ドイツへ。

「無知過ぎて驚きの連続なのだけど、凄いわね、運河」

『選ばれた者だけが使える優先航路、しかも運賃を弾めば先頭で待てる、地理だけ見ればデンマークにばかり寄港されてしまう故の対策でも有るね』

《しかも日替わりで進行方向が代わりますから、結果として滞在する者が出て街が儲かる、実に賢いやり方ですね》


「楽しいわね海路」

『今後とも一緒に回ってくれたら、もっと楽しませるよローシュ』

《ぁあ、ウムトに3つ目の試練を先に教えるのを忘れてました、アーリスを口説き落とさなければローシュは得られませんよ》


「そうそう、ふふふ」


『成程、なら2つ目が黄金羊かな』

《噂ではクロテンの毛皮だそうで、ですがもうローシュは持っていますからね》

「あらそうなの、てっきり中つ国の聖獣が伝来しての事かと思ってたのに」


『ぁあ、麒麟の事かな』

「惜しい、私が考えるに、シェイジィー。羊や獅子の姿に似ていて、角があり、黒い毛に覆われているそうよ」


『成程、結婚しようローシュ』

「ふふふ、先ずは試練をこなすのが先よウムト」

《そうですよ、では先に降りましょうローシュ》


 何だろ。

 何か、懐かしいかも?


「ふふふふふ、懐かしいわねルツ」

《ウチの者の殆どがこうなんです、今はもっと口説き文句を増やしたんですから、許して下さいローシュ》

『ぁあ、何か覚えが有ると思ったら、そっかそっか』


《追い打ちを掛けないで下さいアーリス》

「真っ赤、熱が有りそうねルツ、先に宿を取りましょうか」


《はい》


 こんなにローシュが好きでいてくれるのに。

 そっか、だから皆、結婚したがるの?




