エジンバラに来ちゃった。

 次期当主様、凄いしっかりした方々、しかも両思いだったそうで。


《もー、もっと早く聞いておけば良かったわぁ》

「まぁまぁ、お互いに秘めた思いにするつもりだったそうですから、単に聞いても仰ったかどうか」

『そうだよキャサリン、アレだけ志が高いとなれば、私達が言い出さなければ別々の相手と結婚していただろうね』


 別々にお手紙を出したのにも関わらず、両当主候補の方々はキャサリンの為、1人の侍従と共に船や早馬でやって来た。


 そして男子が先に付き、先ずやった事は薪割り。


 もう1人の当主候補の方が付くまでと、公平性を保つ為に黙々と薪割りをこなし。

 女子が到着後、初めて当主候補が思い人だと知る事に。


《ふふふ、この運命で良かったのかも知れないと、初めてそう思えたわ》

『そうだね』


 ロバートは元婚約者様の監視の元、平民のマナー教師になるべく厳しい教育を受けている最中。

 幼馴染として、最低限の活路は確保してあげるなんて、素晴らしいプライドだと思う。


「これぞ、教育の賜物ですわね」

《だけでは無いわ、ローシュ、アナタのお陰よ》


「私は躊躇ってらっしゃるお2人の背中を押しただけですよ」


『こう、出来れば他の者の背も、押してあげてはくれないだろうか』

《お願い、ね?》


「私で良ければ」


 この流れで、ココでも王族の方と関わるとは流石に思わないじゃない。


『さ、着いたよ』


 エジンバラ城へ。

 ココでは女王様直系のお子様だけでなく、姉妹の公主様方も教育を受けてらっしゃるそうで。


《初めましてルアンド、療養中だとは聞いているのだけれど。そう、様子見だけで構わないわ、お願い出来無いかしら》


 ご姉妹の長女様、アン公爵夫人。

 女王は次女のメアリー様、穏やかそうな顔だからと選ばれたそうで、どちらも素晴らしい能力を持ってらっしゃるんだとか。


 聞いて無いわぁ、背を押すのが王族様とは聞いて無いわぁ。


『頼むよローシュ、キャサリンの様に苦しむ者を助けてくれないか?』


「フランク、お相手が王族の方だとは聞いて無いんですが?」

『あぁ、言ったつもりだったのだけれど、ミスをしてしまった様だね。すまないローシュ』


 この憎たらしい笑顔、ワザとよねぇ。


「アン公爵夫人、詳しくお伺いしてから決めさせて頂きますわね」

《まぁ、お強い、流石ローシュね》


 正史と同じくフランスと国交が有るそうで、サンジェルマン家の代わりにココではホーエンハイム家が支えている。

 1歩間違えば独裁だけれど、女王が支持しての事なら。


「女王の耳にはどの程度」

《全て、ね》


 全てって、何処までよ。

 そう思いながら少しズラした視線の先には、メルクリウス様の奥様、ロスメルタ様が満面の笑みで両手サムズアップ。


「神託で、そこまで詳しく伝わってしまいますか」

《まぁまぁ、ココは女同士、秘密のお茶会を開きましょう》


 神性に関する情報を一切与えていないフランクを排除してくれて、助かるは助かるんだけれど。


「ココでは、ロスメルタ様を崇めてらっしゃる様ですね」

《そして、私とメアリーはモルガン様を。家では9人の魔女を崇めていて、世襲の際にどの魔女を信仰するかで統治の方針を示すの》


「であればティーティス様でも良かったのでは」

《あの方はもう少し平和になってから、今は繋ぐ時代だと考えています。人と妖精、精霊、神。その繋がりが絶たれてしまえば、本当に異界の様に暗黒の時代が到来してしまうかも知れない》


