マン島、開拓。

 私が、ココが安定するまで見守る役目を。


『本当に良いんですか?』


「数ヶ月だけ、そして良い子が居れば一緒に来て欲しいの。その為の補佐役も居るし、ココを管理する方とも話し合いは終えてるけど」

『やります、やらせて下さい』


「ありがとう、ならもう1つ条件を出すわね」

『はい?』


「伴侶を探してみて、賢い人で真面目な人、愛せて愛してくれる人」


『でも』

「ココに居る私側の人達にも様々な事が有る、だから無理に話す必要も無い、任せるわ」


『はい、ありがとうございます』

「いえいえ、先ずはココの統治を頑張って」


『はい』




 ローレンスの名を得て日が浅いので、どうしても呼ばれてから直ぐには反応が難しい。


『すみませんネオス、耳慣れないもので』

『いえ、率直に伺いますけど、アンジェリークをどう思いますか』


『懸命で健気で、可愛らしいとは思いますよ』


『ローシュの為に愛するんですか?』

『そこまではまだ、彼女次第ですから』


 ローシュは愛を大切にする人、だからこそアンジェリークを粗末に扱えば当然の様に嫌われる筈。


 ただ、扱い易そうなのは確かで、ローシュを愛していても許してくれそうだとは思う。

 その点からしても、妻としては申し分無いだろうとは思う。


『どうして、ローシュの傍に居る選択肢が無いんですか』


『成果も、年齢も、まだまだですから』

『子種の事では無いんですね』


『寧ろ、ですよ、出来無いワケでは無いですし。ローシュの子が増える事を彼女はそこまで望んではいない、寧ろ彼女が喜ぶ掛け合わせを行う方を優先させた方が、その方がより愛して貰えるかも知れないですし』


 誰が為なのか。


 それはローシュの為、ローシュの祖国の為。

 アンジェリークの為にアンジェリークを愛するには、彼女は不安定過ぎる、支柱にするには小さく脆い。


『だとしても、君の為の選択肢でもあ』

『だからですよ、考えないよりはマシでしょう』


 常に最善とは、と考えるのが貴族、ローシュの言う政治家のすべき事。


 ネオスも平民で良いと言われているのに、ローシュの役に立とうとしている時点で、選べる道が限られていると知っている筈なのに。


『あの、ネオスさん?ローレンスさん?』

『ローレンスで良いですよアンジー、コレから何度でも呼び合う仲、同志なんですし。貴族と思われても動き難くなるので』


『あ、はい、ローレンス』


 最初は警戒されていたけれど、ローシュの知り合いだと言うだけで、俺への警戒心が一気に下がった。

 確かに、監督が必要な子だ。


『アンジェリーク、君は変わったとは聞いてます。でも相手を選ぶ事こそ、慎重に』

『そうだね、いつでも相談に乗るよ、俺も相手を探せと言われているし。寧ろ相談し合おう、アンジー』

『はい、ありがとうございます』


 打算を含まない婚姻なんて、貴族には存在しないのに。

 ネオスは何に夢を見ているんだろうか。




「良い眺めだったのに」

『私はアンジェリークには興味が無いですよ』


「何故」

『アナタの知り合いだと言うだけで、ローレンスに警戒心を下げ過ぎです』


「あらヤキモチ?」

『有り得ませんよ』


「そう、そんなに好みじゃないのね」


 アイルランドを本格的に潰すまでの間の、時間稼ぎ的な政策。

 例えココが奪還されても虐殺されても、コチラには被害が無い。


 寧ろ上陸された際の、プロパガンダとして使おうとしている。

 衛生的で餓えず、便利な農機具に豊富な農作物、働いた分だけ余裕が出来る環境。


 既に植えられた綿花や作物、それらを収穫し、機を織るなり食い尽くすなりすれば良い。

 種芋や苗なら、以降はココへ仕入れさせてあげるけど、その先どうするかはココに運ばれた人間次第。


 真っ先に女から逃げ出す筈、性的にも何もかも搾取され、不条理と理不尽を押し付けられているのだから。

 そして例え男が暴力で制御しようとしても、ココには堂々と逃げられる場所が有る、アンジェリークの居る安全地帯だけしか魔法が使えない。


 そして農機具にも何もかもが、人へ向けられない呪いが掛かっている。

 兵やローレンスに持たせた祝福された武器以外、人を傷付けるのは不可能、そして持ち主だけしか使えない完璧な設計。


 けれど岩で殴られたら意味が無いから、ココではしっかり自衛して貰わないといけないけど、暫くは船団で過ごして貰うから大丈夫でしょう。


 神々によって作って頂いた、直ぐに破壊されるかも知れないユートピア、寧ろ向こうにしてみたらデストピアなのかしら。


『私がアンジェリークを抱けたら、私がココに残る事になっていたのでしょうか』

「いえ、適材適所、ネオスは最後まで連れ回すつもりだから。早く良い人を見付けた方が良いわよ、じゃないと使い潰されてしまうわ」


『私もファウストも、同じ位に本当は大事にしてくれてますよね。なのにどうして、突き放す様な事を言うんですか?』

「大切だから、有能で優秀な子種は広まるべきだからよ」


『アナタは充分優秀だと』

「残念だけど上には上が居るの、私コレで下なの、残念だけど事実。だから仲間を集め、組織化させるの、1人では居られないからルツだアーリスだと仲間になって貰ってるだけ。頭の良さならローレンスやアナタの方が上、私のはただの経験則、知識を活用してるだけ」


