら、じゃあ盟約魔法を使っても良いかしらね」


「良いですが、多分、指が無いのでいきなり腕が落ちるかと」

「盟約魔法を使った事が?」


「目の前で使われた事なら、私に関わったのでその者は死にました」

「それもいずれは後で聞かせて貰いましょう、ちょっと待っててね」


 ローシュはルツを呼びに行って、大きな銅の桶に魔王を入れて、腕は陶器の器の中へ。

 そうしてから盟約魔法を使って。


《効きましたね》

「どうして、この入れ物に?」

「血で汚れたら面倒だから。じゃあはい、嘘を言ってみて下さい」


「私は魔王ではありません、ただの人間です」


 魔王が言ってた通り、腕からいきなり血を流し始めた。

 コレを目の前で見たのかな。


「赦します。では質問です、害されなければ害さないですか?」

「はい」


 血は出ない。

 コレもローシュが言ってた通り、魔王を邪魔だと思う者に悪者だってされたって事かな。


「害とは壊す、痛めつける、破壊する事だと思っていますか?」

「はい」


 出ない。


「では、どう生きたいですか?」


「質問の意図が、意味が分からないんですが?」

「誰にも追われず、襲われずにココで暮らしたい、だとか。向こうに戻って復讐したい、とか」


 悩むって事は、平和に暮らしたいって事かな。


「ココで、新大陸で追われず、襲われずに暮らせると言ってるんですか?」

「そりゃ狼とか魔獣は襲って来るでしょうけど、彼らを襲わなければ彼らは襲わないですよ、意味が無いですから」


「いつか困れば利用する為、追う筈ですよ」

「今までがそうだったから、ですかね」


「はい」


『じゃあ戻って復讐したいの?』

「追われない、襲われない為には、やはりそうするしか無いかと」

「それはコチラに一旦任せて貰えませんかね、来る者だけを追い払うだけじゃなく、コチラを狙わせて一気に数を減らさせるつもりなので」


「全滅させられますか?」

「いえ、敢えて全滅は狙ってません、如何に各国で好きに動けなくするか。アナタの様に不自由になって貰い、コチラ側で管理をする、敢えて定住させて制御するんです」


「本当に策が有りそうですが、信用が出来ない」

「まぁ、そう直ぐには叶わないでしょうけど、絶対にそうさせます」


「何故」


「生まれ変わり、転生者をご存知ですかね?」

「主に私を殺しに来る者の代名詞ですね」


「成程、ではアナタを殺しに来ない転生者の為、安全な世にしたいんです」


「それで私に新大陸に定住しろと」

「流石に急には無理でしょうし、復讐したいでしょうから、その機会は奪わないつもりです。なのでどう、何処の誰に復讐したいかを教えて貰えれば、寧ろ提供して差し上げます」


「私は何処の誰に、復讐すれば良いんでしょうかね」


 ローシュ、泣きそうになってる。


『彼らと話して考えてみたら?僕らも話に来るつもりだし』

「標的にして良さそうな者も見繕ってきますし、どうでしょう、色々と知ってみては?」


「知れば分かりますかね」

「分かるまで知れば良いだけかと、折角の不老不死なんですし」


「何故、どうして搾取せず、生かそうとするんですか?」


「他の生き物と同じです、木は虫を嫌って毒素を出しますが人間には心地の良い香りとなる、そうして木と人間はお互いに利用し合っている。人間には毒虫でも鳥にはエサになる、その鳥は人間のエサになり、人間の糞尿は地や虫のエサになる。世の中とはそう言うもの、アナタがこの円の中の何処かに入れ無くても、他の円の中に入ってるかも知れない。それを壊せばこの世が乱れるかも知れない、アナタすらも望まない乱れが起こるかも知れない、だから排除は最終手段なんです」