「お2人共、その事を知ってらっしゃるのでしょうか」

《何か有れば代理を立てなければいけませんから、お互いが予備で補佐、そう支え合っていますから》


「素晴らしい」


《はぁ、転移者転生者の方とは、ココまで話が通じ易いモノなんですね》

「アン公爵夫人、まだ様子見をするかはお答え出来かねますよ」


《あぁ、そうよね、コチラの情報から開示すべきね》




 生き物とは、低きに流れる。

 そして自らに与えられた仮初めの立場を己が力だと誤解し、溺れ、堕落してしまう。


 私やローシュ、それこそネオスとて例外では無い。

 上位であろうと泳ぎ続けぬ限り、容易く下流へと流されてしまう。


「“婚約者候補の方の中に、そうした堕落者が”」

《“そうなのよ、把握しているはしているのだけれど、抜け漏れが有ってはね。念の為、お願い出来無いかしら?”》


『既に把握済みだそうですが、念の為に確認をお願いしたいそうです』

《その対価は、ネオス、アナタが聞いて下さい》


『“失礼ですが、対価、は”』


《“船と船の設計図”》

『船と船の設計図だそうです』

《成程》


 コレは既に仕組まれていた流れ。

 フランク王国で船を頂くと言う話は、ココへと引き継がれているらしい。


《“それと馬、サラブレッドと呼ばれる品種改良された馬を船と共にお渡しするわ。フランク王国から船を貰っただなんて事になれば、軍事的友好国だとソチラが捉えられかねない、なのでウチからお渡しする事になるの”》


 アン公爵夫人が話終えると同時に、ローシュが大きく息を吸い込んだ。


「“確かに、そうするしか無いですわね、フランク王国は地続きで他国の顔色を伺わねばならない。そんな中で我が国がフランク王国の所有していた船で黒海へと戻れば、緊張感を増す事になるだけ”」

《“けれど、ココで買ったとなれば。しかも何かしらの功績が有れば、馬の1つも貰う事がある。船で困れば借りたとして返却しても構わないし、追加で借りた、買った、果ては作ってしまったとしても誰も疑問には思わない”》


『他国との兼ね合いで』

《ココで何かをするしか無い、のでしょう》


『はい』

「ルツぅ」

《暫くお世話になりましょう、ローシュ》


「けど、アンジェリークが」

《あの子の為にも、ですよ。アナタは同性を甘く躾けてしまう傾向に有るんですから、有能な彼女に任せるべきかと、そして例え有能だとしてもあの子に淑女になって頂くには時間が掛かるでしょう。お手紙をお出ししますし、困っていればキャラバンに輸送させます》


