高速船黒船号。

《実験場、または医療船、ですか》

「かも知れない。長く沖で停泊させる理由としては、神々だけじゃなくて他の者にも見られたくない、逃げられたくもない。となると実験、動物や人体での実験」


 向こうのフィクション通りなら、海上要塞だったり、必ず落ちるヘリとか目の前で沈む船とかだけど。

 ココの場合のセオリーって、何かしら。


《成程》

「ココで良く有るとすれば?」


《戦争関連、偵察かと》

「する意味が無いのよね、地の神々に認められなければ占領しても荒廃するだけって知ってるんだし。流石に向こうとは違ってある程度は連携が取れてる、大陸が違っても状況はそこまで変わらないと分かってるなら、戦争は仕掛けない筈」


《アーリス、人数は》

『同じ人間しか出て来ない、匂いも遠過ぎるし無理、分かんない』

「人か動物か、ココまでするのは人の可能性が大きいけど」


《向こうでも、そうした実例が?》

「創話では良く有るわ。実際だと記録に残ってるのは海や地への実験、武器の実験、地を汚すモノ。人体実験は多いけど、地面の上」


《その場合、人数は》

「小さくても村単位、けどあの船だと人も物資も少ないのよね」


《となると、兵器でしょうか》

「兵器の場合、最悪は陸の彼らにも被害が出るかも知れない、なら完全に安全に鎮圧しないと」

『撒き散らされたら全員が危ないしね』


「そこよね、どうにか見極められたら良いんだけど」


 特定の人物か武器か薬品を試す、又はその全て。


 問題は、何の為の実験。


 拷問用?

 それだけの事で移動して海上でって。


「調合って揺れる船じゃ厳しいわよね」

《はい》


「なら既に調合や製作済みと仮定して、薬の実験なら何だと思う?」


《幻覚剤、麻酔薬、媚薬》

「それ全部なら人数が必要よね、多分だけれど相互作用しそうだし」


《そうですね、効能を確かめる為にも見張りが必要になりますし》

「そうよね」


 仮に薬だとして、もう量の調整だけの段階で。

 けど1種類程度のものなら近くの海でも良かった、となると色々と試したいから、とか。


《そうなると、やはり兵器か薬か》

「兵器なら何を待ってるか、でももう造船はして無さそうなのよね」


《はい》

『じゃあ薬の実験?』


「それも人手が居る筈で。何か、便利な人材を見付けたのかしら」

『アンジェリークみたいな?』


「ぁあ、そう治せるか、そもそも治りが良い人とか魔女以外に居ないのかしら」

『黒い魔女以外?』


「そう、白と黒以外の何か」

『僕らみたいなのは国を出ると本来は能力を失うよ?』


「それ以外」


《居ます》

「何で躊躇ってるのルツ」


《魔王》

「ディオーネ様」

《うむ、アレの居場所は今までなら直ぐに分かったんじゃが、今は分からん》


「ぁあ、最高の人材じゃない」

《だけ、ですかね》


「それか、そうよね、やっぱり黒い魔女も」

『けど数は合うんだよね?遺体とか、腕とか』


「焼かれてたから血液型を確かめる事も出来なかったし、何人かの遺体をバラバラにして使えば、1人は偽装出来るって向こうの創話にあるのよ。ちゃんと確認してないご遺体もあるから、アイルランドに居てくれたらと思ったけど、スペインにもアイルランドにも居ないなら。船に、魔女と魔王が」