《ルツさんでも真っ赤になるんですねぇ》

『だって大好きだし、ルツにしたら初恋?らしいし』

『成程ね、だからあの口説き文句ばかりだったと、成程』

『君は豊富過ぎだと思いますよローレンス』


『羨ましいなら書き残しておこうか?』

《それ僕にお願いします、ネオスさんは使わないでも良いだろうし》


『いや、いえ、下さい』

『宜しい、キール運河を出る前までに書いておくよ』

《やったー!》


『ねぇ、そんなに結婚しないと不安?』


 ネオスさんもローレンスさんも驚いてるし、僕も驚いてる。

 偶にアーリスさんは不思議な事を言うけど、今回は特に不思議。


《だって、離れないですよって、お互いに口約束だけじゃ証拠にならないじゃないですか?》

『それ、証拠って必要?離縁は出来るんだよ?』


《それは、ローシュ様は証拠が無くても、裏切らないとは思いますけど》


『俺は周りにも認めて欲しいから、かな』

『そうですね、周りにもですし、互いにもですし。恋人とは違う、本当に一生を共にすると誓い合った事を、全員で認め合う行為だと』

『ならもう結婚してるも同義じゃない?』


『まぁ、確かに、紙に残す以外はそうだけど』

『じゃあ紙に残せば安心する?』


 僕は向こうで新しく紙に残せるけど。

 ローレンスさんはアンジェリークとの書類だけだし、ネオスさんは。


《ネオスさんは残したいですか?》


『そう聞かれると、損得も考えて、残すかどうかは微妙ですけど』


『ぁあ、アレだ、儀式がしたいんだよアーリス』

『儀式?』


『騎士の誓いとかだよ、そうして指輪を贈って、お互いに思い合えていると思い込みたいんだよ俺達は』

『証と儀式、ですね』


『成程?』

『ですけど、指輪でもピアスでも、其々が贈れば邪魔になるでしょうし』

『あー、それこそ相談するならウムトさんか』

《けど内情を知られるワケにはいかないですし》


『んー、ルツには相談するとして、各自でも何か考えとこか』

『ですね』

『お、あそこじゃないかな、ウムトさんが言ってたお店』

《字は同じっぽいし、人も多いですね》


『うん、良い匂い、行こうか』

《はーい》


 アーリスさんが良い匂いだって言うお店は良いお店。

 ローシュ様が作る様なスープとレバーケーゼって言われるお肉が挟まったパンだけ、料理は色々と有るけど、体の為には夜は軽く食べるのが1番だってココでも言われてるって。


 けど船乗りさんとか商人さんは今位しか酔えないからか、陽気に色々と食べたり飲んだりしてる。


『ネオスもローレンスも、お酒飲んでも良いんだよ?美味しそうな料理も有るし』


『寧ろ朝から飲む方が良いかな、それにちゃんと口説き文句を書き上げないと、ファウストに拗ねられそうだし』

《もー拗ねませんよ、ローレンスさんでも、こんなモノかって思うだけですから》

『期待してますよローレンス』

『うん、頑張れ』




 朝は皇帝の様な豪華な食事を。


《イスタンブールでもこうでしたね》

「寄せ過ぎじゃない?凄い品数だし豪華だし」

《あ、コレ昨日食べましたよ、レバーケーゼ。レバー居るのか分かんなかったです》

『ですけど美味しかったですよ』

『コッチがレバーだね、この肉団子』

『流石アーリス』


「では、頂きましょうか」

《はーい!》


 ローシュの好きな、芋ですっかりとろみの付いた塩味の暖かい野菜スープ。

 そして冷製の前菜にはチーズにレバーケーゼ、ニシンの塩酢漬けにザワークラウト、塩煮された固茹で卵。


「何か、止まらないわニシン」

《酢だけで漬けて無ければ食べられるんですね》


「みたい、コレも好き」

《小魚の燻製はココの名産ですから、後で買いましょう》


 そして暖かい前菜には豚の胃袋を使った肉詰め料理ザワーマーゲン、肉以外にも玉ねぎと芋が入り、味も食感も柔らかい。

 ザワーレニーレンは腎臓のレモンクリーム煮、その横にはザワークラウトで煮た豚の赤身肉、レバーの肉団子。


 そして内臓の煮込みのケッセルフライッシュと骨付き肉のアイスバインも、夜専用の労働者が煮込んだ物だそうで。


「トロトロ、好き」

《ウチでも作りましょうね》


 そして今が旬のアスパラの素焼きが運ばれた後、少し騒々しかった食堂が静かに。


 メインとも言えるソーセージが焼き上がったのか、どの動物のどの様なモノなのか大声で案内され、ソーセージが運ばれる事に。

 そうして通路側の者が手を挙げては、ワゴンから給仕が肉を皿へ、次々に様々なソーセージが食卓に並ぶ事に。


 だから特に静かなんですね、ココは。


《ぅわぁ、良い匂いぃ》

「ズルいわよねこんな、絶対に食べちゃうじゃない」

《しかも言葉が分からずとも見た目で多少は分かりますし、焼き上がる度に違う名を言われれば、気になって1つは頼んでしまいますしね》


「ぁあ、この方法、成程」

《後で教えて下さいね》


「覚えてたらね」

《なら名だけでも》


 シュラスコ。

 聞いた事は無いんですが、良い案そうですね。


 そして最後にはシュトーレンと、ローテグリュッツェと呼ばれる牛乳粥とジャムを合わせた様な柔らかいデザート。

 ローシュが小声でフルーチェと言っていたのは、後で詳しく聞く事に。


「ウチでもこうします」

《ですね》


 そして食後、ローシュが追加で購入したのは、プレッツェルと呼ばれるパン。


「コレ、作り方内緒かしら」


 直ぐに作り方は聞けたものの、秘匿していないには理由が有る。


《炭酸泉の恩恵だとは》

「それでもウチで作れるかよね、意外なコツを言い忘れるって良く有るし」


《先ずは温泉が無いと難しいでしょうし、失敗してからまた聞きに来ましょう》




 うっかりフルーチェって言っちゃったのよね。


「製品よ、あんな感じで牛乳を加えるだけで良いモノが有ったの」

《成程、ではシュラスコとは?》


「ソーセージもだけど、塊肉を焼いて希望する人に切って分けたの、こう四角のお肉を何個も連ねたりして。全面切り終えたらまた焼きに行って、あ、南の方よ、パイナップルを焼いて出すの」