「そう、じゃあ、お願いね」

《はい》


 船の所有は軍事力に直結してしまう。


 けれどもブリテン王国は商業船を販売、整備を行い。

 海路での中継地点としての役割をも担う事で、各国とは半ば同盟国と同義の扱いを受ける事で、隣のアイルランド王国から守られている。


 以前はキャラバンにココで作らせていたのですが、コレなら確実にウチで製造や整備、所有しても問題は無くなる。

 楽しみですね、商業船の設計図。




「先ずはファウストに様子見させましょう、子供の立場を利用して色々と見て来なさい、ネオスは付き添いを」

《はーい!》

『はい』


 僕とネオスさんが驚いた事は、意外と各国で共通するモノが有るって事。


 先ずはお辞儀カーテシー、名前も動きも同じ、変化しそうなモノなのに。

 どうしてなのかルツさんに聞くと、コレが国際化なんだって、各国と知り合いですよって示せるからって。


 それと婚約者様方については、表向きは異常無し、僕らにも優しく親切にしてくれる。

 けど、人のモノが良く見えてしまう人が居る、コレも何処でも同じ。


 だからネオスさんに顔を変えて貰って、反応を見て回って。

 態度を変えた人、全く動じなかった人、それからネオスさんだと思って声を掛けた人をローシュ様に教えた。


「ネオスをネオスだと当てた人を良く観察しておいて、それから全く動じなかった人も要注意人物、サイコパスの可能性が有るわ」

《はーい》

『はい』


 ローシュ様は何をしてるかと言うと、今回は愚か者を装うんだそうで、アーリスさんとウロウロしてるらしい。

 同じウロウロするなら、僕もソッチが良かったなぁ。




『ココでは付けないの?付け襟』

「先ずはアホを釣り上げるのが先決だもの」


 ローシュは胸が大きく開いたドレスで男子寮へ。

 ネオスなら良いけど、アホに見せるのは嫌だなぁ。


『何か、やっぱり嫌かも』

「じゃあ字を書く?」


『それは無理』


 ルツはココの貴重な本を写本してる最中で、時間が来たらネオスと交代する予定、だからローシュと一緒に居られるのは良いんだけど。


 男子寮コッチはローシュみたいにエロい体の女性は殆ど居ないから、婚約者候補がめっちゃ見る。

 公女の所には全部が去勢済の男か女性か、婚約者候補の方には男か閉経済の既婚者が世話役として働いてるだけ、だから凄く目立つ。


 注意してくれる人を探しに来たのに、侍従は何も言わないし。

 男達は群がるし。


『あぁ、ルアンド、来てくれたんですね』

「“こんにちは、皆さん”」


 今回はローシュは言葉が分からないフリで、僕やネオスが通訳をする役なんだけど、もう言いたい放題。


《こんにちはルアンド夫人》

「コンニチハ」


『舌足らずで可愛いですね。あ、今のは可愛い、だけ訳してくれて良いからね』

『はい。“ローシュ、可愛い、だって”』

「アリガトウ」


『先ずは踊ろうか』

「ハイ」


 ローシュの役割は馬鹿なフリして馬鹿と一緒に踊る事。

 遠慮するヤツは良い人間、それこそ弁えてるって奴。


 言葉やダンス、他にも色々と教えてくれって最初に言ったのに、馬鹿は踊り担当らしい。


『流石ルアンド、お上手でしたよ』

「どうも、ありがとうバーナード」

《じゃあ今度は俺が》


 ココでは2人1組で常に行動する事になってる、それは性別に関係無く、移動して良いのも中央棟まで。

 結婚するまでは異性の寝室へは決して入ってはいけないし、2人きりにもなっちゃダメ、エロい事は禁止。


 そう禁止にし過ぎなのか、珍しいからか、ローシュは大人気。


《いい加減にしろよ、下心が丸見えだぞ、はしたない》

《スペンサー、羨ましいなら嫌味を言う前に踊れば良いだろう》

『嫉妬こそみっともないぞ、仲良くしよう、折角の新しいオモチャなんだから』


 ココでは来客を弄ぶのが流行り、らしい。

 前にも何処かの夫人がココへ来て、男子寮で誘惑してた所を侍従に止められ、帰らされたんだとか。


 言い分としては、どっちも誘惑されたって言ってて、裏切られたと思った夫人は暫く寝込んだらしい。


 ぶっちゃけ、どっちもどっちなんだけど。

 子育てで悩んでココへ来てた夫人だそうで、今はすっかり仕事ばかりになり、子育ては夫に任せきりなんだとか。


 自分も相手も貶めて何が楽しいんだろう、間違えば自分の人生を貶める事になるのに。


《もう行きましょうルアンド、今日はコーニッシュ・パスティ、コーンウォールのパスティを作りますよ》

『“ローシュ、スペンサーがコーンウォールのパスティを一緒に作ろう、だって”』

「“良いわね、行きましょう”」




 異国の女性ルアンド夫人。

 黒髪に黒い瞳、健康的なハチミツ色の肌と、非常に健康的な体。


 そして彼女の侍従、アーリスも珍しい外見をしている。

 黒髪に陶器の様な肌色、青い目、彼女より少し背の高い青年。


 彼らが親密にしている所を見たから、と。

 前の様に貴婦人を遊び道具にしようとする輩から守ろうとしているのに、愚かなのか何なのか、必ず広間に居る彼らに挨拶をし、踊ってから私に調理場まで連れて来られる日々を送っている。


