仲裁案。
1つ目、私の事を忘れ、ココで過ごす事。
2つ目、私に会っても、別人に見える様になっている。
3つ目、それでもルツが私を再び愛せたなら、私が許す事。
『どうかな?』
「黄金羊を、とかでは無いんですね」
『黄金が欲しいのかい?』
「いえ」
『まぁまぁ、やはり神話的にも何かを得て貰いたいし、そうだね』
私の事を忘れ、ココで過ごす、そして例え私に会っても別人に見える様になっている。
それでもルツが私を再び愛せたなら、記憶も見た目も戻る。
けれども今度は私がルツを忘れ、見えなくなる、その状態を解く為には黒い真珠を得ねばならない。
「デュオニソス様、コレから先、最悪は戦争が待っているんですが?」
『神話でもそうだよ?けれど作戦には問題は出ない、寧ろ全力を出せる筈、直ぐに済めばね』
「ルツが誰でも直ぐに愛せるって証明するんですか」
『いや、そうだね、ではコレならどうかな』
お互いに全てを忘れ、互いに賓客だと思い、過ごす。
そこで愛せた方から記憶が戻る、そして相手の記憶を戻したいなら、黒真珠を探し出し贈る。
「成就しそうも無いですね」
『ほら、ルツ、君はココまで信用を失ってしまったんだよ』
《ローシュ》
「もう、最早、憎い」
『前もって良く説明していたなら、君が望む様な嫉妬が得られたかも知れないのに、怯えては何も得られない。愛は絶対的では無い、流動的で器に入れておけない、可変的なモノなんだよ』
《どうか改めてちゃんと謝らせてくださいローシュ》
「承諾します、仲裁案を」
ルツは私を傷付けないと信じていたのに。
どうして裏切るの、どの男も。
『王族なら脇の甘さが命取りだと知るべきだ、ルツにもローシュにも確認すべきだったね、君にも罰を受けて貰うよアシャ』
『はい』
私は神罰を甘く見ていた。
彼女がいかに辛かったかを知る為の罰は、あまりにも私には耐え難く。
「あら、ウムト、私」
『日光浴にと、アーリスとココで寝に来たのでは?』
『もう少し寝ようローシュ、良い天気だし』
「そうね、まだ眠いし」
ローシュに好意を寄せる男性全て、私の夫に見え、声も夫の声に聞こえ。
けれども私の方を見た時には、夫では無いとハッキリ分かる。
分かっていても、あまりにも辛い。
『逆の立場に君がなる事は非常に稀だろうからね、君がローシュと同じ傷を得るまで、このままだよ』
『デュオニソス様、同じ傷、とは』
『夫と別れたくなる位。じゃあねアシャ、今度からは気を付けて』
神罰の事も、ローシュの事もルツの事も、私はあまりにも浅はかだった。
償いの内容を考える前に、目の前の神に縋ってしまった。
だからこそ神々がお隠れになったのだと、知っていたのに、分かっていたのに。
『私の愛しいアシャは何処かな』
『ぁあアナタ、来ないで』
私達商人でも、予測の甘さや確認不足は命取りだ。
しかも王族となれば最悪は戦争にすら繋がる、こうした問題を目にした時、私は商人で良かったと思った。
少しの計算違いで飛ぶのは私の首だけ、最悪は一族の首が飛ぶけれど、国までは犠牲にはならないのだから。
「ふぁ、良く寝たわ、何だったのかしらさっきの気怠さは」
『疲れが溜まってたとか?』
『かも知れませんね、食事は取れそうですか?』
「勿論、コレから頑張らないといけないものね」
『うん、良かった、元気になって』
ルツを気に入っていたと思っていたのに、彼は先程の仲裁案に抗議をしなかった。
そして彼までもが、ルツを忘れたかの様に。
『アーリス、良いかな?』
『なに?』
『君は』
『全部覚えてるけど?』
『君はルツを気に入っていたんじゃ?』
『気に入ってたよ、けど僕は3回も忠告したのに、話し合いも相談もしてくれなかった。不器用でも知らなくても機会は与えられた、なのに生かさなかった。ウチの国ではこうだよ、3回間違えたら罰が下る、王からか神様からか』
デュオニソス様がローシュに3つの条件を、そして案を3回出した。
神話にも3つのや9つの試練が出るが。
『それは、ローシュの事だけでは無く?』
『ウムト、君もローシュを傷付けたいの?』
『いや、それは無い、断じて無いよ』
『そう、でも傷付けるつもりが無くても傷付く事は有るから、気を付けてね』
『ぁあ、そうするよ』
たった1人が国を滅ぼす。
そんな事が有るワケが無いと思っていた、けれどローシュやアーリス、それこそアシャ様を見て分かってしまった。
神は簡単に国を滅ぼせる。
だからお隠れになった、愚か者にしてみたら1つの失敗で簡単に一族が滅ぶと思い、何も出来なくなってしまうから。
『ウムト』
『はいはい、何でしょうかアシャ様』
『夫とローシュを会わせないワケには』
