アンカーと竜と妖精。

 最後に覚えているのは、湖で。


《ローシュ》


「あぁ、どう、ココへ来たかのか」

《私が最初に目覚め、次にネオスが。アナタとアーリスは眠り続けていたので、馬車で城へ》


 全く記憶には無いけれど、大移動していて。

 隣ではアーリスがまだ寝てて。


「あ、卵」

《アナタの枕元に有りますよ》


 鶏卵と同じサイズと肌触りの、水色の卵。

 アーリスとの枕の間で、リスの毛に包まれているけれど。


「ルツ、コレ、割れて無い?」

《置いた時は何も、音もしてませんでしたし》


 寝てたとは言えど、まさか手を当てちゃったとか。


『んー』

「待ってアーリス」


『ん?』

「アーリス、ヒビが入っちゃってて、卵」


『んー』

「ちょっと、お願い、確認してあげて」


『んー、えー、大丈夫、腐ってない』

「もー」


 卵生の親が産んでから死ぬ理由が分かる気がするわ。

 コレ何個もでしょ、ドキドキして仕方無いもの。


《ローシュ、水を》

「ぁあ、うん」


 ちょっと目を離した隙に、またヒビが。

 何で音がしないのよ。


《お腹は減って無いですか?痛みは?》

「無い、と言うかお手洗いに行きたいのに収まってくれないし、卵は気になるし」


《見ていますから行って下さい、ソコです、向こうまで行けば大体は収まりますよ》


 不慣れな男性体で何とかトイレを済ませ、鏡に映った自分に少し驚いてから、部屋に戻ると。


 また、ヒビが。


「またヒビが」


《ローシュに視線を向ける前までは増えて無かったんですが》


 もしかしてダルマさんが転んだ、的な。


「いや、まさか」

《何か気付いたんですか?》


「ルツ、目を合わせるでしょ」

《はい》


「そして視線を戻す、と」

《増えていますね》


「隠れんぼしてるのかしら、と」

《成程。何故》


「さぁ」


 悪戯好きは困る、ユーモラスなだけなら良いけど、出来たら真面目な子が良い。

 それにルツやアーリスにも合わせられる協調性を持ってて、アンジェリークにも優しく出来る子で、けど優先順位を態態言わなくても理解出来る頭の良い子で。


 ぁあ、こうして親って欲張りになるのね。


 けど、頭の良さと協調性と真面目さは絶対に外せないわ、それと善悪の区別がしっかり付く子で。

 それで、ちゃんと疑える子ね、警戒心の有る子。


《恥ずかしがり屋なのでしょうかね》

「ポンっと渡されちゃったから何が何なのか、けど何も見て無い時は無かったのよね、ヒビ」


《ですね》

「と言うか変身解いちゃったのね」


《格好が面倒なので》

「勿体無い」


《機会が有ればまたしますよ、いつでも》

「あ、ネオスは?」


《少し休んでますが、呼びますか?》


「そう、ちょっと考えておくわ。半日経っての朝よね、今」

《はい》


 会話の合間に見たり見なかったりしたけど、ヒビが増えてる。

 こう、勢い良く産まれてくれないかしら。


 あ、白銀じゃない、付いて来て大丈夫なのかしら。


「ルツ、あの子」

《あぁ、帰って来たんですね。ずっと付いて来て、ローシュが目覚める少し前に出て行ってたんですよ》