『それでも、愛してます』

「もう少し賢くて美人な子にして、子種が勿体無いわ」


 本当なら、若い子には好きな様に生きて欲しい。

 好きな事をして、好きな人を好きに選んで、好きな様に生きて欲しい。


 それが叶う場所こそ、本当のユートピア。


 叶うのかしら、この夢。


『ローシュ様』

「アンジェリーク、ローシュで大丈夫、ココではアナタが1番偉いのだから」


『はぃ』

「分からない事は沢山聞いて、沢山相談して、出来るだけ多くを生かす。私がアナタと同じ年の頃でも凄く難しい事だとは思う、けど、だからこそ頑張って欲しい」


『贖罪と、しても、良いのでしょうか』

「成功すればね。そして成功とは、彼らが多神教の中でも生きられる一神教の信者となる事。排除だけでは平和は訪れない、妥協と理解を彼らに教えるのは、アナタが最適だと思う」


『こんな機会を頂けて、私は恵まれています』

「そう思ってくれて嬉しいわ、けど無理をしないで、体が1番。具合が悪くなったら叱らないで怒るわよ、良いわね?」


『はい』


 愚かだった方が、彼女にとっては楽だった筈。

 知らない、分からない、そうして考える事を拒絶し否定しても生きる事自体は可能だった。


 けれど、愚かであればそれだけ短命となる、そして不幸に陥り易くなる。


 アンジェリークを愛しているかと聞かれれば、彼女の持つ命そのものを愛してる、コレだけ長く生きられる事も正史にしてみれば奇跡。

 勿体無いから拾った、そして可能性を考慮し、機会を与えただけ。


 ココで生きるだけの方が良いのかも知れない、ウチに来たら本当に繁殖計画に組み込む事になるのだし。

 このまま成功して、ココに居たいと言ってくれる様になるのが、本当の成功。


「ローレンスも、無理をしないでね。それと」

『アンジーの事もですが、彼の扱いにも慣れてますし、理屈を理解したので問題無いですよ』


「そう舐めて掛って失敗したら引っ叩くわよ、アナタも大事な資源なんだから」

『優先順位は分かってます、ローシュもお体を大切に』


「アナタが言う?」

『ネオスにも怒られました、いい加減、叶えてあげては?』


「アナタみたいに達観して無いからダメ、元気でね、またね」

『はい、また』


 もしココが襲撃を受けたら、それを口実に開戦となる危険な地。

 それまでには、飛べる様になってて、セレッサ。




《ローシュ様?》

「私を盲信しないでね、悪い結果になるかも知れないんだから」


《どうして泣いてるんですか?》

「最悪を想定して、もう悲しんでるの」


《神様も精霊もココには居るんですよ?》

「でも人を殺すのは人、神様がどんなに人を守っても、人が人を殺すのは何処も同じだから」


《ルツさんも、アーリスさんも居るのに不安ですか?》


「私が加担した事で、大勢が死ぬ、苦しむかも知れない。それが嫌なのに、この計画以外に良い道が分からない、頭の悪さが凄く嫌なの」


《ローシュ様の頭が悪いなら、僕は一体、何になってしまうんでしょう?》

「アナタには経験と知識が私より無いだけ、同じ知識と経験が有れば、きっともっと良い案が浮かぶ筈」


《それこそ僕を盲信してませんか?》


「流石、頭の良い子ね、言い負かされたわ」

《僕、ローシュ様の気を紛らわせる為に、楽器を習いたいです》


「ダメ」

《何故?》


「だって、私を嫌いになったら止めるかも知れない理由だからダメ」

《ローシュ様を嫌うなんて無いのに》


「前の世界では男を見る目が無かったし、アンジェリークの様に流されて男に頼って生きて。ココでもルツやアーリスに頼って、沢山教えて貰って、何とか生かされてるだけ。碌でも無い愚かな女なの、見本にするならメアリーやキャサリン、アンやクリスティーナを見本になさい。分かった?」