『無理でしょう、新大陸航路の代表なのですから』
責任と覚悟を相手方に示す為、王族に連なる者が代表となり、航路を取り仕切っている。
なのでローシュを乗せるかも知れない、会わせない事等不可能。
『そう、よね』
愚かな王族は許されない。
それこそローシュが国に責任を求めなかったから良かったものを、他国だったら、確かに戦争になってもおかしくは無い。
『最大級のおもてなしを、そう言われていたそうで』
『なのに、そう、神託をも疎かにした。そうよね、2つだけの失敗では無かったのよ』
神託を疎かにし、ローシュにも周りにも確認を怠り、夫婦の様な掛け合いを晒した。
たった1つの失敗と思うか、3つの失敗だと思うか。
彼女は少なくとも3つ、失敗をした事による神罰が下った。
『愛しいアシャ、準備は良いかな?』
自分のした事を理解するのは難しいって神様も言ってた、それこそローシュも。
自分がされて嫌な事、自分がされても嫌じゃなくても他の人は嫌かも知れない、時には喜ぶ人も居るとかも。
「宜しくお願いします、ローシュと申します」
『名の意味をお伺いしても良いかな?』
「ルーマニアで赤を意味します」
『成程。血の色、情熱や健康、美しい名前だね』
「ありがとうございます」
愚か者は本当に手に取りキスをしちゃうけど、ちゃんとしてる人は触れない。
うん、合格。
『それと君は』
『アーリス、意味は黒』
『赤と黒、素晴らしい組み合わせだね、覚え易くて助かるよ』
『良く言われる、宜しく、えーっと』
『タウジーフ、様々な意味が有るのだけど、好きな意味はきらめき』
「素晴らしいお名前ですわね」
『ありがとうローシュ』
『あの、もう良いかしら、タウジーフには色々と仕事が残ってて』
「はい、ありがとうございました」
『ごめんなさいね、行きましょう』
『ぁあ、失礼するよ、ローシュ』
「ウムト、私なにか」
『いや、アシャ様は嫉妬深くて心配症らしい、君はとても魅力的だからね』
『ふーん、なのにルツとは親しく話すんだ』
「同じ
『親し気にするのが?ローシュはしないでしょ?』
「まぁ、お相手が居るかも知れないし、相当の利益とならないなら。つまりは相当の利益になると、そうルツとアシャが判断したのでしょう」
『どうでも良いんだルツの事、口説かれてなかった?』
「ウムトにもね、そうした礼儀、礼節なんでしょ」
『少なくとも私は違うよローシュ、君を必要とし、本気で魅力的だと思っている』
「他にお相手が居る方には興味が無いんです、男運も無いので、失礼しますね」
ローシュがウムトに心を開いてたのは、ルツのお陰。
ルツが開き、ルツが閉ざした。
『顔は良いよ?』
「愛を信じられないから無理ね」
『僕とローシュは命で繋がってるものね』
「そうそう、私にはアーリスでも勿体無い位なのに」
『ずっと大事にするからねローシュ』
私は確かに口説いていた。
けれど諦めたのは、いつからなのか。
『ルツ、まさか君が重要だったとは、私は見誤っていた様だね』
《ウムト、何の事でしょうか》
『ローシュだよ、全く口説ける気配も無い』
《でしょうね、彼女は既に離縁を経験していますから》
『半ばけん制の為かと思っていたけれど、本当の様だね』
《私も、口説いていた筈なんですが》
異世界の住人、しかも生活様式も何もかもが違う。
だからこそ、分からない部分で何かを失敗していたのかも知れない。
けれど、何を、何処を。
『間違いなく国の利益になる女性なんだから、当然だよね』
《彼女は、容姿を気にしているので》
『違いこそ素晴らしいからね、分かるよ』
《いえ、それだけでは》
強さや弱さ。
繊細さと強固な部分、不揃いさ、それらが織りなす独特な美しいさを。
そう良いと伝え、言っていた筈なのに。
どうして。
『そう、君が便利さの為だけに口説いていた、ワケでは無いんだね?』
《それだけでは得られない、そう言う人ですから》
『そうか、愛をも必要とする様な弱い人とは』
《いえ、それは違います、寧ろ彼女は愛を否定していました》
『けれどアーリス君は得ているだろう』
《それは国の為です》
『ほう』
《コレ以上は国の事なので、ウチに在籍する事が有ればお話しますよ、では》
国を守る為、半ば仕方無しにアーリスの番となった。
それでもアーリスには他に目を向けろと言って、各地を見回らせ、その結果として温泉の存在が。
ぁあ、どうなっているのか聞きに行かないと。
『で、姉上はどうだ?』
《そう数日で変わる事は無いですよ、いつも通りです。それより温泉はどうですか》
何か変だぞルツ。
こう聞けば必ず何かしら惚気るのに、ケンカか?