《ぁあ、南米の高級な果物ですね》

「そうそう、もう、その組み合わせが無限に食べさせてくるのよ」


《成程、それで合間に焼いた野菜や果物が来たんですね》


「ココ、コレも、転生者経由なのかしら」

《違うんじゃよねぇ》


「えー?!」

《衛生観念じゃよ、静かに飯を食わす躾とも言うんじゃろか。それと品物がどんな物か分からんと不安じゃろうし、じゃが焼き立てでもてなしたいわで、こうなったんじゃよね》


「成程、ならウチでやっても良いわよね、地続きだし」

《ですが大人用でしょうね、子供にさせては吐くまで食べそうですし》


「そうね、ファウストも限界ギリギリまで食べちゃったし、王侯貴族のおもてなしから広げましょうか」

《ですね》


 あ、けどコレ、文化の盗用なのかしら。

 って言うか文化の盗用って何よ、どうなのかしら、ウムト的には。




『文化の盗用?』

「例えばサミーが熊を地に還す儀式を、ルーマニアの私達がする、その事が失礼では無いのかって事」


『知って敬意を払う為に行うけれども、良いかな、そう1人1人に尋ねるのかい?』


「それ、無理が有るわよね」

『それこそ悪用、馬鹿にして行えば失礼だとは思うよ。けれども彼らの伝統的な音楽を素晴らしいからと再現や模倣をしたら、彼らに本当に迷惑が掛かるのかい?本物だと偽らなければ、寧ろ彼らの利益となる筈だ、違うかな?』


「そこよね、偽ったと向こうに思われたら」

『本物はコチラだ、で済むだろうに』


「向こうでは偽ってるぞ、馬鹿にしてる、戦争しようぜ。かしら」


『ぁあ、偽一神教者がやりそうだね、成程』


 少し不思議な質問だとは思ったけれど、私達も頭を悩ませている偽一神教者の事だと考えると、腑に落ちる。

 やはりローシュは頭が良い。


「どうすれば良いのかしらね」

『そこで神託だろうけれど、そう便利に使えないのも神託。けれども自治区や他の場所にもシャーマンや巫女が居る、そう、そこから潰したいんだろうね偽一神教は』


「成程、そう魔女狩りをすれば嘘がバレないものね」

『ただ、そうした民族が果たして偽一神教者の言う事を聞くかな』


「愚か者しか残って無ければ動かし易い、大丈夫かしら新大陸の方々」


『行ってみるかい?』

「どう?」


『アイスランドとグリーンランドを経由して行くルートか、直行か、モロッコからの南米ルートかだね』

「何処も、誰もそうなの?」


『アラスカルートだとイヌイットとも直接取引は不可能だからね、水や食料は分けてくれても僅か、帰りの分だけ。そして向こうで言われたらしい、このポートランド以外では取引はしない、と』


「でも、南米は」

『ぁあ、彼らもだよ、特定の場所で特定の者とだけ。そして代替わりとなれば暫く彼らに預けて、疫病を持って無いと分かって貰えたら交代出来る』


「そう、もし」

『うん、殺されちゃうし、お金も入らない。ある意味で、選ばれた一族だけが出来るルートなんだ』


「ウムトは?」

『家族に会いたいから止めたよ、栄誉だけれど航海は長いし、こうお湯も出ないしね』


「誰でも行ける様になってしまったら」

『コレは予想だけれど、受け付けをしている者達が船を占領し、荷を詰めコチラに来るだろうね。そして適当な港で船と共に燃える、それから鎖国、それで終わりだ』


「でも何隻も向かったら」

『あぁ、キャラバンが居れば停めるだろうけど、そう船団として動かれたら終わるね』


「今は大丈夫なの?」

『見張らせてはいるけど、内地で造船されてたら止められないし、真夜中に出港されたら。けど渡れる様な船は出て無いと聞いてるし、殆どが漁船だそうだから問題は無いと聞いてるよ』


「黒塗りの船は、禁止されてる?」


『正規では、けれど』

「海上での組み立は不可能だと思う?」


『いや、いや、分からない。一先ずはアイルランドとスペインを行き来している船の数を調べさせるよ、もしかすれば君が言う様に船を使って船団を作ってるかも知れないし、既に何か作り上げてる可能性も有る』