 白銀がどう出て行ったのかは直ぐに分かった、だってガラスを通り抜けるんですもの。

 そしてアーリスの頭の上に乗って、アーリスと同じ寝相で寛いでる、真顔で。


「ルツ、どんな子が産まれて欲しい」

《ローシュに絶対服従なら何でも良いですよ》


「アーリスは、まだ眠いのね」

『んー、むりぃ』


《取り敢えずは、ネオスとファウストを呼んできますね》

「うん、お願い」


 コレでルツやアーリスの子が産まれたら、どうなっちゃうのかしら。




《ローシュ様ぁ》

「ごめんねファウスト、熱烈な歓迎をされちゃっただけよ」


 僕と同じか少し大きい位の男のローシュ様にハグして、卵を確認してみると。

 確かに、ヒビが増えてる。


《何とも無いんですよね?》

「元気そのもの、けどネオスは具合が悪そうね」

『すみません、ココへ来るまでは良かったんですが』

《二日酔いの症状が出てるんですが、薬や魔法では全く良くならずで》


「ぁあ、なら私とアーリスの体液を試してみる?」

《良いですね、それで良くなるかどうか。アーリス》

『んー、好きにして』


 凄く珍しい、いつもはアーリスさんが1番に早起きで、寝起きから凄く元気なのに。


「聞いてはいるのね」

『んー』


 あ、キスした。

 それからローシュ様は、自分の口に指を突っ込んで。


「はい、舐めてネオス」


 凄く具合の悪そうなネオスさんは、そのまま素直にローシュ様の指を舐めた。

 いつもなら喜びそうなのに、本当に具合が悪そう。


『甘かった気がするんですが、体調は、特には』


 ネオスさん、大あくび。


「寝れそう?」

『あ、はい、多分』


「じゃあこのまま寝ちゃいなさい、はい」

『すみません』

『んー』


 ベッドの真ん中にはアーリスさん。

 端に入り込んだネオスさん、それから僕とローシュ様と。


 あ、またヒビが増えてる。


「ネオス、新しい竜の子には、どんな子が望ましいと思う?」


『ローシュを守れる子で、身を守れる強さが有ると、良いと思います』

「そうね、ありがとう、おやすみなさい」


 ネオスさんは僕が巫山戯てベッドに入るのも嫌がるのに、アーリスさんの背中の後ろにくっ付いて、そのまま寝始めちゃった。


『んー、ローシュ、寝ようよ』

「アーリスはどんな子が良い?」


『僕より速い子、乗せる時間は短い方が良い』

「成程、おやすみアーリス」


 アーリスさんも、また寝始めちゃった。

 ネオスさん、唸ってない。


《ネオスさん、ココに着いてからずっとウンウン唸ってたんですよ》

「あら可哀想に、そう、対価が凄いわね」


《僕、最初は良いなって思ったんですけど、ちょっと怖くなりました》

「そうね、船酔いで強がってたネオスでさえ唸るんだものね。けどコレは優しい方の対価よ、もっともっと恐ろしい対価だって有るんだから、そう簡単に恩恵を受けようとしたらダメよ」


《はい》


「ファウストはどんな子が良いと思う?」

《ローシュ様には絶対に優しくて、ローシュ様を守れて、強くて速くて。ルツさんやアーリスさん、それから僕やネオスさんとも、アンジェリークとも仲良く出来る子が良いです》


