プチ喧嘩。
昨夜の騒動を聞いてはいたんですが。
ネオスもまだまだ若いですね、ローシュの真意を見抜けない程に傷付いて、黙り込んで。
それだけ好意を抱いているのは良いんですが、だからこそ生娘とは違うやり口、受け止め方をしなければならない。
自分よりも年上の言葉、少し考えれば分かりそうなモノですが。
恋は盲目だそうですし、いたたまれないと言った状態のローシュも可愛いので、暫くは様子見ですかね。
「ルツ」
《後で話し合いましょうね》
こう不安そうなのがまた、凄く、いじらしい。
「竜の方、どなたかお力をお貸し頂けませんか」
ローシュが男の格好のまま、湖の前で何処へともなく言ったら。
現れた、それこそ湖から。
『ようこそ、私達の故郷へ』
「メリュジーヌ様?」
『例のアレ、剣と聖杯の伝説、有るじゃない?』
「ぁあ、湖の乙女」
『私の母を入れて9人、嘗てはアヴァロンの9人の魔女と呼ばれていた。エポナ、エレイン、セクアナ、リアノン、ネヴァン=バズウ、赤髪のヴァハ。そして、大いなる妖精女王モルガン・ル・フェイ、シターンと言う楽器の名手ティーティス』
名前が上げられる毎に、その女神なのかメリュジーヌ神の後ろに次々と現れた。
どう見ても水の上に立ってる。
けど、8人だけ。
「お母様は?」
『さぁ?』
「えっと、妖精女王の、ティターニアの原型はティーティスさん?それともモルガンさん?」
『多分、分離し、再び融合したのだと思うの』
《メリュジーヌ神、ローシュに成立を促すべきかと問うているのでしょうか》
『そうね』
「スカアハ様は」
「モルガンやティーティスの名が打ち消される可能性は高いだろう、だがいつかは同じ事が起こる筈。であるならば、いつか、だ」
「いや、今じゃないでしょう。正史派との不要な戦いは避けたい、なら成立はより自然に、でも私が覚えていますから消えません」
「だそうだ」
そしてスカアハ神の視線の先に現れたのは、長い白髪の女の、神様。
《私を神と思うか竜の子、異界の子よ、僥倖僥倖。夢魔の女王モルガンだ、宜しくローシュ》
「宜しくお願いします」
「ほれ、招いてやると良い、アヴァロンへ」
私とアーリス、ルツさん、2人のローシュの目の前にはメリュジーヌ神。
その後ろの女神、ネヴァン=バズウと言われて出て来た女神が、大きな黒いカラスに変身した。
それからモルガン・ル・フェイと呼ばれる女神が左手をゆっくり挙げると同時に、2頭の赤毛の馬が水面に上がった。
その2頭の馬に私とアーリス、カラスの背にはルツさんとローシュ。
そうして雲間に現れた浮島に向かうと、既に女神が揃っており、席が用意されていた。
《さ、どうぞ》
私はリアノンと呼ばれていた女神から盃を頂き、どうしてなのか何も疑わず、直ぐに飲み干してしまった。
《おい、それは》
『えっ?』
《いや、もう良い。それよりお前は、ケリドウェンか、また何を勝手に》
《だって、息子のアヴァグドゥに似てたから》
《顔か、にしても経緯が違うだろうに》
《でもローシュだけしか言葉が分からない時が有ったら、不便でしょう?だからね、言葉の叡智だけ、1滴だけよ?》
「リアノンとケリドウェンは一方の勢力から見た同一の女神。あの盃からして既に魔道具なのだよ、手に取った瞬間、何も疑わずに飲み干してしまう魔法が掛っていてな」
「あら」
《すまない、勝手を許してしまった》
「いえ、寧ろ助かります、けどお返しに何をお渡しすれば良いのか」
《それはもう、メリュジーヌのお菓子よ、ね》
「アレも美味かったぞ、揚げドーナツは良いモノだ」
『ごめんなさいね』
「いえ、ルツ、フランク王国で作ったモノを全解放しましょう」
《はい》
ローシュがメリュジーヌ神の菓子作りの合間に作った、揚げ菓子、氷菓子を振る舞った。
私の迂闊さを、ローシュが補う形に。
『ローシュ』
「いや、ココへ招き入れてくれたお礼も含めてよ、椿も貰ったから食用油も増産出来るから大丈夫」
『すみません、ありがとうございます』
「いえいえ」
《スカアハ神よ、少しお伺いしても宜しいでしょうか》
「ふむ、良かろうルツ坊」
《アンヌヴン、影の国とは、またココとは違うのですよね?》
「それこそ、この浮島の下、だったのだが文字通り浮いてしまっただろう。なので裏で有り中で有る、そう反対側に存在している」