《アーリス、お願いだから広間に行くのを止めさせられないか》


『何で?』


 それが言えたら苦労しない。

 前回の夫人を守る為、問題そのものを伝える事が禁じられている。


《軽薄な彼らの遊び道具にはなって欲しくは無いんだよ》

『踊りを教えて貰ってるだけなのに、軽薄?』


 彼らは前回の事を踏まえ、今回はかなり慎重に、遊び方を変えて楽しんでいる。

 誤解をさせ、その気にさせ、見付かるかも知れない僅かな危険性を楽しんでいるだけなのに。


《表向きは、だ》

『まだ表向きしか知らないのに警戒出来ないよ』

「“アーリス、本当にこんなに生地が分厚くて良いのか聞いてくれる?”」


『生地、こんなに厚くて良いのか、だって』

《ぁあ、大丈夫。後で歴史を教えるから、そのまましっかり口を閉じて焼き上げて》


『“歴史を教えるから、そのままで大丈夫だって。しっかり口を閉じて焼いてって”』

「“そう、分かったわ”ありがとう、スペンサー」


 食糧庫番だと揶揄される事が多いけれど、配給者、管理人として能力をと付けられた名前。

 ルアンドは良い名だと褒めてくれたけれど、熊の様に勇敢な男バーナードの様な名前が良かったと思う日が多い。


 私の好きな相手は、強い男が好きだと言っていたから。


《じゃあ、焼き上がるまでに歴史を話すよ》

『ゆっくりでお願い、同時通訳って意外と大変だから』


《あぁ、気を付けるよアーリス》


 バーナード達が彼らが親密な様子だったと言い回ってはいたけれど、とてもそうは見えない。

 触れ合いも多くは無いし、適切な距離を保ち、何よりアーリス自体は他の男に触られる事を歓迎してはいない。


 前回の夫人は、見事に侍女ごと付け入られていたけれど。

 分からない。


 ルアンドが愚かなのかどうかが、分からない。




『はぁ、疲れた』

「話し慣れる良い機会よ、お疲れ様アーリス」


『んー、交代してよネオス』

《良いんですかアーリス、ネオスと仲睦まじくして貰う時が訪れるかも知れませんよ》

「そうそう、だからネオスの為にも頑張って」


 アーリスは、私をローシュへ勧めてくれている。

 最初は誂いなのかとも思ったけれど、本気でローシュの為になると思っているらしく。


『僕は別に良いよ、ネオスは良い子だし』

『ありがとうございます』

《僕も良い子ですよー?》

「そうね、ファウストも良い子だけれど、あそこでは身を守る力がもう少し必要そうなのよね」

《ですが、そろそろ女子寮の見学に行っても良いのでは、向こうならローマの言葉を使える者も居ますから》


 ナポリは王都をローマへ移し、本来の名、ローマ王国として再び復興を始めているそうで。

 偶に伝書紙がローシュに届き、ルツさんが読み上げている場面に遭遇する事が有る。


「スペンサーの好きな人ね、ロスメルタ様」

《そうなのよ、けどアナタの知識で言う両片思いで、いい加減に落ち着いて欲しいの》


「“トキメキ”がお好きでは?」

《限度が有るのよぅ。それに、拗らせ過ぎると却って上手くいかなくなってしまうかも、だからお願いよ。ね?》


「見極めてから、ですからね」

《ふふふ、ありがとうローシュ、大好きよ》


 神々に愛されたローシュ、それに妖精からも、竜からも愛されるローシュ。


 私の好意を伝えるだなんて、あまりにも烏滸がましい。

 自分の立場を理解しているなら、有り得ない事。


 私を大事に思ってくれているからこそ、ファウストの方が大切だと敢えて言った、なのに私は真意を理解する前に機嫌を悪くしてしまった。

 こんなにも浅はかな私が、言えるワケが無い。


《では、明日はファウストとローシュで。私は引き続き書庫に籠りますから、ネオスはスペンサーと接触を、アーリスはバーナードと仲良くなって下さい》

「そうね、宜しくネオス、アーリス」

『はい』

『はーい』

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