「そうよね、私もそう思う」

《お名前はもう決めたんですか?》


「見てから決めようかと思って、多分、その方が合った名前を付けられるだろうから。この子みたいに」

《この子?》


「あぁ、まだ見えないのね」


 そう言ってローシュ様がどんな姿なのか説明してくれて、丸めた手を開くと、そこに。


《わぁ、綺麗ですね》

「良かったわねシロガネ」


《シロガネ?》

白銀アルジェントビアンコ、プラチナ。銀よりも、より白い銀」


《ファウストです、宜しくお願いしますね》


 ローシュ様と同じ、綺麗なお辞儀カーテシー




『アレ、何?』

「名前はセレッサ、スペイン語で桜色」


 僕が寝てる間に竜が生まれてた、妖精と同じ大きさの竜。

 妖精と一緒にローシュの胸の上で寝てて、膝の上ではファウストが寝てる。


『女の姿でも大丈夫なの?』

《姉妹や兄弟、魂や本質的に血縁なのだそうです。そして精霊も、妖精も》

「竜も、らしいけど。ウチの方だと特に竜人の話の方が先に存在してて強かったから、アーリス達はその状態なんですって」


『ふーん』

「そんな興味無いのね」


『ローシュが他の竜に、姉妹とか兄弟なら良いけど、乗せて飛べるの?』

《ある程度は成長させないと難しいそうで、ですが母体役のローシュの魔素が殆ど尽き掛けているので》

「セレッサに持ってかれたらしいの、だから暫くは療養」


『じゃあいっぱいしないと』

「それだとダメなんですって、ちゃんと飲み食いして、日光浴して、お昼寝して」

《魔素の種類が違うんだそうで、この状態でローシュが大量に受け入れると、具合が悪くなるんだそうです》


『えー、じゃあごはんいっぱい食べて』

「そのつもり」




 私は異様なまでの眠気に負け、アーリスの横で眠った。

 けれど確かに、彼は服を着てた筈で。


『おはようネオス』


 目の前のアーリスは、上裸。

 ローシュやルツさんが居た場所には、誰も居らず。


『え、あ、すみませんアーリス。コレは、何が』

「ふふふふ眼福、ネオス、もう大丈夫?」


 後ろからの声に振り向くと、ローシュが。


『あ、はい』

《何処まで覚えてますか、ネオス》


『異様に眠くて、ですけど私が横になった時には、アーリスは服を着てた筈で』


 互いに服は着ていた筈で。


『冷静、どうしたらもっと驚くのかなぁ』


『結構、驚きましたよ、何が有ったんだと』

『えー、微妙な反応じゃん?ネオスの服も脱がせとけば良かったんじゃない?』

「卒倒されても困るもの、次ね」


『次は結構です』

『忘れた頃にやろう』

「そうね」

《先ずはお水をどうぞ》


『あ、はい、ありがとうございます』


 今回の移動では、私が男性体のローシュを抱え、元に戻ったルツさんが女性体のアーリスを抱え馬車へ。


「最初はスープからね」

『その前に、その』


「あぁ、桜色セレッサ、スペイン語」


 妖精と同じ大きさの竜、コレが桜色なのだろうか、ローズクォーツに良く似た色。

 そして艶が有り、滑らか。


『ローズクォーツで出来ているんですかね』

「“イチゴミルク飴”」


 恩恵とは、本当に人智を超えている。

 直ぐにもイチゴとはどれか、正式な発音でないミルク、とは何かが頭に浮かぶ。


 けれど。


《ローシュ》


 そう、単語は分かっても何なのか、どんな物なのかが分からない。


「ぁあ、赤いベリーとミルクを合わせた飴の事」

『ぁあ、そのままなんですね』


《あ、ネオスさん起きたんですね》

『お騒がせしました』


《いえいえ、大丈夫なんですか?》

『はい、ご心配お掛けしました』

「では、スープから食べましょうね」


 ローシュの作るスープは優しい味で、けれども味が良い。

 この点でも、ローシュが一神教では無い事が有り難いと思う。


 一神教が広めた、7つの大罪、と言う概念。

 その1つ、美食・暴食・拒食の罪。


 過度に加工や味付けがなされた料理、食べ過ぎる事、選り好みして食事に手を付けない事、食事へ執着し過ぎる事を悪となした事には理解は出来る。


 けれども美味を過度に追求する事を罪、とする解釈には全く理解が出来ない。


 先ず始めに過度とは何か、からの問いが出る。

 そして過度な加工とはどの程度を指すのかになり、果ては療養食すらも否定する一派が台頭したが、究極の粗食により病死や餓死をした。


 そうして体が求める味を否定すると言う事は、悪阻を否定する事に、果ては食べて生きる事の否定にも繋がりかねない。