「最終手段、最後の審判ですかね」


「ガブちゃん、今後500年はラッパは鳴りそうですかね?」

『いえ』


「天使、ですか」

『我々は指示していない事だけはお伝えさせて頂きます、では』

「成程、やっぱり独断だって事よね」


「君は一体」

「某国の、ただの使者ですよ」


「私は、生きても良いんでしょうか」

「私は許します、私が大事にする者や国を何の理由も無しに傷付け壊さなければ、例え傷付けるにしても私が理解出来る限りは許します。生きる事を許しますし、責めません、意味が無いですから」

『無理に意味を作り出さないでね、死にたいなら協力するから』


「なら、私にも何か協力をさせて下さい、無条件は却って信用出来ないので」


「成程、では暫くの間だけ、協力しましょう」


 うん、話し合いって大事。




《結婚して下さい》


「ルツ、珍しく語気が強いのは、何故」

《1つは魔王に取られる心配からです》


「それは無いわ、性行為を目撃しちゃったし、暫くはアレが目に焼き付いて無理だろうし。幼くて愚かだし、もう50年は無いでしょうからご心配無く」


《私とアシャのやり取りが耳に焼き付いている、と言う事でしょうか》


「まぁ、そうね、愚かにも嫉妬深いの。私より他者を褒める相手と居てもいずれは浮気紛いの事をされるだけだと既に経験してる、しかも2回。理想や要望は敢えて言わない代わりに褒めもしない、そして私が困ったり自分の自由が侵害されるとなると捨てる。元夫は良く話し合えてた、けど見抜けなかった、借金も根底に有る横柄さも優しい行動が出来ないのも見抜けなかった。嫉妬させない代わりに優しさと気遣いが皆無、自分にはもう、こんな相手しか居ないんだろうと諦めさせられて嫌になってるんです」


《すみませんでした》

「いえ、私にはアーリスで十分、十分過ぎる位だし。だからごめんなさいね、少しは嬉しいけど、アナタの言葉が焼き付いて消えそうも無いから」


《せめて理由を理解しては貰えませんか》

「私を口説いておいて、あんな言葉を言う時点で私への理解が足りない、となるとこれから先も更にまた傷付けられるかも知れない。もう元夫で懲りてるの、理解したくて話し合っても根本を理解出来ないから、必ず似たような問題を起こす。根本的に理解力に欠け、自分本位、自分が最優先。アナタは違うかも知れない、けど既に私にはアーリスが居る、十分過ぎる位に幸せだから欲張る気は全く無いの」


《それでも、仲間として、言い訳をさせて下さい》

「落ち着いてからね、今日は無理、明朝以降でお願いします」


《はい》


 ローシュが言っていた、誰にでも触れて欲しくない部分に、私は触れてしまった。

 黒真珠だけで、話し合いで解決出来る事なのだろうか。




『で、また引き下がって帰って来た、と』

《はぃ》


 驚く事にだ、ルツはもうアレ以来、直ぐに泣く。

 ボロボロと大粒の涙を流すんだコレが。


『よし、分かった、冥界渡りをしろ』


《ですが》

『希望が無さ過ぎだろ、そんなんじゃ戦になっても何をしても負ける、なら今生きるか死ぬかに賭けろ』


《そう黒真珠を》

『だからだ、希望が持てないから死にそうな顔をしてるんだろ。姉上には適当に言っておくし、何とかする、ちゃんと生き返る気は有るんだろ』


《はい》

『ほら、なら冥界渡りの準備をしろ』


《分かりました、では》


 姉上に傷が無ければ。

 そう、記憶が無ければ姉上はルツを受け入れるかも知れないんだよな、やはり準備させるか。


 それと、元夫様に似た気質もこの国から排除しよう、どう考えても自分勝手で優しさも無いなら国の利益にもならない。

 寧ろ害になる要素が多い、と言うか野放しにしたら悪になりそうだしな。


『おい、咒師まじないしを集めろ、記憶と呪いが得意な者だ。それから産婆や教育係、書記官を用意しろ、直ぐにだ』


 魔道具の姿見を使う様に、向こうに行けたらな。

 俺が代わりに殴り殺してやるのに。

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