いや、まさか、ケンカするワケが無い。
しかも痴話ケンカは愚か者がする事だ、とか俺に散々言ってたんだし。
『まぁ、温泉は出そうだ、ズメウに行って貰って目星は付けた。で、掘らせるのはコイツらの中から選ぼうと思ってな』
《この方達で良いでしょう、女性にすら権力を持たせたく無いと言っていましたし、氷室も失敗させましたし》
『全く、勿体無い事を、まだ懐に入れて横領してくれた方がマシだった』
《ローシュに絡む政策だからこそ、失敗して欲しかったのでしょう》
『単なる管理不足だとコッチはもう知ってんのにな、だから記録を残せと言ったのに、それも残さずワザと失敗させた。コレで本当に餓えたらコイツのせいになるのに、馬鹿が過ぎる』
《自分達だけに任された、と見事に勘違いしていますから、自分達の愚かさがバレないと高を括っているのでしょう》
『確かに姉上が居ない方が良く油断してくれるが、ココまで愚か者が多いとは』
《諸外国との関わりは全て王都の者が預かってますからね、周囲と比べて如何に愚かかが分からなければ、自らの愚かさが分からないんですよ》
『もう、見せしめるか』
《有効活用して、更に余ったら、ですよ》
『賢い王としては、な』
《狂王の名はいつでも得られますが、賢王の名を得るには数年は掛かります、もう少し頑張って下さいね》
『はいはい』
《では》
それから数日、毎日こうで。
『ルツ、姉上とケンカでもしてるのか?』
《いえ?》
『あ、そうそうブラド、ちょっと話が有るのよ。良いかしらルツ?』
『そん、急に、はい』
アリアドネ様が、慌てて。
何なんだ、一体。
『あのね、そう、記憶を失くしているの』
『は?』
『ローシュと大喧嘩になっちゃって、それでこう、収める為にね』
『はい?』
『デュオニソス』
『僕から話すよ』
まぁ、ルツが不器用で、なのに他の女と器用に夫婦みたいなやり取りをして。
そうなった経緯も含め、姉上はもう、ルツが信用ならないと。
『姉上の記憶までも封じたのは、姉上の為ですか?』
『だね、思い出せないルツを見るのは辛いだろうからね』
『私もあの子に怒りたかったのに、機会を奪われて悔しいわ』
『けどアレ、ルツは年季の入った童貞なんですよ?50を過ぎた童貞だったんですよ?もう少し、温情が有っても良いのでは?』
『だからこそだよ、知らない、分からないなら請えば良い。けれどもあの子は宰相や軍師としての立場を気にし相談しなかった、好意を愚かな感情だとの考えを捨てきれず、あまつさえローシュを遠ざけようとした』
『理屈は分かるわ、けど、だからこそなの。頑張ってローシュが受け入れたのに、結局は突き放す様な事を計画して。ルツには苦渋の選択でも、ローシュには裏切りになるのよ』
『いや、だからこそですよ、アイツは痴話ケンカなんて愚か者のする事だって。でも否定する様な事になって、それでこう』
『なら相談すれば良かった、恥や見栄やプライドを大事にして生きられるのは武官や王だけ、文官には必要が無い事だよ』
『ですけど、アイツは不器用で寂しい奴なだけで』
『そんな理屈だけで、ローシュが納得出来ると思う?』
『いや、まぁ、だから言っただろとはなりそうですけど』
『だからルツに良く考えさせる為にも、試練を課したんだよ』
『3つの試練ね』
『まぁ、一緒に居ればいつか記憶は戻るかも知れないですけど』
『いえ、引き離すわよ』
『は?』
『だって行かなきゃだもの、新大陸へ』
『ぁあ、もう少し、先延ばしには』
『じゃあアナタがローシュを引き留められる?この数日でギリギリなのに?』
『ぅう』
『こう言う時の期間は長い方が良いのよ、大丈夫、素直にさえなれればルツは良い子だと思ってるもの』
『そうだね、期待してこその試練だからね』
『でも、お願いしますよマジで、俺にルツの失恋は救える気がしないし』
『そこは王なんだから家臣を支えなさい、策を考える時よ、ルツにばかり頼らないの』
『そうだよ、最悪はルツもローシュも居なくなるかも知れないんだ、甘えて良い期間は過ぎてるんだよ』
『はぃ』
『じゃ、頑張ってね』
『しっかり考えるんだよ、じゃあね』
俺は半分政略結婚、ルツのお陰で愛する者を嫁に出来た、しかも1人だけ。
確かに恩に報いるべきだ、けど、どうすりゃいいんだ。
だって、50過ぎまで童貞だった頭の良いヤツの初恋の失恋、だぜ?
もう、死なない様にするだけで精一杯だろうに。
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