「真夜中に漁船で真っ黒な船を曳行させてたら」

『空なら可能だろうし、大勢で牽引してから荷を載せ換えれば漁船での曳行は可能だろうし。しかも怪しまれたら船は壊れてたと言って、壊すか沈めれば良い』


「もう出てたら」

『コチラが見逃す様なら、向こうでも見逃しているかも知れない、相談しにモロッコに直行しても良いかな』


「例えば、この運河での運行はアナタが居ないとダメかしら」

『いや、ココは良く整備されてるから代理の者でも良いけれど』


「なら代理に任せて、ココで出来るだけの事をして、準備が整ったら魔法で連れてくわ」

『そんなに凄い魔法使いなんだねローシュは』


「説明は全部後で、急いで準備して」

『分かった』


 ローシュが考える事が既に行われていたとしたら、私達は既に後手に回っている事になる。

 なら、どうすれば挽回出来るのか。




「黒塗りの高速船が、こう、航路に水平に存在していれば、細長いから視認し難いかと」

『うん、しかも帆を畳んでるとなれば、有り得るとしか言い様が無い。警戒を強めつつ、もう既に事が進んでいるかも知れないとし、彼女に任せて頂けませんかアシャ様』


 神々や精霊と同様に、御使い様も存在しているとは思っていたけれど。

 凄いわ、本当に目の前にいらっしゃるなんて。


『そうね、ましてや善き御使い様が心配しているのなら、そう動いて頂いて。もし何も無ければ、そう、向こうの方に警告して下さると助かるのだけれど』

「勿論ですが、向こうの方が聞き入れて下さるかどうか」


《流石に警告に来た御使いを無碍にはせんて》

「えーっと」


《ココではアトラスの娘、ディオーネじゃね》

「その、ディオーネ様、どうしても向こうとは繋がる事は難しいですかね?」


《ラコタ族のタテやオカガとしては伝えたが、全ての部族に我が居るワケでは無いで。しかも向こうでは殆ど男神じゃし、ちょびぃっと悪戯好きで信用されとらん者ばかりで、今は真面目な時じゃしコレ位しか出来ぬのじゃよ》

「いえ、何も無いよりはマシですし、ありがとうございます」


《良い良い、正に我の役目じゃしな》

『ただ、コチラ側で騒動を起こすかも知れませんので、正直何か有ってから向かっても間に合うのではと』

『そんなに早く移動が出来るの?』


「セレッサが、はい」

『まぁ、いつからいらっしゃったのかしら。私はアシャよ、宜しくね』


 可愛いピンク色の竜ちゃん、しかも凄く小さいくて、本当に可愛いけれど。


「あ、ご心配無く、自在に大きくなれるので」

『そうなると、アナタだけを運ぶのが1番早いのよね?』


「はい、なので今回は私とウムトだけで来ました」

『あの速さは間違い無く首が吹き飛ぶ速さでした』

『まぁ』


 乗ってみたいけれど、今は非常事態だものね。

 こう、私達は平和を目指しているだけだと言うのに、一体何がしたいのかしら偽一神教の方って。


「平和になりましたら、是非どうぞ」

『そう、その平和を私達は目指しているのだけれど。彼らは一体、どうしたいのかしら?』


「平和、かも知れません」

『もう少し、良いかしら?』


「後の平和の為、なぞり漏らしが有れば大きな不幸が訪れるかも知れない。現に自分の信じていた宗派の信奉者が異常に少ない、だから何か間違いが起こっているのかも知れない、なら正さなければ。等、自分が平和だと思う世界の再現なら、平和を思い描きながら破壊活動を行うのではと。他にも可能性は有りますが、先ずはコレかな、と」


『大勢を犠牲にしても、なのね』

「寧ろ少ない犠牲とすら思っているかも知れません、救世主を作る為、若しくは救世主になる為の僅かな犠牲。であるなら罪では無い、後世が自分の思い描くモノと同じになるなら、仕方の無い犠牲だと」


『アナタはその真逆、対極の位置に居るからこそ、そう思うのかしらね?』


「かも知れません、寧ろ悲観的で、間違った世界だとすら思っています」

『それはどうして?』


「いっぱい有るので難しいんですが、それこそ文化侵略、神殿や遺跡の破壊に王の墓の盗掘。差別、戦争、挙げたらキリが無いので、この位で」


『その、偽一神教者にとっては、正しくて良い世界なのよね?』


「でなければ信じていた宗教だけじゃなく、自分までもが間違ってる事になる、もしそう思ってしまったら自害しなければならない」

『でも自害は禁忌よね』


「ならもう信じて突き進むしか無いかと」

『ぁあ、生きる為の凶行かも知れないのね』


「でなければココで生きてる間に、如何に良い世界かが分る筈。なのに魔女狩りをする意味が分からないんです、そもそも全員が魔法使い、魔女なのですから」


『もしかして、使えないのかも知れないわね、その子』

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