《ですが兵器の可能性もあるんですよね》

「最終的に、よ。そんな良い材料が有るなら実験し放題だもの、本気で殺そうとするなら最後の最後、けど薬の実験なら拷問が続くだろうし」


《もう少しだけ情報を集めた方が良いかと、一帯が汚染されてしまえば挽回は難しいと聞きますし》

「もう、実験されている人を犠牲にするしか」

『何か魔道具でどうにか出来ないの?こう、ソッチの便利な何かで』


「そうね、ダイダロス様の所に行きましょう」

《じゃったらギリシャで良かろう、スペランツァも会いたがっとるでな》


「ぁあ、じゃあソフィアの事もあるし一緒に行きましょうルツ」

《いえ、王に報告も必要ですし。そもソフィアには興味が無い、間違ってもルーマニアには来ない、そうでなくても私はアナタが良いんです》


「あっそう、じゃあ準備しましょアーリス」

『うん』


 私が離縁したのは知ってるから、一応は一途だってアピールね。

 何でかしら、ルーマニアを離れるつもりは無いって言ったのに。




『で、そんだけ言ってコッチ来たのか』

《あの状況では難しかったんです》


『まぁ、魔女が犠牲になってるかも知れないんだしな』

《だからこそ、まさかスペランツァ女王の侍女の事を出すと思わず、それしか言えなかったんです》


 まぁ、あの状況で言える姉上の方がちょっと変だしな、切り替えが早過ぎるんだよ。


『で、どうすんだ』

《解決までは無理かと。いざコチラから言ったとしても、そんな場合じゃないと言われて終わりでしょうから》


『記憶が戻っても不利なままじゃねぇかよ』

《なので冥界渡りをしようかと》


『は?』

《黒真珠を得る為です》


『そ、行っても得られるか、それこそ死ぬかだろ』

《黄金羊よりは確実に存在はしてはいます。ただ他国と取り引きをするとなれば相手方に迷惑が掛かるかも知れない、それをローシュは望まない、なら他の方法しか無いんです》


『他って何だよ』

《それが分からないから冥界へ知識を求めに行くんです。神に捧げられている黄金より価値の有る存在、国を割譲でもしないと他国からは得られない、ですが神々が条件に出したとなれば何か方法はある筈》


『が、手詰まりだから冥界渡りって。それで失敗して、かつ姉上が記憶を取り戻したらどうすんだよ』

《それは無いかと、それではローシュを苦しめますから》


『死んだらどう言えば良いんだよ』


《あのですね、一応、死ぬ気は無いんですが》

『だって毒を飲んで仮死状態とか言うのになるんだろ?どう生き返らせれば良いんだよ』


《方法はその時に教えますよ》

『何回やって何回成功するんだ、それ』


《その時で。もう良いですか、船について話し合いたいんですが》


『ローレンスの情報待ち、だろ』

《はい》


『ネオスは』

《寝込んでます、向こうの疫病に掛ってるそうで》


『うん、待ち、だな。俺のせいにしとけ、待てと言ってたと』

《はい、では》


 数人の犠牲か、大勢か。

 犠牲は全く歓迎は出来ないが、どっちか、だからな。


 王はコレだから嫌んだんだよ、俺じゃないなら潰れてたね、間違いなく。


『にしても魔王がマジで居たらどうすんだろうな、姉上は』

《対話を試みるそうじゃよ》


『すげぇな、殺されるかも知れないのに』

《殺そうとしないのに殺そうとして来たなら、応戦はする、じゃと。相手は不死身とは言えど結界は効くそうじゃし、時間稼ぎをして逃げるそうじゃよ》


『何でそこまでするかね』

《リジェネレータ、無限に再生する生き物じゃ、と仮定しておるらしい》


『不死身の生き物ねぇ』

《まぁ、意思疎通が不可能じゃったら、死者と同じ扱いをするそうじゃ》


『何、今それ聞いてんの?』

《うむ、もう魔道具の完成図は上がったでな、雑談じゃよね》


『伝書紙要らねぇじゃん』

《我が居れば、じゃよねぇ》


『居らん所が本当に有るのかね』

《海底には居らんぞい?》


『海底には住めないだろ』

《セレッサは住めるぞい?》


『ぁあ、便利だなおい』

《じゃの!》


 けどこの位は便利じゃないとな、本当に姉上が追われる事になったら意地でも逃げて貰わんとならんのだし。

 いや、でも姉上は処刑されに行きそうなんだよなぁ。


 そうか、それこそ記憶を奪う薬でも飲ませれば。


 効くかぁ?