《はぃ》

「ごめんね、もっと頭が良い人が来れば、もっと素早く沢山救えたかも知れないのに。ごめんね、私で」


 僕はローシュ様で良かったと思ってる。

 でも、そう言っても、ローシュ様はきっと信じてくれないと思う。


 こんなに大好きだし、ローシュ様が良いのに。

 比べられる様な同じ人が居ないから、居ないと信じて貰えない。


《そうやって悩むローシュ様が大好きですよ》




 共感能力、罪悪感が有るからこそ、時に人は判断を誤る。


《泣き付く相手を間違えましたねローシュ》

「ね、本当」


《ここ数日我慢していたので虐め倒そうと思ってたんですけど、無理そうですね》

「ごめんなさい」


《まるでローレンスが居なくなった事を悲しんでるみたいですよ》

「それは無いから大丈夫」


《でしょうね》


 ココまでの状態は、正直クーリナが居なくなった時以来。

 魔女狩りを殺した時は落ち込むより、怒りだったんですが。


「ごめんなさい、マトモに考えられそうも無い」

《死地にするかは向こう次第、アナタのせいでは無いんですよ》


「私のせいかどうかは関係無い、関わった時点で」

《私達の国の人間では無い、ココは他国、しかも敵国の者の管理はこの国が行う事。決定したのは女王、あの場に残る事を選んだのはアンジェリーク、アナタは最善案を出したんですよ》


「最善だったか」

《現時点で、私達の知る情報の中では最善です。最善だと私も提言したんです、同罪ですよ、責めたいですか?》


「いえ」

《今日は少し早く寝ましょう。ゆっくり風呂に入って、私にアナタの手入れをさせて下さい、私の為に》


 未だに、幸せなってはいけないかも知れない、そんな罪悪感をローシュは抱えている。

 少しでも放っておくと、無気力に何もしなくなるか、疲れるまで労働をするか。


 何の為に、元夫はココまで追い詰めたのか。

 多分こうなるとは考えもせず、自分勝手に彼女を振り回し、未だに反省も理解もしていないのだろう。


 彼女の苦しみが、全て彼に病気として還ってくれたなら、どんなに嬉しいだろうか。




『おはようローシュ、ミルク入りのコーヒーだよ』


「おはようアーリス、ありがとう」


 ローシュの手入れはルツの役目、食事の世話は僕の役目。

 本当は食べさせたり飲ませたり、全部したいんだけど、中々させてくれない。


『今日の朝食はね、野菜とソーセージのスープ、焼き魚、それとトマトとチーズのオムレツ。麦粥にする?パンが良い?』


「パンで」

『ふふ、ちょっとはお腹減った?』


「そこそこ」

『じゃあ一緒に食べようね』


 そうすれば食べさせても嫌がらないし、僕の手を掴んで食べたりもする。

 美味しい物を食べさせる時が特に楽しい、美味しそうに食べるのが凄く可愛いし、食べ終えた後も嬉しそうだと僕も嬉しい。


 コレは竜の本能らしい。

 花嫁に健康に長く生きて貰う為、食べさせる事に喜びを感じるのかも知れないって。


 それとルツを受け入れた事も。

 食事の喜びは人の加工が有ってこそだから、人を守る対価として美味しい物を貰う。


 肌触りの良い物を、暖かい寝床を、清潔で居られる環境を。

 全ては花嫁の為に、ルツや王様と協力してる。


 こうなると男系って、何なんだろう、王様だって似たようなモノなのに。


「あー」

『はい、オムレツね』




 愛していると言っても、ダメだった、受け入れて貰えなかった。

 受け入れて貰えると、少しだけ期待していた、でも柔らかく拒絶されてしまった。


《今にも死んでしまいそうな死臭が漂ってますね、ネオス》

『すみません、仕事に戻ります』


《私とも話し合いを拒絶してどうするんですか》


『すみません、まだ受け入れられなくて』

《拒絶されたと勘違いしてる事を、ですかね》


『勘違いも何も、実際に』

《その子種が自分には勿体無い、それは誰を拒絶しての言葉なんでしょうかね》


『ローシュが自分自身を拒絶していると?』

《本気で普通以下だと言ってますし、実際に彼女は平民、政治家でも何者でも無かったんです。それだけ君を評価している、拒絶しているとするなら君の優秀さですよ》


 矛盾してしまう。

 優秀さを捨てればローシュに捨てられる、けれども受け入れて貰うには。


『それでも、愚か者になるワケには』

《君も公女方もですが、真面目で誠実過ぎです。相手はローシュ、蛇の道は蛇、正攻法がダメなら裏道を探しなさい。不誠実さと邪道は必ずしも同じでは無い、ローシュが納得する道を君が提示するんですよ》


『私で良いのでしょうか』

《私達とは真反対ですからね、純真で純粋で、残忍さを非難出来る者。そうした者もローシュには必要でしょうし、君は優秀で、ローシュを愛していますから。では、頑張って考えてみて下さい》

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