 愚か者にしてみれば、乾いた状態で新鮮な水を飲む事すらも美味いと感じれば罪、そんなのはあまりにも理不尽が過ぎる。


 そう具合の悪い時、味も何もかもが不味い食事は、本当に生きる気力を削いでくると言うのに。


 馬に乗れぬ程の巨体となる、明らかに過度な大食らい、だけを罪とすれば良かったものを。


《どうですか?》

『美味しいです、ありがとうございます』

「今日はファウストが作ったのよね」


《全部じゃないですよ、ソーセージを切っただけですから》

「ケガしないで料理を終えられて偉いわね」


《もー、もっと手伝いたいのに、危なくないのしかやらせてくれないんですもん》

「練習は自分が食べる物だけ、帰ったらいっぱいやらせるから待ってなさい」


《はーい》


 血を介しての病気を防止する為、手に怪我の有る者、そして具合の悪い者は食事係から外れるのが常識。

 そして悪阻も、妊婦の病気とされているので食事係からは外される。


 けれども、もし食事を選り好みする悪阻が罪なら、妊娠が罪なのだろうか。


 産めよ増やせよと言うのに、生まれながらに罪が有る、それなのにも関わらず喜んでこの世に産み落とす母親こそ悪魔ではないのか。


 矛盾している。

 そうルツさんに聞いた時、1つの答えを教えてくれた。


―――悪阻の有る者は信心が足らない、とし、罪悪感を植え付け出産後に制御し易くする為かも知れない。


 身の毛もよだつ話、けれどもココでは無い世界では、まかり通っている事。


 菜食主義者だと言いながらも加工の限りを尽くし、美食・暴食の罪を犯しながらも自分は熱心な信者だと謳う者が後を絶たないと、そうローシュが教えてくれた。


 この世界も、少しでも間違えばそうなってしまうのかも知れない。

 理不尽で、不条理で、矛盾だらけの世界に。


「今日の味付けは合わなかった?」

『いえ、美味しいので、感謝をしていた所です』


「感謝より完食を、もう少し食べられるなら少しパンを入れましょう」

『はい』




 ローシュの機嫌が良くなる事は、実はとても限られている。

 先ずは肌触りの良いモノ、柔らかな良い匂い、偶に聞く事の出来る吟遊詩人や楽団の音楽や歌。


 そして見た目の良い何か。

 しかもそれらが組み合わさると、とても喜ぶ。


《ご機嫌ですね》

「アーリスとネオスの姿を反芻してるの、目から凄く栄養が入ってきたんですもの」


《なら今度は私がしてみますか?》

「エロスが多過ぎてダメ、冗談でもファウストに見せられないから絶対にダメよ」


《ローシュがそう見てるだけで、ファウストなら平気かも知れませんよ》

「ダメ、開かなくて良い扉が開いては困るからダメ、ネオスの扉も開けちゃダメ」


 もうネオスの扉はローシュ専用になってしまっていそうなんですが、どうにも鈍感、と言うより本気で勘違いで済まそうとしているらしい。


《あの子が好きなら落としてしまっても良いんですよ》


「顔は好きよ、真面目な所も勉強熱心な所も、けど普通の幸せを得て欲しい。ファウストも、コレ以上苦労する事は無い、もう充分大変だったんだから」

《私もアーリスも苦労だと感じた事は無いんですが、ローシュには辛いですか?》


「連日連夜は苦労する部分ね、酷いと何も仕事をさせてくれないんだもの」

《大事な人を亡くしたのに、休まないアナタが悪いんですよ》


「船でもよ」

《以降は加減させて頂きます》


「どうかしらね、アナタが大きくなればそう乗らないかも知れないわよねー、セレッサ」


 動物の様な仕草でローシュへ擦り寄る、水晶の様な鱗を持つ竜。

 妖精と同様に姿を見せたい者だけに姿を現す、アーリスとはまた少し違う竜。


 本当にローシュの助けになれば良いんですが、この小さい体で、いつになれば背に乗り飛べる日が来るのか。


 そう心配された事が不快なのか、私の手をガジガジと。


《すみません、疑いと言うより心配が強いんです、なんせ計画が立てられませんから》

「まぁ、良いんじゃない?移動ばかりで落ち着けなかったのだし、新しい次期当主様にもお会いしてみたいし」


《もう何日かでいらっしゃるそうですよ、お1人はエジンバラの方だそうです》

「あぁ、なら海路よね、晴れると良いのだけれど」


 ココ数日の悪天候が、この家を心配した神々の計略だったなら、暫くは晴天が続くでしょうね。

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