 アーリスの恩恵で効かなそうだが、なら魔法か。


 最悪は俺の命を対価に姉上の記憶を消す、とか出来ねぇかなぁ。




「向こうでは迷彩、なんだけど」

『姿が消えるマント、で良いんじゃない?』


「まぁ、そうよね」


 匂いも気配も、何もかもが消える魔道具のマント。

 けど流石に神様とか精霊には分かるし、僕とローシュ専用だから悪用は出来ない。


 作るのには、前にお礼に届いた魔法の繭玉を使った。

 握って、魔素を流し込むと糸が紡がれて、アリアドネ様に織って貰ったんだけど。


『魔素、大丈夫そう?』


「やっぱり分からないのよね、今は特に変だとかは無いんだけど」

《ゴッソリいっとるんじゃけどねぇ》

『眠い、とかフラフラするとかも無いんだもんね、ローシュ』


「鈍いと言うか、無いのかも、閾値が育って無いんじゃないかしら」

《無い世界に居ったで、稀に有るらしいでな》

『ほら、だからやっぱりお世話されないとなんだよ』


《そうじゃよ、既に犠牲になっておるかも知れぬ者を慮っても今は動けぬ、今は養生の時じゃ》


「何で直ぐに救ってくれなかったんだって、言われたら」

『助けて貰っておいてそんな事を言うなら海に落とそう、そんなの生かしたって無駄だよ、もっと良い子の世話をしよう?』


「だから、そうして排除して、実は良い薬の」

『まだ時期じゃないって事だよ、あの人達の文字と一緒。それで本当に完成しても、もしかしたら悪用されちゃうかもだよ?』

《病にさせ、治し、恩を売る。アイルランドとスペインで行われた方法らしいで、薬が有れば良いと言うワケでも無いでな、アーリスの言う通りじゃよ》


「はぁ」

《やれやれ、もうメシを食うて寝てしまえ》

『大丈夫、分かって貰える様に僕も話すから、ね?』


「宜しく」


 良い事をしようとしてるし、頑張ってる、それこそ準備の最中なんだし。

 弱いから捕まるし、逃げ出せないんだから、そこまで弱い者の責任までローシュが持つ事無いのに。




『ご機嫌よう魔王、夜の診察だよ』


 抵抗させない為なのか、彼らは良く話し掛けて来る。

 けれども交流を目的としてはいない。


「今日は媚薬ですよ、本当に」


 脅しの為なのか混乱を招きたいだけなのか、この前も媚薬と言って、体が痺れる薬を使われた。

 人の為とは常々口にしてはいるけれど、私の目の前で平気で女を酷く扱う。


 本当に意味が分からない。


《なぁ、媚薬にも種類が有るだろうに、単なる媚薬としか説明しないのはどうなんだろうな》

「ぁあ、コレは何も無しに強制的に勃つ予定なんだよね、慣らすより手っ取り早いから」


《あぁ、なら凄いが》

『痛みや苦しさは有るか?』


 答えなくても構わないのか、無視をしても何か罰を与えられる事も無いので、ハッキリと分からない事以外は素直に答えるようにしている。

 彼らを理解する気は無いけれど、意図や目的は理解したい。


 何処まで駆逐するかを見極める為にも。


「素直に答えてくれてるなら、苦痛は無いみたいだ」

《どの位で効くんだ?》


「腹が空くまでには効くらしいよ」

《そろそろ眠いんだが?》

『アレに確かめさせる、中が痒くなる薬を使ったんだ、勝手に突っ込むだろ』


《ソレも媚薬なんだろ、分からないモノだな、媚薬とは》

「入れてくれと懇願するモノが女用の媚薬、だそうだから、そう言う事なんだろうね」

『君はそう痒くならないらしいから気にするな、じゃあおやすみ、魔王』


 扉が開いた音がした後、両手と首を拘束された女がのしかかって来た。

 痛みも快楽も知恵も無かったなら、私はココまで誰かを恨む事をしなかった筈。


 恥の概念を知り、性欲が罪だと知らなければ、単に享受していただけだった筈。

 何も知らなければ、私は今でも苦しくなかった筈。

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