「不勉強で申し訳無いのですが?」
「父のアラウン、姉妹のオイフェ、ケリドウェンらがコチラ側に居る」
「いらっしゃらなかったですが?」
「お主が求めておらんで見えぬ様になっておる、神性とはかような存在なのだよ」
「となると、妖精も?」
「我らを知り、お主がどう思うかだ」
「そんなの、ココに居て欲しいに決まっ」
姪にしてみても、居るに決まってると言うだろう。
それこそクーちゃんだとしても、居て欲しいに決まってる。
そう、こんな感じで。
「名でも付けてやるか」
自分の右手に纏わり付いてるのは、花弁で出来たヒラヒラの白い服、白い髪に銀色の瞳の妖精。
「こんなん“白銀”意外に無いじゃない」
『シロガネ』
「ネオス、意味は、英語で言える?」
『プラチナ』
「ぉお」
《ほら、ね?》
《ほらね、では無い、恩恵とは願った者に本来は与えるべきだろう》
《あら願ってたわよね、ずっと、ローシュの役に立ちたいって》
『“はい”』
《大丈夫、対価は二日酔いよ》
《地獄の様な二日酔いだが、今にも吐き戻せば能力も二日酔いも無くなるだろう》
『このままでお願いします』
「そんな、そこまでしなくても」
《だってア》
《ケリドウェン、介入が過ぎるぞ。すまん、どうも子に似た者に特に甘くてな》
「ご存命で?」
《スカアハの所で世話になってるわ、ほら、怖がられるのも嫌がる繊細な子だから》
「美が正義だとの時代が有った、なので書記をして貰っている、ココらでの出来事をな」
《アレは真面目で優しい子なのでな、地上に置いておけば確実に虐げられていただろう》
「神様が居ても、ですか」
《善き者は美しい、悪しき者は醜い。人の成熟度が高まるまでは、どうしてもそうして善と悪を分けねばならなかった、見せて教えるしか無かったのだよ》
「敵は悪、悪は醜い」
《先ずは区別から、だ》
「良い、とは何か、悪とは何か」
《見せ、知らしめた弊害ね》
《基礎を築き、それから応用だが》
《人々に広まり、定着するまでには時間が掛ってしまう》
「神性と同じ様にだ、後は誰が定着を認めるか、だが」
「それが私?」
「あぁ、うってつけの観測者だろう」
《観測において観測者が与える作用》
《その時点において確定させる、ね》
「だから、何人も転移や転生をしてる?」
「結果論だがな、お主らが来る理由を逆算しての事だ」
《私らが酷く介入しない世界、なのだろう》
《会えない、ココ以上に存在していない、なのに信じられている世界。だからかも知れない、と》
「固定させる力を持っている、かも知れない」
「そうして実際にメリュジーヌを神と成した」
《我々は元から非常に不安定だ、知らぬ者には認識すらされない》
《声も、言葉も》
《だがお前は言葉の壁が無い》
《繋ぐ者としての能力、よね》
「そしてそれはアンカーでもある、と我々がお前を再定義すれば」
「少なくとも、私はアンカーになる」
「そうだ」
繋ぐ者、楔で、錨で。
「“それ、滅茶苦茶重要じゃないですかぁー。何それ、なん、重い、重いが過ぎる”」
《ネオス、ローシュは》
ルツさんでもローシュの言葉が分からないらしく。
『凄く、動揺してます、重要過ぎる立場だと』
『良いなー、僕らもローシュの本来の言葉が分かれば良いんだけど』
『あぁ、そこよね、はいアーリス』
その言葉にアーリスの方へ視線を向けると。
《アーリス》
「メリュジーヌ神」
『大丈夫、ちょっと複雑だから時間が掛かるの、そのままお昼寝させただけよ』
正に神々は神々らしく、不意に与え、驚かせ。
「あの、メリュジーヌ様」
『善き神こそ、過不足はいけない、コレはお返し』
《アナタには過去ね、さ、眠りなさい坊や》
そうしてルツさんまで。
《それから竜、だな》
《はいローシュ》
「掌サイズの、竜の卵?」
受け取った瞬間、ローシュも眠り。
「お前はローシュが言う通り、自由に選ぶ事、それが対価だ」
《観測者の観測者、ね》
《ローシュも同じ不安定な存在、それを支えるのも潰すのも、お前次第だ坊主》
『さ、送るわ、もう眠って』
そうして最後に聞いたのは、メリュジーヌ神の声だった。
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